30話 五人目
――浅場さんに、NFの事務所に呼び出された。
……会うのは久々だな。
「やあ、泉くん。久しぶりだね。
それと、今日はお呼び立てしてすまないね」
今日呼ばれたのは俺だけじゃない。
「茜ちゃん。大丈夫だよ。
このおじさんは見た目ほど怖くはないから」
「ははは、手痛い紹介だね、泉くん。
私はルミナスイリアのCEOを務めている、浅場邦仁です」
そう言って、彼は手を差し出した。
茜ちゃんは、なぜか俺の腕を掴み、浅場さんの手を握らせた。
「柴田茜です……」
彼女は顔を伏せて挨拶する。
「茜ちゃん……」
ここまで人見知りだと、笑えてくる。
「今日は柴田さんにお願いがあってね」
浅場さんはさっそく本題に入る。
「単刀直入に言うと――ルミナスイリアでVTuberとして活動しないか?」
「えっ……?」
彼女は首をかしげる。
俺は、あらかた話は聞いていた。
「泉……」
茜ちゃんは不安そうに俺を見る。
「決めるのは茜ちゃん自身だ。
俺は何も言わないよ」
そうだ、これは大事な決断だ。
流されるままに始めて、
続けられるほど、VTuberは甘くない。
「ルミナスイリアには泉くんもいるし、
何より、君は誰だってコメントが多いんだよね」
そう言って浅場さんは、
動画配信サイトの切り抜きを見せる。
ルミナスイリア――新人VTuberと銘打たれたショート動画が再生される。
「これは……オフでフルパやった時の映像だ……
なんか、勝手に動画にされているな」
内容的に、相手視点だな。
もしかして、敵にリスナーがいたのか……
確かにアバターはV体そのものだからすぐに分かるか。
コメントを見ると、茜ちゃんが可愛いという文字で埋め尽くされていた。
「逆にこれを利用して、そのまま所属Vとして、
引き抜こうと考えたわけか?」
「ははは、その通りだ。
Vのモデルは、NFのアバターをそのまま流用するから大丈夫だよ」
ったく、何が大丈夫だよ。
このおじさんは、本当に用意周到だ。
「茜ちゃん。嫌なら断れよ」
彼女は首を左右に振る。
「私――やってみたい!」
即断だった。
「そうか、前向きな返答が聞けてよかったよ。
面倒は泉くんが見るから安心しなさい」
「えっ……なんで俺?」
「なんでって、君が見つけた逸材じゃないか」
「泉……面倒みて……」
茜ちゃんは両手同士を握り、上目遣いで俺を見上げる。
うっ、そんなつぶらな瞳で言われたら……
断れないじゃないか。
こうして、あっさりと柴田茜のルミナスイリアへの加入が決まった。
§
「ルンルンルン」
茜ちゃんは鼻歌を刻みながら、
スキップをして、夕暮れ時の町を跳ねる。
「茜ちゃん……本当によかったのか?」
茜ちゃんは、まだ何も知らない。 VTuberという世界の優しさも――怖さも。
炎上のリスクだってある……リスナーは味方であると同時に――敵でもある。
それは、俺が一番よく知っている。
人は他人との接触が、
間接的になればなるほど攻撃的になる。
刃物を他人に突きつける人は少ないだろう。
だが、それが車になったとたんどうだ?
煽り運転となると、一気に加害者が跳ね上がる。
それが、SNSという曖昧な距離感――
言葉という曖昧な凶器――
人間はすぐに加害性を見失い、他人を死に追いやる。
「泉……大丈夫?」
気づけば、茜ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だ。――俺は大丈夫。
なんたって、茜ちゃんやみんながいるからな」
「ふふふ」
茜ちゃん、めいいっぱい口角が上がり、
静かに微笑む。
彼女は俺が守る。
舞ちゃんが俺を守ってくれたように……今度は俺が誰かを助ける番だ。
俺の決意を崩すかのように、茜ちゃんのスマホが鳴動する。
「茜ちゃん……スマホ買ってもらったんだ?」
「うん……まだ……操作になれなくて……」
――彼女はおぼつかな手捌きで電話に出た。
§
夜遅く――俺たちは病室で、初老の男性を見下ろしていた。
「五十嵐……」
茜ちゃんは、衰弱している執事を見て泣き崩れる。
神経系の末期の肝臓がんらしい。
――詳しくは俺も分からない。
あの時の彼の表情……全てを悟ってたのかも知れない。
彼は弱々しく、まぶたを開き、茜ちゃんの頭を撫でる。
その手は、執事というよりは、家族として彼女に触れるようだった。
「茜ちゃん……今日は遅い……帰ろう……」
茜ちゃんは、首を横に振った。
「また、明日来よう……」
彼女の頬は、濡れていた。
§
茜ちゃんを一人にできるわけもなく、
気づけば自宅に連れてきていた。
部屋の隅で、彼女はちょこんと体育座りをしている。
「茜ちゃん、俺は離れて寝るから、マットレスの上――使っていいよ」
毛布だけ持って、俺は離れるように床に寝た。
蛍光灯が薄く照らす中、小さな足音が隣で止まる。
「いいよ。おいで……」
俺は、スペースを空けた。
茜ちゃんは猫のように、俺の脇で丸まった。
ものの数分で寝息が聞こえてきた。
「俺も……母さんが亡くなった時は、何も考えられなかったからなぁ」
茜ちゃんを、起こさないように抱えマットレスの上に寝かせた。
再び床で寝ようとすると、服の裾が引っ張られる。
振り向くと――茜ちゃんの瞳が、カーテンの隙間から覗く月明かりに反射していた。
……わかったよ。
諦めたようにため息をつき、
俺は、彼女の横で眠った。




