33話 人間
翌日――洗面台で自分の顔を眺める。
髭も剃ったし、面構えも悪くねえ。
――行くか!
気合を入れ直し、楓の部屋の扉を開ける。
いっつも勝手に入ってくるんだ。
たまに、相手の気持ちを味あわせてやろう。
「相変わらず、湿度の高い部屋だな」
部屋には酒とヤニの匂いで充満していた。
楓は机につっぷして寝ていた。
「楓――部屋、換気するぞ」
カーテンを空けて窓を開く。
柔らかい陽の光が冷気とともに流れ込んでくる。
「ううっ……頭痛っ……」
「ったく、飲み過ぎだよ、お前は……」
「って、海人くん!? なんで、ここに……」
「なんでって、心配してに決まってるだろ」
「もう……私のこと嫌いになったのかと……」
「謝るなら最初っから、かき回すなよな」
「……ううっ、こんな醜い私……見ないで……」
楓はまだ、酒が残っているのか、顔を隠して泣き出した。
「別に醜かないだろ」
「うぎゃっ……あ、温かい……」
俺は楓の顔を、蒸らしたおしぼりで拭き上げた。
「人間なだけだ……俺も……楓も……」
楓は誰よりも分厚い仮面を被っている。
素が漏れている時でさえ――本音かはわからない。
裏返せば本音が怖いのかもしれない。
周りの人間を引っ掻き回しているんじゃない。
周りの人間が自分を受け入れてくれるか試しているんだ。
「海人くん……私は醜いよ……」
「大丈夫だ。そこも含めて受け入れてやるよ。
俺を誰だと思っている?」
「ふふっ、海人くん……そうやって、また、女の子を傷つけるの?」
「傷つける?」
「海人くんは一人しかいないんだよ?
全員は幸せにできないよ」
「……」
俺には彼女の言っていることがわからなかった。
ずっと仲間で、ずっと友達でいれば、みんな幸せなんじゃないのか?
「でも、嬉しい!
私、すぐには無理かもしれないけど、少しずつ自分を出していくね!」
「おう、それがいい。それに、今の楓の方が何万倍も可愛いぞ」
「くっ……こいつは……」
なぜか楓はダメージを負っている。
「でも、海人くんには私の素肌……見せてもいいかも……」
「素肌? 見えてるじゃん……まさか……顔も全部化粧で誤魔化しているとか?」
「この男は……」
楓はなぜか、拳を握りしめ震えていた。
ま、よくわからんが、元気になったならよかった。
「よしっ、次は舞ちゃんだ!」
「ちょっと、海人くん……もう、行っちゃうの?」
「ああ!今なら行ける気がする!」
「なんか、ハイになってるし……わかったわよ、私のせいでもあるし、早く舞ちゃんを叩き起こしてきて!」
去り際に、楓のため息が聞こえた。
§
舞ちゃんの部屋の前で呼吸を整える。
ドアノブに手を掛けようとしたとこで、扉が開いた。
少し、痩せた舞ちゃんが立っていた。
「もう、海人くん……全部聞こえてたよ……入っていいよ」
楓とのやり取り……聞こえてたのか……。
舞ちゃんは以前より、砕けた話し方になっていた。
「お邪魔します……」
小さな丸テーブルに向かい合うように腰を下ろす。
「それで……私には何を言ってくれるの?」
舞ちゃんは少し期待するような、力ない目で俺を見つめる。
……彼女の気持ちは分かっている。
俺もそれに答えないと……。
「舞ちゃん……前にも言ったけど……俺、舞ちゃんに救われた。好きかと言われたら大好きだ。
愛しているかと言われたら愛している!」
舞ちゃんは目を見開く。
「でも……俺には好きってのが、よく分からないんだ。一緒にいたいし、一緒に触れ合いたい。
でも……でも……」
だめだ、上手く言葉にできない。
楓の時はすらすら話せたのに……。
「海人くん……落ち着いて……」
舞ちゃんの手が俺の頬に触れる。
ほんのり温かかった。
勢いで、突撃した自分が恥ずかしくなった。
「……ごめん」
「いいんだよ……今まで私が押し付けてたから……海人くんも私にいっぱい押し付けて……それで、お相子だから……」
舞ちゃんは優しく微笑んだ。
「それで、今までの私の言動が精算できたら……その時に、海人くんの気持ち……聞かせてほしい」
「……わかった」
「でも、私だっていつまでも待てないんだからね。早くしないと……誰かに取られちゃいますよ」
「……嫌だ」
はっ……俺はなにを……。
「あっ……これは……」
そこまで言いかけたところで、舞ちゃんは俺の唇に人差し指を当てる。
「そこは、訂正したらダメだよ」
彼女の笑みとともに、少しだけ関係は戻ったのかもしれない。
進展したか後退したかは――俺にはわからなかった。




