25話 ナンパ
真っ暗な部屋で、自分の手の輪郭を確認する。
——かすかに震えていた。
あんなに、ヒリついた試合をしたのは久しぶりだ。
野良の子の力もあったとはいえ、
このチームでマスター帯に勝利できたことが、
未だに信じられなかった。
ふぅ、今夜は寝れそうにないな。
§
上着を羽織って、外に出た。
夜露に濡れる枯れ葉を踏みしめながら、
元バ先のコンビニに向かった。
コンビニに入ると、
桃先輩がレジ中で欠伸をしていた。
「桃せんぱーい! 真面目に働けー!」
「ふぁ、泉くん……い、いらっしゃい。
……夜はすっぴんだからあんま見ないで」
桃先輩は、軽く顔を隠した。
「桃先輩は化粧なんかしなくても、綺麗でしょ」
「あんたは、またサラッとそんなことを……」
さてさて、桃先輩よりも、
お目当てのプリンはどこだ?
バイトしてた時は、毎日のように買って帰っていた——勝利のミルクプリン。
おっ、ラッキー!
一つだけ売れ残ってた。
プリンに手を伸ばす——俺の手の甲に重なるように、小さな手が乗せられた。
「あっ、すみません」
俺は思わず手を引っ込めた。
隣を見ると、見慣れない女の子が、
無言で立っていた。
サラリと長い黒髪に、白いニットを着た彼女がこちらを一瞥する。
「ミルクプリン……」
女の子は、それだけ言い残し、
そのままプリンを取ってレジまで向かった。
……変な子だな。
って、俺のプリンが……。
はぁ、仕方ない。
諦めるか……。
俺は代わりにシュークリームを手に取り、
女の子が出たあと、レジに並ぶ。
「あんま、見ない子だね?」
「なになに……また別の女の子が気になるの?」
「ちげぇよ!」
「焦っているとこが余計に怪しい」
桃先輩はなぜか頬を膨らませている。
「そういえば、泉くんがこんな時間に来るの、珍しいね」
「少し、寝れなくてな……」
「どしたん?
悩んでいるなら、お姉さんが話聞こか?」
「なんだその、構文みたいな誘い文句は……」
会計を終え、
シュウクリームを指先で回しながら自動ドアへ向かう。
「い、泉くんっ……わ、私、もうすぐバイト終わるんだけど……ドライブ行かない?」
「ドライブか……仕方ない。
誘いに乗ってやるよ」
「やった!」
桃先輩が軽くガッツポーズをしていた。
「ドライブごときで、そんな喜ばれても……外で待ってるね」
点滅する駐車場の街灯の下で、シュークリームを頬張る。
「……うまっ!」
口の中でカスタードと生クリームが絡み合う。
「はむっ……はむっ……」
咀嚼音に隣を見ると、さっきの女の子が外でプリンをかき込んでいた。
——午前二時だぜ?
コンビニの駐車場で女の子が一人でプリンを食べているってのは、少し異質だ。
ふと、彼女と目が合う——。
彼女はスプーンを咥えたまま、こちらに歩いてくる。
「それ……」
俺が食べているシュークリームを指差す。
「なんだ、欲しいのか?」
コクコクっと、彼女は頷く。
「プリンまで取られたあげく、シュークリームまでやるってのもなぁ」
彼女はミルクプリンをスプーンですくうと、
——軽く背伸びをして、俺の口元まで運んだ。
「うっ……はむ」
誘惑に負けて、プリンをいただく。
すると、彼女は口を大きく空けた。
これは……そういうことだよな?
彼女の口元にシュークリームを運ぶ。
——大きな一口で、シュークリームを頬張った。
「ん……おいしい」
「口についてんぞ」
彼女の口元のクリームを手で拭う。
「泉くん、おまたせ……ってなにしてんの……?」
深夜のコンビニ前で、見ず知らずの女の子と食べさせ合いっこ……確かに異様な状況だ。
「まあ、成り行きで……」
「どんな成り行きよ!」
「桃先輩、ドライブ行きましょ!
じゃ、気をつけて帰れよ」
後ろ手に手を振り、女の子に別れを告げる。
ぐいっ——とジャケットの裾が引っ張られる。
振り向くと、彼女が俺の服を掴んでいた。
「……ドライブ」
「なに、一緒に行きたいの?」
彼女はコクコクと頷く。
「……と、申しておりますが?」
確認するように、桃先輩の方へ向きなおる。
「なんで、私が泉くんのナンパの手伝いをしなきゃなんないのよ……」
「別に、ナンパしてないって!」
「どうだか……」
桃先輩は少し頬を膨らませる。
「俺は、桃先輩一筋だよ」
「えっ……!?」
桃先輩の声が跳ねる。
一筋なんだけど、それでも後ろの女の子が、ジャケットの裾を離してくれない。
「……ドライブ!」
背後の声が、すごい主張してくる。
「はぁ……仕方ない……あなたも連れてってあげるわ」
「君、名前は?」
「……茜」
旅は道連れ——見ず知らずの女の子とともに夜のドライブへ誘われる。




