80、試験と入団
書き終わったんで本日二作目。デス。
試験の前日になると、私は不安を感じるというよりもわくわくしていた。
やっと入団試験が受けられる、という喜びと、再びシノンとパーティが組めるという喜びがあったからだ。
そして更に、この三日間、私たちは毎晩口付けを交わすようになった。シノンの方から攻めて来たので、あの夜の次の日は少し驚いたけど。
なんでか、シノンの方もすごく積極的になってきている気がする。私があの日積極的になったのは、しばらくシノンとパーティが組めなくてストレスが溜まっていたからだ。
口付けにはストレスの解消効果があるし、何よりも私がシノン不足だったのもある。
けれどその後にシノンが積極的になったということは、彼もまた何かあったのだろうか?
私はそう思ったけど、すぐに首を左右に振った。そんなことは関係ない。むしろ私は大歓迎だ。そう思ったからだ。
そして試験前日の夜も、シノンは私を寝台へと押し付けてきた。
「わっぷ!?」
「しっ。隣に聞こえるだろうが」
「あっ、ごめん」
珍しくこんなにも強引になるなんて。でもちょっと嬉しい。
すぐ目の前にある彼の顔は、とても大人とは言い難い幼さの残る男の子の顔――いわゆる童顔である。
そしてその深い青色の目が、何か迷うように揺らいでいる。
そう。こうして彼が自ら口付けを求めるようになってから、シノンには昼間にかなりのストレスが溜まるようになっていたようなのだ。
それに気づいたのは、つい昨日のこと。
団長さんに最近のシノンについての話を聞かされた時、彼のこの行動に私は一人納得していた。
『相変わらずナルクス伯爵がうるさくてねぇー。今日なんかは使者を送ってきてさー。いないって言ってやってるのに……』
このギルドに来たその日、シノンはレラン王国の貴族であるナルクス伯爵に呼び出しを受けていた。
貴族を心の底から嫌っているシノンは、自分から貴族に関わろうとしない。故に、屋敷に直接呼び出されても、団長さんに頼んでここにはいないと言ってもらうしかなかった。
「………いいか?」
「もちろん」
私は目を瞑り、シノンを待つ。やがてシノンも私の唇にその柔らかい唇を重ねた。そして私はその細い首に両腕を回し、頭を抑えてしがみついた。
「むぐぅっ………!?」
強く抱き締めたせいか、シノンが少しだけ苦しげな声を出した。しかし互いに抵抗することなく、何度も唇を重ね合わせ……しばらくは、その夢見心地を楽しんでいた。
「ん…………っ」
喉の奥からそんな声が漏れる。甘くて、少しだけ苦くて、優しくて、柔らかい。ただその感触と味だけを楽しみ、他のことなど忘れられる。
ただ今は、唇に感じるそれを、彼を、受け入れる。そして私は更に貪っていた。
口が離れても、私の顔の熱は冷めなかった。シノンの顔は赤くなるどころか表情からして平常心のようで、なんでそんなに平気なのかと疑問になる。
「はあ………ちょっと疲れた」
「そ、そう、ダネ……」
………近い。
彼の顔が至近距離にあって、それでもまだ触れない。顔が熱くて、思わず視線を落としてしまった。けれど、シノンは私の肩や首に両手を回して半身を起こさせた。
「えっ!?ちょっ……ふぐっ………!?」
シノンの貪るような口付けが、更に続けられた。なぜ、こんなにもシノンは寂しそうな表情なのだろうか。と、不意にそう思った。
最初の口付けの時とは少し、違う。母親に貰った玩具を手放したくない子供のように、ただ欲望の赴くままに、彼は唇を重ねている。
そんな気がした。
「ああ…………ごめん」
「ふふっ、いいよ。ストレス溜まってるんでしょ?」
「………まあ、うん」
そう言って、シノンはなぜか寂しそうに笑った。
試験、当日。シノンは私達の戦闘試験を見ていてくれるそうなので私の士気は限界を超えており、やる気満々であった。
武器はギルドで用意された長剣。本物だ。
仮にも戦う相手はギルドサニーズのS級団員なので、問題はないとか。それに打撃系でなければ即死は不可能なので、怪我をすれば回復魔法師が上から急いで魔法を放つので死亡の可能性はない、とのこと。
故に私もアルファも思いっきり戦えるわけだ。
アルファや他の受験者三人とともに堂々と試験会場に入って行き、目の前にいるS級団員と対峙する。
相手も長剣を携えており、空中に映っている画面――『空中投影』を見て私たちの名をそれぞれ呼んだ。
『よろしくお願いします』
全員で言い、頭を下げる。
S級団員の男性は満足そうにうなずき、『空中投影』の表示を消した。
「さて、連携はともかく、とりあえず普段通りでいい。かかっておいで」
「カールナー!頑張れー!!」
誰かと思えば、アサか。そう言えば昨日来るって言ってたっけ。
アサは、私がギルドに始めてきた時に知り合った友人で、今回もここに来てから何度か話をしている。
ちなみにシノンがいるのは魔力反応で確認済みだ。今探さなくても、終わってから見つければいい。とにかく今は、目の前の相手と戦うんだ。
「では、始めっ!」
審判の声がかかり、全員が一斉に飛び出した。S級団員で毎年試験監督をやっているというだけあり、対人戦には慣れているのか構えに隙がない。
五人の剣が一気に降り掛かるが全く気にせず、うまく捌いて向かって右側へと飛ぶ。そして私とは反対側にいる二人の頭をポンッと叩いて、彼らは戦闘試験は不合格となった。
やはり今の動きを見ただけでもどの程度の実力なのかくらいわかるのはさすが経験が豊富なS級団員と言ったところか。
その後も三人で攻めているが、さすがに私とアルファがいては少々キツイらしく、時々物理障壁を張っていた。
そのまましばらく打ち合いが続いた時、私たちはそれぞれ距離を取る。
「さーてと、少し待ってくれると嬉しいかな」
あ、まさか、一度だけ強力な魔法を使うってやつか。そう思った私は、後ろに飛んで更に距離を取った。
アルファともう一人の受験者が頭に疑問符を浮かべてるけど、気にしないことにした。
「土と風の精霊よ、我が命により力を分け与え給え。汝の力は精なる力、我の魔力を糧にしこの地に砂塵の嵐を起こし給ふ、『砂嵐』」
詠唱の途中、私たちの輪の中心に砂嵐が起こり始めた。それは段々と大きくなり、やがて私達を包んだ。
私が咄嗟に防壁を張って吹き飛ばされないように踏ん張るので精一杯な程に強い嵐が。
「くっ……!?」
なんとか踏ん張り、しばらくするとそれはピタリと止んで、アルファたちは目の中に砂が入ったのか一生懸命擦っている。
「やめっ!」
「ふぅー。つっかれたー。あ、君たち戦闘試験は合格だと思うよ。いやー素晴らしかった。ありがとう」
満足そうな笑顔でS級団員の男性は言った。
「あ、俺はクルト。知ってると思うけどS級団員だ。よろしくねっ」
片目を閉じながらそう言ってくるクルト。………特に、私に向かって。
ぞわり、と背中を冷や汗が伝っていくような気がした。なぜなら、目の前にいるあの軽い感じのクルトが、意外にも冷や汗をかいているからだ。
私にアピールをしたことにより、おそらくシノンからの殺気が飛んでいるに違いない。
『あ、ありがとうございました』
「うんうん、お疲れー、じゃあ二日後の筆記試験、頑張ってねー」
なお笑顔のままクルトは私達に手を振って見送ってくれた。
「うわー、くそっ。まだ目の中に砂が………」
昼食を摂っていると、未だ目の中から取れない砂に苛立っているアルファ。しかし私にはどうしようもなく、顔でも洗ってきたら?と声をかけた。が………。
「必要ない」
唐突に後ろから声をかけられ、その人物は私の隣に座る。見なくてもわかる。シノンだ。
「じっとしてろよ。絶、対、動くな」
「え、お、おう」
シノンはうなずくと、片手をアルファへと向ける。
「水よ………」
「おお………」
アルファの目から水の玉が出てきて、その中を小さな塵のようなものが漂っている。おそらくこれが砂だろう。
「………すごい。さすがは魔術師といったところか」
周りに聞こえないように小声でアルファが言った。シノンは魔力を霧散させて水とともに砂も一緒に消してしまうと、持ってきた昼食を摂り始めた。
その様子に微笑みながら、私も昼食に手をつけた。
ゆうきとフィアは今、ちょうど試験の最中だ。見ていなくても結果は確実なので、先に昼食を摂らせてもらっている。
「ところで、シノン。筆記試験まであと二日って聞いたが、それまでは何をしていればいい?」
「普通に勉強していればいい。それだけ」
「そうか、なるほど。ありがとう」
昼食を食べ終わって休憩していると、ゆうきとフィアが帰ってきた。
「あ、おかえり。どうだった?」
「はい、無事に終了しました」
「最後のあの魔法以外は何とかなったわ」
「ああ、やっぱりな。強い魔法を使われるのか………」
「おい、お前」
私達が視線を向けたのは、フィアたちの反対側だった。そこには十二、三歳くらいの男の子が立っていた。冒険者風の格好で腰には長剣と短剣を携えている。
しかしその立ち振る舞いは堂々としていて、まるで場馴れしているようだ。
赤い髪に赤い目、偉そうな態度で両手を越しに当てて仁王立ちして、フィアの方を見据えていた。
「何よ、あんた?」
「ちょっと、いいか?」
「嫌よ。私はこれからご飯を食べるんだから」
「お前、この私に向かってそんな口の聞き方で良いと思っているのか?」
「は?なんで私と同じくらいの歳にしか見えないあんたにこれ以外の話し方をしなきゃいけないのよ」
「くどいぞ。とにかく来い。これは命令である」
「誰が、どこの誰とも知らないあんたの命令なんか聞かなくちゃならないのよ。どっか行ってちょうだい」
「貴様っ!この私をバカにしてるのかっ!」
「バカにするも何も、名乗りもしないで尚且つ何の用事があるのかもわからないのに、いくら同じくらいの歳の子でも異性について行けるわけないでしょ?しかも、あからさまに偉そうな態度の奴に」
「くそっ、私はナルクス伯爵家が次男、アルフレッド=フォン=ナルクスだぞっ!?」
少年がそういった瞬間、ガタッ!という音が、食堂へと盛大に響いた。それと同時に、私達に注目が集まる。騒がしかった食堂は潮が引いたようにしん、と静かになった。
そして大きな音をあげて椅子から立ち上がったのは、私の隣で気にせず茶を飲んでいたはずのシノンだった。
「話しかけられて断っているアリュスフィアはともかく、執拗に誘おうとしているのもどうかと思うぞ。その硬い頭をどっかで解してこい。煩わしくてしょうがない」
吐き捨てるように言うと、シノンは盆を持って食器を片付けに行ってしまった。
「……………なっ、なんだあいつはッ!?この私に向かって………っ!」
シノンが倒した椅子を立て直すと、私も食器を持ってその場から離れた。あと、ゆうきたち三人も連れて。
後ろで騒いでいるナルクス伯爵家の次男を放って、私達もシノンの元へと向かっていった。
「まったく、なによ。結局食事ができなかったじゃない」
「まあまあ。部屋に持ってきてくれたんだし、良かったんじゃない?」
アルファが使っている部屋に、私たちは集まっていた。シノンは討伐依頼があるらしくて今はここにいない。
私たちはとりあえず二日間はフリーなので、筆記試験に向けて勉強をするつもりである。
あのナルクス伯爵家の次男と言っていたアルフレッドとかいう男の子は、どうやら私たちと同じ受験者だったみたいだ。
シノンも気づいていたらしくて、不合格対象だな、と呟いていた。
まあ、レラン王国のギルドは貴族平民問わず態度を徹底されるから、失礼な奴はみんな容赦なく切り捨てられるってわけだね。良いざまだ。
「で、カルナ。試験の範囲について確認したいんだが、わかるか?」
「ああ、いつかシノンに教えてもらった気がする。けど、別に点数はそれほど取らなくてもいいらしいよ。あくまで冒険者だし、これは役職を決める上での参考だから……」
「ああ、なるほど。言われてみればそうだよな」
「とはいっても、本命は戦闘試験と面接試験。筆記試験があるのは、まあ役職を決める上での参考っていうのもあるけど、それはあくまで表向きで、裏では、フェイクなんだっていう理由があったらしい」
「フェイク?」
アルファだけでなく、ゆうきとフィアも興味を持ったのか私を見た。
「うん。細かいことはさすがに教えてはくれなかったけど、まあ、そうらしいよ」
「フェイク、ねぇ……」
「本命が戦闘試験と面接試験なら………それがバレないように、とかですかね?」
「それじゃ普通すぎるでしょ」
みんなでうんうん唸りながら考えてるけど、今考えても仕方ないだろうに………。
「ほらほら、考えても仕方ないんだから、さっさと食べて、勉強しよ?」
「そうだな、うん。よし、俺達は先にやっとくか。ちなみに範囲は?」
「ああ、そうだったね。基本的には魔法術学や冒険者としてやっていく上で気をつけなければならないことや魔物や魔獣について、あとは数学とか医術学なんかがちょこっと、だったかな」
「随分と広いな………」
「そりゃあそうだよ。文字はかけなければ別室で代筆役がいるけど、まあこの国にはあまりいないよね」
そんな他愛ない話をしながら、私たちは黙々と準備を進めるのだった。




