38話 暖
1月3日——早朝。
食べそびれた雑煮を、口に運び、
こたつの中で暖をとる。
「このボロアパート、隙間風が入りすぎだろ……」
熱々の餅が、冷えた体に染み渡る。
「ううぅ……さぶっいっす」
岬が震えながら、勝手に家に入ってきた。
ダウンにデニムのショートパンツ——そりゃ、寒いだろ。
「泉先輩——あけおめっす!」
岬は、軽く挨拶すると、こたつの中に足を入れる。
彼女の冷たい足が、俺の足に触れる。
「ぎゃっ、冷たっ! 岬、足が冷たいって。
てか、なんで俺の部屋で暖をとるんだよ」
「ウチの部屋、エアコンが壊れてて、こたつもストーブもないから、極寒なんすよ!
可愛い後輩が震えてても、泉先輩はなんとも思わないんっすか?」
「うん、思わない。
その方が、静かになっていいんじゃないか?」
「薄情な男っす!」
岬は冷たい足で、何度も俺を蹴ってくる。
「こら、女の子が足で蹴るもんじゃないよ!」
「泉先輩ってば、昭和——てか、オカンみたい」
岬が、ゲラゲラ笑う。
「うっせー、誰がオカンだ……って、岬、そういえば実家に帰ってたんだよな?」
「そうっすよ……でも、誰もいなかったっすけど」
「誰もって? お母さんは?」
「あの人は……男の家にでも転がり込んでるんすよ。娘のウチがどこで何しようと、気にならないんっす」
そんなことない……そう言いかけたが、本当のところは俺にはわからない。
あの人か——言葉以上に岬との距離を感じた。
「岬……おいで……」
俺は両手を広げた。
「先輩……今日は一段とキモいっすね……」
「辛辣だな。
せっかく慰めてやろうと思ったのに……」
「そんなこと言って、うちの体を抱きしめたいだけっしょ!」
「いや、全然。そんな気、微塵もないよ」
うん。本当に、一抹の下心さえないから安心してくれ。
「なんか、さらっと言われると、それはそれで、むかつくっす」
「抱きしめられたくないのか、
抱きしめられたいのかよく分からんやつだ」
「別にいいんすよ。
男なんて、体目当てのやつばっかりっすから」
「それは心外だな。少なくとも、俺は岬の、明るい笑顔が好きだけどな。それに、気遣いもできるし」
「なっ、泉先輩……舞先輩と楓先輩だけでは飽き足らず、ウチまで落とすつもりっすね!」
「落とす? NFの話しか?」
「まったく、相変わらずNFバカっすね」
「まあ、そう言われると、悪い気はしないな」
「別に褒めてないっすけど……
てか、泉先輩、ウチも腹減ったっす!
自分だけズルいっす!」
「……ったく、仕方ねえ」
俺は、岬の頭をポンッと叩き、冷蔵庫を開ける。
雑煮の汁は結構残っているんだけど、肝心の餅はもう食べきったしなあ。
冷蔵庫の中には、今晩食べる用に買った解凍中の蟹しかなかった。
「岬……悪いが、餅なし雑煮しかないけど、それでいいか?」
「……なんすか、餅なし雑煮って……
もはや、雑煮じゃなくないっすか?」
「先輩……今、蟹見えたっすよ!」
「こ、これはダメだ……今晩、食べる用だから」
「でも、一人で食べる量じゃなかったっすよ?
もしかして、舞先輩っすか?」
「ギクッ……べ、別にまだ誘ってないぞ。
もし、時間が合えばと思っただけで……」
「そうっすよね。ウチなんか、見すぼらしい女は蟹なんか、食べさせてもらえないっすよね。
そんなの、わかってたっす……でも、いざ知ってしまうと、やっぱツラいっすね」
岬は目尻を抑え、呼吸が荒くなる。
うっ、そういう反応には、弱いんだよな。
「わ、分かったよ。岬、一緒に蟹しゃぶをしようぜ!」
「えっ、いいんすか!」
岬はケロッとしていた。
——こいつ、泣き真似かよ!
「……ま、仕方ない。
たまには可愛い後輩にご馳走してやるよ」
「泉先輩、神っす!」
「おい岬、せっかくだからお前も手伝えよ!」
「えっ、ウチっすか?
料理なんてしたことないっすよ?」
「働かざる者食うべからず!」
「やっぱり、先輩は昭和っすね……」
岬はため息をつきながらも、
こたつから出て俺の隣に立った。
彼女に包丁を手渡し、水菜を切らせる。
「付け爪のせいで切れないか?」
「付け爪は問題ないっすけど……」
岬の手が震えていた。
料理ってか包丁も握ったことなさそうだな。
このままだと少し怖いな。
俺は、背後から抱きしめるように、
岬の両手に手を添えた。
「泉先輩……これはこれで緊張するっすよ」
「大丈夫だ。せっかくの機会だから、包丁の使い方ぐらい覚えとけよ」
岬の手を俺の手で覆い、包丁で等間隔に水菜をぶつ切りした。
「おおっー、この切る時の感触、気持ちいいっすね」
「水菜は比較的切りやすいから、その調子で他の野菜も切ろうか」
その後もいくつか、材料の下ごしらえをした。
具材を鍋に入れてカセットコンロの上に移動させた。
岬が器や箸を運び、二人で再びこたつに入る。
「まだ、解凍しきれてないけど、蟹しゃぶなら美味しいと思う」
「か、蟹しゃぶっすか!
ウチ、食べたことないっす!」
「おう、食べてみな! 飛ぶぜ?」
岬が、蟹をだし汁に潜らせ口に運ぶ。
「んっ! ぷりぷりして鬼うまいっす!」
「岬、器貸してくれ、野菜をよそうから」
「えっ、いいっすよ。ウチ、野菜嫌いだし……」
「ダメだ……バランスよく栄養を取らないと」
「泉先輩ってば、なんかお父さんみたい」
「なっ、誰がおっさんだって?」
「別にそこまで言ってないっすよ。
……でも、家族ってこんな感じなんすかね」
「岬……俺たち、家族になるか?」
「えっ……ええっ!
泉先輩……それって……」
「ま、冗談だけどな!
俺たち家族みたいなもんだろ」
岬はなぜか顔を伏せている。
「くそっ、くそっ」
「いてっ、蹴るなよ!」
俺に触れる、岬の足はすっかり温まっていた。




