28話 小さな姫様
「茜ちゃんは、普段は何をしているんだ?」
「うーん……ええっとね、ゲーム!」
ゲームか……俺らと同じ人種か。
確か、二十歳って言ってたよな。
――にしては幼い気もする。
話し方というか、感性が……。
語れるほど、彼女のことを何も知らないけど。
「なんのゲームするの?」
「NF……」
「へぇー、FPSとかするんだ」
意外だった。
もっと、ほのぼの系かと思った……。
「うん!」
「実は、俺もNFしてるんだ。今度、一緒に遊ぼうぜ!」
「うん、遊ぼう! 約束だよ!」
茜ちゃんは、俺の手を強く握りしめた。
§
しばらく、秋風に揺られながら散歩を続けた。
手を引く、彼女は、目新しそうに紅葉を眺めていた。
「きれい……初めて見た……」
「初めてって、そんな大袈裟な。
日本で、紅葉を見たことない人なんていないだろ」
「私、海外にいたから……
お父様とお母様が、外に出してくれなかった……」
茜ちゃんは、目を細める。
「そうなのか……」
少しデリカシーが足りなかったか。
あまり踏み込むべきじゃないかもな。
「今日は、茜ちゃんの好きなところに連れて行ってあげるよ」
「えっ、ホント!
でも……何が好きか、わからない」
「なら、俺のお勧めスポットを紹介するよ!」
「わーい! これって……デート?」
茜ちゃんが真顔で首をかしげる。
デート、そう言われると気恥ずかしいけど。
「まあ、デートみたいなもんかな」
「デートか……やっぱり……泉は、たらしだ」
「たらしって……」
桃先輩のせいで、茜ちゃんが変な言葉を学習している。
§
初デートに、バーガーメテオ……。
もっと、いいところに連れてってやれよ。
自分の女性経験のなさに泣けてくる。
「私、これ……食べてみたい……」
気落ちしている俺とは対照的に、
茜ちゃんは、メニュー表を指さし、目を輝かせている。
「トリプルメテオか……確かにここの看板メニューだけど……さすがに食べれないんじゃないか?」
「看板メニュー! 私、これにする!」
看板メニューという響きに、
なぜか反応した茜ちゃんは、俺と同じトリプルメテオを注文する。
「私……外食、初めて!」
この子、いったいどんな環境で育ったんだろう。
「今は、外出や外食も、オッケーなんだ?」
「うん……。
お父様とお母様……もう、死んだから……」
重たい内容を軽く話す。
やらかした。また踏み込んではいけない部分を踏み抜いてしまった。
――沈黙が続く。
気まずい空気を打ち消すように、
三段重ねの肉厚のハンバーガーが目の前に並べられた。
「うわー! 大きい!」
茜ちゃんは目を輝かせ、分厚いハンバーガーを、あらゆる角度から眺める。
「むむむ――これは手強い!」
「食べ方が分からないのか?
なら、俺を見てな」
口を大きく開け、豪快にトリプルメテオに食らいつく。
「おおっー! 泉……すごい!」
「私も!」
茜ちゃんが精一杯、口を開ける。
そして、大きなバンズに小さな顔が埋まる。
――彼女の口は、ハンバーグにすら、
到達していなかった。
「ははは、心意気は認めよう!
でも、ここは、俺に任せな」
テーブルにナイフとフォークが備えつけられている。
とりあえずバンズと中のハンバーグを切り分け、
茜ちゃんに手渡す。
「むっ……むむむっ!」
それでも彼女の口には大きかったようで、口の周りにソースを付けながら、頬張る。
「ほら、ついてるぞ」
彼女の口周りを紙ナプキンで拭き取る。
そういえば、桃先輩と岬と来た時も、
こんな雰囲気だったな。
「泉……うまっ!」
「ふふ、楽しんでくれてよかったよ……」
茜ちゃんにもっと、
いろんなところを見せてあげたい。
「ほかにも、どこか行くか?」
彼女は顎に手を当て、考え込む。
「……泉の家に行きたい!」
「おう、いいぜ!」
茜ちゃんを連れて、帰路につく。
「泉……肩車!」
彼女は細い両腕を伸ばし、上目遣いになる。
「わかったよ……」
本当に子どもみたいな子だ。
しゃがむと、彼女の細い太ももが顔の横にきた。
品のある、甘い香水の香りに包まれる。
「泉……高い! 高いぞ!」
「あんま、はしゃぐと落ちるぞ」
肌触りのいいスカートが、俺の頬に触れる。
§
……そうだ、こいつらの存在を忘れていた。
自宅に着くと、白目を剥いて悶絶している楓を、
舞ちゃんと岬が見下ろしていた。
「あっ、泉先輩! お帰りっす!」
岬が俺たちに気づくと、手を振る。
「あら? 海人くん……また、違う女の子?」
舞ちゃんの、短い言葉に圧がこもる。
「あ、ああ。茜ちゃんって言うんだ」
「茜……です」
彼女は慌てて、俺の後ろに隠れる。
「舞ちゃん。あんまり怖がらせるなよ……彼女は純粋でいい子なんだから」
「ふーん。
それって、私は純粋でもいい子でもないってことですよね?」
「うっ……」
しまった。言葉選びをミスった。
「泉先輩ってば、相変わらず、女心がわかってないっすね?」
「女っぽくない、岬には言われたくないけどな……」
「あっ、泉先輩――ひでーっすね。
今どき、そんなこと言ったら炎上しますよ?」
炎上……くっ、その二つの文字に、胸に締めつけられるような痛みが走る――。
はぁはぁはぁ、息が――。
立っていられなくなり、膝をつく。
「泉先輩!」
岬が叫んでいる――彼女の声が遠くなる。
俺の体に誰か触れる。
顔を上げると、舞ちゃんが俺を抱き締め、背中を擦っていた。
「海人くん……大丈夫だよ。
ゆっくり息をして……私がそばにいるから。
何か、あっても私が守るから……」
――舞ちゃんは俺の過去を知っている。
彼女の体温で、次第に呼吸が落ち着いてきた。
「泉……大丈夫?」
茜ちゃんも心配そうに、俺の顔を覗き込んでいる。
「泉先輩、申し訳ないっす!」
岬が頭を下げている。
「海人くん安心してね。岬ちゃんは、私がきつくお仕置きしておくから」
「舞先輩……目がマジっすよ……」
岬が一歩退く。
「ふふふ。海人くんを傷つける人はゆるさないんだから……」
気持ちは嬉しいけど……舞ちゃん。
ちょっと怖い。
「舞ちゃん。俺はもう大丈夫だから……それより、茜ちゃんと仲良くしてやってほしい」
「えっ、別にいいですけど……」
その後は、お仕置きで意識を失っていた楓も目覚め、みんなでUNOやNFをして遊んだ。
§
日暮れ時――茜ちゃんはスマホはもっておらず、
俺のスマホの履歴から、執事の五十嵐に連絡を取る。
アパートの前で茜ちゃんは迎えのリムジンに乗り込んだ。
最後まで彼女は小さな手を振っていた。
「皆さま……お嬢様と遊んでいただきありがとうございました。できれば、これからも仲良くしてあげてください」
五十嵐は深々と頭を下げる。
彼の目が、かすかに潤み、声のトーンが落ちる。
「はい、茜ちゃんのことは任せてください」
なぜか、俺はこの時、この言葉選びをしていた。
今振り返れば、本能的に何かを察していたのかもしれない……。




