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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第8章、然濃族
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91、報酬と水

 団長に緊急指名依頼として出された淼竜討伐依頼。しかし俺はその淼竜に心当たりが非常にあったがためにすぐに飛び出し、転移をしてロゴ湖へとやってきた。


 そして淼竜は正気を取り戻しちょっとしたじゃれあいをしたのち、淼竜はやっと俺の正体に気がつくのだった。


「はっ。ここまで言っても気づかないとは。そこまで落ちぶれたか、アルゼスタ」

『むっ?その呼び方は………っ!?まさか!』

「なんだよ。気づくの遅すぎだ阿呆」


 俺がアルゼスタと呼んだ淼竜は顔を驚愕の色に染め、俺は頭巾を外して髪の色を元の白銀へと戻す。


『アルスレンドっ!?貴様、記憶がッ!?』

「ほう、本来の姿でなくてもこれならわかるんだな」

『ぬぅ………これは申し訳ないことをしたものだ。それにしてもよく帰ってきたな、アルスレンドよ』

「ああ。ただいま……と言いたいところだが、今回はなんで暴走してたんだ?」

『むう……情けない話なのだが、“影の実験”に引っかかってしまってのぅ………』

「だっさ。まあいい。とにかく、あと十分程度で俺の仲間が来るから、詳しい話は今度な」

『ダサいだとっ!?聞き捨てならんぞアルスレンド!』

「あー、はいはい。大声出さない」

『ぬぅ……くそ。必ずやこの仕返しはさせてもらうからな!』

「元に戻してやった恩を仇で返すなよ」


 俺がアルゼスタに対して馬鹿だの阿呆だのと遠慮なく言っている理由は、竜という種族自体の生みの親が俺だからである。


 昔、全ての魔法術を制覇した時に好奇心で作り出したのが竜だったし、一番最初に出来たのがあのアルゼスタだった。

 だが性格までは指定できず、あのように頑固に近い性格になってしまったからには俺とのじゃれあいも避けられなくなった。


 まあ、だいたいの場合は俺が勝つんだが。

 一応作ったのは俺だし、こいつの性格もしっかり理解している。そのためか全力で喧嘩して決別、なんてことはこれまでに一度もない。


 まあ何万年以上もの付き合いがあれば互いにそうなるのも当然か。


 体長十メートルはあろうかという巨体を持つ淼竜が、自分よりも圧倒的に小さい俺との言い合いで負けて悔しさからかプルプルと小刻みに震えている。


 とはいえかなりの巨体なので、水面に波紋ができてわずかに音を立てている。


「………あれ?この辺で合ってるよな?」

「……そろそろだと思うんだけど……」

「まだ戦闘は続いてると思います。だから、近ければおそらく戦闘音がそれなりには………」

「あれ!?シノンじゃないの!」

「思ったより早く来たじゃないか」


 俺の聴覚は人間とは比べ物にならないくらい鋭いので、随分と前からカルナ達の会話は聞こえていた。


 団長も団長で、彼女のことだから俺がカルナ達には伝えないでくれと頼んだとしても構わず伝えるだろうと予測できたし、彼女らの魔力がこちらに向かっていたため特に驚きはしなかった。


 しかし向こうは違った。カルナは魔力を感じ取れるのでおおかた予報通りといった様子だが、他の三人は目の前にいる巨大な淼竜を、目を見開いて見上げていた。


 魔力反応に敏感なはずのアルファやアリュスフィアでさえ目の前の竜には気づけなかったようで、ぎょっとした表情をした後すぐに武器を構えていた。

 ゆうきはというと、兄妹同様すぐに武器を準備してアルゼスタを警戒している。


「ま、待って待って。この淼竜、なんかもう暴走してないみたいだから大丈夫だよ。現にシノンがすぐ目の前にいても警戒すらしてないし」

「ん?ほ、本当だ」


 アルファのつぶやきとともに、三人は武器をおろした。しかし警戒は解かなかった。それも当然かとばかりに俺がため息を吐くと、アルゼスタが話しかけてきた。


『お主の仲間には普通の人間がおらんのう』

「っ!?しゃ、喋った!?」

「落ち着いてアルファ。考えてもみなよ、千年以上も生きている竜が人の言葉を喋らないと思う?それに、人よりも知能が高いって話だし」

「あ、ああ……それもそうか。すまん、緊張しててな………」

『私はすでにそこの者によって元の状態に戻っておる。貴様らを無闇に襲うような馬鹿ではないのでな』


 馬鹿だろうが、と心の中でアルゼスタに突っ込みを入れつつ、苦笑しながら彼らの様子を見守っていると、不意にアルゼスタが俺に言ってきた。


『ふむ、シノン、といったか。今回の件に関しては礼を言うぞ。助かった、とな。それから、迷惑をかけたことを謝ろう』


 そう言って、アルゼスタは軽く頭を下げた。俺は少し……いや、だいぶ驚いて少し出遅れてしまった。


「………あ、ああ。気にするな」

「……?どうしたの?」

「いや、なんでもないさ」


 アルゼスタが演技とはいえ俺に礼や謝罪をしてきたのが意外すぎて少し顔が引き攣ってしまった。更には言葉もどこかぎこちなく聞こえたのか、カルナが心配そうに言ってくるが大丈夫だと返した。


「ほら、そういうわけだから帰るぞ。この淼竜はもうここから離れるらしいからな」

『っ!?』

「そ、そうか。あくまで今回出されたのは討伐依頼。討伐ができていないとなると、またここに人が来る可能性も捨てきれないからな。二度と淼竜が暴走しないとは限らないし………って、どうしたんだ?」


 俺の後ろでアルゼスタが何を勝手なことを!という視線を送っていることに気づいたアルファが、そう問いかけてくる。

 しかし俺はアルゼスタを一瞥して肩を竦める。


「さあ。俺達が帰ると言ったから寂しいんじゃないのか」


 そう言ってから俺は後ろのアルゼスタを見て悪戯っぽく笑ってやった。すると今度は、視線で会話するより直接言った方が良いと判断したのか、テレパシーを送ってきた。


『貴様、何を勝手なことを言っている?』

『どっちにしたって今アルファが言った通りだよ。お前を倒したと嘘を言うわけにもいかんし、かと言って生かしてきたと言ってしまえばまた討伐隊が組まれる可能性が高い』

『ならば私はここに残るから、ここから出て行ったと伝えれば良かろうが!』

『それだと今度は調査隊が来るんだよ。ギルドとしても、冒険者の依頼達成を言葉だけで信じるわけにはいかないから、いくら俺が団長と親しくても無理なものは無理だ。それとも、その巨体でこの湖の中に隠れていられるか?』


 にやり、と笑ってやると、アルゼスタは一歩後退った。


『ぬぅ………小悪魔め……』

『小悪魔だぁ?それを言うならグラン兄とかそこら辺にでも言ってくれ。それよりも早くしろよな。こちとら暇じゃないんだよ』

『ふん。ここは私が気に入っている場所なのだ。そう簡単に離れられるとでも思うたか?』

『なら一度離れろ。一年くらいしたら戻ってくりゃ一段落してんだろうし』

『ほう、それらで良いのだな?』

『ああもちろんだ。ただし、それ以内に戻ってくることは禁止、それから戻ってきたのち人が来たようならすぐに離れる。と言うか隠れろ。見られたら厄介だしな』

『わかっておるわ』


 最後に微笑みかけてやると、アルゼスタは鼻で笑って羽ばたき、次の瞬間にはその場から消えたようにいなくなった。

 実際にはほぼ一瞬で空高く昇ったのだが。


 そのためかかなりの衝撃が訪れ、周りを襲った。が、俺はそうなるだろうと思って瞬時に湖に沿って防壁を張り、被害が出ないようにしていた。


 おそらくアルゼスタも俺が津波を防ぐだろうとわざと衝撃を残したんだろう、と簡単に予測できた。


 まあ、それに関しては後でお仕置き、だな。


 馬車の中でカルナからの説教を受けつつ、俺達はギルドへとのんびり向かうのだった。





「そうかー……湖から出て行った、ね。でも無事で良かったよー。いくらシノンでもさすがにSS級の竜となれば苦戦すると思ったんだもの」

「あー、いや、ちょっと雷で衝撃を与えてやっただけだぞ?」

「いやいやいやいや、普通は竜にボクらの魔法なんか効かないからね?シノンが魔術師で、並外れた力を持つてるからこそだとは思うけれども。それでも、その魔法を当てるまでに苦労しただろうに」

「淼竜は水の中に入ってたから、水面に電解質を混ぜて電気を通しやすくしてから、そこに衝撃を通しただけだが?あ、水質には今後問題ないから安心しろ」

「……………………………」


 リアナは数秒固まり、やがてため息混じりに口を開く。


「…………はあ。まあ、シノンだからこそ、できる芸当なのかもね」


 彼女から出たその言葉は、シノンを信頼しているからこそなのだろう。


「とにかく、今日はお疲れ様。あ、これ報酬ね。討伐依頼だったけど討伐できなかったから半分の王金貨一枚と白金貨五十枚。王金貨は一応、白金貨百枚にしておくよ」

「ああ、ありがとう」

「どうする?変わらず明日出る?」

「そうだな。俺は特に疲れとかないしカルナ達もすでに了承済みだから、明日出ることになってる」

「そーか。わかった。あ、もう下がっていいよ。本当にありがとうね」

「ああ。またなんかあったら言ってくれ」


 リアナは微笑んでうなずく。シノンは軽く手を振って部屋から出ると、早速とばかりに部屋へと向かった。


「……それにしても………奴らはいったい何を考えてやがるんだ。そろそろ暗黒大戦が始まりそうだってのに………いや、だからこそか?近年の竜の暴走の原因はおそらく影の実験。アルゼスタまでもがそれに引っかかったってことは、他の神龍たちも危ないかもしれない。となると、ラトス皇国で用事を済ませたら今度は神龍を探して回るか……一度聖族界に戻るか………」


 シノンが誰にも聞こえないような小声で呟きながら歩いていると、アルファがシノンの前から歩いてきた。


「あ、シノン。今日はお疲れ」

「………ああ、アルファか。ありがとう」

「………なんか、考え事でも?」

「まあ、な」

「明日出発だったっけか。大丈夫か?」

「平気だよ。というか、できれば早めに出たい」

「あー、例の貴族か?」

「そうだな」

「まあ……気をつけろよ。じゃ、俺は風呂に入ってくるから、お前は早めに休めよ。おやすみ」

「ああ」


 簡単に会話を済ませ、シノンとアルファは別れた。


「あ、シノン。おかえり」

「ただいま…………おい、カルナ。それはなんだ」

「ええ?何って、シノンと風呂に入るための一式だけど、なにか?」

「なにか?じゃないよ。こないだはお前が遠慮しながら懇願してきたから受けたが、今回はなんだよ?」

「だってさ、いくら被害がなかったと言っても、淼竜と戦ったんだよ?いくらなんでも疲れが溜まってんでしょ。それを癒すのは私の――……」

「役目、か?はあ……わかったよ。お前がそう言うならその要望に応えてやるさ。ただし、わかってるだろうけど……」

「タオルね。わかってるよ」


 カルナは笑顔でシノンの言葉を引き継ぐ。シノンはため息を吐いてはいるが、カルナの厚意が嬉しくて自然と微笑んでいた。





「シノンの肌ってば本当すべすべー」

「ああ………お前、俺と風呂い入るのまだ二回目だろ。もう慣れた、のか?」

「そうだねー、キスも一度やっちゃえばもう大丈夫だったし」


 満面の笑みで、私はシノンの頬に自分の頬を擦りつける。私が両腕で彼の肩を抑えているので抵抗のしようもないはずだ。

 まあ、最初から抵抗する気はないんだろうけどさ。


「ねえ、シノン。なんでシノンは乾燥肌にならないの?なったことないでしょ?今までもさ、シノンの肌が乾燥したとこ見たことない」

「ん、なんで、ねえ……俺の体の作りが水に似ているからだろ」

「水の作りに?」

「ああ。まあ、極限まで近いってわけじゃないから、こうやって水に浸かっても混ざったりはしないんだけどな」

「ああ、なるほど」

「あ、そうだ。面白いものを見せてやるよ」

「?」


 シノンはにやり、とでも表現できるような笑みを浮かべて、右手の指先をすっと下から上に振った。

 何をしているのかわからず首を傾げていると、私の右頬に温かいものが当てられ、思わず目を瞑った。


「ふぐっ!?」

「ははっ。どうだ?」

「ど、どうだって!?」


 私の頬に当たったのはお湯だった。顔にかかったお湯を手で拭い、周りを見渡す。しかし当然の如く何も無かった。


「し、シノン、どういうこと?魔法じゃないよね?」

「ああ、もちろん。言っただろうが。俺は『水の聖者』だって」

「え?………ええ?」

「ほら、こういうこと」


 シノンはもう一度、先ほどと同じような動作をする。私も正面に向き直ってみると、そこで目を見開くことになった。

 私たちの目の前に直径二十センチくらいの水球が一つ、浮かんでいたからだ。


 普通の人なら魔法だろう、と鼻で笑ったかも知れない。けど私のように魔力を感じることができる人は、おそらく驚いただろう。


 シノンが魔力を使っている気配がしないからこその反応だ。


「驚いたか?魔力は一切使わなくったって、その辺の水は操れる。と言うか、この世界に存在する水自体、俺の体の一部と言ってもいいからな」

「え!?い、一部っ!?」

「ははっ、そう驚くなよ。一部とは言っても触覚や味覚はないんだから、そんな赤い顔すんなってば」


 シノンは私の様子に冗談ぽく笑う。けど………ちょっと待って。触覚や味覚はないってことは、それはつまり?


「嗅覚と聴覚と視覚はあるってこと?」

「んあ?ああ、そうだな。意識すりゃどこでもその場の様子を見ることは出来るだろうな。例えば、どっか遠くの水蒸気に意識を移せば……あ、今は団長室で団長と副団長が明日の会議について話し合ってる、とか」

「え、それ本当?」

「俺がこんなところで嘘をつくかよ。まあでも、これはそれなりに……疲れるんだよな……はあ………」


 シノンの言っていることは本当のようで、少し深めのため息を吐きながら顔を天井に向けた。


「まあ……そんなやたらと使うもんじゃないよ。兄さんや姉さん達にも似たような能力はあるけど、水蒸気がありゃどこでも覗けるからな、兄さんに羨ましがられたことが何度あったことか……」

「え、それってまさか……お、女の子の着替え、とか、覗けたりするんじゃ……?」

「そうだな。たぶん兄さんたちはそれが羨ましいんだろうよ。まったく、だらしないったらありゃしないな。あ、俺にそんな趣味はないからな」

「わ、分かってるよ。シノンがそんなことする人じゃないのは私が一番知ってる」

「……そうか。ありがとう」


 心底面倒臭そうな顔で、シノンはため息を吐いた。まあ、シノンならそんな覗くようなことはしないだろうけど、お兄さん達はそうでもないみたい。


「そう、だな。カルナ、お前もそのうち乾燥肌じゃなくなると思うぞ」

「へ?なんで?」

「お前は俺の恋人《レイアル》だからな、特性も似てくるんだよ。俺ほどじゃないけど、それなりに水と体の作りが似てくるから、近場の水ならお前の体と同化できるとか、そんな所だろう。それから、お前も魔力を使わなくても水を操れるようになる」

「なるほど。それは便利だね」


 本当に便利そうだ。魔力の無駄がなくなるし、効率が確実に上がる。それはちょっと嬉しい情報だな。


「………っと、そろそろのぼせそうだ……な」

「え!?じゃ、あ、出る?」

「ああ、そうさせてもらう……」


 多少頬を赤くしながら答えるシノンに肩を貸して、私達は風呂から上がった。

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