96、膝枕と魔法術師
「あのー……良かったら、私が使い魔を出そうか?」
全員がそれぞれ何をしようかと考えていた頃に手を挙げたのは、カルナだった。そしてそれに応えるのはシノンだ。
「使い魔って……お前、まだ闇魔法は使えないだろうに」
「だから、シノンが教えて。簡単な召喚魔法。シノンは結界を張ってるし、任せっきりは嫌だ。だから、やり方だけ教えて欲しいんだ」
「……なるほど、偵察を出せば何もしないよりはマシ、か。わかった。アルファ、とりあえずはそれでいいか?」
「ああ。他に方法はなさそうだし。カルナ、任せてもいいか?」
「うん。結果が得られたら知らせる」
「了解だ。その間は、俺達がいくつかの場合を想定して計画を立てておくから、シノンとカルナは使い魔の召喚に集中してほしい」
アルファの言葉に二人は無言でうなずいた。
「まあそれはシノンが完全に回復してからにするとして……俺はお婆の所へ行ってくる」
「あ、私も行く」
「私も行くわ」
「わかった。ゆうきは?」
「ボクはここに残ります。一応、シノンさんも心配なので」
「いや、俺は……いって!?」
「こらこら強がり言わない」
「だからって傷口叩くなよ!」
「私がここを刺激する理由はわかってるだろうに!」
「その癖どうにかしろ!?」
シノンがカルナを警戒するなどということは間違ってもないため、訓練の時以外はどうしてもカルナに対して油断しがちなので攻撃を正面から受けてしまう。
カルナも調子に乗っているわけではないのだが、シノンがこうして傷を負って無理をする度に殴る癖が出てしまったのだ。こうしないとシノンが抵抗するからである。
力の差ではカルナはシノンに勝てないので、傷口を一時的にでも痛めつけることで抵抗ができなくなることを学習したための行動であった。
シノンもそれをわかっているために、カルナに強く言うこともできない。彼女も馬鹿ではないので、しっかりと傷口が開かないように加減しているのだ。
そして二人は傍から見れば喧嘩しているように見えるわけで。
「ああ……二人とも、喧嘩は良くないわよー」
「か、母さん、この二人は喧嘩してるんじゃなくて……」
「ちょっとしたじゃれ合いね。二人の愛情表現の一つらしいわよ」
「まあ、喧嘩するほどなんとやら、ですよ」
こうして四人が話している間もシノンとカルナの、喧嘩という名のじゃれ合いは続いた。
「君が怪我をする度に私がどれだけ心配してるかわかってんの!?」
「心配するなと言ってるだろうが! そもそも俺は怪我にも慣れてんだから多少の熱くらい平気――……」
「このっ!」
「ふぐっ!?」
『あー………』
シノンが目に涙を浮かべるほどの激痛を味わっているのを見た他の四人は、顔を歪めてそう声に出す。
今日だけでも三回傷口を殴られたシノンは、これ以上は御免だとばかりに脇腹をおさえつつソファに寝転がる。
「まったく……」
「カルナさん……やりすぎじゃ……?」
さすがにシノンが可哀想だと思ったのか、ゆうきがカルナへとそう告げる。
「いや、これくらいが丁度いいんだよ」
これで充分だとばかりに笑顔を見せたカルナ。ゆうきもそれ以上は突っ込むことはなくただ苦笑した。
「ま、まあ、カルナに怒られるようなことをするシノンも悪いわよね」
「早く動きたいというのはわかるが……」
「そうね。闘士とはそういうものよ……あら?」
サナが疑問符を浮かべた理由。それは、シノンの寝息が聞こえたからである。
「あら、寝ちゃったっぽい?」
「……うん。フィアの言うとおり寝ちゃった」
「ははは。まああれだけ傷口を殴られて、更には熱もまだあるんだ。疲れたっておかしくはないさ」
「あらー、じゃあ膝枕でもしてあげたら? シノン君、喜ぶんじゃないかしら?」
「あっ、そうですね」
自分の提案をあっさり受け入れたカルナに少し驚いたような顔をするサナだったが、すぐに取り繕い咳払いをする。
「コホン。じゃあ、私達はさっそくお婆の所へ行きましょうか」
「あ、ああ。そうだな」
「カルナ、ゆうき。シノン見張っておいてね。行ってきます」
『行ってらっしゃい』
カルナとゆうきに見送られ、アルファ達親子は長老の元へと向かっていった。
―――――――――――――――――――――――
甘い匂いがした。
すごく居心地が良くて、ずっとこのままそれに浸っていたい。柔らかいものが頭に触れ、一瞬体が強ばる。
しかしすぐに体の力は抜け、その後には安心感がある。
何故だろう。俺は頭に触れられるのが大嫌いだったはずなのに。なぜ、こんなにも安心するのだろう。
その答えは、ずっと長い時間いた暗闇から抜けて、目を開いた先にあった。
俺の頭に触れていたのは、―――の手だった。
俺と同じ色の髪、目。―――の匂い、雰囲気。
それらが重なり合って、なんとも言えない心地よい匂いが漂ってくる。
「……あ、起きた?」
「ん………ぁ、さ………」
「……ん? どうした?」
懐かしい、優しい声。ずっと昔に聞いた、柔らかい、落ち着いた声。もっとこうして懐かしい、穏やかな気分に浸っていたかった。
しかし、それは数秒後には霞となって消えてしまった。
「……カルナ……?」
「ふふっ、そうだよ。寝ぼけてた?」
笑顔でそう言ってくるカルナを見て、俺ははっきりと目を覚ました。
「……俺、誰かの名前を呼んでた?」
「……?ああ、えっと……わかんない。けど、誰かを呼んでは……いたのかな? 夢でも見てたの?」
「……ああ……うん。そうか……」
目を開けた先にいたのはカルナで、こちらを見下ろすようにして俺を見ていたのだ。これがいわゆる膝枕というやつだろう。
「他のみんな、は?」
「アルファ達は長老の所に。ゆうきはそこで寝てる」
頭を傾けてみると、向かい側のソファでゆうきが毛布を体にかけて眠っていた。窓の向こうは暗いので、おそらくもう外は暗いのだろう。
「っていうか、俺、いつの間に……?」
そう言いながら、俺は起き上がった。その呟きを聞き、カルナが俺の疑問に答えてくれた。
「私に傷口を殴られてソファに横になってからすぐに。それからずっと寝てたんだよ?」
「そ、そんなにか――……っ!?」
「うーん、熱は下がったか」
振り向くとカルナの顔が目の前にあった。額に額をくっつけているのだ。俺は咄嗟のことに驚いて一瞬身を引いたが、なんとか落ち着きを取り戻すことに成功する。
やがて彼女は顔を離し、微笑む。
「まあ、明日まではどちらにしろ運動はしちゃダメだからね」
「あーはいはい。わかってますよー」
俺としてもこれ以上傷口を殴られるのは勘弁して欲しいので、ここはカルナに従おうと思った。
元より彼女の言うことは正論でもあるので、俺は普通抵抗できないのも事実なのだ。
「で、聞きたいんだけど」
カルナが真面目な顔になって俺に問うた。
「君に怪我をさせた奴……まさか、サンじゃない?」
「よくわかったな。そうだ」
「やっぱり……けど、なんで? 前はシノンボコボコにやられてたじゃん。いや、あれから何年も経ってるから強くなったのはわかるけど、それにしてもサンに傷を負わせたんでしょ? いくらなんでもおかしいって」
「待て待て、俺を人間と一緒にするな。あの時は記憶を失ってたから力の使い方が中途半端だったからってだけで、今は本気で戦えばサン程度の相手なんて一瞬で殺せるんだぞ。それでも本気を出さないのは、さっきも言ったように、殺してはいけない相手だからなんだよ」
俺が慌てて修正すると、カルナも納得の表情を浮かべて訂正した。
「あ、ああ。なるほど。だから加減が難しくてシノンも傷を負った……とそんな感じ?」
「そうだ。だが、あいつはまたいつ襲ってくるかわからない。そうなった時、最悪兄さん達の力を借りることになるかも、知れない」
「って、それ、いいの? 大丈夫?」
「なにが?」
「ほ、ほら、転移、とか……?」
不安そうな表情を浮かべてカルナが言うが、俺は笑って答えた。
「大丈夫だ。手を貸してもらうって言っても裏で手を回してもらうだけだし、サファイアごとき相手になるような人達じゃないしな」
「サファイア……ごとき? まさか、知ってるの?」
「ああ。よーく知ってる」
俺の答えが意外だったのだろう。カルナは目をぱちくりさせて俺をじっと見ている。まあ、そうだよな。
それに対して俺は苦笑し、更に言った。
「話すと長くなるんだけどな。簡単に言えば、サファイアは俺達聖族の敵の一つだからな」
「敵の……一つ?」
「奴らにサファイアという名を付けたのは聖族だ。他にもルビー、エメラルド、ラピスラズリ。サファイアも合わせてこの四つの組織が主な人間の組織さ。奴らは俺達の存在を知っているから、昔から結構狙われてんだよ」
「大変、なんだね……」
「お前も気をつけろよ? 今はまだ聖魔力を放出していないから存在すら悟られてはいないだろうが、そのうち顔が割れるかも知れない。だから聖魔力が制御できるようになるまでは油断するな」
まあ、俺がいるけどな。カルナも人を見極める能力はレイヴァであるため普通の人間よりは高い。いやかなり高いだろう。
それ故に、強引な誘拐さえされなければ大丈夫だということだ。まあ隙をついて俺まで狙ってきそうだから、しっかり警戒しておかないと。
「狙われてるって言うけど、奴らの目的はなに?」
「基本的に人間の組織は同じ目的だな。世界征服……かな」
「世界征服?」
「ああ。聖族が管理している不思議な力を持つ二十個の珠。それらを手に入れると自らに大きな力が宿るんだ。元から持っている力が大きければ大きいほど、その倍率も上がるし強くなる。まあ、神の眷属に勝てるほどじゃないがな」
「その力を使って、世界征服?」
「そうだ。まあ、世界征服の次に、聖族の研究なんていうくだらん計画もあるようだが」
「えっ………」
カルナが心底気持ち悪そうな声を出した。そりゃあそうなるな。俺も嫌だし。
苦い思い出が甦ってきて、俺は苦虫をかんだような顔になりながら話を続けた。
「聖族を対象とした人体実験、聖族魔法術の研究、詠唱の開発、属性の増加。そうやって無理矢理捩じ込んで世界中に導入させて広めたから、魔法の発展が遅くなったんだよ。本来の研究がそのまま進んでいれば、魔法はもっと発展して、この世界中の魔法師が今の魔術師並みになってたはずなのにな。まあ魔術師はそれ以上なんだが」
「え? ……どういうこと?」
思い出しただけで少し苛立って思わず口に出してしまったが、カルナが疑問に思ったようでそう訊いてきた。
「魔法術の歴史について、ちょっとな。大昔は、俺達は人間と結構付き合いがあったんだよ。魔法術はもともと聖族が作り出したものなんだが、人間がそれを真似ようと必死に試行錯誤を繰り返して生まれ進化してきたのが、今人間が使っている魔法術なんだよ。けど、魔法術を作ったのが聖族だから当然こちらの方が発展が早いわけで、人間がまたそれに追いつこうと対抗心を燃やしてきて、魔法術を簡単に使えるよう開発したのが、詠唱なんだ」
「詠唱って最初からあったわけじゃないんだ」
うんうん、とうなずき、カルナは俺に続きを促す。好奇心旺盛だな、本当。
「ああ。実際俺達は魔法術を使うのに詠唱を必要としない。コペル王国のツリーハウスで、カルナの前では無詠唱を初めて使った時、なんとなく感覚で覚えていたんだよ。大事なのがイメージだとか、精密な魔力のコントロールだとか」
「へえ。詠唱を使うのと使わないのとでは、魔力の使用効率が違うんだよね?」
「もちろん。詠唱は、確かに魔法を放つ上ではとても簡単だ。魔力の使い方をある程度わかってさえいれば子供でも放てる。その代わり慣れないと魔力の使用効率が悪いし、下手だと効果の程が高くない。けど無詠唱だと、魔力の精密なコントロールが必要な代わり使用効率は良いし、質が高い。それを人間は捨てたんだよ。簡単に、質の高い魔法を使おうとしてな」
ソファに背を預け、何かを考えるカルナ。だいたい想像がつくが………。
「攻撃の間に時間ができるとか、考えなかったの?」
そうなのだ。今でさえ詠唱は魔法術師にとって致命的になることがあるというのは問題になっている。そのために魔法術師は皆後衛だし、前衛と違ってソロで行動することがない。
魔法術師は詠唱があるため、フォローでもあまり多い数を攻撃することは出来ない。
力と体力で戦う前衛と違って、魔法術師は魔力を使う。滅多にいない魔術師なら長期戦も可能だろうが、一般の魔法師は魔力量が少ない分短期戦の方を好む。
そのため魔力が足りなくなった場合、前衛や中衛と揉めることになるのだ。
そういった問題を、大昔の研究家や魔法使いはまったく考えなかったのである。
効率よりも力を求めた愚かな人間のお陰で、現代の魔法術師は皆後衛になってしまったわけである。
「そういうわけだ」
「……………ひどい話」
「まあ仕方ない。今更無詠唱を広げられるとは思えないし、それが人の営みだ。俺達が口出ししていいものじゃないんだ」
「そうか。シノンは神様の眷属……だったね」
少し寂しそうな顔でカルナはそう告げる。
つまり、人の世を眷属でも神の種族が手を出してはならない、という決まりがあるのをカルナは数多の神話を経て知っている。
それがまさに事実であったことに、少しだけ寂しさを覚えたのかも知れない。
「お前はもう無詠唱が使えるだろうが」
「いや、まあ、そうなんだけど」
「じゃあ何が悪い?」
「だって、寂しいじゃん。昔はみんな無詠唱だったから魔法術師にも前衛がいたんでしょ? それなのに、今は後衛しかいないんだから」
「俺もお前も基本は前衛だろうに」
「だから! 他にはいないじゃないか! それにシノンも私も聖族なんだから、少し違うでしょ――……むぐっ!?」
「……しっ。声が大きい」
「あっ……ごめん」
俺が唇でカルナの唇を塞ぎ、悪戯っぽい笑みでそう注意した。すると彼女も声を荒らげていたことに気づいたのか素直に謝る。
「ははっ、ごちそうさま」
「ぐ、ぐぅっ………」
少し悔しそうな顔をしながら、カルナは頬を赤らめて上目遣いで俺を見るのだった。




