93、森竜と集落
ひたすら南へ向かってゆっくりと進んでいくシノン達一行。
近くではバッファローの群れが、彼らと同じ方向に向かって走っている。近くとは言ってもそれなりには距離があるため突進して来るようなことはない。
群れで同じ目的地へと向かっているバッファローの群れを眺めながら、アルファがぽつりと呟いた。
「………みんな、元気にしてるかなぁ……」
「あ、もしかして然濃族の……?」
「ああ、そうだ。しばらくみんなには会っていないからな」
「それなら、寄ってく? 確か、この近くだったよね?」
少しだけ寂しそうに呟いていたアルファを気遣ったカルナがそう言ったが、アルファは微笑んで首を横に振る。
「いや、その厚意は嬉しいよ。だけど、今は、まだ」
「お兄ちゃん……」
アリュスフィアも寂しそうな声で兄を呼ぶ。そんな妹の頭をそっと撫で、カルナに言った。
「まあ、そんなことはどうでも良くて。まさかシノンとカルナ揃ってえらく高い地位を持ってたとは驚いたぞ」
不意に話題を変えて笑顔で話しかけてくるアルファ。カルナの脇ではゆうきも同感だとばかりにうなずき、シノンとカルナを見る。
「あ……あははー……黙ってる気はなかったんだけど、私はもうルミナじゃないからね。シノンも、今は私と一緒に旅をするためにリリーズ王国の屋敷には戻ってないみたい」
「ダンジル王国にリリーズ王国、か……ダンジル王国ってどんな国なんだ? 是非聞かせて欲しい」
「どんな国、ねえ。まあ、北の土地だからそんなに作物は豊富な方ではないかな。夏になれば農作物も盛んに育つから、暖かいうちに作り溜めして、冬を越すんだ。とにかく賑やかな国だよ。特に王都は好きだったなあ」
街へ降りて見て回ったことを思い出しながら、カルナは懐かしそうに笑みを浮かべる。
そんな様子に、シノンは御者台の上で笑みを浮かべながら彼らの会話を聞いていた。
「ダンジル王国名産ミクラの実が私は大好きだよ。最近は食べてないけど」
「ミクラの実か。俺も食べたことはないが、ダンジル王国限定なんだよな。いつか食べてみたいな」
「なら、今度ダンジル王国に行く機会があったら案内するよ?」
「本当か? ならば頼むよ」
嬉しそうにそう言うアルファに、カルナは笑顔でうなずいた。
そんなふうに四人が穏やかに会話している中、シノンだけは辺りを警戒していた。もちろん魔物を、だ。
そんなシノンの隣にちょこんと座りながら、水狼も敵がいないか見張っている。
それから少しすると、シノンと水狼の耳がほぼ同時にぴくりと動き、一人と一匹は同じ方向を見た。
彼らの向かっている方向より少し右側、つまり北側である。バッファローたちも本能的に危険を察知したのか、シノンたちの進行方向とは反対側へと逃げ出している。
「シノン、これ……?」
「ああ、なんか来てんな、これ。カルナは座ってろ」
「う、うん」
それぞれがその存在に気づき、みんないつでも武器を抜けるようすでに構えていた。
馬車を引いているルドルフも本能で何かを感じているようで、先ほどから少し足が遅い。しかし主の指示とあらば逆らって逃げるわけにもいかず、彼を信じて恐怖を感じつつも進んでいるのは彼らが何度も魔物と戦っているところを見ているからこそなのだろう。
「ルド、怖くなったらいつでも逃げるようにしとけ」
シノンは馬車を止め、軛を外しながらシノンはそう告げた。
いつでも馬車を捨てろ。言外にそう言ったのだが、ルドルフはシノンの言葉を理解し首を横に振る。
付与だのなんだのとシノンが色々と改造している馬車に、ルドルフは少し愛着を持っているようだった。
そんな愛馬の頭を軽く撫でてやると、シノンはルドルフから離れて武器を構えた。
カルナ達四人もすでに外に出ており、それぞれが各々武器を構えて辺りを極力警戒している。
カルナはどこからか巨大な魔力の反応を感じており、いささか不安を抱えていた。アルファとアリュスフィアも同様で、魔力の反応を感じ取っていて一切警戒を怠っていない。
ゆうきは魔力を感じる力はないが、本能的に危険を察知しシノン達の様子からその嫌な予感を確信に変えていた。
「ねえ、シノン。敵はどこ?」
しかし彼らは近づいてきている敵の位置を把握出来ておらず、この中で一番敏感で戦闘経験が豊富なシノンに訊くのが適切だと考えたのか、カルナは彼に問う。
「北。あの森から、だな」
「森………?」
全員が北の方向を見ると、割と大きな森が広がっていた。確かにあの森の中から小さな魔物や動物達は何かから逃げるように集団で走ってきている。
そんな魔物や動物達を追う何かがいた。それを感じ取った彼らはより一層警戒心を強めた。
やがて森の中から、カルナ達には目にも留まらぬ速さで、大きな黒い影が飛び出してきた。
「ちぃっ!」
シノンが舌打ちをしながら一瞬で防壁を張り、その何かの攻撃を防ぐ。
「っ!」
彼らに攻撃を仕掛けてきたのは森竜だ。高さは十メートルほどで、淼竜の鱗は深い海のような瑠璃色だったのに対し、森竜の鱗は深い緑の色だ。
その目は赤く、完全に理性を失っている。
『オノレ人間めェ………っ!』
「えっ!? り、竜っ!」
「森竜か」
「は? 神龍!? そんなの勝てるわけ……!」
「違う、落ち着け。森の竜だ。草竜の上位種で、SS級の竜。淼竜と同じ類さ。………今は暴走してるみたいだが」
興奮して何なのかわからなくなっているアルファに対してシノンが落ち着かせるように言った。
まあ、神龍と言っても間違いはないが、と、心の中で苦笑するシノン。
確かにこの竜はシノンが作り出した淼竜の仲間である森竜で、基本は森の中に暮らしている。
淼竜ほどではないがこの森竜も暴走して、彼らを襲った。となると、淼竜と同じように刺激を与えればどうにかなるはずだ。
森竜は森属性を持っているので、竜であるにもかかわらず炎が苦手だ。だから、とりあえずは炎の魔法を使って衝撃を与えようとシノンは考えた。
「カルナ、ゆうき。炎だ」
「え?」
「炎……ですか?」
「そうだ。本気で撃て。死にやしないから問題ないさ。むしろこの危機を脱することが出来るぞ。森竜も淼竜と同じく、正気に戻るはずだ」
シノンにとって竜程度の攻撃、それも物理攻撃など苦にもならないのだが、それを特にアルファとアリュスフィアとゆうきの三人がいる中で知らせてしまうと混乱させかねないため、とりあえずは演技で誤魔化すことにした。
「わかった。早くしないとシノンが大変だしね」
「頼む」
「任せてください。……炎よ、我が意のままに、火炎の如く舞え、『炎の舞』」
「はあっ!」
カルナは自らの周りに『火球』を数十と生み出し、森竜に放った。ゆうきが詠唱を完成させると、彼女の周りには炎が踊っているかのように動き、不規則な動きで森竜へと迫る。
ゆうきのハイヒューマンとしての詠唱省略の能力とカルナの無詠唱のお陰ですぐに攻撃ができ、シノンの障壁を越えて森竜へと到達する。
『ギャアアアアアアァァァァ! ぁ……ア………?』
苦手な炎を直撃されて悲鳴をあげるが、衝撃で正気に戻ったのか戸惑うような声を出す。
『ぬぅっ!? 儂はいったい、何を……?』
「だ……大丈夫、か?」
『む、人間か? まさかお主らが……』
「はい、私たちが暴走したあなたを元に戻しました。あの、いったい何が?」
『ふん。助けてもらったことには感謝する。だが、それは我々の問題であって、人間には関係の無いことだ』
「なくない! 今じゃ竜たちが暴走しまくって、こっちは迷惑してんだ!」
冷たい態度を取る森竜に、アルファが食ってかかる。しかし森竜としては人間とは極力関わり合いたくないのだ。
そんな森竜に、シノンは念話で話しかける。
『久しぶりだなリズラスタ』
『むっ!? そ、その呼び名は……まさかアルスレンドかっ!?』
『ああそうだ。けど今は念話に付き合ってくれ。つい二日くらい前に淼竜に会ったんだが、その時もあいつは暴走していた。どうやら影の実験に引っ掛かったらしいんだが、お前もか?』
『情けない話だが、そうだのう……だが、お主、なぜ人間どもと一緒におるのだ? 記憶が戻ったのなら聖族界に戻らぬのか? お主らしくもない』
『………そうだな。たしかに俺らしくないかも、知れない。けど、こいつらとは記憶が戻る前に出会ったし、今は今が楽しいからな。もうしばらくここにいるつもりだが、なんかあるか?』
『……いや。お主が良いのならば儂は何も言わぬ』
『そうか』
森竜――リズラスタは、自分を生み出し、育て、鍛えてくれたシノン――アルスレンド――に対して何かと恩を感じている。そのためアルの人間嫌いが移ったのだが、基本的には彼が望むようにリズラスタもまた望むのだ。
アルの人間嫌いの事情をリズラスタは知っている。だからこそ、自分の恩人をひどい目に遭わせた人間が嫌いで、数万年経った今でも忘れられず、人間嫌いから抜け出せない。
しかし目の前にいるアルスレンド――否、シノンは、自分が嫌いだったはずの人間とこうしてともに過ごしている。
リズラスタにとってそれはとても喜ばしいことであり、また、アルの精神的外傷が少しでも薄れたのならこれ以上ない嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。
シノンは念話を切り、ため息を吐いて今度は声に出して話しかける。
「まあ、そういう態度を取るってことは暴走した竜は全部討伐してもいい……そういう事だな?」
『理性を失い暴走したままの竜など誇りを捨てた野蛮な者に過ぎぬ……儂が言えることではないが、そやつらはもう竜族ではないわ』
「そうか。なら、襲ってきたら遠慮なく殺すぞ」
『ああ構わん。では儂は行く。迷惑をかけたな人間よ』
人間が嫌いでも最後の一言をあのように言えたリズラスタは立派な竜族だろう。
竜とはほとんどが人間嫌いなのだが、それでも迷惑をかけた謝罪ができるのは、しっかり身をわきまえている証拠とも言えるのだろう。
ゆっくり飛び上がって南の方角へ去って行く森竜を見送り、シノンが思わずと言ったふうに呟いた。
「………臭いな」
「え?」
「いや、いい」
何でもないと首を振ってから、シノンは言う。
「さて、予想外の自体は起きたがさっさと行こう。ルド!」
「ブルルルッ」
誰にも怪我がなかったことを喜ぶように鼻を鳴らし、シノンはそんなルドルフの頭をそっと撫でてやった。
「馬車も無事、だな」
「ちょっと、待ってくれるか……?」
シノンがルドルフに軛を取り付けていると、アルファがそっと手を挙げてそう言ってきた。
シノンが目で続きを促すと、アルファはうなずいておそるおそる言う。
「すまない。集落に、寄らせてもらえないか……?」
「は? 何言ってんだよ」
「どうして? 何か……用事でも思い出した?」
真剣な顔で、アルファはゆっくりうなずいた。そして先ほど森竜が出てきた北の森へと視線を移し、全員がそちらを見ると目を見開く。
「あ……あれって、まさか……」
「ああ。異常事態なんだ。頼む。集落のみんなが心配なんだ」
「シノン、私からもお願い。どうか、お願い……!」
アリュスフィアまでもが目に涙を溜めて懇願してきた。シノンとしても断る理由はないので、了承することにした。
北の森から見えたもの。それは、いくつもの黒い煙が天高く昇っていく光景だった。
その時点で、シノンが先ほど嗅ぎとった焦げ臭い匂いはアレだったのかと思った。
「さてどうする。このままルドが走って行っても半日かかるが?」
「シノンの常時回復を頼めるか? できれば急ぎたい」
自分の故郷が異常事態に陥っているかもしれないというのに落ち着いていられるのは、アルファの心が大人だからこそなのだろう。
まだ体も心も子供のアリュスフィアは不安でいっぱいであり、目に涙を溜めて両手を組み、家族や仲間の無事を祈っている。
アルファが自分に対して遠慮なく常時回復を使ってくれと頼んだ様子に、口元にわずかだが笑みを浮かべるシノン。
「じゃあ、そういうわけだからみんな掴まれよ」
「……シノン、すまない。ありがとう」
アルファはそう言っていたが、シノンは気にするなとばかりに前を向いたままうなずく。
「ルド、頼む」
「ヒィーン!」
大きく嘶いて、ルドルフは北へ向かって全速力で走り出した。
シノンは馬具へと施した付与の一部である『筋力増加』『敏捷性増加』『常時回復』を発動し、ルドルフへと指示を出した。
「集落に着いたとして、いったい何をする気だ?」
「まずはみんなの無事を確かめたい。……もしかしたら、またあいつらが来たのかもしれない」
「……………………」
アルファが言った後半の言葉は人間には聞き取れない大きさだったが、獣以上の聴覚を持つシノンにははっきりと聞こえていた。
だが敢えてそこは突っ込まず、黙って前を向いていた。
アルファとしては、仲間を巻き込むような形になることに歯を食いしばっていた。
しかしこの人達ならば、という小さな希望も持っていた。
集落で起こっている問題か何かを、解決してくれるのではないかというわずかな希望。それに縋って、アルファは何も知らない自分達を集落へと連れていこうとしていたことに、シノンは薄々気づいていたのだった。




