81、再会と想起
試験最終日。
カルナはその日、シノンを探して廊下を歩いていた。なぜか、彼の魔力反応が感じられないからだ。
彼は自分の魔力放出を、魔力防壁を張って抑えることが出来る。おそらくそうなんじゃないかと思いながら、なぜ魔力放出を抑えたのかが気になって探しているのだ。
それに、今はもう既に夜遅い。なのにシノンは部屋にも戻っていないのだ。なんの断りも入れずにどこかへ行くのはおかしい。
そういうわけで、カルナはとりあえずリアナのもとへと向かっているわけだ。
「団長さん、いますか?」
「およ、どうしたカルナちゃん?あ、入っていいよ」
「失礼します」
扉を開けて中に入ると、リアナは執務机で書類を片付けていた。今日が面接の最終試験日だったので、おそらくその関係だろう。
「うむむ?どうした、もう結果が気になっちゃった?」
「いや、そうじゃないんです」
言って、カルナは部屋を見回す。しかし探している人物はここにはいなかった。
「ん?何か探し物?」
「物じゃないです」
「あ、もしかしてシノン?」
「そうです。知りませんか?」
「あー、ついさっき出かけてくるって言って出ていったけど、聞いてないの?」
「それが……何も言わずにどこかに行っちゃって……」
「……探しに行くの?」
「帰ってくるって言ってました?」
「さあー?帰ってくるかどうかは聞いてないなー」
うーん、と唸りながら、リアナは仰け反った。
「あ、あの、お忙しいようでしたら私、シノンを探しに行きますので、失礼します。ありがとうございました」
「いや、危ないって。カルナちゃんならまあ心配いらないかもだけど、シノンのあの様子を見る限り、結構ヤバそうだったよ?」
「え?」
「なんか、すっごい怖い顔でボクのことを訪ねて、出ていく時も『出かけてくる』の一言だけだったもん」
「………けど、魔力放出を断つくらいだから、居場所を知られたくないのかも……」
「ありゃ、そうなの?あ、まあそれだから探しに来ているわけか」
今度は真剣モードになってリアナは黙り込み、しばらく考えた。
数分間、沈黙が続いた。やがてリアナが、意を決したように顔を上げる。
「カルナ、ボクは君に謝らなきゃいけない。ごめんなさい」
「え?な、なんで、ですか?」
「さっきシノンは、『出かけてくる』の一言だけって言ったけど、実はボクに出かけ先……を聞いた」
「えっ………え?」
「ごめんね。シノンがカルナにだけは伝えるなって言われたんだ。けど、心配するカルナの顔が見たくなくて、ボクはシノンの頼みを無視する。あまりしたくないけど」
「………………………………」
カルナにだけは伝えるな。それだけで、彼は何か重大な用事があるということが分かる。依頼ではないようなので、おそらくシノン個人の私情だろう。
「警利の森に向かったよ。それも、中心部へ」
「……………ええっ!?」
警利の森、中心部。そこは、未だかつてないほどに危険な地域であり、別名『死の森』。今までで警利の森の奥へと向かった者は全員帰還しておらず、内部がどうなっているのかは不明なままである。
魔物はいるのか、いるとしたらどれほどのレベルなのか、いったい中はどのようになっているのか、魔素の濃度はどれほどか、などなど。
魔物に関しては奥へ行けばいくほどレベルが上がっているので、中心部に行けばSS級、それもドラゴンまでいるのではないかと予想されている。
中の様子に関しては、様々な説がある。外側と同じく森――迷宮区――が続いているのではないか、異界に繋がっているのではないか、深い魔素の霧に覆われているのではないか、伝説級の魔道具があるのではないか、などである。
中に入った者が全員いなくなるというのは、魔物に殺されたと言うならばまだわかる。しかし生死不明となっているのは、冒険者が持つ紋章の反応が残っているからである。
とは言っても細かい場所まではわからず、その場所に転移で向かおうとしても魔力障壁のようなものに阻害されて中心部の外側までしか移動が出来ない。
そういった、この世界で一番危険な場所へシノンは向かったと、リアナは言った。
外側ならば自分だって何度か行ったことがある。シノンならば大丈夫なので、特に心配することもないだろうと思っていた。しかしリアナは、シノンは中心部へ向かったと言った。
居ても立ってもいられず、カルナはすぐに部屋から出ようとしたが…………。
「待て、カルナちゃん!」
ドアのノブに手をかける寸前で、カルナはピタリと体の動きを止めた。
「ボクが今回君にこのことを話したのは、シノンが何を考え、何をしようとしているのか探って欲しかったからなんだ」
「………?」
「君にこんなことを頼むのはボクとしてはあまりしたくない。けれど、君にしかできない気がするんだ」
「どういう、ことですか?」
「………シノン、最近寂しそうにしてない?」
「っ!」
そういえば、と、カルナは思いつく。試験開始の前日、最後に口付けを交わしたあの夜、シノンはなぜか、寂しそう笑っていた。
それからは彼の笑顔を見ていない気がする。むしろどこか虚ろな雰囲気で、カルナが話しかけても時々放心状態だったのかハッとすることが多い。
なにか、考え事をすることが多くなった。
カルナはそういう解釈でいた。
でも、今回シノンがいなくなったことで、何かが、そう、何かが違うのだと気づいた。たしかに彼は考え事をしていたと思う。けれど、悩み事だとかそういうのではなく、そう、何か重要な、なにか。
「もしかして、シノン自身に何かある、と?」
「多分ね。お願いだ。早くシノンを追いかけて」
珍しく、リアナは目を潤ませていた。それを見てカルナも表情を引き締め、うなずいた。
「わかりました。私、行ってきます」
「………うん。どうか気をつけて」
カルナはまた一つうなずくとすぐに団長室を飛び出し、警利の森へ走っていった。
月明かりに照らされた深い森の奥に、一人の青年が佇んでいた。
白金の髪に、限りなく透明に近い水色の目。そして大きな狐の耳に、立派な太い尻尾。
つぶらな瞳にどちらかと言えば子供っぽい童顔で、雰囲気は軽い。
森の開けた草原に、その青年は一人で立っていた。
しかし魔物は一切襲って来ず、むしろ避けてその場を通ろうとする。青年は夜風に当たりながら、ある人物を待っていた。
「まさか………ボクが外すなんて……ね」
誰に言うでもなく、青年は呟いた。
晴れ渡った夜空を見上げ、そして満月を覗き込む。
「今日は、アル……久しぶりに会えるっスよ」
しばらくして、茂みの中から一人の少年が姿を現す。その様子を見て、草原に立っている青年は微笑んだ。
「………やあ、久しぶりっスね」
「そうだな。十五年……いや、そっちの感覚で言えばだいたい五十万年か?」
「ははっ、それくらいっスね。………で、いいんスか?」
「なにが」
「目、赤く腫れてるっスよ」
「……………………」
青年の言葉に、無言で返す少年。しかしその顔は、もう覚悟の上だと告げている。
「前例があるっスからね。どうせ、黙ってきたんスよね」
「…………まあ、な」
「まあ、その様子からして、大事な人と出会ったんスよね、アル……いや、今は、シノン、だったっスね」
シノンと呼ばれた少年が、目から零れた涙を拭かないまま、正面から青年を見据えた。
「いた………!」
誰にも聞こえないような小声で、カルナは目の前の人物の背中に向かってそう言った。
シノンに気づかれないよう、自分の魔力放出と気配を極力抑えて、彼が森に入ったところを追っていった。
不思議だった。なぜか、魔物が一体も襲ってこないのだ。むしろ奥に進めば進むほど、魔物や魔獣の気配すら薄くなっていく。
都合が良いので助かったが、こうも何もないと、なんだか不安になってくる。
シノンは気づいていない………ようだが、迷わずに森の中へ中へとどんどん進んでいく。
………数時間ほど進んだだろうか。シノンはやがて、木々が開けた場所に出た。
その中心にいる青年と、何やら話をしている。しばらくするとシノンが前進して、彼らの距離が十メートルほどになった。
カルナは近くに寄って茂みに隠れつつ耳を澄ますと、彼らの会話が聞こえてきた。
「………なんで、黙ってきたんスか」
「関係ないだろ」
「大有りっスよ」
「うるさい。一日留守にすると言ってきた」
「………それでも自分の想い人には直接断ったほうがいいっスよ」
「ちっ……だから、それじゃ駄目な理由があるんだよ」
「それはなんスか?」
「言うかよ」
「…………そうっスか。シノン、今まで僕と戦って何回勝てたっスか?」
「……………………………」
シノンが黙り込み、目の前にいる青年はなお真面目な顔で、シノンを見据えた。
「強引に吐かせようってか」
「そうっスね。思い出したなら、しっかりと話すべきだと思うっスよ。君が認めた相手なら、尚更………」
青年はどこからか大鎌を取り出し、構えた。
カルナはハッとしたが、彼から殺気を感じないので大人しく見守ることにした。
あの大鎌から、カルナは膨大な魔力を感じた。おそらくシノンの持っている魔剣と同じ―――そう、魔鎌と呼ばれる類のものだろう。
黒い刃と柄、そして透明の筋が刃に入っている。そしてただ青年がそれを持っているだけなのに、辺りの気温がすっと下がった。
ヒンヤリとした冷気が、その鎌から溢れているのだ。
「来るっス。白刃と黒刃、どこまで使いこなせるようになっているか試してやるっスよ」
「……………………」
カルナは心臓を大きく音を鳴らしながら、成り行きを見守っていた。
シノンの目の前にいる人物は、かなり強い。しかも、自分なんて足下にも及ばないほどに強いはずのシノンよりも、だ。
そういった雰囲気を、彼は持っている。
不意に、青年がこちらを睨みつけてきた。カルナは、はっと息を飲んだ。そのせいか、青年はこちらにカルナがいることを察したようで、腰に差してあった短刀をこちらに投擲してきた。
そのスピードはすさまじく、カルナが反応する隙も与えない内に的確に急所を突き、命を落とすだろう。普通なら、だが。
青年が短刀を投擲すると、シノンが黒刃を取り出してその短刀を弾いた。そこまで、ほぼ一瞬の出来事だった。
弾かれた短刀は地面に突き刺さり、カルナはその時始めて、青年に短刀を投げられたことに気づいた。まったく殺気を感じていなかったために、反応ができなかったのだ。
呆然としていると、シノンの低い声が聞こえてくる。
「…………何のつもりだよ」
「何のって。僕らの会話を盗み聞きしてる奴っスよ?放っておけないっス。シノンこそどうしたんスか、人間なんか守って」
「ちっ……いい加減に………しろよっ!」
「っ!?」
シノンは、白刃も取り出して一瞬で青年との間合いを詰め、大鎌と双剣を交じりあわせた。
キンッ!という金属音を辺りに響かせて、二人は激しくぶつかり合った。
その圧倒的なスピードにカルナも目で追うのもできずに、ただ呆然と彼らの戦いを見ていた。
「やっと、やる気に、なったっスね!」
「わざとかよ!」
「っと!?」
彼らの動きが止まった。とは言っても、シノンが双剣を大鎌の柄に押し付けて互いに力比べとなっている形だ。
青年の方は少し仰け反っている状態なので、どちらかと言えばシノンの方が優勢だろう。
「うほー、十五年間で、こんなにも強くなってたんスね。ちょっと油断できないっス」
「そうか。なら早く決着をつけたいんだが」
「あはっ、そんな簡単には終わらせてやらいっスよっ!」
「っ!?」
シノンは力比べをやめ、青年から距離を取った。
「おっと、なーんだ、つまんないっスねー」
その時、カルナはビクリと体を揺らした。なぜなら、森の中の気温が急激に下がり始めたからだ。
「ま、さすがに寒さは克服できてないっスよね?」
ニヤリと悪戯小僧のように笑うと、青年は大鎌へと、更に魔力をつぎ込んでいく。体感温度が真冬よりも寒くなったかと思うと、シノンが舌打ちをして双剣をしまった。
カルナは少し驚いて、震える体を硬直させた。
「やめろ、わかった。俺の負けだよ、兄さん」
「ふふ、やっと、そう呼んでくれたっスね」
「はっ。変態」
「あははー、僕は言われ慣れてるっスからー」
「嘘が丸見えだ。早く戻せ。俺も寒いし、何よりあいつが体を震わせてる」
「それもそうっスね」
青年が大鎌をしまうと、初夏の生暖かい風が戻ってきて、周囲の温度も上がり始めた。
ふと気がつくと、シノンがカルナに手招きをしていたので、彼女は立ち上がり、シノンの元へと駆け寄った。




