この夏。蝉川は死ぬ
「さて、殺蝉事件についてはわからないことだらけだ。本腰を入れよう」
「え?」
ほとんど事件の真相にたどり着いているってのは嘘だったのか?
「ビリドと共に彼女の声の聞こえる方へ駆けつけると彼女は歩道で死んでいました」
『人間に踏み潰されなかったのは不幸中の幸いでしたね』と言いそうになったが、グッと堪えた。
ジョークと捉えられたら大変な事だ。
「可哀想に。彼女は逃げている間ずっと腕が網の男……『網男』と呼びましょう。網男から『酷い暴行を受けた! 追いかけてくる!』と言っていました」
……腕から網の生えた顔の歪んだ網男。それは怖かっただろうな。
網男から逃げている間、蝉川の声はきっと彼女にとって救いだったハズだ。
誰にも恐怖を伝えられないよりかはうんと良かった……と私はそっと肉球を蝉川氏の肩(全身?)に乗せた。
「ありがとうございますニャトソンさん」
ニャームズは肉球を顎に乗せて考えている。
彼は考えるときに様々な仕草を見せるが、あれは『少しだけ無言で考えたい。声はかけられたくない』の仕草……だと思う。
頭を使うのは彼の仕事。
ならば相棒の私の仕事は彼らの心のケアと彼の静かな思考の時間を作ることだろう。
「ビリドさんも大変だったでしょう?」
「……俺なんかこいつに比べれば……なぁ?」
空気がほんの少し柔らかくなった気がしたので数分間事件には関係ない話をした。
その間もニャームズは終始無言だ。
「そういえばですが、東京から鰹が丘までよく来れましたねぇ」
「幸運でしたね」
ニャームズは各地で有名らしく「どこどこで見たぞ」という噂は途切れなかったらしい。
時には歩き、時には車に忍び込んでここまでなんとかお互いボロボロになりながらも力を合わせてたどり着いたと語ってくれた。
幼い頃から共に育ち、昆虫と動物という種族の壁など軽々飛び越え、言葉によるコミュニケーションまで出来るようになった。
蝉川氏とビリド。
この二匹の会話は実に柔らかく暖かい。
彼らは本当に親友なんだなと思う。
「ん?」
『ボロボロになりながら』?
ここで私は気がついた。
蝉川氏はビリド氏に咥えられてここまで来た……もう彼は飛ぶ元気もないのか?
『成虫になった蝉は夏に死ぬ』
そんな事は私にもわかる。
夏以外に私は蝉を見たことがないのだから。
……と言うことは。
『この夏。間違いなく二匹に別れが訪れる』
なんということか!
私が気がついた事にニャームズが気がつかないハズがない。
ニャームズの憂鬱と『逃げ出したいほどの問題』とはこの事なのだろうか?
今日蝉川氏に初めて会った私でさえ『蝉川氏がもうすぐ死んでしまう』と考えただけで目頭がじんわりしてしまう。
きっとビリド氏のその悲しみは想像を越えるものになるだろう。
「……助かったよ。ありがとう」
ニャームズが私の撫で肩を叩いた。
考えがまとまったのか、何かを思い付いたのか私にはわからないが、どうやら口を開くつもりにはなった様だ。
皆もそれに気がついたのか、ピタッっと話すのを止めて聞く体制となった。
「僕は初めて自分の推理がハズレていてほしいと思っていますよ。この推理がハズレていれば僕は正義を背負わなくて済むし、『彼』に正義を強要することもなくなる」




