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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第7章、過去
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87、恋と恋人

 一億人もの死者を出した第三次世界暗闇戦争が終わって十年。


 ようやく世界は復興し始め、農作物や資源などもそろそろ安定し始めてきた。


 その間、ユキナはナルたちに会うことはなく、弟のユキオと共に相変わらず静かに暮らしていた。


「姉さん、俺たち、旅に出ないか?」


 そう言ってきたのは、ユキオだった。何を言ってるのかとばかりにユキナが首を傾げると、苦笑しながらユキオは続ける。


「だって、姉さん、すごく寂しそうなんだもん。ナルさんたちがどこかに行ってしまったから、なんでしょ?」

「べ、別に、寂しくなんか、ないわよ……」

「姉さんは昔から嘘が下手だって知ってるぞ」

「うぐっ………」

「別に、寂しいのが恥ずかしいわけないじゃないか。素直に寂しいって言えばいいのに。俺だっているしさ」

「ユキオ………うん。正直、すごく寂しいわ。ナルの家族に、会ってみたかったっていうのもある。何より………私、あの人に会いたいの。会いたくて、仕方がなくて……」


 顔を伏せたユキナに、ユキオが言った。


「ナルさん、もしかすると、この街とは別のところにいるのかもしれない。だから、探しに行こう」

「え?探す?無理に決まってるでしょ。世界は広いのよ?」


 初めから諦めたようなユキナの言葉に、ユキオは首を振る。


「あの人強いから目立つだろ?だから、それを手がかりに探すんだよ」

「え………でも………」

「大丈夫。伝手はあるし、俺もそれなりに戦闘力あるからさ、冒険者登録でもして行けば金にも困らない」

「あ……うん。そうね。けど、仕事はいいの?」

「辞めるさ。俺もナルさんに会いたいしね」


 不安そうな表情のユキナに、ユキオは安心させるように微笑んであっさりうなずく。


「旅に出る必要はないよ」

「え?」


 少々高めの男性の声に、ユキナとユキオは反応した。

 後ろを振り返ると、家の玄関の方に懐かしい顔が見えた。


「やっと………見つけた」


 ナルだった。彼は心底嬉しそうな笑顔でユキナを見た。その目には涙が溜まっていて、ユキナの方へとゆっくり歩み寄ってきた。


「な……ナル……っ!?」

「っ!?」


 ユキナとユキオは驚愕の色を浮かべた。なぜなら、ナルがユキナに抱きついたからだ。


「な、ナルさん!」

「ナル……無事、だったんだね……」

「まあ、ね。つい五年くらい前までは記(・)憶(・)を(・)な(・)く(・)し(・)て(・)ここからは遠い所にいたから、無事かと言われればそうとは言えないさ」

「えっ………?」

「ナルさん、どういうこと?記憶をなくしたって……?」


 ナルはユキナから離れ、真剣な面持ちで二人を見た。


「………僕は決めた。ユキオ、君の前でごめんよ、許してくれ」

「………?何を言ってるんだ……?」


 ナルは微笑み防音結界を張ってから、ユキナの目を正面から見た。


「僕の名前はクウラメア。ナルは偽名さ」

『偽名?』

「うん……ごめんね、どうしてもそうじゃなきゃいけない理由があったんだけど………」

「理由?」

「そう。僕にはまあ、うん、色々とあってね。本名は信頼のできない人にバレるわけにはいかなくてね」

『………………………………』


 二人は訳が分からないというふうに首を傾げる。そんな二人に苦笑を浮かべながら、クウは覚悟を決めたようにユキナに言う。


「ユキナ、僕は君が好きだ。森の中で君を助けた時から、僕は君に一目惚れをしていたんだ。十年前、僕は君に会う度に胸が高鳴った。だからどうか、僕のこの気持ちを受け止めて欲しい」


 ユキナは、心臓が大きく鳴ったのを感じた。そして、自分でもその音がわかるほどに鳴り続けている。


 そこで、彼女は気づいた。


 このモヤモヤした気持ちは、たぶん、好きだということなんだ、と。

 ユキオは少し驚いていたが、クウならば、と納得していた。


 だが、どうしても聞きたいことがある。それを聞くまでは、姉を渡すことは出来ない、と、ユキオは思った。


「ナル――……いや、クウラメアさん。なぜ、十年間も姿を消していたんですか」


 いつも以上に真剣な顔で、クウに詰め寄る。

 彼もその眼差しを受け止めて、真正面からユキオの目を見つめた。


「ああ………本当にすまなかった。僕はあの戦争で記憶をなくして、こことは遠い場所にいた。けど、五年くらい前に記憶が戻って、ここに来たんだ。言い訳するつもりはないけれど、本当に申し訳なかったと思ってる。でも今、僕がユキナに言ったことは全部嘘じゃない。決して」

「……………………………………」


 二人の睨み合いは数分ほど続いた。ユキナには、下手をすれば数時間ほどにも感じられただろう。


 相変わらず鳴り続ける心臓の音を落ち着けるように、両手を胸の前で組み、そして覚悟を決めた。


「クウラメア、私も……好き。この十年間、貴方に会えなくて、本当は寂しかったの。ただ……貴方の顔が見たくて……貴方の声が聞きたくて……でも……貴方はどこにも居なくて……どうしたらいいのか私には……わからなかったの………っ!」

「……ごめんね。僕のせいだ。君を泣かせるつもりは……なかったのに」


 クウがユキナを抱きしめてそう言った。ユキナは、気がつくと泣いていたのだ。


 ユキオは微笑み、その場から立ち去った。


 クウはそんなユキオに感謝しながら、ユキナの頭をさらりと撫でた。


「ねえ、ユキナ。僕と一緒に来ないかい?」

「………どこに?」

「遠い場所。まあ、どちらにしても僕は君から離れるわけにはいかないし、君はその場所に行かなくてはならなくなるけれどね」


 クウは誰も入ってこれないように、部屋全体に更に結界を張った。


「僕のことはクウと呼んでくれ。そして、僕はただの獣人じゃない。才を持つ子(シャラスト)だ。聞いたことないかい?」

「シャラスト……まさか、あの、伝説に語られた……?本当に、いるの……?」

「信じられないでしょ?………けどね、本当なんだよ」


 そう言って、クウは自分の髪の色を目の前で変えてみせた。黄緑色から薄いミントブルーへと変化した髪の色に、ユキナは驚きを隠せなかった。


「ほ……本物……なのね」

「ああ。詳しい事情はあとで話すよ。それで、答えは?」

「ええ……行くわ。私、貴方をもっと知りたいの。だから、連れて行って欲しい」

「そうか。ありがとう」


 そう言って、クウは髪の色を元に戻しながら笑った。そして顔を彼女に近づけ……自分の唇とユキナの唇を重ねた。


「ふぐっ!?」


 ユキナは驚いて、すぐに後退った。


「あっ、ご、ごめんなさい。驚いちゃって……」

「いやいや。僕こそ急にごめんね。………で、申し訳ないんだけど………」


 クウは心底申し訳なさそうな顔でこっそり結界を解きながら、ユキナに静かに言った。


「ユキオは………連れていけない」

「え………どうして?」

「……………………………」


 黙ったまま、クウは部屋の入口を見た。


「ね、ユキオ。わかってるんでしょ?」

「……………うん」


 扉を開いて再び部屋へと戻ってきたのは、少し寂しそうだが嬉しそうな顔をしているユキオだった。


「ユキオ………」

「姉さん。俺は、姉さんが幸せに暮らせるならそれでいい。寂しいけど、クウさんなら姉さんを幸せに出来ると思うから。それだけで、俺は充分さ」


 そう言って、子供のような無邪気な笑顔を見せた。ユキナは、そんな弟に自ら抱きついた。


「ユキオ……ありがとう。ありがとう………でも、ごめんね………」

「いいよ、姉さん。時々会いに来てくれれば、さ」


 ユキナは弟から離れて、うなずいた。そしてユキオはクウに向き直り、頭を下げる。


「どうか……どうか姉を、よろしくお願いします」

「うん。任されました」


 ユキオは顔を上げ、うなずいた。

 クウもうなずきを返すと、早速とばかりにユキナに言った。


「急で申し訳ない。明日の朝には、ここを出よう」

「え?」

「だから、今日はユキオと一緒に、思うように過ごして。僕は邪魔になるから、明日の朝迎えに来る。荷物、纏めておいて」

「あ……うん」


 クウは笑顔で片手を振りながら、玄関から出ていった。


「…………あの人、本当に不思議だよな」

「ええ………そうね」


 静かになった家の中で、彼らの声だけが響いた。





 ―――――――――――――――――――――――





「さて、と。シー、どう?」


 クウの妹の一人シーザーことリオが、右手を地面に、左手を左耳に当てながら首を縦に振った。


「なんとかなりそうだ。『協力者《ソンティル》』は全部で三」

「了解。なら、僕が二体を担当するよ」

「わかった。なら私は左ね」


 リオは立ち上がり、兄にうなずくと向かって左側へと走っていった。

 クウも右側に感じる気配に向かって走り出す。


 暗黒戦争での戦いの相手である闇族には、協力する者がいる。『協力者《ソンティル》』と言って、普段は明るい外に出てくることの出来ない闇族に変わって行動をする地上の者達のことだ。


 闇族は普段、光――特に太陽など――のあるところには決して出てこない。


 真っ暗な地下に集落や街を作り、『暗闇神《グリース・ダグ》』が復活するまで自分たちの力も溜める。


 そんな闇族のために外に出て情報収集や誘拐などの役目をするのが『協力者《ソンティル》』だ。


 それを発見次第、聖族たちは彼らを確実に処分しなければならない。様々な技術に長けているが戦闘能力はそれほどでもないため一般の聖族でも倒すことが出来る。


 ただ技術力は高いので、逃げられることもしばしばあるのだ。


 そして今回、クウとリオが向かっているのはその『協力者《ソンティル》』の元である。


 自らの魔力放出を抑え、気配を消して目的地へと近づいていった。


 やがて街の外れにいる目標が見えると、クウは標的に攻撃を打つべく手を向ける。そして無詠唱で、『波動《ヴァルナー》』を彼らの脳へと直接放った。


 今回は強めの振動を放ち、脳に直接刺激を与えることで即死させることが出来る。


 ―――彼らに情けは必要なし、躊躇えば死ぬのはこちらだ。


 聖族はこれを教えの一つとして生きている。


 クウの狙い通り『協力者《ソンティル》』は事切れ、彼はそれを炎で跡形も残らないように焼いた。





 翌日、ユキナを迎えに行き、ユキオとの最後の挨拶を交わした彼女を連れ、クウは聖族界へと渡っていった。


「さて、と。ここが僕の生まれた世界。簡単に言えば………異世界、かな」

「い、異世界………」


 クウはその場で、ユキナに事情を話した。


『聖族』のこと、『恋人《レイアル》』のこと、闇族との戦争のこと、『影破り(シャドウブレイク)』のこと、そして自分のこと。


 ユキナは最後まで黙って聞いていた。人類とはかけ離れた人でも、愛しいことには変わりはない。

 むしろ晴れやかな顔で、クウの声を聞いていた。


 彼のことを知ることが出来て嬉しい気持ちもあるし、何よりも信頼されていることが彼女にとっての喜びだった。


 弟のユキオに会えなくなるのは寂しいけれど、それでも彼に負担をかけなくて済むようになるのは、ちょっとだけ嬉しかった、というのがユキナの本音であった。


「ありがとう、クウ。話してくれて」

「いやいや。そんじゃま、僕の兄弟姉妹たちを紹介しますかね」


 そう言って、クウとユキナの二人はともに歩んで行った。

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