2話 初キル
犬柴アカリ――騒がしい隣人に触発されて、
久しぶりにNFを起動した。
ネオンフラグのアカウントも消してしまったしな。
アバターも一から作るか。
ネオンフラグはVRに移行してからシステムが変更された。
今までは使用キャラ――すなわち、ヒーローの既存アバターを使用していたのだが、今作から自作のアバターを使用できるようになっていた。
どうせ顔を作るなら、自分とは真逆がいい。
長い赤髪に、冷たい目元――女のアバターにするか。
昔の自分を消し去りたかった……。
またすぐに止めるかもしれないし、
アバターなんて適当でいいか。
俺はさっそく肩慣らしに自分以外、全員敵のフリーダムモードでプレイを開始した。
……10試合して0キル。
……やっぱり、どうしても銃を構えて当てられない。
敵の背後を取って殺せないなんて……
自分の才能の無さにため息しか出ない。
ヒーロースキルも、複雑な動作を要求されるものは上手く再現できない。
「このゲーム、難易度高すぎだろ!
なんで、みんな平然とプレイしているんだよ」
……俺は銃を扱うのに向いてないのかもしれない。
そこで、あるヒーローが目につく。
――こいつは。
“フロッグ”……メインウェポンにハンドガンしか持てず、サブウェポンが投げナイフになる。
銃での戦闘がメインのゲームなのに、
撃ち合いの弱いハンドガンしか使用できない。
加えて、VRに移行前は二足歩行の気持ち悪いカエルの見た目をしていたため、ピック率も1%を切っていた。
今は、自作アバターを使用できるのが、せめてもの救いだ。
試合開始――俺はさっそくサブウェポンの投げナイフに切り替えた。
このナイフは扱いが難しい代わりに――必殺。
かすっただけで即死。
問題は、投げナイフは二本までしか持てず、
投げた後、回収しなければ再使用はできない。
そして、この投げナイフは投擲前提のため、あくまで投げて使用しなければ相手を倒せないという、欠陥武器だ。
敵の至近距離でどれだけナイフを振って攻撃しても、キルできない。
代わりにフロッグには利点もある。
機動力が高いことと、足音がほとんど鳴らない。
“音”という情報が何よりも重要なFPSにとって、かなりのアドバンテージになる。
――だが、ピック率が低いってことは……つまり、弱いってことだ。
強ければ多くのプレイヤーが使用している。
……単純な話だ。
かすかに震える指先で投げナイフを抜いた。
その存在を確かめるように柄を握りしめる。
よしっ、これぐらいの動作なら、俺でもできる。
あとは、投げて当てるだけ。
フリーダムモードは30ポイント先取。
誰かが30キルするか、タイムアップになった時点でゲーム終了だ。
敵プレイヤーがリスポーンする位置、顔を覗かせるタイミング――すべて、体が覚えている。
俺が、このゲームに何千時間、費やしたと思っている!
敵が顔を出した瞬間――俺は手元の投げナイフを放った。
銀閃が弧を描きながら放たれる。
投げナイフはわずかに横を逸れ、キルを逃す。
次の瞬間には、手痛い反撃を食らい、俺は撃ち抜かれていた。
§
リスポーンして、すぐに駆け出す。
プレイヤーのルートを予測しては投げ、予測しては投げる。
初めは、ぎこちないナイフ捌きも、次第にスムーズに投げる動作へ移行できるようになった。
抜いては投げ、抜いては投げを繰り返す。
徐々に、一撃必殺のナイフが敵の体を捉えだした。
あと少し、あと少しの微調整で――当たる。
日の目を見ないヒーロー……“フロッグ”
こいつも俺と同じだ。
同じヒーローなのに、誰にも選ばれない。
俺には選択肢が無い。銃が扱えない俺が、使えるヒーローはお前だけだ。
お前は、俺だけのヒーローなんだ!
――ついに、その時が訪れた。
放ったナイフが、弾丸よりも速く敵の脳に突き刺さる。
敵の体は光に溶け、空虚な空に吸い込まれていった。
ゲームセット。
結果は1キル16デス。
10人中――最下位。
久しく味わっていなかった……敵を仕留める、この快感――。
§
VRを外し、生身の自分の手を眺める。
……震えていた。
次第に――視界がボヤケてくる。
手の輪郭が、見えない。
「あれ……俺、どうしたんだろ?」
目を擦り、涙を拭う。
……どうして止まらないんだ。
暗い部屋で、VRのハードのライトが点滅していた。
たかが1キルかもしれない。
でも、俺にとっては貴重な戦績だ。
0と1は違う――この言葉がこれほど、身に沁みて実感したことはこれまでなかっただろう。
「――よっしゃぁー!」
暗い部屋で、思わず叫び声が漏れる。
拳をしっかりと握りしめた。
ふと――PCのメール通知画面が点滅しているのが見える。
マウスを操作してメール画面を開く。
この人は……。
予想外の人物からのメールに俺は生唾を飲み込んだ。




