84、聖魔力と記憶
「この姿も、久しぶりだなぁ……」
「ほんとっスねー。やっぱりその姿の方が……アルは可愛いっスよっ!ああっ!?」
「やめろ変態」
「ううー、やっぱりアルにそう言われるとショックっスー……」
「じゃあやめろ」
聖族の暮らす世界へと帰ってきたシノン―――アルスレンドの姿は、本来の姿である十二歳くらいの子供になった。
前髪で左目は隠れていて、右側の後れ毛は変わらず少し長い。
「おーかーえーりー……なさーいなのだー!!」
「うわあぁっ!?」
「アルーッ!!」
「来んなこの変態っ!!」
「ああっ、この感じ、久しぶりー!」
「やめろっ、て、言ってんだろうがーっ!!」
『うわぁっ!?』
アルが使ったのは固有能力、『水体化』。アルの体のつくりは水に似ているので、その体を完全な水にして場を移動することが出来る。
そして今は、五人ほどの兄姉の中で水へと姿を変え、地面に潜って彼らの抱擁を回避したのである。
「はあ……はあ…………たかが五十万年帰らなかっただけで過保護すぎだろっ!」
「たかがって、私たちの可愛い可愛いアルがいない五十万年は辛いよっ!!」
「ていうか、五十万年じゃなくて六十万年だっ!」
「細けえよ!大して変わらねえだろ!」
『変わるっ!!』
「っ!?」
アルはまた『水体化』を使い、彼らから離れて状況を見守っていた長男のイチと次男のゼルのもとへ向かう。
地表まで出てくると、アルはすぐに兄たちの背中に隠れた。珍しく、その体を盛大に震わせていた。
そんな弟の様子を見てイチとゼルは苦笑を浮かべながら、弟妹たちに声をかける。
「こらこら、久しぶりだからってそんなに攻め込んでやるな。アルが肉親だというのに怖がってるじゃないか」
「そうだそうだ。悪く言えば弱いものいじめにも見えてしょうがない」
『えーっ!』
「へっ……変態……っ」
先ほどからアルが口にしている『変態』は、兄姉たちの『攻撃』によって生まれた彼の口癖である。
この場にいるメンバーの中で唯一彼が心の底から落ち着ける……と言うか安全な場所はイチとゼルのどちらかの近くで、一人でいると特に『霊の聖者』であるシアに襲われやすい。
だからこの世界にいる時は、極力一人でいないようにしているのだ。
「ふっ………アル、久しぶりだな。またずいぶんと賢くなったんじゃないか?」
「ああやって逃げる方法があった。なんで今まで気づかなかったのかわからない」
「はははっ、まあ仕方ないさ。あいつらまた対策してくるだろうから、気をつけろよ」
「リン姉の雷だけは御免」
「ふむ、雷、か。軽く電気ショックで『水体化』を使えないようにするかもな」
「それを口に出さないでよっ!!」
「え、なになにー?私もまーぜてっ」
間が悪いことに、『雷の聖者』であるリンがアルの隣に来る。
リンはアルと目線を合わせて、瞬時にその体に引っ付いた。
「うぅっ!?」
「へへー、今の会話聞こえてたからね?軽く電気ショックを与えりゃ水体化できないって〜」
「イチ兄っ!!」
「くくくっ………はははっ、悪い悪い。あまりにも久しぶりなのでな、お前の困る顔が見たかっただけだ……くっくっくっ……」
「はあ……兄さん、アルが可哀想だろう……」
あからさまに面白がっているイチは完全にアルを弄っている。アルの味方はゼルだけで、彼に助けを求めるように視線を送った。
そんなアルを見てゼルは苦笑を浮かべ、リンに言う。
「おい、こら。アルが本気で嫌がってるぞ。そろそろやめてやれ」
「っ………はーい……」
渋々と言った感じでリンはアルから離れたが、電気ショックの影響で体がうまく動かなかった。
「うぐっ……リン姉っ!」
「あははー、ご、ごめんねー……」
「………じゃあ、アル、私が回復してあげ――……ああ、もう」
『命の聖者』であるファイがアルの頭に触れようとした時、アルは彼女の腕を弾く。
「………痛い」
「何度言ったらわかるの、姉さん?」
「………しょうがない」
アルは手を差し出す。
ファイは常に眠そうな顔で、今も眠そうだ。頭にある兎の大きな耳がピクピク動き、アルの手に触れた。
「………ふうっ………ん?………あっ」
アルは違和感を覚え、気がついた時には地面に膝をつき、そして倒れ込んでいた。
『アルっ!?』
全員が末っ子の元へ駆け寄り、ファイもまた眠そうな目を見開いて、彼の体を調べ始める。
「………まずい。本格的に聖魔力が足りなくなってる」
「やりすぎちゃったか……」
「まったく、だからやめろと言ったのに……」
さすがに弟が倒れてはふざけていられないのか、全員が真面目な顔でアルを覗き込む。
「神殿に連れていくぞ。とりあえずは少しでも回復させる。それまで、ファイが聖魔力を補充させろ。他の奴らは残りの奴らを呼んでこい」
『了解』
イチは、聖族が使う神殿へ準備をするために先に向かっていった。
アルの息は浅く、顔は青白かった。ゼルがアルを抱え起こし、それぞれが己のやることを果たすために散っていった。
アルのもとに残ったのはゼルとファイの二人。ファイが回復魔法をかけ続けて少しでも長く持たせ、ゼルはアルの介抱とファイが回復魔法をかけている間に神殿へと向かうために構えている。
やがてイチからの連絡が入り、ゼルはアルとファイに触れて神殿へと転移した。
「ゼルっ!」
「ああ!」
ゼルはアルを抱え、イチのもとへ向かった。
高さ百メートルほどの高さの岩の上には平地があり、その中心には直方体型の台座が一つ。その周りには二十個の円形の印があり、中心側の方向にまた台座のようなものが置いてある。
素材は黒曜石や大理石などで出来ており、普通ものよりも何百倍も丈夫である。
ファイがアルに回復魔法を放ちつつゼルが中心の台座にアルを寝かせると、全員が神殿へ集まってきた。
「全員定位置に就け」
『了解』
それぞれが円形の印の上に立ち、目の前の台座に魔力を注いだ。
この場合は聖魔力ではなく、魔法術を使う普通の魔力だ。
これを神殿の中央の台座に向かう過程で聖魔力に変え、台座の上に載っている人の聖魔力を回復させる。
これで全て回復するわけではないが、最低限の量は回復する。
これを使用することで、今回のアルのように死ぬ寸前になった『聖神』の生命力を繋いでいるのである。
ちなみに『聖魔力』が無くなれば聖族は死んでしまうのだが、死ぬ寸前にならないとその兆候は全く見られない。アルがいきなり倒れたように、ギリギリまではこうならないのだ。
彼らが急いでいたのはそれが理由である。
しばらくすると、中央の台座がほのかに光り始めた。
最低限の聖魔力が回復できた証拠である。全員がその場に座り込み、荒い息をした。
「な……なんとか、間に合った……わね……」
「ああ………危なかった……」
魔力を変換するために必要な量は聖魔力の数値を一とするなら魔力は十だ。だから、いくら膨大な魔力を持つ彼らと言えど、最低限の聖魔力を回復するにはそれなりに時間がかかるし、魔力の量も尋常ではない。
魔力が切れたところで彼らは死にはしないが、最低でもかなりの疲労感と脱力感、それから最悪発熱をしたりはする。
彼らの魔力はそれになる寸前までに使われてしまったのだ。
息を切らして、少しの間休憩をする。
やがてイチが立ち上がり、全員の注目を集めた。
「よし、体力が戻った奴から戻れ。アルは俺が部屋に連れて行こう。介抱は交代制だ。喧嘩するなよ」
最後に忠告だけして、イチは気絶しているアルを横抱きにしてその場を立ち去った。
「………またいつもの順番でか?」
「待つっス!いつも最後の僕はアルが目を覚ましちゃって介抱できないっス!順番変えて欲しいっス!」
「ああ、なるほど。そうだな、さすがにそりゃあ不公平か。じゃあ、ここは簡単に順番を逆にして――……」
「まてまてっ、サラアオのやつはいつもアルに構ってんじゃねえか。介抱くらい譲れ」
「何言ってんスか!僕だってアルの寝顔堪能したいっス!」
「ああ!それ私も私もー!」
「ほらほら、喧嘩するなと兄さんが言ってただろうが。今回は順番逆にするぞ。平等に、だ」
「ちえっ……しゃあねえな。はあ……」
「まあ、でも、今回は数日は目を覚まさないんじゃないか?」
「うーん……それでも二周する可能性が……」
「おらおら、いつまでもブツブツ言ってんなよ。行くぞ」
『はーい』
ゼルに促され、その場にいる全員が転移した。
「ああー………アルの寝顔……弄り放題っスね」
呟きながら、アオはアルの頬をつつく。アルは少し嫌そうな顔をしながら小さく呻く。
「んんっ………」
「ふふっ、可愛いっスねー」
だが………。
ペチッ。
「なんで頭だけは触れないんスかっ!!」
なぜか頭を触ろうとする時だけ、アルの手が伸びてきて弾かれるのだ。本能が働いて危険を察知するのか否かはわからないが、とにかく頭だけは本当に誰にも触らせないのだ。
長い付き合いをしてきた兄姉たちでさえ、アルの頭に触れたことはない。
「くそーぅ……なんでなんスか……」
まったく意味がわからないとでも言うように、アオは誰にいうでもなく呟いた。
「アーオー交代だよ〜」
「あ、リン姉。もうそんな時間スか……」
目に見えて残念そうな顔で、アオは渋々部屋を出ていった。そしてこれからゆっくりアルの寝顔を独占できるリンは、ほくほく顔でアルの寝台の脇に置いてある椅子に座るのだった。
「うぅっ………んんっ………ん?」
「おっ。起きたか」
「………エク兄?」
「おう」
目が覚めると見覚えがあるようなないような所にいた。そして隣の椅子にはエク。黒髪黒目を携えた青年で、狼の耳と尻尾を持つ。
童顔であるエクは比較的大人しい性格で、他の兄姉たちとはちがってアルの体を弄ったりはしない。
「………………ここは?」
「お前の部屋だよ。……まだ記憶は完全じゃないのか?」
「……まあ、うん」
「起き上がれるか?」
「ん、大丈夫――……あっ」
「おおっと」
アルが上半身を起こすが、うまく力が入らず再び倒れそうになる。エクは読んでいた本を手放してすぐにアルの体を支えた。
「ああ……ありがとう」
「いいよ。わるいな、まだ無理っぽいか」
「ん。…………腹減った」
「ははっ、わかったよ。なんか持ってきてやる」
エクはアルを寝台に寄り掛からせると、床に落ちた本を拾って机に置き、部屋から出ていった。
エクはどちらかと言えばみんなのツッコミ役の一人で、アルが比較的懐いている人物の一人だ。
常に落ち着いている性格だし、一緒にいれば絡んでくる兄姉――特にシア――からは確実に彼を守ってくれる。
とは言え、今回のように過激になるのはアルが行方不明のまま何年も戻ってこなかった場合だけで、普段ならば特に何もない。
シアからの不意打ちは時々あるのだが。
「アル、粥でいいな?」
「ん、ありがとう」
エクが部屋に戻ってきて、アルに粥の入った椀を手渡す。数分ほど休んでいたからか、粥を食べるくらいは自分でできるくらいには動けるようになっていた。
「そう言えば何日くらい寝てた?」
「そうだな、だいたい十日といったところか」
「十日………ね」
アルは目に見えて落ち込んだような表情になる。
頭にある耳も垂れて、両手で椀を包むように持ってそこへと視線を落とした。
「………『恋人』、見つけたんだって?」
静かに呟くように言われた言葉に、アルはこくりとうなずいた。
「まさかアルが、ねぇ………珍しいこともあるもんだ」
「どういう意味だよ」
「そのまんまさ。他人に興味がなかったはずのお前が、『恋人』とまでなるような人物と付き合うなんて」
「………………………………」
アルは再び手元へと視線を落とした。
この世界と、アルがシノンでいた世界とでは時間の流れが違う。向こうの世界での一日が、こちらの世界では百年に等しいのだ。
カルナとの別れ際にアルが辛い思いをしていたのはそのためである。
聖族という普通の人とは違い寿命がないとはいえど、百年とは長く感じてしまうものなのだ。
特に愛しい人物に会うことが出来ないとなると、アルにとってこれ以上ないほどに辛い百年となるだろう。
寂しそうに俯く弟の肩に、エクの左手が置かれた。
「気落ちするなよ。考えてみれば百年なんてあっという間だよ。気がつけばいつの間にか……なんてのもよくある話さ」
「…………………兄さん、バカにしてる?」
「何のことだ」
「しらばっくれんなよ。俺が記憶をなくして異世界へと飛ばされる度に記憶を消してんのは知ってんだよ」
「……………………」
エクはほとんど真顔のままアルを見据え、しばらくして苦笑を浮かべながら口を開く。
「………ははっ、まさか、アル、こんなに早く気づくとはな……でもな、アル。それは、俺達も同じなんだよ」
「……………は?」
「記憶がないんだから当然、出会った人々や住んでいた場所に愛着が湧くだろう?だから、記憶が消去されるんだよ。全員ね」
「イチ兄もか?」
「ああ。ゼル兄さんもエル姉さんも、リラン兄さんも、みんなそう言ってる。俺たちにもわからない誰かが消してんだろうな」
「…………………………」
「まあ、以前のアルならそれも意味はほとんどなかっただろうけどな」
「うるさい」
アルは短く答えて、そのまま少し冷めた粥を口の中に掻き込んだ。
「まあでも、今回は『恋人』が見つかったわけだし、記憶は消去されないんじゃないか?イチ兄さんは記憶喪失で『恋人』を見つけた時の記憶は残ってるらしいし」
「…………なら、良いんだけどな………」
そう呟いてアルは、寂しさを誤魔化すように笑ったあと、天井をしばらく見つめて涙が零れないようにした。
なんかちょっと急展開っぽくてすみません。




