21話 素
ふぅ〜、羽袖キララとの配信を終え、ヘッドセットを外して振り向く。
「お邪魔してまぁ~す」
伊藤楓が片手をヒラヒラさせながら、机に座っていた。
「……もしかして、今の配信聞いていた?」
「聞いてましたぁ。しかも、レイちゃんの女声じゃなくて、海人くんの凛々しい声で……ぶふっ」
楓が吹き出した。
最悪だ、あのシチュエーションボイスを生で聞かれてたなんて……!
「海人くん、お邪魔します」
続け様に舞ちゃんも部屋に入ってきた。
「えぇ~、舞ちゃんも来たんだぁ〜
せっかく海人くんと二人っきりになれたと思ったのにぃ」
楓はさして残念そうには見えない。
この子の本音が未だに読めないな。
「楓ちゃんと二人っきりなんて、絶対、ダメですから!」
舞ちゃんが声を荒げる。
「俺は、二人が来てくれて嬉しいよ。
……っと、楓ちゃん。さっきのボイス……聞いてた?」
「ボ、ボイスですか……。
そんなの出したんですか?」
よかった、聞かれてなかったみたいだ。
「えぇ~、隣なら聞こえてたと思うんだけどなぁ」
「と、とにかく。二人とも、どうしたんだ?」
「楓わぁ、海人くんにご飯を作ろうと思ってぇ」
「だ、駄目です。今日は、私が作るんですから!」
舞ちゃんは、さっそくキッチンに向かい、持ち込んだ食材で料理を始める。
「ねぇねぇ、海人く〜ん。舞ちゃんってば、最近、積極的だよねぇ、健気だねぇ」
「ちょっと、楓ちゃん。聞こえてるよ!
別に、そんなんじゃありませんから……
ただ、海人くんには、私の料理……食べてほしいだけです」
「あらあら」
「楓、それぐらいにしとけ、
舞ちゃんはスイッチ入ると、面倒だぞ……」
「海人くん、それどういう意味ですか?
面倒くさい女で悪かったですね!」
包丁で食材を刻む音が、強くなる。
「ははは……」
渇いた笑いで誤魔化す。
ふと、楓ちゃんに目を向けると、何か企んでいる笑みを浮かべて、テーブルに置いていた舞ちゃんのスマホを操作し始める。
「ちょっと、楓、やめなって」
楓を制すが、淀みない手さばきで何かを再生する。
『そうだな、これで勘弁してくれるか?
――チュッ』
「っておい、楓、これ……!?」
これは、雑音が入っているが、俺のシチュエーションボイスだ。
しかも……男声……。
って待てよ……なんで、舞ちゃんのスマホに録音されているんだ?
「きぁぁぁぁ!」
舞ちゃんが慌てて、楓が持っていたスマホを取り上げる。
――片手には包丁が握られたままだ。
「舞ちゃん、危ないってば!」
一瞬、楓が素に戻る。
「舞ちゃん、もしかして、壁越しで録音してたの?」
俺の質問に、舞ちゃんの頬が紅潮する。
「やめてー! それ以上言わないでー!」
舞ちゃんが包丁をブンブン振り回す。
「ちょっと、海人くん、刺激しちゃまずいって、
ま、舞ちゃん……落ち着いて……」
「楓ちゃん、許さない……」
舞ちゃんの目が本気だ――。
「ま、舞ちゃん……ご、ごめんなさい。
わ、私が悪かったから……」
楓の一人称が“私”に戻っている。
「舞……俺を見ろ!」
楓ちゃんを庇うように前に立つ。
「か、海人くん……」
最近、舞ちゃんの情緒が不安定だ。
なんとか、落ち着かせないと。
「舞がケガをしたらどうするんだ」
俺は彼女の手からゆっくりと包丁を取り上げる。
彼女をそっと抱きしめ、背中をさする。
「海人くん……“舞”って呼んでくれた」
「呼び捨てがいいなら、いくらでも呼んでやるよ」
「うん……楓ちゃんだけ、ずるいって思ってたから……」
「ふ、可愛いやつだな……」
「いでっ!?」
な、なんだ……お尻に激痛が走る。
ふ、振り向くと、楓が千年殺しのポーズをとっている。
ようやく理解した。か、浣腸されたのか……。
「か、楓……どうして……」
「なんか、イラッとしたから。目の前で見せつやがって」
楓の口調が完全に別人だ。
「俺は……君を、庇おうと……」
激痛のあまり、床に倒れる。
「か、海人くーん!」
舞の叫び声がやけに遠くに感じた。
§
早朝、二人が帰った後、後片付けをしていた。
あれからオールとか、二人とも、元気だよな。
あれだけのことがあったのに、
鏡に写る俺は自然と笑みがこぼれていた。
――ピーンポーン。
「レイせんぱーい! いるー?
遊びに来たんだけど〜!」
この軽い声は……。
波乱の予感を抱えながら、
俺は、ドアノブに手をかけた。




