99、兄妹と特殊能力
光源族。それは、光属性の魔法のみを得意とし操る少数民族だ。
世間一般ではあまりよく知られてはいないが、貴族や王族の間では有名な話だった。
光属性の魔法の中には多くの神聖魔法が含まれている。
故に神聖魔法の使い手として貴族に雇われている光源族も多少いる。
彼らの特徴は白に近い金色の髪、そして同じく黄金の瞳に白い肌である。
光属性の魔法を使いこなすのだが太陽の光……すなわち紫外線に弱いので、丈の長いローブに頭巾は彼らにとって必須だった。
そのためわかりやすい特徴を持っていても気づきにくい。
そんな光源族を雇うことに成功した貴族は非常に稀であり、そんな雇われた身である光源族をまた横取りするために勧誘するものも多い。
そんな光源族の片割れと言われるのが、然濃族だ。これは世間一般でも貴族や王族ですら知らない事実だった。
数千年生きたエルフ族または竜族、そして魔族などの間では有名な話である。
当の本人たちである然濃族すら知らないのだから、獣人族や人族がそれを知る術もきっかけもあるはずがない。
然濃族に魔力がなくなった原因。それは、光源族の神聖魔法による実験の失敗だった。
魔力の使用を10分の1に留めるという人類で最初の試しを行ったのが光源族で、その中でも魔法術に長けた者達数十人が一斉に行ったものだった。
だが、ある大きな実験を行った彼らは失敗。結果、魔力が生きたまま無くなってしまったのだ。
こんなことはありえない、と光源族の間では歴史に残るほどの騒ぎとなったのだ。
魔力がなくなる。それ即ち、死である。だが目の前の、天才とまで言われていたはずの数十人の魔法術師たちは魔法が使えなくなり、周囲の人達にも魔力が感じられなくなった。
身体中を巡っていたはずの魔力の流れも途切れ、彼らはその魔法術師たちを忌み嫌うようになってしまったのだ。
その結果彼らは集落を追放され、数十人の元魔法術師たちのほとんどは散っていった。だが数年後、何がきっかけだったのか彼らの大半はとある森の中に集結し、子を産み、集落を作ってそこに暮らし始めた。
それが然濃族だった。
魔力のある人との間に子を産もうともその子供にさえ魔力はなかったが、しっかりと生きていたのだ。
その後彼らは、数千年にわたり魔力のない種族として有名になっていったのだった。
魔法が使えない分を、身体能力で補おうと子供は物心ついた時から然濃族独特の戦闘方法で鍛えられ、魔物に対抗できる身体を進化によって手に入れたのだった。
「…………そんなことが、あったのか……けど、何故そんなことを、今?」
「然濃族を狙っているのはサファイアと化身たち。化身たちは然濃族の何を狙っているかと言うと、その特殊能力だよ」
「と、特殊能力……?」
「ああ。然濃族の身体能力が高いのは進化で得ただけのものじゃない。光源族が行っていた実験ってのは、巨大な魔石に魔法陣を刻み込んで神聖魔法の魔力使用量を減らそうとしたものだったんだ。けどそれに失敗し、最終的に爆発して当事者たちは魔力を失った……というわけなんだが」
シノンがそこで一度言葉を切り、辺りは沈黙に包まれる。
周りにいた然濃族たちは自分たちが生まれた訳に興味があるため、シノンの言葉を黙って聞いていた。
「その際、お前達の先祖の身体に宿ったモノはなんだと思う?」
「え……ご先祖さまの身体に宿った、モノ……?」
アルファが聞き返すが、その場にいる者全員が首を傾げるだけであった。だが、その中で唯一、答えを返せる者がいた。
「……それは、神の力かね?」
「正解」
それは、現在の然濃族の中で一番長生きをしている長老のお婆であった。
「神聖魔法とは神の力を借りる魔法であり、アンデットなどに対抗するための浄化魔法の一種でもある。つまり、彼らは実験には失敗したが、魔石に込めていた神聖魔法の魔力が爆発の際に一度に吹き出し、周囲にいた魔法術師たちに降り掛かった。その代わり魔法術を封じられ、不思議な力が宿った。それが、然濃族が持つ特殊能力なんだ」
「なるほど……」
然濃族は基本、魔力を使わない特殊な能力を持っている。個人によってその効果は違うが、戦闘に役立つものもあれば生活に役立つものまで様々だ。
それのお陰で、魔力を持たない然濃族でも協力し合うことで何かと便利に暮らすことが出来ているのだ。
「だが、今回特に狙われているのは……」
シノンが呟き、視線を向けたのはアルファとアリュスフィアの兄妹。視線を向けられた2人は何か心当たりがあるのかすぐにうなずいた。
「自覚しているようだな。お前達がコペル王国のツリーハウスに来た時、妙な奴らが来たな?」
「ああ。あいつらはラスカ帝国の者で、他国にまで追ってきた。然濃族の集落は人避けの結界があるが、俺達は迷うことなく進めるから、敵の存在に気づかないまま集落に戻れば奴らはここにたどり着けるので戻るに戻れなかったんだが……」
「この集落から旅立った理由は?」
「え………この集落から旅立ったのは単なる好奇心からだった。フィアと一緒に、世界を回ってみたいと思ってただけなんだけど……」
意外な質問に、アルファは少し戸惑いながら答える。だがシノンはそれに構わず、更に質問を重ねた。
「追われている理由は?」
「……正直、理由についてはわからない。最初は俺達が然濃族だとバレて、その特殊能力を狙っていたんだ思っていた。けど、違うんだろう?」
「……いや、帝国の狙いは能力で間違いないだろう」
「えっ……?」
ちらり、と周囲を見回すシノン。最終的にはお婆へと視線を向け、淡々とした口調で告げた。
「ここからは俺達だけで話がしたい。他の奴らは休んでいてくれ……それと、盗み聞きする奴は悪いが追い払わせてもらうからな」
シノンが釘を刺すと、然濃族の者達は怖じ気づいたように一歩下がる。
戦闘能力が高いが故に、シノンの実力は理解している。しかも集落を救ってくれた恩人でもある彼には逆らえないと理解したのか、然濃族の戦闘員たちは素直に引き下がりそれぞれ建物の中へと戻っていくのだった。
シノン達も家に戻り、サナや使用人たちには申し訳ないが部屋の外で待機してもらって、防音結界を張る。念には念を、である。
「……さて、化身まで現れてしまっては仕方がない。カルナ、これからアルファ達に俺のことを話す」
「はっ? え、ちょっと、いいの?」
「ああ……然濃族の存続の危機だ」
「………………………」
さすがに1つの種族の存続危機とまで言われれば引き下がるしかなく、カルナはなお納得のいかない表情だが黙り込んだままシノンにうなずく。
彼もカルナの気持ちを理解しているので、心配するなとばかりにうなずいて正面を向いた。
「さて、今まで黙っていたが……お前達に俺の過去を話そうと思う。何故かと言うと、これから話すことの内容が、とんでもない事だからな。何故そんなことを知ってるんだと訊かれても誤魔化しようがないので、結局そっちから話すことになるわけだ」
「……シノン、無理に話さなくても良いぞ?」
「いや、いい。俺がその事を話す理由は……察してくれ」
『…………?』
部屋のソファに座ってシノンの話を聞こうとしているのはアルファ、アリュスフィア、ゆうきの3人だ。
彼らはシノンがとんでもない内容を語ろうとしていると聞いて、少しばかり緊張していた。
そんな彼らの様子にシノンは苦笑を浮かべ、安心させるように告げる。
「頼むから、肩の力を抜いてくれ。別にそんなに気張るような内容じゃないさ」
「いや、私はそうは思わないんだけど………」
カルナが思わず、と言ったように呟くが、シノンは不思議そうな顔で疑問符を浮かべる。
「そうか?」
「そうだよ。私だって、初めて聞いた時はどれほど驚いたことか」
このように天然な部分が未だに残っているシノンだが、カルナが言っていることも事実なのだ。
本来人類は存在すら知ることがないはずの聖族。その頂点の存在の1人でもあるシノンは、生まれた時からその聖族であったためそれを理解はしていてもあまり自覚がない。
完全においてけぼりな3人が戸惑うように顔を見合わせていると、カルナが失敗したとばかりに咳払いをする。
「ごめんね。じゃあ、シノン……」
「ああ……聖族、という存在を知っているか?」
「聖族? ……いや、俺は聞いたことがないな」
「私もないわ」
「名前だけを聞いたことはあります……故郷で」
敢えて夢見の里と言わない辺り、ゆうきにとって夢見の里という故郷はそれほど良い思い出を残さなかったことの証である。
だが雰囲気でそれを察したのか、アルファとアリュスフィアの兄妹は特に突っ込むことはなくシノンに続きを促した。
「まあ、当然の反応だ。聖族は人類が存在すら知ることの出来ない、神の域に在る存在だから」
「か、神だと?」
代表して問うたアルファの言葉に、シノンは無言でうなずいた。
「つっても眷属だけどな」
言ってから、シノンは少し顔を下に向け、数秒ほど沈黙した後に決意したように顔を上げる。
「俺は、その聖族なんだよ」
『…………は?』
3人ともが一斉に声を上げた。それも当然の反応で、シノンとカルナはそれをわかっていたために苦笑を浮かべる。
「いきなりで申し訳ない。ちょっと色々と急がなきゃいけなくてな。聖族について詳しくはまた今度。俺達は世界が創造された時から存在しているんだが、子供を産む能力のない俺達は寿命がない。つまり、俺も世界が創造された時から生きているから、世界の秘密については知り尽くしているわけだ」
「………な、なるほど。急がなきゃいけないなら俺達もなんとか対応しよう……それで、化身の目的ってのは?」
アルファはまだ混乱したままだったがなんとか取り繕い、アリュスフィアとゆうきの2人も真剣な顔になりシノンを見る。
それに対しシノンは感心したようにうなずき、表情を引き締めて再び話し始めた。
「そもそも化身とは、長年俺達と敵対してきた闇族の一種で、刺客だ。闇族は光に弱くて外には出られないから、暗い洞窟に暮らしている。化身は闇族の中でも唯一外に出られる一族なんだよ」
「……その、闇族ってのは、一体なんなんだ?」
「そのまんま、闇の一族さ。この世界を滅ぼそうと企む、人類の敵だよ」
「敵……ね」
呟いたのはアリュスフィアだった。
闇族については知名度がかなり低いが、何度か世界暗闇戦争を起こした種族として割と知られている。然濃族である彼らもそれについては知っていた。
闇族を撃退している聖族に関しては見た目が人間そのものなので、英雄として語られる以外は特にない。
ただ彼らの使う力を目撃している者達は数が多いので、当然それを調べようとする者が出てくるわけで、全て知り尽くしたいという愚者たちの集まりがサファイアのような人の作り出した組織なのである。
そして、そういった一部の組織たちに聖族の存在を知られてしまい、結果的に聖族は色々な意味で狙われることになってしまったのだった。
今回の件も、聖族と大きく関わっているものとシノンには思えた。その理由は、近くに迫っている暗黒大戦の足音を感じていたからだ。
今回の戦争は今までと違う。それは聖族の者達は全員が感じ取っていたことだった。
「……それで、化身はなぜ俺達を?」
「闇族とサファイアの狙いは同じ、お前達の命なんだよ」
『………えっ?』
あまりと言えばあまりの発言に、兄妹は唖然とした表情のまま固まる。
「そして、ラスカ帝国のあの男達の狙いは、お前達の能力を純粋に狙っているんだろう……アルファ、アリュスフィア。お前達の能力は『遠距離連絡』と『記憶共有』だろう?」
「な……なぜ、わかった?」
「そんなの簡単だ。然濃族には100年ほどに1度、そういった能力を得る双子か兄弟姉妹が生まれる。それは神の能力を持った然濃族を見逃せない俺達としては、調べるのは容易なんだよ。魔力の流れから、2つの能力を持っているなんて異例なこと、100年に1度の『天子』と呼ばれる類のもの以外にないってな」
「シノンさん。けど、アルファさんやフィアのその能力を狙う理由がよくわからないんですけど……」
ゆうきの言うことも間違いではない。例えば、遠距離連絡と言えば普通なら距離に限界があり、ギルドでも使われている連絡用魔水晶でさえ国内や隣国まで、などという制限があったりする。
そして記憶共有は、シノンが使っていた『使い魔の目』と同じようなもので、見た景色や聞いた話の内容などの記憶を2人で共有することが出来る。
しかし兄妹の使うこの2つの能力は、彼らが2人いるからこそ使える能力であり、片方がいなくなれば使い物にはならない。
それに、遠距離連絡や記憶共有は他人には声や景色は伝わらない。
シノンのように自分や他人の記憶から『空中投影』を用いて表示できるならば納得はできたかもしれないが、彼らには魔法が使えないが故のゆうきの疑問だった。
「考えてもみろ。例えば、だ。いくら2人が強いとはいえ、国と敵対すればなかなか反抗できるようなものじゃない。特にアリュスフィアを人質にでも取ってしまえばアルファは世界中を移動してスパイだのなんだの、影の仕事をこなす人間に育てあげてしまえば、国にこれ以上ないほどの利益……情報をもたらすことになるんだよ。特に相手は帝国だからな。戦争でも仕掛けりゃかなり有利になる。アルファを発信機に、アリュスフィアを報告を聞く受信機にすると、どうなる?」
「………まさか、アルファさんとフィアを国のために利用しようとしていた、ということですか」
「正解」
「けど……距離は? 距離にも限界があるんじゃ……?」
「神の力に距離の制限もくそもあるか」
『……………………』
命だけでなく、自分たちの能力まで狙われていたと知った兄妹は完全に言葉を失っていた。
それも、国と巨大組織、人類の敵である種族に狙われているので、その効果は絶大である。
「ど、どうしよう……私たち、こんなに狙われてるなんて……」
アリュスフィアは自分の体を抱き締めるような姿勢をし、アルファがそんな妹の肩を抱いてやった。
「シノン、俺達はどうしたらいい? 結界じゃ、サファイアの奴らは人避けの結界を自分達に無効化させる魔道具を持っているみたいだから効果が無いし、化身はそもそも人じゃないからお前の結界すらすり抜けたから、少なくとも集落には身を隠せないんだが……」
アルファの不安そうな問いに、シノンはあっさりと答える。
「は? 何言ってんだ。これからもついてくるんじゃないのか?」
『えっ………?』
兄妹は同時に声を上げ、呆然とシノンを見つめるのだった。




