4話 転生
薄暗い部屋。
モニターの明かりだけが俺の顔を照らしている。
メインモニターにはゲーム画面。
横に置いたサブモニターには、コメント欄と自分のアバターが映っている。
ディスプレイの上にはスマホが固定されていた。
サブモニターでは、赤髪の少女がこちらを見つめ返している。
眉を動かす。
少女も同じように微笑んだ。
「……凄いなこれ」
思わず喉を鳴らす。
あれからトントン拍子に話が進んだ。
俺、泉海人は、素性を隠し、女性VTuber――霧雨レイへと転生した。
ボイスチェンジャー越しの声が、 ヘッドホンの中で“女”に変わった。
「そりゃ、声でバレるかもっていったけどよー。
浅場さん……さすがにバ美肉はキツイって」
バーチャル美少女受肉――通称、バ美肉。
男が女性アバターで活動することを指す。
噂には聞いたことがあったが……まさか、自分で体現するとは思っていなかった。
てか、俺のアバター……NFのアバターと似すぎだろ。
モニターの中の少女と目が合う、
燃えるような真紅のロングヘアを揺らし、
猫耳を模した黒いヘッドセット。
鋭く吊り上がった赤い瞳は、獲物を見定める肉食獣のように細められている。
口元には、わずかに自信を滲ませる笑み。
黒を基調とした衣装には赤の差し色が走り、
引き締まったウエストラインと大胆に覗く肩口が、可愛らしさよりも攻撃的な美しさを際立たせていた。
OBS。接続良好。
コメント欄、ゼロ。
同時接続、20人。
配信開始ボタンだけが赤く光っていた。
息を吐く。
モニターの中で、 赤髪の少女も同じように肩を落とした。
笑えば笑う。
首を傾げれば傾げる。
まるで鏡だ。
違うのは――画面の中の方が、 よほど“人間らしく”見えることだった。
駆け出しストリーマーだった頃を思い出すな。
全盛期100万人の登録者がいたが、始めたての頃は同接一桁だったっけ。
ここからが、俺の始まり――スタート地点だ。
「みなさん、こんばんはー。
俺はルミナスイリア所属の新人VTuberの霧雨レイよ。
よろしくね」
正直、ボイチェンが機能しているか不安だった。
ちゃんと、女性声に聞こえているのか?
コメ欄が緩やかに流れ出した。
こんばんわ
俺っ娘かっこいい!
レイ様ー踏んでくれー
声好き
なんか、変態っぽいのもいるが、反応を見る限り、女声に聞こえてるっぽいな。
「今日は、初配信ってことで、自己紹介がてら、みんなの質問に答えるわよ!」
さっそくコメ欄が動く。
身長と体重、スリーサイズ求む
好きな食べ物は?
パンツの色は?
まだ20人しかいないのに、えらく濃いコメントだな。男にパンツの色を聞いてどうすんだよ……てガワは女の子か……。
「女の子に体重なんて聞くもんじゃねえよ。切り刻むぞ!」
って、言い過ぎたか?
俺の不安に反して、むしろコメ欄が沸きだした。
レイ様に切り刻まれるなんて本望です!
俺も切り刻んでくれー
具体的にどこを切るんだ?
パンツの色を所望する
マジでコメ欄が終わってる。
男が男を喜ばせてるなんて、生産性なさ過ぎだろ。
それにどんだけパンツの色を知りてえんだよ。
仕方なく、自分のズボンのゴムを引っ張って確認する。
「黒だよ黒。これで満足か?」
今夜のおかず決定!
妄想がはかどる
うっひょー
ありがたき幸せ
体重はダメでなんでパンツの色はいいんだよ
気づけば同接も50人に増え、いっそう盛り上がる。
適切なツッコミだな。
プロゲーマーとしてストリーマーをやってた時とは、やっぱりコメ欄の毛色が違うな。
当然と言えば当然なんだが。
女性配信者は、こんなセクハラに日頃から耐えているのか……。尊敬するよ。
ふと、隣人の犬柴アカリの顔がよぎった。
彼女は既に、配信サイトの登録者が1万人に到達していた。
俺の先輩になるんだよな。
彼女が頑張ってるなら、俺も頑張らないとな。
そこから、過激な質問もかわしつつ。
なんとか初回配信を終えた。
「ふぅー、疲れた……」
隣の部屋から叫び声が聞こえる。
電子時計を見ると午前二時を回っていた。
アカリちゃん。今日も配信頑張ってるな。
VTuberとしての皮を被る一方で、俺は毎晩VRへ潜った。
指先の感覚が擦り切れるまで、投げナイフだけを投げ続けた。
次回は、NFの配信でもするか。
暗転したモニターにいつもの俺の顔が反射する。
少しだけ、笑っているように見えた。




