39話 火種
「海人くんっ!」
楓の叫び声で目が覚めた。
「なんだよ……こんな朝っぱらから……」
「もう、お昼の12時だよ!
って、そんなことはどうでもいいのよ!
これを見て!」
いきなり素のモードの楓。
いったい、なにごとだ?
重たい瞼を擦り、目を開ける——楓が突き出したスマホの画面には“霧雨レイ——中身は泉海人か!?”ネットニュースの見出しに大々的に書き出されていた。
くっ……いつかはこうなる気はしていた。
「うっ……おえっ……」
過去の炎上がフラッシュバックする。
「ちょ、大丈夫?」
「楓……SNSの反応は?」
怖い……自分じゃ、コメントなんてとても見れない。
「うーん、まだ憶測の段階だから批判と擁護で半々ってとこ。
発端は年末のルクスのプレイ動画……プロゲーマー時代の海人くんの動きと重なった視聴者が騒いでいるみたい」
「俺……どうすれば……」
「大丈夫。浅場さんに相談しようよ。
こんな時のためにあの人がいるんでしょ?」
「そうだな……」
しかし、あの一瞬で俺だとバレたのか?
「大丈夫。私がついているから!」
楓が微笑みながら、俺の背中を叩く。
そうだ……今の俺には仲間が——いや、家族がいる。
§
ネットの拡散力は恐ろしい。
俺の現役時代の動画が発掘され、先日のルクスの動きと比較する動画まで貼られた。
炎上の恐ろしさは知ってはいたが、再び目の当たりにすると——。
楓は心配して、そばにいてくれている。
「楓……ごめんな。こんなみっともないところを見せて……」
「ふふっ、私も見せたからお相子でしょ。
浅場さん……連絡つかないわね。もしかしたら、対応に追われているのかも」
俺は、守られているだけでいいのか?
また、炎から逃げるのか……。
「楓! 俺、配信回すよ!」
「えっ、浅場さんの指示を待ったほうがいいと思うけど……」
「これ以上、リスナーに嘘はつけない!」
「うん、わかった。私も一緒に配信出ようか?」
「いや、俺の問題だから……楓を巻き込めない」
「もう、巻き込まれているけどね。
それなら、代わりにそばにいるね」
「すまない」
俺はPCのモニターに向き合った。
緊急配信を開始する。
VTuber霧雨レイじゃない——泉海人として、配信を開始した。
サブモニターには、情けない顔の俺が映し出されていた。
「みんな……俺は、みんなに嘘をついていた。
霧雨レイ——は女性じゃない。泉海人——俺が霧雨レイだ」
はっ、信じていたのに……
バ美肉とかキモすぎだろ!
俺たち、騙していたのがゆるせねえよな!
レイちゃんが男……立ち直れない……
炎上確定w
コメント欄は既に荒れていた。
いや、これも俺自身が撒いた火種だ。
「リスナーの皆を騙していて本当に申し訳ない」
誠心誠意謝る……俺にはこれぐらいしかできなかった。
全身が震える。
カメラ外で楓の手が、俺の手をそっと握る。
がんばれ!
彼女は口パクでガッツポーズをして見せる。
「人前に立つのが怖かった……一度炎上して、すべてを失った。
今さら、何を言っても言い訳にしかならないけど、
でも、みんなを騙していたことに関して本当に申し訳ございません!」
結局、謝り続けることしかできない。
俺の事情も、経緯もリスナーからすれば、知ったこっちゃない。
泉さん……NFをまた、始めれたんですね。よかった、私、心配してたから
レイちゃんが男とか逆にグッとくる
泉って誰だ?
今どきバ美肉なんて普通だろ
すべてが批判的なコメントじゃない。
過去の炎上時に擁護してくれた人もいた。
今は、そんなリスナーのコメントもしっかり向き合うことができる。
楓が俺の手を強く握ってくれる。
それだけで……。
「みんな……今後も配信活動は続ける。
応援してくれるリスナーとも向き合うから!」
結局、何を言いたかったのか、まとまらないまま謝罪配信を終えた。
「海人くん……よく、頑張ったね!
えらいえらい!」
楓が俺を胸に抱き寄せ、頭を撫でる。
「楓っ……楓っ……!」
自分でもなんで、泣いているのかわからなかった。
泣くのは過去の炎上以来かもしれない。
「うんうん。海人くんには、私がついているから。舞ちゃんなんて、必要ないよ」
「えっ……なんか、今、さらっと物騒なことを言わなかったか?」
「あれぇ〜、楓、難しいことわかんなぁい」
「急に馬鹿になるなよ……」
「海人くん。今度、デートに連れてってね!
もちろん、海人くんの奢りで!」
「ったく、相変わらず、ちゃっかりしているな」
おかげで涙もすっかり引いていた。
楓の瞳がいつもより大きく感じた。
「人気VTuberの神宮寺ムラサキとデートできるなんて、ありがたいと思いなさい」
「はいはい……」
ったく、こいつには敵わないな。
頭に触れる楓の手が心地よい。
「楓……もう少しこのままでいさせてくれ」
今は一人になりたくなかった。
温もりに触れていたかった。
彼女のラベンダー香水の香りに包まれ、俺は目を閉じた。




