88、Bランク迷宮と化身
「ねえねえ、アル」
「…………ん?」
聖族界の『水の域』で一人座っていたアルに話しかけたのはクウだった。
彼は遠慮なくアルの隣に立ち、言った。
「紹介したい人がいるんだけど」
「あ、まさか恋人?嫌だよ」
「そんな事言わないでさ、ほら、言ったろ?もう家族なんだからって。他の恋人たちにも懐いて欲しいけど、僕の彼女にはもっと早く懐いて欲しいんだ」
「嫌だ。俺は行かないから」
「そんなこと言うなよ。せめて紹介くらいはさせてよ」
「………………………はあ。わかったよ」
「ふふっ、ありがとう」
アルは渋々うなずき、兄について行った。
「ユーキーナー、連れてきたよ」
「あ、クウ。………まあ、可愛い!」
ユキナはアルの姿を見た瞬間、目を輝かせた。それに気づいたアルが、クウの背中にさっと隠れる。
「あらら………」
クウは、少し残念そうな顔をするユキナに苦笑を浮かべる。そして言った。
「こいつが末っ子のアルスレンドだ。アルって呼んでやってくれ。最初に会わせた、ユウっていう子さ」
「あ、そうか。レイヴァだったから頭巾を外さなかったのね」
「まあそういうこと」
「アル君、よろしくね」
ユキナがその白い頭に自らの手を載せようとするが、彼はそれを避けた。
「あらまあ。ふふふっ、人見知りなのね。可愛い」
「ははっ、ごめんね。そのうち慣れてくれるといいんだけど………」
アルはぷいっとそっぽを向いて、もう用は済んだとばかりに先程いた場所に向かって走っていってしまった。
「………あー、まったく」
呆れたようなことを言っているが、その表情は笑顔のままだった。そんな想い人を見て、ユキナは微笑む。
「ゆっくり慣れていけばいいわよ。私も、末の子は極度の人見知りだって聞いてたから」
「うん……本当に、悪いね」
ユキナは笑い、うなずいた。
「……………ぐっ…………ぁ………」
アルは一人になった時、小さく嗚咽を漏らしながら涙を流した。クウの申し出を断ろうとしたのは、自分の『恋人』となったカルナを思い出してこうなることを恐れたためだ。
しかしクウは、そんなアルの気持ちを知ってか知らずか、ユキナへと自分を紹介した。
そんな兄を恨んだりはしなかったが、アルにとって『恋人』と触れ合うことは、寂しさしか混み上げないものとなってしまっている。
寂しさと悔しさで、アルは前よりも他人との関わりが少なくなってしまっていたのだった。
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自らが聖族だと名乗ったシノンと別れ、カルナはギルドへと転移してそのまま団長室へと向かった。
全てを話すわけにもいかないので、とりあえず、見つかったとは言っておくことにする。ただ、それだけでは駄目だ。リアナが彼との話の内容を求めてくるからだ。
できればリアナに嘘はつきたくないが、シノンの本当の正体を誰かに明かす気にもなれなかった。
そこで、シノンに怒られてそのまま帰されたと言った。ただし、一日で帰るからと言われた、と言うのを忘れない。
シノンは嘘をつかないし約束も破らないので、彼を信頼して帰ってきた、とも伝えたのだ。
それだけならば嘘ではないし、シノンの正体もバレないだろう。
もうすでに夜は更け、月も沈んだ。カルナはシノンのいない部屋で、一人寝台に潜って眠るのだった。
「あれ、シノンは?」
「あ、うん。出かけた。今日の夜に帰ってくると思う」
「そう、か。なあ、今日は迷宮区に潜らないか?」
「あ、良いですね」
「私も賛成」
「私も」
「よし、じゃあ、どこにする?」
アルファはギルド周辺に設置された迷宮区の図を取り出した。
Eランク迷宮『西の森』、Dランク迷宮『東の森』、Cランク迷宮『南の森』、Bランク迷宮『北の森』、そしてAランク迷宮の『中央の森』。
どれもギルドが管理している迷宮だが、挑むならば、死んでもおかしくはない完全な自己責任になる。
だから、ランクを選ぶならば慎重に選ばなければならない。
今、カルナたちのパーティにはシノンがいないので、本来ならパーティランクはAとなる。
しかし今回の入団試験を以てゆうきのランクがB級になったので、パーティランクはSのままだった。
「よし、そういうわけだから、とりあえずは……Bにしとくか」
「そうだね。シノンがいないから失敗した時とか困るし」
「回復役はゆうきがいるし、そこは大丈夫よね」
アリュスフィアの確認の言葉に、全員がうなずく。
「それじゃあ、各自準備。一時間後にここに集合ということでいいか?」
アルファの言葉に、全員がうなずいて解散した。
カルナはいつものように頭巾を被って、収納魔法で異空間にしまっている道具の一覧を脳裏に浮かべる。
これはシノンに教えてもらった技で、中に入っている物を一覧として見ることが出来る。
普通は入っているはずの物を頭に浮かべることで取り出していたので、こうして一覧が見れるとどんな道具があったかと見たり整理したりできるので非常に便利だ。
順番は種類別に分かれているし、探したい物の項目までは考えるだけで移動できる。
まず魔剣は常に腰に挿しているので問題なし。ある程度のポーション類や金は同じく腰のポーチ、防具は装着済み、それからリアナに貰った地図を取り出して、カルナの準備は完了した。
「さてと……………Bランクってだけあって広いなぁ」
カルナは待ち合わせの場所に立ってアルファたちを待ちながら、Bランク迷宮『北の森』の地図を眺めて呟く。
さすがにBランク迷宮と言われるだけありそれなりの広さがある。
そのまま待つこと約三十分。準備を終えたアルファがカルナに近づいた。
「早いな、カルナ」
「まあ異空間に収納してある私物をちょっと見るだけだしね。あ、これ、迷宮区の地図」
「助かる」
その後また少しするとゆうきやアリュスフィアもやって来て、ギルドを出発し、Bランク迷宮『北の森』へと入っていった。
森に入ってしばらく経った頃。カルナ達は安全区域で休憩をしていた。もちろん、こういう場でも他の冒険者を襲う者が出ることがあるため、警戒は怠らない。
安全区域とは、どの迷宮区にもフロア毎に一つずつ、他の場所よりも比較的魔素が薄い場所がある。そこには魔物が寄ってこないし、湧かない。
だから、冒険者が休憩場所として利用するのだ。
「にしても、やっぱり魔物が多いね」
「そうですね。Bランクの魔物が一番多いので、さすがに疲れました………」
「あはは、ゆうきもまだまだね」
「う………うるさいですっ……」
「はははっ、体力に関しては自分で鍛えるしかないよ」
そうして、穏やかな空気のまま彼らは休憩を済ませ、再び迷宮区の奥へと進んでいった。
またしばらく進んで行くと、彼らは違和感を覚え始める。
「………おかしい。なんか、少し暗くない?」
「ああ………確かに。魔素もなんだかこう、黒いというか……」
「何よここ………怖いわ」
「なんだか………嫌な感じです」
もともと彼らは魔力関係には敏感なメンバーだ。普通の冒険者ならばこのほんの少しの違いになど気づくはずもないが、そのほんの少しの変化でも彼らには大きなものに思えた。
突然の変化に違和感を感じながら、少し凶暴化していた魔物に驚きながらも彼らは奥へと進んでいった。
本来ならば戻ってリアナに報告すべきなのだろうが、行けるところまで行って少しでも情報を集めてから戻った方が良いと判断したので、まずはもう少しだけ進むことにしたのだった。
最深部の『北の森B21F』。迷宮区に潜って実に十時間以上経った頃。潜ったのは昼頃だったので、外はすでに夜遅い。
本来なら迷宮区のボスがいる部屋なのだが、そこに居たのはボスではなく黒い影だった。
カルナにはそれに見覚えがあったので、思わず息を飲んだ。
「『化身』…………」
「………知ってるのか?」
アルファの問いに、カルナは静かにうなずいた。
「…………前にシノンと警利の森へ調査に行った時に見た。シノンは、化身って言ってた。詳しくはわからないけれど、団長さん曰く、あれは光属性の魔法に非常に弱いんだって」
「…………なら、カルナの上級魔法で倒せるんじゃ?」
アルファのその言葉に、カルナは首を振った。
「……駄目。あいつは地面が炭化した部分では凄くスピードが速い。倒せないこともないけど、今はとりあえずすぐに出よう。疲れた私達が交戦はしない方がいい」
「……そうか。わかった。すぐにここから………カルナッ!!」
「っ!?」
カルナが後ろを振り向くと、先ほどまで広い部屋の中央にいた化身がすぐ目の前にいた。
気配もせずに近づいて不意をつこうとしていた化身だが、カルナの勘の鋭さとアルファの声で化身の攻撃を躱すことに成功した。
「もう、何よ!大丈夫、カルナ!」
「大丈夫!それより、地面の炭化した部分は踏まない方がいい!」
「わかった!」
カルナの情報提供により、彼らは化身による不意打ちを免れた。
化身は、地面の炭化された部分以外では動きがかなり鈍いため、地面が黒い所を避けて戦えば勝てない相手ではない。
「仕方ない。気づかれたなら私が上級魔法を放つから、みんなは化身を引き付けて!」
「了解だ!」
「わかったわ!」
「任せてくださいっ!」
アルファたち三人がカルナとは反対方向に走った。アルファはそのまま化身に長剣を構えて迫る。
「やぁっ!」
『ブオォォォォォォ………!』
上段の構えからの振り下ろし。魔法を使えない彼は剣だけを鍛えてきたので、その太刀筋は狂いのない強烈な一撃だった。それは化身の頭へと振り下ろされ、振り切れはしなかったが化身は苦痛の声を上げる。
続いてアリュスフィアも剣を横薙ぎに振り、上半身と下半身を分けようと振った。しかしやはり半分ほど切ったところで止まってしまい、二人はすぐに剣を抜いた。
彼らがその場から離脱すると同時に、ゆうきによる地属性の魔法で拘束される。
「カルナさんっ!」
「いいよ!『光力爆発』っ!!」
ゆうきの合図と同時にアルファ、アリュスフィアもそれぞれ散り、カルナの魔法を受けないようにした。
拘束された化身は動くこともままならず、そのままカルナの攻撃の餌食となった。
『グ………グオアアアアアアァァァァァァァッ!!』
断末魔の声を上げながら、光が治まった頃にはそこに化身の姿はなかった。
その後カルナたち一行は魔力の反応がないのを確認し、ギルドへと転移した。そしてリアナにこのことを報告し、迷宮区の調査をするように伝えた。
リアナはうなずき、すぐに調査団を出してくれたのだった。
外はすでに暗く、そろそろみんなが寝静まる時間帯だ。長く潜りすぎてしまったらしい。
しかしカルナは寝ずに、シノンの帰りを待つことにする。疲れが溜まっていたが、それを無視してギルドの待合室で壁にもたれ掛かりながら、じっと床を見つめる。
つい一日前のことなのに、シノンと最後に会ったのが何週間も前だったような気がする。
今まで見たことがなかった、彼のあの寂しそうな泣き顔。それが、一日経った今でも忘れられなかった。
シノンが約束を破らない人だとわかっていても、何故か不安になる。それでもカルナはシノンを信じていたくて、彼が帰ってこないなどという想像を首を振って振り切ろうとするが、頭から離れない。
しかし彼は言った。ずっと帰ってこないんじゃないかと問うたカルナに、それはない、と。
だから、きっと大丈夫だ。彼は、絶対に帰ってくる。
彼は今まで、一度として約束を破ったことなどないのだ。自分の長い買い物にだって付き合ってくれたことから、命を懸けてでも護ると言って本当に護ってくれていたことまで、すべて。
それに、カルナは別れ際のシノンへと言った。『私は、君の意見や意思を尊重したい』と。
そう思っていれば、きっと、大丈夫だ。
カルナはそう自分に言い聞かせ続けていたのだった。
シノンのことが頭から離れないカルナが待つことおよそ三時間。ギルドの前に立つ、一人の人物がいた。
彼は頭巾を深く被って顔を隠しており、どこか懐かしそうにギルドを見上げる。
「…………………………」
そのまましばらくじっとしていたが、すぐに視線を真正面に向けて、中へと入り、走る。
そして壁にもたれ掛かっていた人物が気づき、しかし彼は気にせず走り、強く、抱きしめた。
「しっ、シノン!?」
「…………ああ。ただいま、カルナ………」
壁にもたれ掛かっていた人物――カルナが困惑したような声を上げるが、カルナに抱きついた人物――シノンは愛しい人の匂いを強く感じ、ただ黙ったまま彼女を抱き締めていた。




