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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第8章、然濃族
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98、魔物と影

『グルルル?』


 月明かりが降り注ぐ夜の闇の中、体長20センチにも満たない生き物がそう声を上げた。

 体を覆っている鱗は黒いので、月の光が弱い暗闇の中では目立つことはない。


 その姿はまるで竜を小さくしたような姿をしており、小さいながらも翼を広げて羽ばたきながら、地上の様子を注意深く窺っていた。

 夜目が利く仔竜は、森の中に動くものと魔力を感じ、音を立てずに滑空し始めた。


 そう。この仔竜は、カルナが昼間に召喚し使い魔として集落の外へ偵察として送り出した従魔――カムである。


『ドラァ〜』


 子供のような声を出しながら、見つけたものの正体を確認し主のもとへと戻っていく。






「ピイイィィ――――ッ!」

「っと、おかえり」


 銀色の羽を持つ気高く立派な姿の猛禽類。すなわち鷲のような姿をした魔物は、そう高く鳴きながら主の腕へと着地する。


 その場にいた者は2人。集落の結界の外へ出て頭巾を被り、森を見渡すことの出来る丘の上でこの魔物が帰ってくるのを待っていたのだ。

 そして………。


「ギュウウッ」


 彼らの足元から現れたのは黄金の毛並みを持つ狐の魔物。他の狐と違うのは左右の両目の色が違っており、その目には知性が溢れている点、そして何よりもその尾の数が9本であることだろう。


『主、確かに確認してまいりました。3匹ほどの犬が馬鹿みたいに酒を飲みながら宴会をしております』

『我もそのように確認した。空より確認したところ、北東より更に4匹、北より100匹ほどの犬が近づいておる故、そのうち合流するかと』

「ああ、ご苦労。となると、明日にはまた奇襲を仕掛けてきそうだな」

『うむ。ただ、以前と違うのは質が高くなっているということだ』


 上空から敵の姿を確認した鷲の魔物である雷鳥《サンダーバード》が、詳しい事情を語るべく付け足す。


「……なるほど。続けろ」

『魔剣や魔槍など、貴重な魔道具の武器を装備した者が多くなっておった。我の目から得た情報によれば、使い手もそれなりに腕が立つ者どもだった』

「そうか。……ご苦労」

『しかし主、奴らは何故に然濃族を狙うのですか?』

「アルファが言うには、水(・)珠(・)が狙いらしいな。まあ、昔から残ってる組織だし、諦めが悪いのは今に始まったことじゃない」


 丘の上で使い魔の報告を聞き九尾の狐の質問に答えるのは1人の人物――シノンだった。


 右腕に使い魔の雷鳥《サンダーバード》を停めさせながら、九尾の狐に再び言った。


「それに……お前もよく知ってるだろうに。というか、一番狙われやすいお前だからこそあいつらの事はよく知っているだろう」

『……私は主についていくということだけですので』


 暗に、人間の組織にはまったく関心がないと伝える九尾の狐。だがそれを理解しているシノンは苦笑を浮かべ、後ろで黙って彼らの会話を聞いていたもう1人の人物――カルナへと視線を向ける。


「どうやらカムは初仕事をしっかりとこなしたらしいな。他の奴らの報告はどうなっている?」

「今のところはないよ。ただ、人がいたような形跡が残っている洞窟を見つけたって。……もっとも、そこに人がいたという形跡は消されていたんだけど、やっぱり竜の嗅覚はごまかせなかったみたい」

「ほう……場所は?」


 シノンが呟き、カルナへと尋ねる。すると彼女はうなずき、南の方向を指さす。


「あの、木が妙に密集している辺り。どうやら地下洞窟になっていたらしくて、高さが3メートルくらいの岩に人が入るくらいの穴が空いていたらしいよ。そこから、地面が掘られたみたいな形で部屋になっていたようだ」

「……へえ。白夜《びゃくや》、『使い魔の目』だ」

『了解です』


 シノンの言葉にうなずき、白夜と呼ばれた九尾の狐は素早く丘を下り、カルナが示した方向へと走っていった。

 そしてシノンは、今度は雷鳥へと視線を向けて指示を出す。


「極夜《きょくや》は奴らの動きを見ていてくれ。何か大きな動きがあれば俺に報告しろ」

『御意』


 短く返し、極夜と呼ばれた1,5メートルを越す体長を持った雷鳥はシノンが腕を振るタイミングに合わせて飛び立っていく。

 それを見送ると、シノンはすぐさま『使い魔の目』を発動した。


『使い魔の目』とは、文字通り、使い魔の見ている物や景色などを主人がそのまま見ることができるという技だ。

 慣れれば呼吸をするかのように簡単に出来るものだが、召喚術の初心者には扱いが難しく、魔力を暴走させてしまうこともある危険な技でもある。


 白夜の見ている景色がシノンの目に映り、彼はそれをじっと眺めるのだった。





 草木の生えた森の中を滞ることなく滑らかに走る白夜は、さすがに森に生きる獣と言うべきだろう。


 その辺の魔物には追いつかぬほどのスピードを誇っていた。


 そして獣と魔物の両方の要素を持つ白夜には、洞窟の中にわずかに残っていたという人の匂いを嗅ぎ分けることも可能である。

 さらに洞窟の中の空気が入れ替わる時の籠るような音なども頼りにしながら、白夜は目的の場所へと向かう。


 やがてその場所が見えてきた所で、白夜は一度足を止めて周囲に生き物がいないことを確認し、岩にぽっかりと空いた穴の中へと入っていく。


 罠の類がないことは確認済みなので、あとは主人の命令を遂行すべく洞窟を見回した。

 自分の主がすでに『使い魔の目』を発動していることには気づいているための行動であった。


 主人に少しでも多い情報を与えるべく、洞窟全体を見回す白夜。

 洞窟の広さはだいたい10畳ほどで、高さは2メートルほどとそれなりの広さのある部屋だった。


『白夜、ご苦労。戻って来い』

『御意』


 白夜はシノンの声を聞き、短く答えてその場を去って行った。





 その頃。然濃族の集落では、魔物との闘争が行われていた。


 シノンとカルナという現在の主力とも言える存在がいない以上、動ける者達だけで対処するしかなかった。

 シノンが張った結界は、人の侵入を防ぐことは出来るものの魔物などの人外の侵入を防ぐのとはできない。


 それは未だに彼の怪我が治っていないことがかなり影響したと言えるだろう。

 その事を然濃族の面々は理解していたため、特に文句を言うでもなく魔物の掃除をしていく。


 魔物の群れは幸か不幸か、オークの群れだった。戦闘能力に長けた然濃族の敵ではなく、それはむしろ作業と言っても間違いではない事態となっていた。


 Dランク程度の魔物がいくら群れたところで彼らの敵ではなかったはずなのだが、やはり先日の襲撃によって精神的な疲労が酷かった。

 そのため倒すのに手こずる者もいれば、怪我をするものも多かった。


 身体能力が高い故の戦闘能力なのでプライドが高く誇りある然濃族。そのためたかがオークの群れに手こずる自分たちが許せないのか、怪我をしても殲滅するまでは諦めまいと勇敢に戦っていた。


 さすがにDランク程度の相手に大怪我をするほど柔ではないが、それでも傷と疲労によって動きが鈍るのも当然と言えるだろう。

 敵であるオークの集団は100匹を超えているのに対し、然濃族の戦闘員は30程度しかいない。


 文字通り量より質の良い然濃族にとっては、普通の状態ならば数分とかからずに処分できる量だ。

 そう。普通なら、だ。


 現在の然濃族たちは肉体的な疲労だけでなく精神的な疲労が重くのしかかっている。それはアルファやアリュスフィアとて例外ではなく、体長3メートル近いオーク相手に少し手こずっていたのだった。


 戦闘が始まって1時間弱。ようやく最後の1匹を処分すると、その場を包んだのは勝利の雄叫びではなくため息を吐き息を切らし、闘志をなくして座り込む人たちの声だった。


「皆、疲れたであろう。これを飲みしっかりと体を休めると良い」


 回復魔法が使えない集落である以上、ハーブティーなどで体の疲労をどうにかするしかない。

 長老であるお婆が、戦闘員たちを気遣いハーブティーによる身体回復をさせるべく茶を配る。


 それらを飲み干し、再びため息を吐く戦闘員たち。シノンとカルナが現在留守にしているので、集落の魔物からの防御は自分たちでしなければならない。


 ただでさえ肉体的な疲労があるというのに、仲間を失ったショックや怪我をした疲労で寝込んでいる残りの仲間達の看護による精神的な疲労で彼らの消耗は激しかったのである。


「……おいおいおいおい、冗談じゃないぞ……」


 ある程度体力が回復してきた頃にそう声を上げたのは一人の男だった。


『グルルルルルル………』

「な、何なんだよ、あいつ………!?」


 目の前にいる黒い存在を見て、どう見ても敵であるのだが得体の知れない気味の悪さを感じたのは声を上げた男だけではなかった。


「待て、みんな下がれ!」


 それを見て慌てて声を上げたのはアルファである。


 そしてその存在を、アルファとアリュスフィアとゆうきの三人は知っていた。

 以前カルナも引き連れて四人で迷宮区《ダンジョン》に潜った時、最深部で見かけて戦った相手だったからだ。


 光属性の攻撃魔法を使うことの出来ないゆうきでは“影”に対抗することが出来ず、自然と今回はシノンとカルナが帰ってくるまでの持久戦となる。

 更に今はオークの集団と戦った後でかなり消耗している。そんな中で彼らに“影”と戦えと言っても無理があるのは当然だった。


 だが今回は運が良かった。然濃族の集落には影の残した黒い跡がないので、相手の攻撃を躱すことは容易であるからだ。


 だがこの時の彼らはそれを忘れていたため、前回の戦いでの素早さを思い出して緊張が走るのも無理はなかった。

 この場にシノンかカルナのどちらかがいれば、光属性の攻撃を仕掛けてほぼ一瞬で勝負がついていただろう。


「……あれ? 遅い、な……」

「あっ、もしかして、地面に炭化した場所がないからでは?」

「っ! そうだ、忘れていた。地面が炭化した場所でなければ、動きが鈍いんだったな」


 ゆうきの言葉でそれを思い出したアルファは、剣を構えたまま彼女へ頼み事をすることにした。


「ゆうき、シノンとカルナを呼んでくれないか。たしか、連絡用としてカルナの使い魔のラーが残っていたはずだ」

「わかりました」


 唯一近接戦が苦手なゆうきにこの場から離れさせ、今度はアリュスフィアに話しかける。


「フィア、どうやらこの集落には奴の活動できる場所はないらしい。だがシノン達が戻ってくるまでに、あのスピードじゃこちらにたどり着いてしまう。無理に攻撃しない方がいいようだ。とりあえず見張り……ということで」

「……まあ、あの感触は私はもう御免ね」

「あ、あはは……」


 前回影に叩きつけた剣の感触を思い出し、苦笑を浮かべるアルファ。そして同じく苦虫をかんだような顔になるアリュスフィア。

 しかしそこはさすがに幼い頃から戦闘を習っていたと言うだけあり油断は一切見られなかった。


「おい、アルファ、あれはいったい何なんだよ?」

「化身と呼ばれているものの類らしい。光魔法を嫌っているからその方法ならいけるんだが、生憎俺達は魔法が使えないしな」

「なるほど。けど、どうするんだ?」

「シノンとカルナを呼びに、使い魔に走ってもらっている。あいつらなら光属性の攻撃魔法が使えるからな」

「本当か?じゃあ、それまで持たせれば……」

「ああ。いけるはずだ」


 アルファは剣を構え、一切の油断なく相手を警戒していた。アリュスフィアも同様で、そんな2人を見て他の人達もそれぞれ武器を構えた。


「退けぇっ!!」

『っ!?』


 中心にいた2人に降り掛かった声に反応し、全員が左右に分かれた。


「ふっ!」


 そう声を上げながら、頭巾を深く被った男は両手に持った双剣を影に向かって振り下ろした。

 同時に地面に着地し、足を曲げてすぐに後退する。そして彼の後ろから光の珠が通り過ぎて行き、影に着弾した。


『ギャアアアアアアア!?』


 黒い煙を出しながら、影は跡形もなく消え去った。だが、その場を沈黙が支配する。なぜなら、戻ってきたシノンとカルナが影に攻撃をした場所が、先ほどアルファとアリュスフィアのいた場所だったからだ。


 あと一瞬シノンの声掛けが遅れたならば、アルファかアリュスフィアのどちらかに被害が及んでいたのは間違いなかった。


「ちっ……」


 舌打ちをしながら剣を鞘にしまい、シノンは影のいた所に歩み寄ってしゃがみ、地面を軽く触った。

 そこへカルナとアルファ達兄妹が歩み寄り、彼の様子を窺った。

 シノンはしばらくその周囲を見て何かを考えていたが、やがてアルファへと視線を向けて言った。


「どうやら然濃族を狙ってんのはサファイアだけじゃないらしい」

「………は?」

「私たちを狙っているのが……サファイアだけじゃないって……?」


 困惑したような兄妹の言葉に、シノンは無言でうなずく。


「こいつは化身。闇と影より生まれた闇の種族の一種。……知ってるか? 然濃族は光(・)源(・)族(・)の片割れだってことを」

『えっ………?』


 その場にいた者全員……長老であるお婆でさえ、混乱したような声を上げるのだった。

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