95、契約と作戦会議
夜も更けた暗闇に包まれた森の中、一人の若い男が走っていた。
その男は全身黒い装備で身を包んでおり、猫の耳と尻尾を持っていた。
この男は先ほど然濃族の集落に襲撃を仕掛けたのだが、助っ人が来たことで逃げ帰ることとなったのである。
しばらく走ったその先にある洞窟に、男は入っていった。
「サンッ! 貴様、あいつらを見捨ててきたのか!」
「うるッせえな。俺はお前らの仲間じャねえし、本当はお前らを助ける意味はあッても義理はないんだぞ?」
「ちっ。黙れ。たかが雇われた身でそんなこと言っていいと思ってるのか!」
「黙るのはお前だ。俺は報酬とかどうでもいいし。てか、俺が手を貸すと言ッたのは襲撃の時だけだ。味方を助けることじャねェ」
「ちっ……………」
中にいた壮年の男に怒鳴られたあと、サンは男を言い負かしてそっぽを向く。
「お前以外の全員が殺されたのか?」
「いや? 生け捕りにされたぜ? 集落に助ッ人が来たのさ。突然来たもんだから俺も怪我しちまッてさー大変だッたよ」
「………なに?」
壮年の男は、サンの『怪我をした』という言葉に反応して、我が耳を疑った。
あれほどの戦闘能力を持つサンに傷を負わせる。となると、相当な実力者が来たということだ。それすなわち、捕えられた仲間を救出することが難しくなるということだ。
しかもそのサン以外の全員が捕えられたと来た。相手のその手際も良いと見える。
「まァ向こうにも結構な傷負わせてやッたから少しは動きが鈍ると思うぜ」
ニヤリ、とでも表現できるような笑みを浮かべながら、サンはそう言った。
「そうか。ならもう少し人数を増やして奴らを皆殺しに……」
「いや、そりャ無理だぜ」
「何故だ? お前に傷を負わせるほどの腕を持つ奴が傷を負っているんだろう? なら、怪我人という足でまといが何人もいる然濃族に勝ち目などないだろうが」
「無理なもんは無理だッつッてんだよ。集落にャ結界が張ッてある。そいつを抜けんのはお前らにはできねェぜ」
「ちっ。なら、また作戦を考えねばな」
そう言って男は立ち上がり、サンを引き連れて洞窟から出ていった。
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襲撃から一夜明けシノンの熱も微熱に変わった頃、外で空気を切り裂くような音が聞こえてきて、アルファが目を覚ました。
しばらく寝ぼけたままうつらうつらしていたのだが、カルナの叱るような声が聞こえてきたので、アルファはやっとはっきりと目を覚ましたのだった。
「ほら、まだ微熱があるじゃん! 何やってんの!?」
「これくらい平気だって言って――……」
「ふっ!」
「いってえ!?」
「ほら見ろ!」
「いや、今のはお前が……ってえ………」
窓を開けてみると、シノンが尻餅をついて脇腹をおさえ、カルナはしゃがんでシノンの腕を自らの肩にまわし立ち上がらせようとしていた。
おそらくカルナがシノンの傷口にダメージを食らわせたのだろう。痛みに強いはずのシノンでさえ未だに悶えている。
アルファはそんな彼の様子に顔を歪めつつ、玄関へ向かってカルナを手伝うことにした。
「おはよう、シノンにカルナ」
「ああ、おはようアルファ」
「シノン、お前自業自得だぞ? 傷口は七割くらい治ってからの方が動きゃいいのに……あ、手伝うぞ」
「ありがとう」
「………………………」
アルファはカルナの反対側にまわり、シノンの腕を自分の肩に載せた。
シノンは小柄なためアルファが少し屈む姿勢になってしまうのだが、彼が歩くのを手伝うのはすぐそこまでだし、足腰の筋肉は鍛えられているので苦にもならなかった。
「ちょっとー、また熱が上がったんじゃないの?」
「……上がってない。平熱だ」
「いーや、絶対に平熱じゃない。少なくとも微熱はあるはずだ」
「とにかく俺からも言うぞ。今日は一日休め。明日熱が下がったら動けばいいじゃないか」
「……………………」
シノンを抱えている二人には彼の体温が上がっていることははっきりとわかっていたので、強がりを言うなとアルファが言外に伝えたのだ。
それを理解したシノンは返事をするでもなく、すでに体から力が抜けかけていたのだった。
「……アルファ、教えろ。あいつらは何者なんだ?」
「そうか。まだ教えて、なかったな」
シノンは二人に言われた通り大人しくソファに座り、アルファに問うた。カルナも同感のようで、シノンの隣に座ってアルファを見ている。
アルファもうなずき、向かい側のソファに座ってぽつぽつと話し始めた。
「奴らは……サファイアという組織だ。少なくとも奴らはそう名乗っていて、俺達の魔道具の結界を無視して執拗にこの集落へこうして襲撃をかけているんだ。その時の襲撃者の人数は昨日ほどではなくて、いつも追い返すことは出来ていたんだ……けど、昨日の襲撃者の人数はいつもの五倍以上はいて、たぶんそれでみんな追い返せなかったんだと思う」
「少なくとも、ということは、仮の名前である可能性があると?」
「そうだ」
「サファイア……宝石の名前、か………」
「…………………………」
「奴らの狙いは『水神様の財宝』。俺も実際に見たことはないし、話に聞いたことがあるだけでどんなものかはわからない。ここにはないはずなのに、奴らはそれを狙っていることは間違いない。どちらにしろ、奴らに水神様の財宝を渡すわけにはいかないんだ。けれどそれがどこにあるのかは、俺たちにもわからなくて……」
『…………………………』
先ほどから黙っているシノンはともかく、カルナまでもが口を開けてぽかんとしていることに気づいたアルファが、首を傾げて問うた。
「ど、どうかしたか?」
「え、あ、いや、その……」
言葉に詰まったカルナはシノンを見た。水神、という単語で、シノンの名前について思い出したからだ。しかし彼は真顔のまま、アルファに無言で続きを促した。
そんな二人の様子に首を傾げながらも、アルファは続きを話し始めた。
「そこで、二人にお願いがある。水神様の財宝の在り処を、この件が済んだら一緒に探してほしい。俺達は、あれを守る義務があるからだ。だから、頼む」
言いながら、アルファは頭を下げた。カルナはそんなアルファを助けてあげてとばかりにシノンへと視線を向けるが、彼はため息を吐いて言うのだった。
「……安心しろ、アルファ」
「え?」
アルファはシノンの言葉に疑問符を浮かべながら頭をあげた。
「水神様の財宝ってのは守り人がいる。その守り人には、人ごときがいくら集まろうと勝てる相手じゃないから、サファイアだかなんだか知らないが手に入れるのは無理だ」
「本当、か……?」
「本当だよ。俺がこんな所で嘘をつくかっての」
「あ、ああ。そう、だな。ありがとう、シノン。なら、良かった………」
アルファは心底安堵したような笑みを浮かべる。付き合いは数ヶ月だが、アルファはそれだけシノンを信頼していることの表れであろう。
「……けど、なんでそれをシノンが知ってるんだ?」
「………昔、その守り人にあったことがあって、な。それで」
「……なるほど」
ちらり、とアルファは外の様子を見る。今は襲撃者の警戒で、集落の片付けや事後処理などは行われていない。
だからほとんどの人達は建物の中におり、特にやることはないと判断したアルファは一人うなずき、シノンに尋ねた。
「聞かせてくれないか? その、守り人のことを」
「あー……それは、悪い。無理だ」
「え……何故だ?」
「あいつと約束したからな。誰にも言わないって」
シノンは一歩も譲らないという表情をする。睨みつけるような視線に、アルファは少し気圧されたように背筋を伸ばし、頬を引き攣らせた。
カルナはこういう時のシノンは頑なに秘密を守ると知っているので、特に何を言うでもなく二人の様子を見守っている。
それに彼が『約束』と言ったからには絶対に破らないので、いくら相手を信頼していてもカルナでさえ今は言わないだろう。
しばらく沈黙が続いたが、やがてアルファが諦めたようにため息を吐き、言った。
「………わかった。お前が絶対に他人との約束を破らないってのはカルナに聞いてたが、こんなにも頑なとは……」
「お、お兄ちゃん? 何があったのよ?」
アルファは今気がついたように、部屋の入口に立っているアリュスフィアとゆうき、そして自分の母親の姿を見てはっとする。
「ああ、ごめん。ちょっとな」
「あ、サナさん、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、ありがとう。あなた達のおかげで助かったわ」
カルナは入口に立っている四十代ほどの女性に声をかける。
アルファやアリュスフィアと同じ紺色の髪なので、然濃族特有の透明色の目が異様に目立つ。
四十代くらいの女性だが、やはり戦闘に長けている種族というのもあるのか女性とは思えないほどの筋肉を携えていて、その目は戦士の持つ強い光があった。
その強い生命力のおかげか、昨日の襲撃で負った傷のせいで出た疲労もたった一晩でなくなってしまった。
「けど、シノン君……だったかしら? あなたは大丈夫なの?」
「はい。熱がまだありますが」
「熱があるのはシノンが無茶するからでしょ」
ムスッとした顔をしてカルナが突っ込む。それに対してシノンも自覚があるため苦笑して応えるしかなかった。
「まあまあ、母さん達も座ってよ。これからどうしようかと話し合おうと思ってたんだ」
「それもそうですね。奴らはもう襲ってこないとは限りませんし」
「お婆は? お婆が最終的にどうするのかを決めるんでしょ?」
「ああ、うん。そりゃあね。けど、一応俺達自身の行動については自分達で決めるつもりさ」
「なるほど」
サナ達三人を座らせながら、アルファは彼女らの質問に答えた。
ゆうきがカルナの隣、サナとアリュスフィアがアルファの隣に座った。
「改めて、三人には礼を言いたい。ありがとう。だけど同時に、巻き込む形になって申し訳ない」
「ごめんなさい!」
アルファとアリュスフィアが揃って頭を下げる。しかしカルナとゆうきは気にしてないとばかりに首を横に振った。
「昨日も言ったけど、アルファたちが気にすることじゃないよ。私達だって、トラブルを承知でついてきたんだし」
「そうですよ。それに、アルファさんやフィアはボクらの仲間ですから、仲間なら助けるのは当然ですよ」
二人は笑って、兄妹を宥める。
彼らもそれ以上引きずるようなことはせずに微笑んでうなずいた。
「……で、これからどうするか、だが。まずは、奴らを警戒したいから、しばらくここに残ることになると思うんだが……問題ないか、シノン?」
「ああ」
「そうか、ありがとう。けど、このままじゃきっと埒が明かないから、もしかするとこちらから行動することになるかもしれない。奴らは執拗に俺たちを狙っているから」
「移動するわけにはいかないの? 集落全体でさ」
カルナが問うたが、アルファ達三人とも全員が首を横に振る。
「ここは俺達の故郷だから」
「まあ、そうだな。然濃族は大昔からこの辺に住んでたってのは有名な話、か……」
「………そうか。自分の生まれた故郷を捨てるなんてことはできないか……」
「すみません……」
サナがそう謝るが、なぜ謝るのかとばかりに慌てたカルナが彼女に頭をあげさせた。
「なんだか、本当に迷惑ばかり掛けてるような気がしたから……けど、本当にありがとう」
「いえ、何度も言いますけど、仲間ですし」
そう言って、カルナは誰もが見惚れるような笑顔を見せた。そんな彼女を見ていたシノンが、アルファに視線を移して言った。
「相手には厄介な奴がいる。そいつはかなり好戦的で、強いやつを求めて渡り歩いている奴なんだ。そいつは俺が何とかする。組織から引き抜くか、保護するか」
「保護……? こ……殺すわけには、いかないのか?」
「駄目だ」
殺せば世界中の問題になるからな、と、シノンは心の中で付け足す。
シノンが戦い、傷を負わせた相手。それは、以前に何度か顔を合わせた猫獣人であるサンだ。
彼は黒髪の獣人という現代の世界ではありえない種族の一人で、空の使いの一人だ。
空の使いは世界のバランスを保つための柱である。シノンたち聖神と似たようなもので、一人でも欠けると色々と厄介なことが起こりかねない。
それを防ぐためにも、まずは保護して話を聞かなかければなるまいとシノンは考えたのだった。
それから彼の姉である、『希望のレーン』と呼ばれているレーンもなんとか確保しないと今度はサンの命にも関わってくるので時間の問題ともなる。
「わかった。けど、シノン。怪我は?」
「熱が完全に下がれば問題ない」
「よし、じゃあまずは奴らの残党をどう探すか……だな。あれくらいの規模からしておそらくまだ仲間は残っている可能性があるから、捕らえた奴らを救出に来る可能性が出てくるわけだが……シノン、結界はあとどれくらい保てる?」
「俺がいる限り大丈夫だ。人間には絶対に突破できない」
「ありがとう、助かる」
「ただし、人間には、だ。人間と言うからには人類は全て入るが、俺に傷を負わせたあいつは普通の人類じゃ、ないからな」
「………そうか。ならそいつには警戒しないとな」
アルファがシノンの言葉にうなずき、素直にそう意見を出す。
「あのー……良かったら、私が使い魔を出そうか?」
その後みんなでどうしようかと悩んでいた時にゆっくりと手を挙げたのは、カルナだった。




