85、買い物と食事
魔の森で謎の青年ナルに助けられてから、一年が経った。あれから私は彼に会っていない。
弟のユキオに彼のことを話して一緒に探してもらったんだけど、結局彼の行方はわからず終いだった。
あのあと数日間は街の中にいるかな、と思ったけど、やっぱり手がかりはなかった。それで、私は家事、ユキオは仕事をそれぞれこなしながら、いつもと変わらない平穏な毎日を過ごしている。
そんな、ある日。
「きゃっ!やめて!」
「おうおう、良いじゃねえかお嬢ちゃん」
「俺たちと遊ぼうぜ?」
街の中で冒険者に絡まれ、腕を掴まれて路地裏に引きずり込まれてしまった。いわゆるナンパという名の暴行である。
一人の男に両腕を掴まれて、もう一人の男が私の服の裾を………。
「いやぁ!放してっ!」
「ちょっと覗くだけじゃねーか。良いだろ?減るもんじゃね――……へぶっ!?」
「ぐはぁっ!?」
「えっ?」
私の両腕が解放されて、目の前に立った外套で身を包んだ人物を見た。
「まったく……こんな美人をそれも集団で囲って襲うなんて……呆れた話だよね、お嬢さん」
「は………?」
同じ声、同じセリフ、同じ身長。まさか………。
「久しぶりだね、ユキナ」
「ああっ!ナル!?」
私を助けてくれた背の高い男が頭巾を外すと、そこには忘れようもない若い青年の顔があった。
ていうか、覚えていてくれたんだ………。
「あははっ、そんなに驚くかい?今日も偶然なんだよね、僕は」
「えっ、会いに来てくれたんじゃ……?」
「うーん、ごめんねー。僕も色々とあってさ、弟捜索中なんだ」
「弟さん……?」
「そうそう。そういうわけだから僕はこれで。この件が終わったら、またこの街に会いに来るよ。じゃあ」
「あっ、待って!」
路地裏を出ようとしたナルの背中に、私は声をかけた。
「助けてくれて、ありがとう」
私は満面の笑みでナルにそう呼びかけた。
ナルも微笑んでうなずき、身を翻してその場を去ってしまった。
本当に不思議な人だと思った。
私のことを二度も助けてくれたし、そうだと思ったらお礼をする間もなくすぐに立ち去ってしまう。
気まぐれな人だ、とも思った。
数日後、ユキオの仕事が休みの日、私たちは街で買い物をしていた。主に夕食の材料や衣類、ポーションなどだ。
夕食の材料は最後に買おうということで、まずはポーション類を買いに武器屋へ向かった。
武器屋まで来ると、店の目の前で誰かが店主と話していた。私はその人物にすごく見覚えがあったので、思わず走って彼に近づき、肩を叩いてこちらを振り向かせてみた。
「お、ユキナじゃないか」
「奇遇だね、ナル」
「ん?なんだ、ユキナちゃん知り合いかい?」
「はい。まあ、恩人的な感じで」
「あ、もしかして姉さん、この人?」
「ええ、そうよ」
ユキオはナルを見て、頭を下げる。
「姉から聞いています。助けていただいたそうで。本当に、ありがとうございます」
「いやいや、気にしなくていいよ。頭上げて。そうか、君が弟さんか。似てるねー」
頭を挙げさせて、ナルはユキオをまじまじと見ていた。店主さんはその間に仕事に戻ると言って中に戻ってしまった。
「あ、あの……」
「おっと、ごめんよ。初対面の人は観察せずにはいられなくてね」
「は、はあ……」
「ねえ、ナル。家に来ない?未だにお礼ができてないから」
「……あー………本来なら遠慮するとこじゃないし僕としても是非そうしたいんだけど………」
言いながら、ナルは武器屋の店内を見た。私も釣られてそちらを向くと、十二歳くらいの子供が武器を手に取って眺めていた。
外套に身を包んでいて、性別も顔もわからない。
「あれが僕の弟さ。あの子は極度の人見知りで人の家に行くなんて即切り落とされるだろうし、でも一人でいさせるわけにはいかないしなぁ」
「一緒に来ればいいじゃない。前に、機会があったら紹介してって言ったじゃない?」
「あー、まあ、そうなんだけど………」
「どうぞ、家に寄っていってください。歓迎します」
ナルは少し悩むような仕草を見せて、少しするとちょっと待っててと言って店内の弟さんのもとへ向かっていった。
「え、やだ」
「即答っ!?」
ナルの言葉を遮って、弟さんは即答で断ったようだ。でも、こんな機会ほとんどないから、私としても今のうちにお礼はしたい。
できれば諦めたくないんだけど……。
「ねえ、ナル。無理しなくてもいいわ。けど、今度絶対に来てよ」
「そうか……残念だ。悪いね。あ、せめてもの謝罪として、この子を紹介するよ。ほーら、ユウ。紹介くらいさせてよ」
「やめろ変態が」
「変態はひどいな。みんなそうだろ。ていうか、紹介するだけだからー。ほらほら…………」
ナルはユウと呼ばれた男の子に耳打ちをしていたけれど、私たちには聞こえなかった。
しかしユウ君はまだ納得していない様子で、すごく嫌がってる。べ、別に、無理はしなくてもいいのに………。
「なんでダメなのさっ!?紹介するだけだろ!?」
「俺の女嫌いを知っての行動かよ!」
「じゃあ弟さんなら良いでしょ?」
「良くない!」
「なんで!」
「てか関係のない俺を巻き込むな!」
「いやいや大有りだから!お前は僕の弟なんだからさ!」
「ああーもう!だから助けなくてもいいじゃないかって言っただろうが!」
「それとこれとでは話が別だろう!?美人を助けることの何が悪い!」
「美人とかそうでないとかは関係ねえよ!とにかく俺は帰る!」
「ああっ、ちょ、ユウっ!!」
そう言って、ユウ君は店を飛び出してどこかへ行ってしまった。
「あー……まったく。ごめんね、あの子は人が苦手なせいで……」
私とユキオは微笑んで、首を横に振った。
「気にしないで。でも、ナル。あの子もまだ子供なんだし、無理はさせない方がいいわよ?」
「子供、ねえ………」
「?」
「いやいや、気にしないでくれ。ああ、ちなみにあの子はユウ。前に言った、末っ子さ」
「へえ、可愛いのね」
そう言って、私は笑う。するとユキオがはっとして、ナルに問いかけた。
「追わないんですか?」
「んー?大丈夫だよ。あの子は強いから。僕ほどじゃないけどね、その辺の冒険者が百人集まったって片手間でも倒せるさ」
「「………………は?」」
「あははっ、ユキナ、オークの集団を一瞬で追い払った僕の実力を知ってるでしょ?」
「えっ、だ、だからって……」
「大丈夫だよ。ユウは末っ子だけど、かなり鍛えてるしね」
私は十二歳くらいの男の子が冒険者百人を片手間でも倒せるという話に驚愕していたし、ユキオはナルがオークの集団を一発で追い払ったと言った瞬間から石像のように固まってしまっている。
「まあ、今日はどっちにしてもちょっと都合が悪くてね、そうだなあ……じゃあ三日後。三日後の昼にここにいるから、迎えに来てよ。せっかくのご厚意だし、僕も有難く受け取らせてもらうよ」
「よしっ、じゃあ三日後ね。絶対に来てよ?」
「ふふっ、僕は人との約束は破ったことがないので安心して。じゃあね」
ナルは笑顔で私たちに手を振りながら、ユウ君が走っていった方向へと走っていった。
「ね………ねえ、姉さん?あの人、オークの集団を一瞬で追い払ったって言った……?」
「あ、ああ。うん。あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないぞ!?ていうか、あの人何者だよ!?Aランクの魔物を、しかも集団を一瞬で………!」
「あーはいはい、落ち着いてー」
私は興奮気味のユキオをなんとか宥めて、ポーションを買ってから残りの買い物も済ませた。
ちなみに今日の夕飯は野菜たっぷりのスープとパン、そして猪肉の焼肉だ。
帰ってからは、ナルが家に来た時はどんな料理を振る舞うかを考える私だった。
「…………うん、美味い。美味いよこれ!」
「ホントだ、兄さんの言う通りだね」
「良かったぁー。ちょっと不安だったのよね。喜んでもらえて嬉しいわ」
三日後、ナルは約束通りここに来てくれた。妹の一人だと言うシーザーちゃんも一緒に来ている。
前髪で右目が隠れていて、左側の前髪は三つ編みで纏められていて肩まで伸びている。
少し男の子みたいな顔立ちで確かにナルの面影があるし、彼と同じで整った顔立ちをしている。三日前に出会ったユウ君とは性格がほとんど逆で、お人好し……っていうか、人懐っこいらしい。
………兄弟姉妹の中で本当に色んな人がいるんだなと思ったのは私だけではないと思う。
「シーザーちゃん、三日前にユウ君に会ったんだけど、ユウ君って普段はどんな子なの?」
「呼び捨てでいいよ。私はそういうの苦手だし。……そうだなあ、とりあえず……可愛い」
「じゃあ呼び捨てで。可愛い、かぁ。例えばどんな所?」
「うーん、まずは容姿、次に性格、それから面白い反応をしてくれるところかな。私たちといる時は素が出るから余計に可愛くってねー、堪んないよ」
「へえ、いいなあ。ね、ユキオ?」
「そうだな。俺は姉さんと二人暮らしだし、寂しくはないけど決して賑やかじゃないから、なんだか羨ましいよ」
「ははっ、大袈裟だよ。人数はそれなりに多いっちゃあ多いし自分達でも仲がいいことは自覚してんだけど、全員が揃うことって実はあんまり無かったりするんだよね」
「やっぱり、上の子が働いてたり?」
「そうじゃない。みんな自由気ままに暮らしてるからさ、集合をかけたりでもしないと全員は揃わないんだよ。特に、ユウなんかはさ」
「気まぐれなの?」
「まあ、そう、だね。気まぐれと言われればそうだし、自由すぎると言われれば自由すぎる」
「子供なのに放っておいていいの?」
「子供………ねえ……」
「??」
シーザーが三日前のナルと同じ顔でまったく同じことを言ったので、私は首を傾げた。
「あははー、気にしないでよ。とりあえず、美味しかった。私はちょっとお仕事があるので、帰るね。ありがとう……っていうか、ちゃっかりご馳走になっちゃってごめんなさい」
「あら、もう行っちゃうの?」
「うん。私はついでたし、この後エド兄を探さなきゃ」
「あら、残念。また来てね」
「いつでも来いよ」
「うん、じゃあ遠慮なく」
笑顔で片目を瞑りながら言うと、ナルに一言二言告げてから手を振って出ていった。
「なんか、うるさい奴でごめんね」
「いやいや、むしろ賑やかで良かったよ。また今度紹介して?」
「ははっ、そう言ってくれると助かる。前にも言ったけど、全員はさすがに無理だから数人程度をちょこちょこ連れてくることにするよ。それじゃ、僕も行くかな」
「あれ?ゆっくりしていっていいのに」
「あはは、性格だけ見れば僕は暇そうに見えるでしょ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ふふっ、いいよいいよ。家族にはよく言われるんだ。まあ、そういうわけだから、ありがとうね。美味しかった」
「そう。まあ、気に入ってもらえて良かったわ。また来てね」
「俺もいつでも大歓迎だ。姉さんの恩人なら、さ」
ナルは笑顔になり、その太い尻尾を左右に揺らした。
「というわけで、僕はお暇するね」
「ええ、また」
「またな」
ナルはうなずくと、手を振りながら出て行った。私達も笑顔で見送る。
「………なあ、姉さん」
「ん?」
「あの人、不思議な人だよな」
「そうね。私もそう思ったわ。オークの集団を一瞬で追い払う腕を持っておきながらまったく気取った雰囲気がないし、むしろすごく軽い雰囲気がある。なんだか、最初にあった時は気が抜けちゃったわ」
「ははっ、そうだな。俺も、こんなに軽い人が姉さんの恩人なんだなってちょっと驚いた」
そんな風に話し合いながら、私たちは食器などを片付けるのだった。
その後、ナルとは数日単位で会うようになった。この街にしばらく滞在するとかなんとか。
シーザーが全員自由気ままに暮らしてるって言ってたけど、本当に自由なんだなと思った。
ナルは私に宝石のついた首飾りや耳飾りなどを買ってくれる。何故こんなにも優しくしてくれるのかわからないけど、私は嬉しかった。
遠慮したんだけど、ナルは半ば強引とでも言えるくらい私に物を買ってくれる。しかもちゃんと私の好みがわかってるみたいで。
ナルと一緒にいるだけでなんだか安心できるし、なぜか胸がツン、と痛む。そこでなんとなく、私はナルに聞いてみた。
「好きな人っている?」
「んー?いるけど?っていうか、なんでそれ聞くの?」
「え、あ、いや、なんとなく……?」
「へえ、ユキナは?」
「私……は、わからない」
「わかんない?」
「うん」
「………………………そっか」
「っ………?」
何故だろう。今、胸がキュッと締めつけられたような気がする。
こんな気持ちは初めてだ。この気持ちがなんなのか、私にはわからない。
でも、間違いなくこれの原因がナルだということはわかる。
「……って、あれ?」
「どうしたの?」
森の中を二人で散歩していると、ナルが木の上を見上げて呟いた。私も釣られて上を見る。そこには頭巾を被ったユウ君が太い枝に座っていた。
相変わらず頭巾で顔が見えない。
「ゆ、ユウ君っ!?危ないよそんなところで!」
「…………………はあ」
ユウ君はため息をついて私を無視し、ナルを見た。
「ユウ?珍しいね、君が自分から人の前に出てくるなんてさ」
「うるさい。兄さんから招集がかかったんだから呼びに来たんだよ。他の人はもっと人のいる所にいるから、俺は人が少ない場所に出てきたんだよ」
「……そか。ユキナ、ごめんよ。街までは送るからさ」
「あ、シーザーが言っていた呼び出し?」
「だね、そういうことさ。じゃあ、急がなきゃだから転移魔法で送るよ」
「え、あ、うん。……じゃ、気をつけて」
「うん」
その瞬間私の視界が変わって、気がつくと街の外れにいた。
ため息を吐き、私は家路についた。
暗い部屋の円卓の中心で蝋燭の炎がひとつ、揺れていた。
円卓を囲むようにして座るのは聖族のトップ、『聖神』たちである。
そんな中に転移してくる人物が二人いた。
「遅くなってごめんよ」
「いや、問題ない。座れ」
そこに転移してきた二人――クウとアル――は、それぞれの席についた。
ここに集まったのは二十人。全員が肉親で、血の繋がった兄弟姉妹である。
長男のイチが弟妹たちを見渡し、そして告げる。
「さて、今回の用事はだな………また、『暗黒大戦』が始まりそうだ、ということだ」
全員の目が、ふっと細められた。




