26話 ドライブ
桃先輩の運転で、茜と名乗る女の子と後部座席に揺られていた。
「てか、茜ちゃんは……何歳?
いまさらだけど、未成年誘拐みたいなオチは勘弁してほしい」
不思議な成り行きから、少し頭が冷静になる。
「二十歳……」
「桃先輩、二十歳って誘拐しても大丈夫だっけ?」
「誘拐は、全年齢ダメでしょ!」
俺と桃さんが盛り上がる中、茜ちゃんは、流れ行く夜の町を食い入るように眺めていた。
「茜ちゃんって、地縛霊とかじゃないよな?」
「地縛霊……?」
彼女はこちらを振り向き首をかしげる。
「ちょっと、泉くん……初対面なんでしょ?
女の子に年齢聞いたり、幽霊扱いしたり、ヒドいんじゃない?」
「ごめん、気を悪くしたら謝る」
茜ちゃんは首を左右に振る。
「ドライブ……楽しい。
……泉くん」
彼女は、俺の名前を噛み締めるように呼んだ。
「なんか……私って噛ませみたい……」
桃先輩がぼそっと呟く。
ミラー越しに見える先輩の表情は、どこか沈んでいた。
§
——車に揺られ、町外れにある、海辺に到着した。
茜ちゃんは、気づけば寝ていて、俺の肩に寄りかかっていた。
「この子……ホントになんなんだろう?」
「泉くんって、少し、変わった子を引き寄せるんじゃない?」
「それって、桃先輩も入ってます?」
「わ、私は別に、惹かれてなんか……」
「冗談ですよ。
桃先輩みたいな素敵な人が、俺なんか気になりませんよね」
「その言葉……肩に別の女の子が、寄りかかってなかったら、もう少し刺さるんだけどな」
——桃先輩が軽く笑う。
「せっかくなんで、外に出ますか?」
「……うん」
桃先輩が静かに頷く。
寝息を立てている茜ちゃんを起こさないように、
横にして、車の外に出た。
——夜風が潮の香りを運んでくる。
遠くに浮かぶ、町の灯りが波風に揺れる。
「私、ここの景色が好きなんだ……
悩んでいた時、よくここに来るの」
「話し、聞きますよ?」
——桃先輩の隣に立つ。
「ふふ、立場が逆転しちゃったね……」
「さすがに、この時期の海は少し寒い。
桃先輩は、大丈夫ですか?」
「——泉くん、握って……」
桃先輩は、こちらを向かないまま手を差し出す。
その横顔が、少し——揺れていた気がした。
いつもは騒がしい先輩が、少しだけ大人びて見えた。
「……そうだよね」
桃先輩はそれだけ言うと、腕を下ろした。
やばい、完全にタイミングを逃した……。
桃先輩が上着のポケットに手を入れようとした瞬間――俺は、少し強引に彼女の掌を握った。
「泉くん……」
先輩の手は、冷たかった。
俺はその手を握りしめたまま、ジャケットのポケットに突っ込んだ。
「これで、温かいでしょ?」
「君は、これまで何人の女の子を泣かせてきたんだい?」
桃先輩はいつもの調子に戻っていた。
「誰も泣かせて――」
雨の日――あの時の舞ちゃんの泣きがよぎった。
「ほらっ、やっぱり心当たりがあるんじゃない!」
「すみません……」
「謝られても……なんか、私も泣かされそうな気がするわ」
「大丈夫です! その分、笑わせますよ!」
「ふふっ、なによそれ……」
微笑む桃先輩の手を――しっかりと握った。
ポケットの中で、二人の手に、熱が灯る。
「うわっ!?」
反対の手に、冷たく小さな手が触れる。
慌てて、隣を見ると茜ちゃんが俺の手を握っていた。
彼女は、俺の手を握ったまま、俺のジャケットに手を突っ込む。
名前以外、何もわからない女の子。
この子は何者なんだ?
「……これは、両手に花でいいのか?」
右のポケットには桃先輩の――左には茜ちゃんの手を握っていた。
「茜ちゃんいいの?」
桃先輩が尋ねる。
「何が?」
茜ちゃんは短く返す。
「泉くん……たらしだよ?」
「泉……たらし……悪い男……了解!」
「了解すんなよ! 別にたらしてないだろ。
気づけばいろんな女性が近くにいるだけだ」
「その発言……一番たらしだよ」
桃先輩が引いた目で俺を見ている。
でも、手は離そうとはしない。
「泉……たらし……」
茜ちゃんは、なぜかその言葉を繰り返しているし。
「もう、好きに呼んでください」
§
桃先輩に家まで送り届けてもらった。
「茜ちゃんはどうすんの?」
「なに、泉くん……このまま家に連れ込む気?」
「まだ、このネタ続けます?」
茜ちゃんはおもむろにポケットから、一枚の紙を取り出す。
名刺のような厚紙に何か書かれている。
「えーなになに……この子を見かけたら、こちらまでご一報ください?」
名刺に電話番号が書かれていた。
茜ちゃんはスマホを持っていないようだったので、
代わりに連絡を取る。
電話の主は、ここの住所だけ聞くと、すぐに電話を切った。
「なになに、どういうこと?」
桃先輩も不思議そうに名刺を覗き込む。
「俺にも、何がなんだか……」
10分も経たない内に、
錆びれたアパートに似つかわしくないリムジンが、目の前で止まった。
中から燕尾服をきた、初老の男性が出てきた。
「すみません。ご迷惑をお掛けしました」
執事のような男性は深々と丁寧なお辞儀をする。
「こちらこそ、ドライブに連れ回してしまったので……すみません」
「……五十嵐……楽しかった!」
「そうですか、お嬢様」
五十嵐と呼ばれた執事は、朗らかな笑みをこぼす。
「って、お嬢様?」
桃先輩が、変な声を出す。
「御二人方にはご迷惑をお掛けしました。
また、御縁がありましたらお嬢様と遊んでいただければと思います」
「ばいばい……」
茜ちゃんは俺たちに向け、手を振る。
「おう、またな!」
状況が飲み込めないまま、彼女は五十嵐さんと去っていった。
「いったい、なんだったのかしら?」
「ほんとにな……」
――不思議と、彼女とは、
また会えるような予感がしていた。




