86、聖族と闇族
「さて、今回の用事はだな………また、『暗黒大戦』が始まりそうだ、ということだ」
ふっと、その場にいた者たちの目が細められた。
『暗黒大戦』とは、聖族にとって敵である『闇族』との戦いのことだ。
『暗闇神』率いる闇の種族が、聖族に対して戦争を仕掛けてくるというものだ。人数的には闇族の方が圧倒的多数だが、個々の戦闘能力は聖族の方が圧倒的に高いので、戦力でいえば聖族の方が高い。
ただ闇族は聖族とは違い寿命がある代わりに、寿命が尽きるまでは不死で子を多く孕むので、戦争が終わることがない。
闇族の目的は、宿敵である聖族を滅ぼしそして世界を滅ぼすこと。聖族のトップで世界の『柱』である聖神の中の一人の命でも奪えば世界は滅びるので、特にイチ達を狙ってくる。
『暗闇神』は、人の間では、子供が悪いことをすると石化されてしまうという神話となっているが、実際には子供だけではなく大人も負の感情と意識を抱くことで生まれる暗闇の神だ。
怒り、苦しみ、妬み、憎しみ、悲しみ、恨みなどといった負の感情。殺人、窃盗、暴力、傲慢、強欲などといった負の意識。
これらの、人類を含むこの世に暮らす生命体の不満やストレスなどといったものが集まって固まり、エネルギーとなり、やがて『暗闇神』の糧となる。
それがどうなるかと言うと、ある程度の力が溜まると闇族を率いて世界を滅ぼすために動き出す。
理由は、『暗闇神』が負の感情で溢れた世界を嫌うからだ。
しかし聖族がそれを許さない。
彼らは腐っても――天と地がひっくり返っても有り得ないことだが――、神の眷属だ。世界を滅ぼすことがないよう守り抜く役目……いや義務がある。
どちらにしろ彼らは戦わなければ死ぬのは変わらない。そういうわけで、忠実な彼らは諦めずに戦ってきたからこそ、今でもこの世界が存在しているのだ。
「………また、復活しそうなんだね?」
「ああ。今回は前よりやばいかもな」
「………前回も同じこと言ってなかった?」
「そうだな。ついでにその前も、そのまた前も」
「どんどん力を増してるってことか……厄介な」
「それでもやるしかないんだ。俺達がやらなきゃ誰がやるとはこの事だな」
「イチ兄さんの言う通りだ。さて、いつになる?」
「…………そう、だな。ちょうど七日後か」
「うわっ。急だね」
アーロが言ったことに、全員が共感してうなずく。
「とにかく、だ。まずは全員、戦争の準備をしておけ。戦争が始まるまで、全員、向こうの世界に渡らないように」
『了解』
「役割の分担は前回と同じく、全員最初から魔道具の武器を使うこと、七日間訓練を怠らないことだ。だが、休憩もしっかりとな」
『はい』
イチはその後も弟妹に指示を出した後、解散させた。
「アル」
アルを呼んだのはアオだった。彼は会議をしていた空間から出るとアルを呼び止め、自分の大鎌を取り出した。
「やるっスよ」
アルも振り返って微笑み、双剣を抜いた。
「いいよ。手加減はなしで」
「もちろんっス」
彼らはそれぞれ分かれて、さっそく鍛錬を始めた。出来るだけ実力の近い者同士でやっているので、アルとアオの組み合わせも自然とこうなる。
アオの武器は魔鎌『黒鎌』で、氷属性の特性を持っている。アオにしか使えない特別な鎌である。アオが使いやすいような長さ――彼の身の丈ほど――に変化するので、色々と使い勝手が良い。
対してアルの武器は双剣。二本の剣は魔剣であり、名前はそれぞれ『白刃』と『黒刃』。真白な剣身と真っ黒な剣身で、これもアルにしか使えない。同時に魔法発動体として使うと普段の魔法よりも数倍効率が上がるようにもなっている。
「さーてと、今回は僕から行くっスよー」
「お手柔らかにー」
アオは武器を構え、腰を落とした。アルもまた武器を構えてアオが来るのを待つ。
やがて、アオは一瞬でアルとの距離を縮め、鎌を振った。
アルもそれにしっかりと反応しており、魔力を込めて耐久力を数十倍にも増した双剣で振られた大鎌を防ぐ。
「おおっ!?」
「集中しろってのっ!!」
「おわぁっ!?……なーんてねっ!」
「っ……!」
アルが剣を押しアオのバランスを崩させる。しかしアオはバランスを崩してなどおらず、アルの脇腹を打つべく鎌の柄を滑らせて更にスピードを上げて振った。
さすがにアルはそれには反応することができず、アオの一撃を食らい向かって右側へと吹き飛んだ。
脇腹に感じる鈍い痛みに耐えながらも、アルは地面へしっかりと着地した。
「いってぇ………」
「こらこら、まだ終わってないっス……よっ!」
「ちぃっ!」
アオが鋭い動きでアルに迫る。アルは舌打ちをして彼に対抗すべく剣を構えながら突っ込んだ。
「ああ………くそっ」
「あははー、アルもまだまだっスねー」
「まだリン姉にも勝ててないくせにそういうこと言うなよ」
「あ……あははー………」
アルに図星をつかれ、苦笑を浮かべるアオ。そこに、エクが近づいていった。
「ほら、みんなが呼んでるぞ。お前らも来い」
「あ、はいっス。アル、行くっスよ」
アルは黙ってうなずき、三人は他の人たちがいる場所へと歩いて行った。
七日後。
暗黒大戦が幕を開け、世界は聖族と闇族の戦場と化した。
それが人々の混乱を呼び、また人々に恐怖を与えるに十分な激しい戦争だった。
聖族達は、少しでも人々を守ろうと必死に避難もさせた。
闇族はただ聖族を狙っており、他の人が死のうが逃げようが関係なく、聖族を殺しにかかる。
空は黒い雲に覆われ、地面は黒く染まり作物や建物は全て炭化。
主な戦場は当時どこの国の手も届いていなかった中央大陸――現在のリリーズ王国――である。
イチを始め、聖族のトップたちはそこで『暗闇神』と交戦している。
戦況はあまり良くなかった。
以前よりも力が増していると言うだけあり、攻撃力、防御力、素早さ、回避率共に前回とは比べ物にならないくらいだった。
特に末っ子のアルが狙われ、なんとか防いではいるものの、他のメンバーより傷が多かった。
「アル!一度下がれ!」
「りょ……了解!」
息を切らしながら後衛で待ち構えているファイの元へと向かう。
イチの、下がれ、という指示は、傷を回復してこいという意味である。
彼らは全員魔術師だが、『命の聖者』であるファイの回復魔法だけならば傷を完全に治すことが出来る。
アルも回復したらすぐに前衛に戻るはずだったが………。
『グルルルルル……………ガアアアアアアアア!!』
「っ!まずい、アル!」
「ぐっ……!」
『暗闇神』の攻撃をなんとか剣で弾き、アルはファイのもとへ転移する。
地面に倒れ込み、息を切らしながらなんとか立ち上がった。
ファイはそんな弟の傷を治すべく近づき、すぐに回復魔法を放った。
その間、前衛では『暗闇神』との交戦が激しく続けられている。
聖族の中でも一番強いはずのイチでさえ、汗をかいての戦いだ。
他のメンバーが疲れないはずもない。
「ありがとう」
「……アル、後衛で戦った方が……」
「あいつが主に狙ってんのは俺だ。それで後衛や中衛が危険なことになったらシャレになんないから……なっ!」
言葉と同時にアルは前衛へと戻っていった。
後衛と中衛も近接戦ができないわけではない。
ただ後衛と中衛がそれぞれに最適な戦い方なだけで、弱いわけでもないのだ。
ただ前衛職の者と比べれば遥かに劣るため、アルはそれを心配していたのだ。
一番力が弱いアルだが、近接戦闘の技術力や機動性、ついでに魔力量に関しては彼が一番高い。
まだ体がついていけていないだけで、もっと体を鍛えればそのうちイチでさえ超えてしまうかもしれないと言われているほどだ。
「よし、拘束魔法が使える奴は奴の動きを封じろ。………俺は突っ込む」
『!?』
「正気かイチ兄さん!?」
イチの隣にいたリランが慌てて言う。しかし彼はうなずくだけで、他には何も言わなかった。
「エル、リラン、アーロ、リズ、リオ、アスラ、リン、アオ、アル。お前ら総勢で拘束魔法を放ち全力で抑えろ。………いいな」
『………………………………』
彼らは黙ってうなずいた。
イチは聖族のリーダーである。彼らはリーダーの指示には忠実に従わなければならない義務がある。
そのため、イチの決定には背けないのだ。
『暗闇神』に突っ込むということは、相当な覚悟が必要だ。
死の覚悟もそうだし、大怪我をすることもあるし、四肢を欠損することもある。
そう考えると、誰も突っ込むことなどはしたくはないだろう。
最低でも深い傷を負う。イチはそれを覚悟の上で敵の懐へと潜ろうとしている。
しかし弟妹たちも迷ってはいられないのだ。
兄に苦労させまいと発動した拘束魔法で、『暗闇神』の動きを封じる。
『グルルルルルッ!?』
困惑の声を上げる『暗闇神』だが、九人の聖族――それも聖神の力で動きを封じられているために簡単には抜け出せないようだ。
イチは彼らが魔法を放ったと同時に駆け出しており、『暗闇神』が困惑の声を上げている頃には懐に潜っていた。
そして油断なく放たれた一撃は『暗闇神』の急所へと当たり、大きく爆発した。
『グアアアアアアアアアッ!!!』
『暗闇神』の苦痛の声が響き、イチは高く飛躍して地面へと着地した。
だが……………。
「ぐっ……………」
「兄さん!」
イチは右腕を抑えて地面へと座り込み、リランが彼の元へ駆け寄る。
「大丈夫だ。少し返り討ちには遭ったが、なんとかなる」
そう言って、彼は自身に回復魔法を放った。リランも手伝い、比較的治すことは出来た。
「ありがとう、リラン。助かった」
リランは黙って頭を振る。
「それより、どうする」
「ああ…………すまない」
「兄さんが謝ることじゃない。みんなそう思ってる」
『ギャアアアアアアア!!!』
「クソがっ!!」
誰かが叫び、全員が一斉に『暗闇神』へと突撃し、再び交戦が始まった。
だが、数分ほどそれが続くと、アルが慌てて叫んだ。
「っ!?兄さん、姉さん!下がって!」
その声で彼らも気づいた。―――『暗闇神』の魔力が更に上がっていることに。
「マジかよ………」
「いつの間に……」
「ちっ………厄介な」
彼らが見たのは、魔力が膨張し魔人へと姿を変えた『暗闇神』だった。
勘が鋭いアルがいなければ、彼らは一瞬で薙ぎ払われていただろう。
それほどに膨大で、強力な魔力だった。
その後もしばらくは交戦が続いた。戦闘開始からすでに三日経っている。
三日三晩も戦い続けた彼らにも、さすがに疲れの色が浮かぶ。全員が傷を負っていて、回復する暇もなく、ただ目の前の敵と戦うだけだった。
そしてその後数時間ほど経つと、イチが全員に指示を飛ばした。
「一旦散れ!」
『了解っ!』
持ち前の適応力ですぐにその場から離脱すると、イチは中衛の所まで下がった。そして空間魔法で前衛と後衛を自分の後ろへ転移させると、強力な結界を張った。
魔人の目的はあくまで聖神の命なので、逃げる理由がなくただ結界を壊すべく攻撃し続けていた。
しかし結界はびくともせず、魔人の苛立ちは増していったのだった。
しかしイチもこのままでいるつもりはなく、弟妹たちの方を向き、指示を飛ばした。
「『影破り』を使うぞ」
イチのその一言に、数秒間の沈黙が降りた。しかし兄の決定に反対するものはなく、勇猛な笑みで全員がうなずいた。
『我らを守りしものよ、この声に答えよ、我らの意思に答えよ。母なる大地に恵みをもたらす我らが母ルーサークラウスと、父なる天より温もりを与えられる我らが父グリースバールズの名に誓う。そして問う。我らはなぜ存在するのか、そしてなぜ生まれたのか。答えは一つなり。それぞれが生きたいと願い、幸せを願うからである。我らはその思いに応え存在する者なり。そして彼らの生きたいという思いを妨げる存在である影を祓い、再び平穏な日々が送れるようにすることを、重ねて誓おう。そして再び命ずる。我らの声に答えよ、『影破り《シャドウブレイク》』!!』
展開していた結界をすり抜け、いつの間にか展開されていた巨大な魔法陣が輝き始めた。
輪になった彼らの中央には金色の輝きを放つ巨大な魔法陣があり、その周りには複数の小さな魔法陣がぐるぐると廻っている。
それはかなり複雑な術式であり、熟練の魔術師でも解くことの出来ない、とてつもなく複雑な術式であった。
普段詠唱が必要のない彼らでさえこのように長い詠唱をする必要がある。それは、魔力制御さえも複雑で、いかに天才的な能力を持つ彼らでも、詠唱をしなければ制御ができなかった。
使う魔力量が多すぎるのが、一番の原因だ。
光の速さで放たれた巨大な魔法は、魔人に直撃した。もともと浄化魔法であり、魔人と化した者を戻すことが可能となる。
しかし威力が高い代わり、使った彼らにも反動が出る。
傷を負っている彼らならばなおさらだ。
体に対する負担が大きく、体力と魔力を大幅に削り、しかし確実に相手を仕留めることに成功した。
『グ…………グルオォォォォォォォォ!!』
魔人は苦しみながら、体に纏っていた黒い魔力とともに霧散した。
これは、魔人が絶命したのではない。浄化され、一時的に姿を保てなくなっただけである。
その後彼らは反動を受けて地面に倒れ、全員がその場から姿を消した。
『影破り』の反動。それは、記憶をなくして世界中に飛ばされてしまうことである。
その後この戦いは、『第三次世界暗闇戦争』と呼ばれ、イチたち二十人を英雄として称え人々の間に語り継がれるようになっていった。




