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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第8章、然濃族
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94、襲撃と迎撃

 森の中に差し掛かり、辺りがそろそろ暗くなり始める時間帯に、シノンと水狼《エクロス》は匂いの臭さに耐えながら顔を歪めていた。


 何しろ焦げる臭いに重ね、血の臭いまで混ざっているのだ。嗅覚の強い彼らにすれば二キロほど先の強い臭いには耐えられなくもないが嗅覚が麻痺しそうなのである。


 他の四人にもそろそろ焦げ臭い匂いは感じているらしく、アルファにはそろそろ焦りの色が浮かび始める。

 アリュスフィアに至っては不安で押し潰されそうなのかすでに泣き始めている。


 然濃族は種族に限らず信頼する相手や仲間を大事にする人達なので、同じ種族の者達が暮らす――あるいは自分達の故郷――が危険に晒されているかもしれないのだと思うと、彼らの不安も当然であった。


 シノンとカルナ、ゆうきの三人も冒険者としての勘のようなものもあり、この後戦闘になりそうだというのは予感していた。




 ―――――――――――――――――――――――




 逃げ惑う人。助けを求める人。命乞いをする人。自分の命と引換に家族を助けようとする人。

 そんな人々の声と、血と焦げの臭いが集落全体に広がっている。視界すべてが赤く染まり、また、私も赤く染まっている。


 もう何もかもがどうでも良くなって、動く気すらも起きない。このまま自分は死へと向かっていくのかと、愛しい子供たちをここ(この世)に置いていってしまうのかと、ただそう思う。


 近づいてくる死の足音はだんだん大きくなってきていて、意識すらも遠のいていく。抵抗する私を拒む。


 ――お母さんっ!!

 ――母さんっ!


 ああ……懐かしい声がする。数年ぶりに聞いた、息子と娘の声。けれど、その二人の声がする方に視線を向けられる気力も間もなく、私は意識を手放した………ような気がした。


 目を開けると、いつの間にか緑色の柔らかい光に包まれていた。体の痛みも引いていく。


 ああ………私、死んだんだな。


 そう思った。けど感じたのは違和感。私たちの集落では感じることのないはずの、不思議な力だ。

 体が動くようになると、私は横になっていた顔を上に向けて、違和感を感じる方向へと視線を向ける。


 するとそこに居たのは、頭巾を深く被って私に両手をかざしている人だった。その手からは、私を包んでいるのと同じ緑色の光が放たれている。


「母さん、大丈夫?」

「お母さん………っ」

「アルファ……フィア……?」


 なんとか絞り出した声でそう呟くと、目の前にいた私の子供たちは、笑顔でうなずいてくれた。夢じゃないことは、未だに感じている違和感が証明していた。


 これはおそらく魔力の流れ。私に手をかざしている人の魔力が、私の中に流れ込んできているのだ。

 不思議と体の疲れも取れてきて、起き上がれるようにもなった。


 アルファが支えてくれて、私が倒れていた家の中を見回す。間違いない。夢じゃ、ない。


「母さん……無事で良かった」

「あ、アルファ、フィア!? 何故ここに……!?」

「近くを通った時、集落が火事になっているのを見つけたんだ……ごめん。つい、耐えられなくて」

「お母さん………!」


 フィアが、泣きながら汚れなど気にせず私に抱きついてくる。数年ぶりに再会した娘に、私は微笑み、抱き返してやった。


「フィア……ごめんね。ありがとう」


 そう言い、私はアルファ達が連れてきたであろう部外者に視線を向ける。

 そこには十四か十五歳くらいの若い子と、フィアと同じくらいの女の子がいた。


 二人の少年か少女――どちらかわからないが――は外套を着ていて、頭巾を深く被っているので顔がわからない。けれど敵意は感じないので、私は警戒を緩めた。


 アルファとフィアが連れてきたのなら、信頼できると思ったからだ。


「母さん、詳しいことは後だ。とにかく、今はあいつらを何とかしてくる」

「え?でも、アルファ――……」

「わかってる。シノン、お願いできるか?」


 シノンと呼ばれた、私に魔法を放っていた人は無言でうなずいて立ち上がり、アルファとともに外へと出ていってしまった。

 あの小柄で華奢な体型からして、おそらく少女。


 ……駄目。あんな所に私の命の恩人でもあるその子を連れていったら……。


 そう思って止めようと立ち上がった時、私の左肩に誰かの手がそっと載せられた。

 そちらに視線を向けると、もう一人の若い子が口元に笑みを浮かべて、首を縦に振った。任せろ、ということなのだろうか……?


 体から疲れが取れたとはいえまだ気怠さが残っていて、それ以上は動く気にはならなかった。

 だから私は、愛しい息子と娘が信じるこの人達を信じることにして、意識をあっさり手放した。




 ―――――――――――――――――――――――




 空が夕焼け色に染まった頃、ようやく俺達は集落に着いた。まず真っ先に向かったのは、自分達の暮らしていた家だ。

 フィアとともに走り出し、シノン達三人もついてきている。


 馬車はここからだいぶ離れたところに置いて結界で保護して来た。


「お母さんっ!」

「母さんっ!」


 俺達は同時に叫び、家の中へと突入した。そこには血まみれで倒れている家の使用人や母さんがいた。

 後から追いついてきたシノンに、俺は頼み込んだ。


「頼む、シノン。母さんを助けてくれ!」

「……………わかった」


 シノンは少しだけ何かに迷っていたが、やがて意を決したようにうなずいてくれた。

 その後彼が母さんに『回復《ヒール》』と『状態異常回復《リカバリー》』をかけてくれて安心したところで、俺とシノンは外に出た。


 襲撃者たちを捕らえるためだ。


「シノン、黒い服装にマスクを装備した奴は全員敵だ」

「わかってるさ。この集落に裏切り者の類はいないな?」

「…………いないはずだ」

「なら魔力放出《リリース》で敵か味方かは判断できる。じゃあ、行くぞ」

「おう」


 俺はシノンの言葉に短く答えて、ほぼ同時に走り出す。しかしシノンは数秒で俺との距離を取り、目の前の敵を倒している。


「シノン! できれば殺さないでほしい!」

「麻痺させてんだよ!」


 シノンは少し苛立った様子だ。何故なのかはわからないが、襲撃者たちは急に現れた魔剣使い……否、双剣使いに戸惑いの声を上げている。


 シノンが頭巾を被っておらず白銀の髪を晒していたのなら、もしくはあの整った顔立ちが見えていたのなら、奴らは目の色を欲望に変え、生け捕りにすることを一瞬で検討していただろう。


 だが今は、シノンは頭巾を深く被って顔まで見えないようにしているので、華奢で小柄な体型からシノンを少し侮っていたようだった。

 魔力の反応から、シノンが集落全体に結界を張って敵が逃げられないようにしているから、俺も敵を捕らえることに専念することができる。


 そんなシノンには感謝しながら、俺も敵を気絶させることにする。

 シノンが戦っている方とは別の方向へと走り、呆気に取られた黒ずくめの男に切りかかった。


「やあっ!」

「ぐっ……!?」


 肩から斜めに、もちろん死なない程度に切り裂き男の動きを封じた。

 後ろからも気配を感じ、更には殺気も感じたので振り向きざまに剣を振る。すると後ろにいた男の腹に当たり、切り裂いた。


 その後も黒ずくめの男達の動きを封じたり、集落の仲間を助けたりと集落中を駆け回ってようやく動いている者がほとんどいなくなった頃、俺はシノンの所へ向かった。


「シノ、ン……? おい、どうした!」

「ぐっ……くそっ。一人、逃げやがった……」

「は? お前、結界は?」

「わるい。どうやら襲撃者は、人間だけじゃ、なかったみたいだ。逃げたのは、そいつだ……っ」

「む、無理して喋るな! とりあえず結界は健在だし、一段落したからまずは俺の家に行こう」


 シノンは脇腹を斬られており、出血量が少し多いようだ。現在は自分で手を脇腹に当てて少しでも傷を塞ごうと回復魔法を放っているが、これ以上回復しないのか数分でその手を離した。


 シノンに肩を貸して、俺は彼とともに家の中へと戻っていった。


「お兄ちゃん、シノン……って、あれ、どうしたの?」

「まさか、シノン、怪我したの!?」

「大丈夫だ。回復魔法で一応軽くはなってる。縫う必要はない」

「そ、そう、か。なら良かった……とりあえず座って」


 カルナに促されて、俺はシノンを部屋のソファに座らせた。

 母さんは向かいのソファに寝かされていて、そこからは静かな寝息が聞こえてきている。どうやら無事だったようで、俺はほっとしてため息を吐いた。


「よし、カルナ、シノンを頼む。俺は怪我人の手当や襲撃者の回収をしてくる。それから、フィアとゆうきはついてきてくれ。ゆうきには回復役をやって欲しい。フィアにはその他を手伝ってもらう」

「わかりました」

「わかったわ。じゃ、二人とも、自由に寛いでいて良いわよ。……まあ、結構荒らされているけれどね」


 フィアが少し悲しそうな顔で部屋を見渡す。すでに事切れている人や、まだ息がある人と分けられているのだろう、部屋の端には白い布で顔を覆われている人がいる。

 そして母さんが寝ているソファの脇には、まだ息がある人達が寝かされている。


「ふふっ、大丈夫だよ。気にしないで行ってきて」


 カルナが微笑みかけてくれ、俺も笑みを返して家から出た。

 まずは重傷者を優先して、ゆうきに回復魔法を使ってもらった。しかし怪我人は少なく、しかし生きている人もともに少なかった。


 それはすなわち、亡くなった人々が大半を占めていたということを示していた。

 戦った若い者達を始め、赤ん坊やまだ体ができていない子供、そしてもう戦えなくなった高齢者。


 人口五百人程度いたこの集落の人口は、今日の襲撃で百人ほどまでに減ってしまったようだ。


 俺がみんなに話しかけると無事を喜んでくれたのだが、やはり仲間を失った悲しみをそれでどうにか出来るものではなかったのかどこか悲しそうではあった。


 この集落の長老であるお婆はどうやら無事だったようで、怪我もなく、俺に歩み寄ってきて礼を言われた。


「アルファや、よく無事に帰ってきたね……今日は助かったよ。ありがとう……ありがとう………」

「お婆、顔を上げてくれ。この近くを通りかかったのは偶然だよ、偶然。それに、俺達だけじゃ奴らはどうにも出来なかっただろうし」

「外の者を連れてきたのじゃな?どれ、私にも紹介しなさいな」

「うん。あ、ここにいるのがその一人で、ゆうきだよ。集落の人達の怪我を魔法で治してくれた」

「初めまして」

「ほう、なんと……私らは魔法を使えないからの。回復魔法が使えるのならこれ程ありがたいことはないわい。ありがとうのう」

「い、いえ。ボクなんてまだ中級までしか使えないので、重症の人は完全には治せなかったんですけど……」

「それでも、命だけでも助けてくれたこと、本当に感謝しておる。この一件が片付いたら、歓迎させてもらうよ」


 お婆はにっこりと愛想の良い笑顔でゆうきに言った。……彼女にシノンとカルナを紹介したらどんな反応をするのだろうか。お婆は昔からレイヴァに会いたがっていたから、すごく喜ぶのだろう。


「……さて、動ける者は彼らを捕縛するのじゃ。誰一人として逃がすことのないようにしなさい!」

『はいっ!』


 お婆の指示によって、今動ける者達が常に腰に携えているロープを使って黒ずくめの男達を固く縛りつけた。


「水神様、どうか、旅立って行く彼らをお導きくだされ……」


 お婆は両掌を擦り合わせて、北を向き頭を下げている。


「お婆、奴らの狙いはやっぱり……」

「うむ、『水神様の財宝』に間違いないじゃろ。じゃがここにそんなものはないと言っておろうに……」

「けどどちらにしろ、水神様の財宝は奴らには渡してはいけないよね」

「当たり前さね。奴らにあれを手渡せばこの世界がどうなるかわかったもんではないわい」


 その後は俺も手伝い、集落の人達が襲撃者達を捕縛し見張りを立て、怪我人を建物の中に運び込むなどのすべての作業を終えた頃にはすでに外は暗くなっており、それぞれが無事な建物の中に入っていった。


 俺達も家へ戻ると、カルナが迎えてくれた。母さんや使用人の何人かも目が覚めているようで、柔らかい笑顔で俺達を迎えてくれる。


「アルファ、フィア……無事で本当に良かった」

「お母さんっ! 良かった……良かったよぅ……」

「母さん……ただいま。けど、ごめん」

「なぜ謝るのかしら? あなた達は私達を助けてくれたじゃない」

「もっと早くこの集落の様子に気づいて、もっと早く来ていれば、助かった人がいたかもしれないと思うと……俺、悔しくて……」


 母さんが助かったのは嬉しかった。けど、それと引き換えに助からない人がたくさんいた。

 俺の目の前で殺された人もいたし、あるいは怪我が原因で間に合わなかった人もいた。


 そんな人達の最期を、今日だけで何度も看取ってきた。それが、とても悔しかった。

 そうやって歯を食いしばっていると、母さんが俺の頭に優しく、柔らかい手を載せる。


「あなたがそんなに気にすることはないわ。逆に考えて、あなた達が来たから助かった人もいる。あなた達が来なかったら、きっとこの集落は全滅だったわ。ありがとう」


 そう言って、母さんは優しく微笑みかけてくれた。


「うん……ありがとう、母さん……」

「あの、ところで、シノンさんは……」

「ここにいるよ。傷のせいでちょっと疲れたみたい」


 ゆうきが質問すると、カルナがそれに答える。シノンはソファに横になっていて、少しでも熱があるからか湿らせた布が顔に載せてある。


「シノンは大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫だよ。内蔵も傷ついてないから明日には動けると思う」

「そう、か。すまない。みんなを巻き込む形になって……」


 俺はそうカルナとゆうきに謝ったが、二人は気にしてないとばかりに首を横に振った。


「仕方ないよ。それに、仲間の故郷が危険だったんだもん。助ける義理はあるし、仲間が困ってるなら私達はそれを助ける。当たり前のことだよ」

「……ああ、そうだな。ありがとう……本当に、感謝してるよ……」


 助けられなかった人がいた悔しさと、それでも助けられた人が多くいた嬉しさ、そしてカルナが自分達を仲間だと言ってくれた嬉しさと言った複雑な気持ちから、俺とフィアの目からは自然と涙が溢れていたのだった。

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