92、伯爵家と殺し屋貴族
リアナたちに見送られギルド敷地内の正門から出ようとした時、シノンたちを迎えたのは昨日も見たスーツ姿の男だった。
「お待ちしておりました」
「しつこいぞ」
「いかんせん、ご主人様は諦めが悪いので」
「はあ…………………わかったよ。行きゃあ良いんだろ」
心の奥底から出た面倒臭そうなため息とともに、シノンは抵抗するのをやめた。さっさと用事を済ませて自分のやりたいことをするためだ。
このままでは他国まで追ってきそうなので、ここでしっかりとこの問題を解決しておきたかったのだ。
「わるい。そういうわけだから、一緒に来てくれるか?」
「良いよ。私はどこまでも君と行く」
カルナがそう言うと、アルファたち三人も同感だとばかりにうなずく。
「ありがとう。………じゃ、さっさと済ませろよ」
「かしこまりました。ではこちらへ」
俺達の馬車の前にある豪華な作りの馬車に男は乗り込み、そして進めた。
シノンは仕方なく、本当に仕方なく、彼らの後に続いていった。
王都の手前、小さな丘の上に、その屋敷はあった。ナルクス伯爵家の屋敷である。
シノンは馬車を庭に置き、念のためということでそこに防壁を張った。余談かもしれないが、シノンとカルナも偽装の腕輪を装着して変装している。
スーツ姿の男にも馬車の旨を伝え、彼らは屋敷の中に案内される。
見せつけるような装飾のある広い廊下をしばらく歩いていると、一つの大きな扉の前に止まった。
「こちらです」
男は扉を数回軽くたたき、訪いを告げた。
「旦那様、ユウ様御一行をお連れしました」
「む!?入れっ!」
「失礼致します」
男が中に入っていったので、シノンからゆっくりと中に入っていく。
魔力の反応はないので罠などは心配ないと思うが、人の気配が多くある。いくつか気配を消している者の魔力反応があり、それらも合わせて全部で二十ほど。
おそらく執務室なのだろう。奥の執務机には四十代ほどの男が豪奢な服を着て座っており、書類を手元に持っていた。
壁には本棚がいくつか置かれていたり世界地図が貼られていたりしてある。執務机の手前には向かい合った豪華なソファに机がある。
ナルクスの両脇には護衛らしき男が四人ほど立っていた。
それ以外は特にないようで、わりと殺風景な部屋だった。とはいえ装飾が多く、目障りなことこの上ない。
「さて、さっそく本題に入るか」
書類から目を上げて、ナルクスは座ったまま彼らに言った。
「ユウ、私の傘下に入りなさい。それから隣のその女は私の妻に迎えよう。ユウと男は私の専属の護衛、子供は私の息子達の妻に迎えようではないか。ああそうそう。ユウ、お前の肩に乗っている翼狼は私がどこかの物好きや商人にでも売り飛ばしてやるから、こちらに寄越しなさい」
『……………………………』
非常に冷めた目で、シノンはナルクスを見た。
専属?妻?売り飛ばす?冗談じゃねーぞ下道、と、シノンは心の中で遠慮なく言っていた。
「行くぞ」
シノンは体ごと後ろを向いてみんなに話しかけると、カルナたちは同感だとばかりに黙ってうなずき、部屋から出ていこうとする。
若干カルナの体が小刻みに震えていたので、シノンは肩を抱いて背中をさすってやっていた。
「お、おいっ!貴様ら、何を勝手に出ていこうをしている!止めろ!奴らをここから逃がすな!」
「かしこまりました」
スーツ姿の男は目配せをして護衛の男達を見ると、全員がうなずき、部屋の入り口を四人のうち二人が塞ぐ。
「なんだよ。用事がそれだけならら帰りたいんだが?」
「ふん。もうお前達に拒否権はない。もちろん、報酬はそれ相応のものを用意してやるが?」
「いらない。金には余裕があるしな」
「それにだ。今私が欲しているのはお前の隣にいる女だ。そして成長すればいずれは我が息子達の妻となりうる子供が二人もいるのだからな、見逃す手はなかろう。お前にも、金銭的な得があるだろう?」
「………相手が他国の王族や貴族でも、か?」
「何?」
「ちょっ、し……ユウ!」
「別に隠すことじゃないだろうが。こいつ、今までにないくらいムカつくんだよ。あのガルデンの野郎以上にな」
「……………………………」
シノンはカルナの精神的外傷のことを言っているのだ。かつて王国にいた頃、国王である父の言い分も聞かず無理矢理に婚約させた貴族。
そいつの事は、忘れようとしても悪れられない苦い思い出と化した。
その後も貴族に婚約をさせられそうになって、何度かシノンに守ってもらっていたのだ。
だから、彼は貴族が余計に許せなくなったのだ。これが何度目なのか、カルナにはわからない。けれど目の前にいる彼は、たとえ相手が貴族だろうとまた自分を守ろうとしている。
その姿勢が、彼女にとってはとても嬉しかった。
「ムカつく……だと?平民ごときがこの私に向かってそんなこと………!」
「今、この場に、全王さまをお呼びすることだってできるんだぞ」
「なに………?」
「いいか、そのちっさい耳の穴をかっぽじってよく聞きやがれ。俺は四大貴族ダグリス家の子息。カルナはダンジル王国の第一王女、ルミナ・ラリス=ダンジルだ。それを、たかが伯爵家ごときが自分の傘下に入れようとしている。さて、意味はわかるな?」
「………ふ、ふんっ。そんな嘘、通じるとでも思ったか!ならばなぜ貴様はここにいる?四大公爵家の子息とダンジル王国の王女がここにいるわけがないだろうが!」
「証明することくらいできるんだぞ」
「なんだと……?」
シノンは苛立ちをまったく隠そうともせず、はっきりと告げる。そして彼は武器を抜き放って、ゆっくりと歩き出した。
護衛の男二人がナルクスの前に立ちはだかるが、シノンは構わず歩き続ける。
「俺達に傘下に入れ、彼女達を妻に迎えさせろ、翼狼を寄越せ。俺たちにとってなんの利益もない理不尽な取り引きだよな、誰が見ても」
「そ、それがどうした!報酬はやると言っているだろうが!それに貴様、この私に向かって武器を――……」
「まだ言ってんのかクズ!いい加減にしろっつってんだよ!」
シノンの怒りが爆発して、執務机の上にほぼ一瞬で飛び乗り、ナルクスの首筋に左手の剣を当てた。
護衛の男達は驚いて振り返るが、主の首筋に武器が当てられていては下手に動くこともできず、歯ぎしりをする。
「双剣使い………だと……?」
部屋の護衛四人のうち一人がそう呟いた。
入り口にいる二人の男も動き出そうとするが、カルナ達も武器を抜いて牽制する。
「今後俺たちに手を出すようならギルドとして処分させてもらうぞ。今お前がやろうとしていたのは、ギルドサニーズの上位団員の独占と強制婚約、それから他人の従魔の横取り。どれも犯罪行為だな?」
「ぐっ………」
「色々と変な噂が飛び交っているようだが、これがバレたら本当に処分されるな。さて、どうする?このまま俺たちに二度と干渉しないってんなら見逃してやるが、それでも諦めなかったり、また俺たちに絡んでくるような真似をした場合……全王さまと団長に報告させてもらう。ギルドとて金には困らんしな。本来なら今すぐにでも報告したいとこだが、団長が色々と資金面で世話になってるとか言ってたし、諦めるならそれで許してやるが?」
リアナはナルクスに資金の援助を何度かしてもらったと言っていたが、一応全王直属の組織なので本来なら資金には問題はないのだ。
だからすぐにでもナルクス伯爵家を切り捨てることくらい躊躇なくできる。
シノンは言外にそう言ったのだが、ナルクスは冷静でないからか気づいていない。
首筋に剣が当てられればそうなるのも当然だろう。
その実、この部屋にいる護衛たち四人は相当腕の立つ優秀な護衛たちだ。
本来ならば主には文字通り指一本触れることすらできないはずなのだが、相手が悪かったとしか言いようがない。
シノンはこの世界にいるどの人間が来ようと実力や経験ともに彼の方が圧倒的に上なのだ。
世界中でも五本指に入るほどの腕に届きそうなカルナでさえ、左手の剣だけで余裕を持って押さえつけられるほどの実力を持つシノンに、いくら優秀な護衛四人と言えど敵うはずもない。
「これでわかったか。お前がいくら優秀な護衛を雇おうと、俺には敵わないと」
「ぐぐっ………貴様ァ……!」
「なんだよ、逆恨みかよ。呼び出したのも俺を怒らせたのもお前だろうが。阿呆か」
「あほっ………!」
「とにかく、二度と俺たちに構うな。と言うか絡んでくるな。次はない」
吐き捨てるようにそう言うと、シノンは机から降りてカルナたちの元へ向かう。だが…………。
「や、奴を捕らえろ!私に恥をかかせた報いを受けさせろ!」
『はっ!!』
すると、壁や床、天井に隠れていた男達が一斉に出てきて、シノンたちを囲もうとする。
「何が恥だ。……リュアン」
―――はい、ただいま向かいます。
部屋中に若い女性の声が響き、部屋の中心に風が起こった。それは強く渦を巻いており、男達の足を止めるに充分な威力だった。
それが収まった頃には、その渦巻きの中心に二十人ほどの人物が立っており、そのうち一人は細く美しい女性だった。
「なっ………!?ぜ、全王、さま!?」
「お久しぶり、ですね。ナルクス伯爵」
目の前に現れた人物は、転移魔法を使ってレラン王国へとやって来た全王リュアン本人とその護衛二人、そしてリリーズ王国騎士団の騎士達だった。
リュアンは他の人は持たないような威厳を放っているために、彼女を見たことがない男達も本物だと信じざるを得なかった。
ナルクスは、先ほど自分の中に取り込もうとしていた男の言っていたことが本当だったことに、まずは驚愕の色を浮かべる。
あんなに平民のようにしか見えなかった華奢な男が、まさか本当に全王を呼び出すことが出来るとは思ってもみなかったのだ。
「さて、今までのあなた方の会話は聞かせていただいておりました。どうされますか?」
リュアンは、シノンを振り返ってナルクスの処分について相談する。
「お任せします。ああ、爵位の剥奪とかどうですか?とにかくその男がもう俺たちに絡めなくなればそれでいいので」
「わかりました。………それ相応の処置をさせていただきますので、お覚悟を」
誰もが惚れてしまうほどの微笑みを見せ、リュアンは連れてきていた男達に、屋敷にいる関係者全てを捕らえるよう指示を出した。
「貴方が手を出した御方は、四大公爵家、ダグリス家のご子息です。ですから、どんなに足掻いても刑は軽くないらいことをお伝えしておきますね」
「あ………あぁ………」
爵位を持っているからこそわかるのだろう。今まで働いてきた悪事が暴かれれば、自分は終わる。ナルクスはすでにそう悟っていた。
「ああ、それから、貴方、この国の国王に今回の件についてお伝えしてきてください」
「はい、かしこまりました」
一人の兵士はそう指示を出されると、シノンたちの脇を抜けて走っていった。リュアンは彼らに微笑み、話しかけた。
「後は私に任せてください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
リュアンがうなずいたのを確認し、シノンたちは屋敷を出ようと歩き出した。
「あ、えっと、ありがとうございました」
「本当に助かりました。また機会があれば、その時はよろしくお願いしますっ」
「ありがとうございました!」
「ふふっ、いいえ。シノンさんを、よろしくお願いしますね」
最後にアルファたちが緊張したような声で礼を言っていた。シノンとカルナを追いかけ、彼らはナルクス伯爵家の屋敷を後にした。
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とある国の山の中。山全体がとある貴族の敷地となっており、侵入者を防ぐために様々な場所に罠が仕掛けられている。
指定されたルートを通らなければ罠が発動し、その生涯を終える。
そんな山の中を、迷わず走る人物がいた。複雑な起動を描きながら、ほとんど音も立てずに、どんどん奥へと進んでいく。
その者には獣の大きな耳と太い尻尾があり、夜の闇に紛れるように黒いローブを纏っていた。
やがて森が開けて、高さ十メートルはある門へと辿り着く。
その人物は息も切らしておらず、真ん中ではなく右側を進み、門の扉に触れて軽く魔力を流した。すると『空中投影』が現れ、キーボードが表示される。
迷うことなく合言葉を入力すると、門が人の肩幅ほどまで開いた。月明かりもない闇の中に、その人物の影だけが写っていた。
中に入ると、門はゆっくりと閉じていった。それを見守るでもなく、その人物は目の前の巨大とも言える屋敷の中に入っていった。
中に入り扉を閉めると、壁の蝋燭が手前から奥へ、連続して灯る。天井の明かりも灯され、部屋は一気に明るくなった。
ずっと暗いところにいた男が、目を細めて明かりに慣れようとする。
この手のものには慣れていたのですぐに普通の状態に戻り、彼は広いホールの中を、中心にある階段に向かって歩き始めた。
広い廊下を歩き、やがて奥の黒い扉の前で立ち止まる。
「………遅かったじゃないか。入りなさい」
気配だけで彼が来たことに気づいたのであろうこの屋敷の主は、中から男にそう声をかける。
黙って男は中に入り、扉を閉めた。
目の前には執務机に座って両手の肘を机についている若い男がいる。彼にはローブを着た男と同じ大きな獣の耳と尻尾があった。
「ふん。まあ、いいだろう。久しいな」
「そうだな。………で、今度はなんだ。俺はもうこの家の稼業はやるつもりはないと前に言ったはずだが」
「それで遅くなったのか?まあいいが、残念ながらその仕事だ。お前に何が何でもやってもらう」
「なぜ俺に拘るんだ」
「事情があるんだよ。成功報酬で王金貨二百枚だ。………どうだ?美味い話だと思わないか?」
「結構だ。仕事のことなら俺は行く」
ローブを着た男が部屋から出ていこうと扉のノブに手をかけた瞬間、執務机にいる男が声をかける。
「『白の魔術師』………」
ローブを着た男はピクリと反応し、その動きを止める。
「ふっ………お前はよく知ってるだろう。今回の標的は……白の魔術師だ」
男は振り返り、怒りに顔を染める。
「ははっ、そんなに怒るなよ。お前なら近づきやすいだろうし、お前の腕なら殺せるだろう?奴はな、今後俺達が動く上で邪魔になる存在だ。今のうちに処分しておきたい」
「お前らの邪魔になるだと?そんな事で俺はあいつを殺すような真似はしないぞ。舐めないでもらいたい」
「けどお前にとっても有意義なものになるはずなんだが?」
「………なに?」
にやり、と執務机に座った男が笑い、目の前にいる男に言う。
「我々殺し屋稼業の家にとって、稼ぎどころなのさ。白の魔術師は殺し屋みんなが狙ってる。もちろん、俺たちも。それに参加しなかったとなると、お前の命まで狙われることになる」
「どちらにしろ狙われるだろうが。だったら、参加しない方がよほど安全だと俺は思うんだが」
「ははっ、本当にお前は面白いな。まあ、確かにライバルを減らそうと動くやからの方が多いと考えるのは普通だろう。だが今回は違う。今回は、報酬は二の次になっているのだよ」
「どういうことだ?」
「白の魔術師はねえ……どうやら厄介な力を持っているらしい」
「…………?」
執務机に座った男の言葉に眉を顰める男。しかし彼の疑問を男は読み取り、またにやりと笑って見せた。
「詳しいことは俺にもわかっていない。ただ、今後厄介になる能力だ。………殺れるな、ロウ=フォン=ラズラエスタ?」
ロウ、と呼ばれた男は未だに怒りを露わにしたままの顔で、目の前にいる若い男を睨みつけていた。




