90、淼竜と湖
遅くなりました。m(_ _)m
「ユウ様とお見受けしますが」
「誰だあんた」
「私はナルクス伯爵家の使いの者です。ユウ様がこちらにお戻りになられたとお聞きしたので、お迎えにあがりました。馬車も用意してありますので、すぐに屋敷へいらしてください」
丁寧な言葉遣いだが、その目にはわずかな欲望の色が見える。
故に当然…………。
「断る」
「は?」
「だから、断る。そんな面倒なことするか」
断られるとは思ってもみなかったのだろう。スーツ姿の男は意表を疲れたような表情を浮かべる。だがそう思うのも当然であろう。
いくら冒険者がギルドによって貴族から守ってもらえるとはいえ、貴族からの呼び出しに応じない冒険者など普通はいない。
更に冒険者の間では権力が強い上に評判の悪いナルクス伯爵に呼び出されたともなれば、冒険者は必ず応じるだろうと男は思っていたのだろう。
だが貴族を心の奥底から嫌っているシノンにとって貴族の呼び出しほど面倒なことはない。そのため、貴族のいう立場の圧などなんでもないというふうに答えた。
なにせシノン自身が、リリーズ王国の四大公爵家……それもその中でもトップの権力を持つダグリス家の者なのだ。いざとなればそれを使えば問題はない。
ただシノンが嫌っているのは、その権力を使うということだ。貴族に対して自分の立場を使って脅すのならいくらでも大歓迎なのだが、それを今、ここで、すなわち平民の前で使うとなると面倒なことになるから嫌だというのが正直なところだ。
さっさとリアナに報告すればいいのだろうが、今は残念ながら会議中。とてもではないが突入することはできない。
「ふむ、ご主人様には強制してでも本日連れて参れ、とのご命令でしたので、いらしてくださると非常に有難いのですが……」
「んなの知ったことか」
吐き捨てるように言うと、シノンはさっさと奥へ引っ込むように歩き出した。が………。
「おい、貴様っ!」
普段ならば無視したであろうシノンも、珍しくその歩を止めた。振り返ると、赤い髪を携えたアリュスフィアやゆうきと同年代の少年が腰に両手を当て胸を張って立っていた。いわゆる仁王立ちである。
「なんだよ」
苛立ちを隠そうともせずに少年に短く問いかけるシノン。そんな彼の様子に苛立ったのか、少年もこめかみに青筋を浮かばせながらも真顔の表情を崩さずに言った。
「私を忘れたか。ふん、これだから平民は」
平民、という言葉を強調し、歳下のくせに偉そうな態度にシノンの苛立ちのレベルが上がる。
なお、少年の態度や話し方から、シノンは彼が貴族の類であることには気づいていた。
「私はナルクス伯爵家が次男、アルフレッド=フォン=ナルクスだ。何度も名乗らせるな!」
「俺はお前に会った覚えはない。用がないなら行く」
「なっ!?何を言っている!前に貴様もあの女も、私に無礼な態度をとったであろうが!」
あの女、と言われて今のシノンがすぐに思いつくのは、カルナだった。
入団試験の一日目にアルフレッドはアリュスフィアと話をしていたのだが、シノンはその顔も声も碌に見たり聞いたりしていなかったので、彼のことを覚えているはずもなかった。
だから、まさかアルフレッドの言う“あの女”がアリュスフィアだとは思っていなかったのだ。
アルフレッドの言葉に眉を顰め、シノンは言った。
「悪くもないけど覚えてないな。お前に用はないからどっか行けよ」
「お前にはなくても私にはあるのだ!」
「それがどうした?用があるならさっさと済ませろよ」
「煩いぞ!父上がお前を呼んでいるというのに、何故貴様はそれに応じぬのだ!」
「煩いのはそっちだチビオーク。逆に訊くがなんで俺が貴族ごときの命令に従わなきゃいけないんだよ。つーかこの場で冒険者の権限使ってもいいんだぞ?ギルド内ならば尚更、貴族は冒険者の行動を縛れないって知ってるか世間知らず?」
珍しく長ったらしい文章を纏めて言うシノン。しかしそれも無理はなかった。ただでさえ大嫌いな貴族に執拗に絡まれているのだ、苛立ちがそろそろ頂点に達していてもおかしくはない。
チビオーク、世間知らずと言われ、アルフレッドの額に更に青筋が浮かんだ。また顔を真っ赤にして、更に大声を出す。
「私がオークだと?世間知らずだと?ふ……ふざ、ふざけるなっ!平民ごときが私にそのような口を利いてただで済むとでも――……」
「ギャーギャーピーピー煩い、黙れゴブリン。お前らこそそんなことしてただで済むと思うなよ。だいたい、俺に貴族は指名依頼すら出せないくせに屋敷に直接来いだと?冗談じゃない。そんなのはほとんど指名依頼と変わらな――……」
「ユウ―――ッ!!」
シノンの言葉を遮り叫びながら走って来たのは、ギルドの団長であるリアナだった。
その手には一枚の紙が握られていて、真っ青な顔でこちらに向かっている。
「なんだよ、団長?ていうか会議中じゃ?」
苛立ちをまったく隠す様子もなく告げるシノンに構わず、リアナはさっさと用件を伝えた。
「き……緊急指名依頼!王都エクサ付近のロゴ湖にて暴走しかけた淼竜を発見!直ちに討伐依頼だ!成功報酬で王金貨三枚、ユウたちのパーティにお願いするよ!」
「………………わかった、すぐに向かう。ただ、カルナ達には伝えないでくれ。俺一人で行く」
「は…………?」
淼竜と聞きギルド内にいた冒険者たちがざわめくが、かの有名なユウという冒険者が向かったのだからと安心してすぐに噂をし始めた。
何を言っているのか。そんな顔をリアナはした。しかし何でもないかのようにシノンは落ち着いたまま、すぐにギルドから駆け出して行ってしまった。
しかしリアナはそれじゃあいけないとばかりに首を左右に振り、すぐにカルナ達を呼びに奥へと走っていった。
なお、残されたナルクス伯爵家の遣いの男は、怒りを露わにしたままのアルフレッドを宥めてから仕方なく屋敷へと帰っていった。
「えっ!?淼竜!?」
「おいおい……それって………」
「結構……いえ、かなりやばくない?」
「そうですね、じゃあ、シノンさんを呼んで早速……」
「いや、シノンはすでに飛び出して行ったよ。馬車の準備出来てるから、早く行ってあげて!」
「わかりました、ありがとうございます。では!」
「気をつけてねっ!!」
訓練場にいた四人に指示を出したリアナは、全王リュアンに報告するため、まずは団長室へと向かったのだった。
「シノンの奴、何を考えているんだ!?」
「たぶん、私たちを危険に晒したくないんだと思う。なにせ、淼竜と言えばSS級の竜だしね。水属性の攻撃が効かないシノンなら淼竜の魔法を受けても大丈夫とは思うけど……他にも爪や牙といった武器もあるし、万が一というのもある。そういうわけだから、急ごう!」
「おう!」
「ええ」
「はい!」
アルファ、アリュスフィア、ゆうきはカルナの言葉に返事をし、御者台にアルファ、客車にその他のメンバーが乗り込んだ。アルファはそれを確認すると四頭の馬を走らせた。
馬のつけている装備は常時回復の付与がされているので、スピードが落ちることなく目的地へたどり着けるだろう。
しかし彼らは知らなかったが、シノンはギルドの外へ出るや否やすぐに転移魔法を使って移動していたので、すでに戦闘が開始されていたりする。
ロゴ湖はギルドから南東に向かっておよそ二時間の距離にある。しかし今回は緊急で馬が四頭、しかも全速力で向かっているため三十分ほどで到着する計算だ。
「えーっと、淼竜とは、SS級の老竜八段階である。水竜の上位竜で、強力な水魔法を使う。人間よりも高い知能を持ち、数千年を生きているとされている。水場を好んで暮らすが、時々何らかの原因で暴走して街一つを破壊……って、王都が近いじゃない!」
アリュスフィアは持ってきていた竜に関する本を読み上げているととんでもないことが書かれていたので思わず叫ぶ。
今回リアナが聞いた話では、淼竜は現在興奮状態で言葉すら話さないらしい。しかし姿や使ってくる攻撃に関しては淼竜そのもので、おそらくは暴走しかけているかすでにしているかのどちらからしい。
その竜をどうにかしないと、王都が危険だということだ。
本来ならばS級パーティを複数とA級パーティを複数で討伐するはずだが、生憎今はA級パーティ以上の団員は遠征中で、ほとんど団員が残っていなかった。
B級以下ではそもそも話にならないので、いくら数を集めても無駄な話である。
しかしシノンはそのSS級とも言われる竜を一人で倒そうとしているのだ。カルナ達が心配しないはずがなかった。
シノンの無事を祈りながら、彼らは先を急ぐのだった。
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転移してきた先の湖の畔で、俺は青く大きな生き物と対峙していた。いや、正確にはその生き物は俺とは反対側を向いているので向き合っていると言えば嘘になる。
一応、念のためということで、髪の色は茶色にしてある。頭巾は被ったままだが。
とにかく、あっちは暴走しかけていると言っていたけれど今は微動だにする様子はないので、こちらから仕掛けることにした。
「さて、と。落ち着かない子供にはお仕置きが必要かな。水狼はここで待っててくれ」
誰に言うでもなく呟いた後に水狼に言うと、水狼はすぐにうなずいて俺の肩から地面へと降りた。
俺は双剣を両手でしっかりと持って前へと飛び上がり、淼竜の背中めがけて右手に持った黒刃を振り下ろした。
当然淼竜も俺の存在には気づき、振り向きざまに水の息吹を吐き出した。その目は真っ赤に染まっており、淼竜の攻撃も凄まじいものだった。
普通の水竜と比べれば魔法師と魔術師の差である。
「んなのはお見通しだっつーの」
しかし俺はその攻撃をしっかり読んでいたので、『蒸発』を付与した防壁を張りながら威力を殺さないために『重力・重化』で自分の体重を何百、何千倍にもする。
そして更に『身体強化』で筋力を上げ、命を狩りとる気で頭目掛けて両手の双剣を振り下ろした。
『グオオッ!?』
「甘いな」
俺はニヤリ、と悪戯っぽく笑みを浮かべた。淼竜は驚きの表情を浮かべるが、それでも右手の爪で俺の剣を防いできた。
体に悪影響を及ぼしてもいけないので、俺は瞬時に『重力・重化』を解いていた。
頑丈な剣と淼竜の爪が勢いよくぶつかり合い、辺りに凄まじい衝撃を与えた。湖には波が起こり、湖畔の木々は激しく音を立てて揺れた。
それほどに大きな衝撃だった。
「そろそろ冷静になれってんだ!」
これ程の攻撃を仕掛けているというのに、淼竜は未だに正気を取り戻さない。
まあ、頭巾を被っていて俺の顔がわからない上に、正気ではない淼竜では匂いが判別できないだろうから、この状態で俺をに気づけと暗に伝えてもわからないんだろうけどな。
とにかく、この馬鹿はさっさと正気にさせないと本当にこの辺りが破壊し尽くされるからな。急ぐに越したことはない。
俺は淼竜の右手の爪に足をついて更に飛び上がった。淼竜はチャンスだとばかりにもう一度口を大きく開き、そこに魔力を集中させ、水の息吹を再び放ってきた。
「ばっかじゃねーの」
呆れたように呟き、俺は湖の水と息吹を巻き込んで何百もの水球を作った。そして物属性の化学物質タイプで電解質を混ぜ、水属性を持つ淼竜とは相性の悪い雷をそこに付与した。
右手の黒刃を鞘にしまい、右手の先で水球を操って淼竜へと放った。
そこに秘められた威力を本能的にも感じたのか、淼竜は驚きの表情を浮かべつつも巨体に見合わない素早さでそれらを躱す。
躱しきれないものは障壁を張って攻撃を受けないようにしていた。
「へえ………そこまで防御力が上がったか?」
俺はそんなふうに呟きながら、湖の水面の上に音もなく着地した。
まるで水が地面のごとく硬化したかのように、俺の足元は安定していた。大きく波打っていた水面は次第に治まっていき、やがて俺を中心に小さな波紋ができる。
「さーてと、どうお仕置きをしてやろうか」
『シノン、やりすぎでは………?』
「水狼は黙っててくれ。この馬鹿はダメージを与えないと目を覚まさないから、な!」
言いながら、俺は右足を前に勢いよく踏み出して水面を大きく揺らし、その波が淼竜元へとたどり着いた瞬間………。
『グガアアアアアッ!?』
淼竜は狂ったように叫んだ。俺にとって水場は庭でしかない。どんな水質だろうとも液体ならばなんにでもできる。
今の攻撃は死なない程度に電撃を与えてやっただけで、この刺激をきっかけに淼竜が目を覚ますと踏んで放った一撃でもあった。
「水の上では俺ほど有利なやつはいねえよ。たとえ、水中ではステータスが格段に上がる淼竜と言えど、俺に勝てるわけないだろうが、阿呆め」
『ガ………ァァ……ア?』
淼竜の目が赤色から本来の深い青色へと変わって………否、戻っていき、最終的にはその叫び声もなくなっていく。
水を自由自在に操る淼竜と人類が一人で戦うなど前代未聞である。まあ俺の場合はちょっと例外だが、これが団長に見つかったらどんなに怒られるもんか分かったもんじゃないな。
誤魔化せばどうとでもなるが。
『ぅ………む?私は……いったい……』
「やっと戻ったか、馬鹿め」
『む、貴様は……人か?人ごときがこの私を馬鹿と言ったか』
「はっ。まだ気づかないのか阿呆。誰が人だ、誰が」
心底嫌だという雰囲気を出しながら吐き捨てるように言ってやったら、淼竜は眉を顰め、更に問うてくる。
『なんだと?ならばなんだというのだ?』
「はあ?老竜ごときが俺になんだとはなんだ。いい加減気づけこの馬鹿野郎め」
『ええい、貴様こそいい加減私に正体を明かさんか!そうでなければ食うてしまうぞ!』
「食えるもんなら食ってみろ水蜥蜴!」
『ぬぅ!?聞き捨てならん!問答無用で殺してくれるわ!』
そう。水蜥蜴とはこの淼竜にとって最大限の侮辱発言であり、やる気ならぬ殺る気を一瞬で起こさせる引き金となる。
そして、なぜ俺がそんなことを知っているかと言うと………。
「はっ。ここまで言っても気づかないとは。そこまで落ちぶれたか、アルゼスタ」
俺はこの淼竜と、古くからの付き合いがあるからである。




