97、召喚術と七色の竜たち
「ただいま」
「おかえり。結界内だからあまり心配してなかったけど、遅かったね」
「ああ、ちょっとな。とりあえずはカルナの使い魔の偵察の結果によって俺達も動きを変えるという方針で良いらしい。お婆も了承してくれた」
夜遅くになって、アルファ達は帰ってきた。アリュスフィアは母親のサナに抱かれて眠っているが、昼間から退屈で眠っていたゆうきは意識がはっきりしている。
「お帰りなさい。あ、フィアはこちらにどうぞ」
「ありがとう」
サナはゆうきに示されたソファへとアリュスフィアを寝かせ、そして座った。
「俺達の動き方はこっちで決めていいらしい。まあ、多少はお婆たちの方にも合わせるけどな」
「了解だ。カルナ、外が明るくなったらさっそく偵察用の召喚獣を呼び出すぞ」
「え、あ、うん。わかった」
さっそく、と言われて少し戸惑うように声を出したカルナだが、すぐにシノンのことだからと納得してうなずく。
「じゃあシノンとカルナはそのまま、結界と使い魔をそれぞれ頼む。詳しいことは後にしよう……俺はもう眠い」
「そうね。急がなきゃいけないのは確かだけど、休憩は必要だしね」
サナもうなずき、すでに入浴を済ませていたシノン達三人はすぐに寝台――ではなくソファ――に寝転がり、アルファ達は入浴を済ませていたそれぞれの部屋に戻っていくのだった。
翌朝。シノンとカルナの二人の姿は、アルファ達の家の外にあった。
シノンは地面に魔力を用いて直径五メートルほどの複雑な魔法陣を描き、それをカルナが眺めていた。
「うわ。複雑だねー……」
「そりゃそうだ。偵察用の召喚獣はそれなりに知能がなきゃいけないわけで、使い魔ってのは知能が高ければ高いほどに魔法陣や魔術式は複雑になるんだから」
「そりゃあ……そうか」
シノンとしては、『念話』の使える召喚獣がベストだと思っている。念話は一種の魔法術なので、それが使える使い魔ならば細かいことを観察できるし判断力もあり、更には報告も的確だからだ。
「……で、あとは式を組んで………と。カルナ、ちょっとおいで」
「あ、うん」
シノンはカルナに手招きし、カルナは迷うことなく彼のもとへ向かった。
そして、シノンがカルナの額に指をとん、とつくと、『記憶操作』で彼女の記憶を操作し、召喚術の呪文を脳内に入れ込んだ。
「そしたら、ここにお前の魔力を注ぎ込みながら呪文を唱えろ」
「わかった」
リリーズ王国で魔法術実技を習ってきたカルナは、魔法陣に魔力を注ぎ込むやり方を知っていた。そのためシノンにそう言われても迷うことなく、魔法陣の中へと歩いて行く。
その端の辺りで止まり、魔力を流し込んだ。
「天地を駆け抜け魔術をも用いる魔物よ。我が魔力を糧とし使い魔として走れ」
カルナがシノンに入れ込まれた記憶から呪文を唱え、魔法陣は魔力を注ぎ込まれて薄紫色に光る。そしてカルナは最後の言葉を口にした。
「顕現せよ!」
魔法陣が一際大きな光を放ち、中心から溢れ出た黒い煙がカルナを覆う。
魔法陣がある分呪文や詠唱といったものは省略できたり、あるいはなくすことすら出来る。その効果のお陰でカルナはすぐに呪文を完成させることに成功した。
「うわっ!?」
「まて、動くな! 魔力を流すのをやめるなよ!」
シノンの声にカルナはピタリと動きを止め、彼に言われた通り魔力を再び注ぐ。
そして数分後、風が起こり黒い霧は一気に払われた。
先程と違うのは、魔法陣の中心に何らかの生き物がいることか。
「………え?」
「…………………」
困惑したような声を上げたのはカルナで、少し呆れた様子で魔法陣を見ているのがシノンである。そして二人がこのような様子になっている理由。
それは、魔法陣の中心にいたのが仔竜だったからだ。だが違うのは、普通の仔竜は小さくても二メートル以上はあるところ、この場にいる仔竜は二十センチあるかないかくらいの仔竜だということだ。
小さな羽をパタパタと羽ばたかせ、それぞれ赤、黄、緑、青、桃、紫、黒の鱗を持つ七匹の仔竜は、魔法陣の端っこに立っているカルナへと視線を向ける。
『グワーッ!』
「か……か……っ!」
「おい、カルナ――……」
「可愛いーっ!」
そう叫びながら、カルナは小さな仔竜たちの中へと飛び込んでいった。そして仔竜たちも自分たちを召喚したカルナを受け入れ、歓喜の声をあげている。
そして、シノンが呆れたような顔をしている理由はというと。
「おい、カルナ。そいつら多分喋れないぞ」
「えっ? ……本当……?」
「ああ」
躊躇なくうなずくシノン。それを言外に召喚し直した方が良いと言われているのだと勘違いしたカルナは、少し残念そうな顔になる。
そしてそれを察したシノンがカルナに歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。
「っ……?」
「勘違いするなよ。召喚してしまったからには仕方ない。それに、念話を繋げりゃ意思疎通ができる。カルナにもやり方を教えてやるから、やってみようぜ」
「本当!? ありがとう、シノン!」
「ああ。だが、召喚魔術とは違って念話は自分でやらなきゃならない。魔法陣だの魔術式だのいくら組み立てたところで出来るものじゃないからな。その分、頑張れよ」
「もちろん!」
「よし、最後に召喚獣との契約だ」
「うん!」
カルナは顔に喜びの色を浮かべ、シノンの説明を待つ。彼はカルナの脇に立ち、七匹の仔竜たちを見た。
「従魔との契約方法は、自分の指を噛みきって彼らの体のどこかに印をつけるか、もしくは俺がここに魔法陣を描いたように魔力で自分の印をつけるかのどちらかだ。もしくは髪の毛や爪の欠片を彼らに取り込ませることで一時的な契約もできるが……どうする?」
「うーん……私としては、この子達にずっといて欲しいかなー……」
「それで構わないか?」
『ギュルルゥ』
もちろんいいよ、とばかりにうなずく仔竜たち。その姿には竜の持つ威厳などがまったく無く、嬉しそうに尻尾を揺らしながら喜びを露わにしていた。
「大丈夫そうだな。魔力で印を描くのは……難しい、か?」
「うーん、実技の授業でもそんなのはやったことないからなー……」
「さすがに今回は俺が代わりに……ってわけにもいかないからな。じゃあ、カルナは指を噛みきって、彼らの体のどこかにつけてくれ。俺がそれを『念動力』で変形させて、印を描く。それでいいか?」
「うん、その方が助かるよ。お願いできる?」
「ああ。問題ないさ」
言いながら、カルナとともに仔竜たちへと歩み寄るシノン。カルナが右手の親指の腹を噛みちぎり、仔竜たちにそれぞれ断りながら彼らが示す場所へと血をつけていく。
シノンも『念動力』を使って従魔の魔法陣へと変形させていく。
シノンは魔法を使い慣れているということもあり、それらの作業は数分とかからずに全て終わった。
仔竜たちは自分たちに主人ができた喜びなのかみんなではしゃぎ、笑顔を作っている。そんな様子にカルナはメロメロだが、シノンは時間が無いとばかりにカルナに話しかける。
「基本、従魔と主人での大まかな意思疎通は魔力が通じている限りでは可能だ。だがお前の魔力が切れれば仔竜たちはこちら側に姿を維持出来なくなって消える。まあ魔力が回復して再び召喚すればまた来てくれるが……お前、そろそろ魔力が切れそうだろ?」
「ああ……うん。わかっちゃった?」
「魔力回復の類のポーションは持ってないしな……よし、俺が魔力を分けてやるか。このまま召喚獣を返してお前の魔力の回復待ってたら、時間が惜しいからな」
「え、そんなことできるの?」
「できるさ。まあ、俺が聖族で、お前がその恋人だからこそできるんだけどな」
ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべてカルナの両頬を手で包む。
「え? ……ええっ?」
困惑したような声を出してカルナはシノンの行動に疑問符を浮かべた。
だがそんなカルナに構わず、シノンは彼女を逃がす隙も与えずに顔をぐいっと引き寄せ、唇を重ねた。
「んぅっ!? んっ………んんっ!?」
咄嗟のことに頭の理解が追いつかず、何度も喉の奥で声を上げるカルナ。
一度やってしまえば慣れたものだ、とそんなふうに思っていたのに、やはりまだ少しだけ心の準備が必要なのは間違いないのだ。
だからこうしてシノンに不意をつかれると、どうしても混乱してしまうのである。
だがその混乱も次の瞬間には不思議な感覚に変わる。
なぜなら、自分の口から目に見えない力が自らの体に流れていくのを感じたからだ。
幸いここはアルファ達の家の裏で、彼らの口付けの様子を窺うものはいない。そのためカルナは他の視線を気にすることなくその不思議な感覚に囚われることになった。
それにしても、長いキスだった。おそらくこの不思議な感覚が魔力の流れなんだろうと、カルナの好奇心を刺激する。
すでに彼女はシノンの口付けを受け入れており、彼の首の周りに両腕を回して抱きついている。
そうして数分たった頃、シノンからゆっくりと唇を離した。
カルナは名残惜しくなってもう一度自分の唇を押し付けようとするが、シノンの息が少し浅いことに気づき動きを止める。
「………大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと分けすぎたかな」
珍しく、薄く汗をかきながら苦笑を浮かべるシノン。カルナは、これがシノンに魔力を分けてもらっていたのだということを思い出して反射的に謝る。
「ご、ごめん! 結構吸っちゃったかも?」
「いや、うん。大丈夫だよ。ちょっとやりすぎたけど……」
「けど……魔力は増やせないんだから、シノンの魔力は六十万くらい残ってるんじゃ……?」
カルナは心配そうな表情でシノンを見つめるが、彼は苦笑しながら答えるのみだった。
「相手に分ける時にも魔力を結構使うからな……最終的にお前の体内に取り込まれるのは俺が使う魔力の約三分の一。使い勝手が悪いんだよ」
「えっ、ってことは、シノンほとんど魔力が残ってないんじゃ!?」
「いやいや、平気。ちょっと汗はかいてるけど、これくらいすぐに回復する。あ、ちなみに水狼の方なら、元々召喚獣じゃなくて俺の分身みたいなものだからこっちに存在を維持させるのに魔力はいらんし」
なおも心配するカルナの質問に、何でもないというふうに答えるシノンだった。
しかしその言葉に嘘偽りはなく、あくまでも約三分の一なので、もっと細かく分けるのならば五分の二くらいなのだ。
だからある程度の魔力は残っており、魔力切れで息切れこそすれ、気絶すらすることではないレベルだった。
「さて、と。これでお前はこいつらと使い魔契約を結んだわけだ。……名前をつけてやらないとな」
「ああ……そうだね。じゃあ……左からラー、シィ、ハウ、タム、ヤク、ラチ、カムかな」
『ギャゥッ!!』
自分たちの主人に名前をつけてもらい、子供のような声を出してはしゃぐ仔竜たちを眺めながら、シノンはカルナに問うた。
「ダンジル語か?」
「そう。それぞれ赤、黄、緑、青、桃、紫、黒って意味だよ」
「なるほどな……というか、千年くらい前の言語が未だダンジル王国では伝わってるのか」
「それは王家や上層貴族くらいだよ。共通語が使われるようになってからはほとんどダンジル王国でもあまり使われてないんだって」
「まあな。なら、喜んでるみたいだし、いいんじゃないか?」
「えへへ、簡単だけど、気に入ってくれたなら良かった」
喜んでいる仔竜たちに視線を戻し、シノンはカルナへと、偵察の命令を出すように告げた。彼女もうなずき、了承の意を示す。
「ラー、シィ、ハウ、タム、ヤク、ラチ、カム。最初の命令だよ」
カルナは仔竜たちにそう話しかけ、シノンから記憶共有のやり方を教わりさっそく試してみることにする。そうして事情を理解した仔竜たちは、了解したとばかりにうなずいた。そして……。
「君たちに最初の仕事だ。彼らの仲間と思われる人たちを探して、私に報告すること。それから、一時間毎に定期報告を忘れないように。見つけたら相手に存在を悟られないようにしばらくあとをつけてみて。何か怪しい行動をしたら報告、しばらく動きがなさそうだったら私に場所を知らせる。それから、危険だと思ったらすぐに逃げるんだよ。戦おうとしないで、すぐにこっちに戻ってくること。……これでいい?」
「ああ、上出来だ」
「へへっ」
さすがに一国の王女をやっていただけあるのだろう。しっかりと細かく的確な指示を出しているカルナだった。
そして最愛の人に褒められて嬉しいのか、照れたように笑う姿は見た目の年相応とも言えた。
「よし、じゃあみんな、頼むね!」
『キュウッ!!』
人の子のような声を出して空へ散っていく七匹の仔竜。それを満足そうに眺めるシノンとカルナは、彼らを見送った後に家の中へと戻っていくのだった。




