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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第7章、過去
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78、日常と依頼

「じゃ、シノンとカルナの部屋の両脇が空いてるから、アルファ君たち使っていいよー」

「「ありがとうございます」」

「……………ありがとうございます」


 アルファの答えはぎこちないものになった。コペル王国で見た姉のリアスとは随分と印象が違うからだ。

 リアスは比較的声が低いことがあるが、リアナに至っては子供のように高い声を出しているからである。


 シノンとカルナが使っている部屋とその周辺は主にS級の団員が使うはずの部屋だったのだが、アルファはすでにS級だしシノンの信頼も置いているので、良いと考えたためだろう。


 だがここに始めて来たどころかサニーズの内情など知らないアルファたちが、これから自分たちはS級団員の部屋を使おうとしているなどということに気づくはずもない。


「俺はまだ団長と話があるから、先に行ってていいよ」

「あ、うん。わかった」


 真顔で言ったシノンの、暗に出て行けという言葉を理解したカルナが、アルファたち三人を連れて団長室から出、自分達の部屋へと向かっていった。





 ―――――――――――――――――――――――





 その頃コペル王国の王都ラゼルのとある屋敷では、諍いが起こっていた。


「何をやっておるのだあやつらはっ!」


 手に持っていたグラスが床に投げつけられ、ガラスが割れる音とともに中身のワインを盛大に周囲へばらまいた。

 使用人たちが慌てて処分するが、グラスを投げつけた男の怒りは一向に治まらなかった。


「旦那様、どうか落ち着き下さ――……」

「これが落ち着いていられるかッ!あやつらが向かったのは超天才魔術師《アルマン》であるシタルのもとだぞっ!?奥歯に毒を仕込ませたとはいえ、あやつならば気づかないはずもないわ!また妙な魔術で私のことがバレたらどうしてくれるっ!」


 顔を真っ赤にさせて、傲慢な貴族は叫びつづける。執事の男はもうどうしたら良いのかわからず、主人の愚痴を聞き続けるのだった。


「くそっ、こうなったら強引にでも捕まえて、私の手玉に――……」

『強引でなくとも、良い方法があるぞ』

「ん?なんだ貴様、その私に対する口の聞き方は!」


 そう叫ぶも、目の前の執事の男は微動だにしなかった。レーデントは気づいていなかったが、床のワインを片付けていた何人かのメイドの動きも完全に止まっていた。


「おいっ!なんか言わんかっ!」

『はっ、無駄だよ。なにせ話しかけたのはワタシだからな』

「!?だっ、誰だ!」


 レーデントが気がつくと、目の前には黒い何かがいた。何か、というのは、ソレは姿がはっきり見えない霧のようなものだからである。


『ふっ……理不尽に部下へと愚痴を叫ぶのも良くないぞ、人よ』

「ん?お前は誰だ?いったい私に何の用だ?」

『簡単なことよ。良い方法があるぞと言いに来たのだ』

「いったいどういうことだ?サニーズの団員を簡単に手に入れられるということか?」

『そういうことだ。どうする?』

「………良いだろう。だが、タダというわけでもないのだろう?」

『ほう、そこは流石と言うべきか。では、報酬として貴様の『精神』を頂こうか』

「私の……精神だと……?」

『うむ、ワタシの存在を知ったからには、貴様が了承しないようならここで消えてもらう』

「な、なんだと?」


 意外な言葉に、レーデントも呆然と聞き返す。死ぬか、精神を差し出すか。貴族にとって、死ぬという選択肢はない。かと言って精神を差し出すという選択をしたとしても、いったい自分がどうるのかなどわかったものではない。


『なに、簡単なことよ。貴様は大人しくしておれば良い。さて、それを知った上でどうする?』


 レーデントはしばらく考え込んだ。精神を差し出したらどうなるのか、ということを。

 精神とは即ち自分という存在を作り上げる人の心であり、それがあるからこそ人として生きている。


 それを差し出すとなると、自分が自分でいられなくなり、最終的には死ぬのと同じになるのではないか。そんな懸念があったのだ。


『迷っているようだな。安心しろ。ワタシが精神を食っても、少しずつ、削っていくことになる。貴様もしばらくは自我を保っていられるだろう。それに、ワタシが精神を食ったとしてもゆっくりとだが回復するしな』

「そう、か……………よし、良いだろう。乗ってやる。して、その方法とは?」

『くっくっく………うまいこと乗りおって』

「………?」


 レーデントが困惑の表情を浮かべると、黒い霧の何かはレーデントを包み、次の瞬間にはそれは消えていた。








『………まあ、約束は守るがな』




 ―――――――――――――――――――――――




 朝の光を浴びながら、シノンは部屋の机に載った書類を見て頭を抑えた。


「ああー………これ、本当に嫌いんだよなあ……」


 彼が目を通していたのは、入団希望者に関する書類だった。今回の受験者はカルナたちを合わせて百と八人。

 それをシノン一人で一枚一枚見ていかなくてはならないのだ。


 リアナはニスとともに街へ出張、他のS級団員は試験監督をするためギルドの見回りだし、戦闘試験と面接試験の担当をするために任せるのは少し気が引けるらしい。


 だから、今のところ非番であるシノンが見ることになった。


 数年前にシノンが試験監督を一人でやった時も、理不尽にもこの書類に関する仕事を任されてそれ以来すっかり苦手意識を持ってしまったのだ。


 だが今回はリアナの言っていることも頷けるため渋々、そう、本当に渋々引き受けたのだった。


「まあ、嘆いたって仕方がない、か」


 呟き、シノンは百を超える書類に目を通すのだった。





「やあ!」

「うっ!?」


 鈍い音を立てながら、カルナの木剣がアルファの持つ木剣を切り裂いた。だがカルナの持つ木剣には少し罅が入った程度で特に被害はなく、このまま振り下ろせば確実にアルファの顔面に直撃する。


 ビュッ!という鋭い音を立ててアルファのすぐ目の前で木剣が止まる。

 折れた木剣を持ったまま、アルファは降参とばかりに両手を挙げて首を左右に振った。


「参ったよ。いや、本当に勝てないな。シノンがカルナはS級の実力があるって言ってたけど、SS級くらいはあるんじゃないか?」

「いやいや、さすがにそれはないよ。たぶん、まだギリギリS級だと思う」


 アルファはさらりと否定してみせるカルナに苦笑しながら、折れた先の木剣を拾い上げる。


「あちゃー、すごいな。切断面が比較的綺麗だな」

「シノンに教わったからねー。まあ、シノンならたぶんもっと綺麗なんじゃないかな?」

「え、そうなのか?見たことないからどうとも言えないんだが」


 これよりも綺麗に、しかも木剣で出来るのだろうかと疑うアルファだが、あのシノンの強さと剣の舞いとも言える動きを見れば納得出来るところがある気がしたのか、一人うなずいていた。


 ゆうきとアリュスフィアはこことは少し離れた場所で、カルナとアルファのように模擬戦をしている。とは言っても、ゆうきにアリュスフィアが剣の扱い方を教えているのだが。


 ハイヒューマンの血を引いているだけあって戦闘に関する知識欲や飲み込みといったものが非常に高く、アリュスフィアとしても教えやすい相手だった。


 もともと聡い性格なのもあり、説明が苦手なアリュスフィアでもゆうきならばしっかりと理解していた。


「さて、休憩しようか。そろそろ昼だろう」

「………あっ、本当だ」


 気がつけば数時間経っていたらしい。ギルドの昼を知らせる鐘が鳴り、訓練場の人数は急激に減り始めていた。


「シノンも誘って食堂に行こうぜ。あ、でも今行っても席が空いてないか。もう少ししたら行くか?」

「そうだね。三十分くらいは休憩して、それから食堂に行こう。ゆうき、フィア!」


 二人の少女の動きが止まり、カルナへと視線が向いた。


「休憩しよう。もうお昼だけど、食堂は空いてないだろうから三十分くらい休憩してから行こう!」

「「はーい!」」


 ゆうきとアリュスフィアがカルナとアルファのもとへと集まってきて、部屋へと向かった。





 カルナが扉を開くと、向かって左側にある机へと視線が動いた。そこには、疲れた様子で机の上に突っ伏しているシノンがいたからだ。


「ちょっとシノンー、大丈夫?」

「ん………あ……?」

「ちょ、ちょっと、寝てたの?」

「いや、起きてたけど?」


 そうは言うものの少し寝ぼけたような様子のシノン。部屋に近づいていた足音が知っている者たちのものだったため、警戒せずにうつらうつらしていたのだ。


 眠そうな顔で伸びをしながら小さく欠伸をするシノン。その様子を見てカルナは微笑んだ。


 書類の確認が終わり一段落したところで、シノンは疲れた目を休めていたところなのだった。


「一気に見るからそうなるんだよ。ほら、お昼だから、休憩したらご飯食べに行くよ」


 言いながらカルナは寝台に歩いていき、シノンの目(・)の(・)前(・)で(・)着替えを始めた。


 ビクリとシノンの体が震え、ゆっくりと机に顔を伏せる。しかしカルナは全く気にした様子はなく、黙々と服を脱いで体の手入れをしてから、再び軽装の服を着た。


 シノンが再び机で寝ているのかと勘違いしたカルナはため息を吐き、彼の体を揺すった。


「おーい、起きてー」

「…………服」

「は?」

「………………服、着てるか?」

「着てるよ。ていうか、別に私はシノンなら見られたって平気だけど」


 シノンはまた、ビクリと体を震わせた。


「………………………………」


 冷や汗をかきながら、シノンはカルナの顔を見る。しかしカルナはそんな彼の様子に首を傾げるのみで、その後はすぐに切り替えて笑顔を見せた。


「ほら、顔洗っておいで。目がまだ覚めてないって顔してる」

「………ああ」


 シノンは椅子から立ち上がると、机に置いてあった入団希望者の書類を収納魔法で仕舞い、洗面へと向かっていった。





 昼食を摂ったあとはがらんとした酒場で食後の休憩をしつつ、カルナ達はシノンの脇で今後の予定を話し合っていた。


「さて、この後どうするんだ?迷宮区《ダンジョン》にでも潜るか?」

「あー、なら依頼に行く?出来るだけ近くのところ、とか」

「常時依頼のゴブリン退治とかオーク退治とかはやめてよね」

「まあ、女子が三人もいればゴブリンやオークはないですよね」

「となると、やっぱり常時依頼ではないもの、か。まあ詳細は掲示板を見ながら決めようか」


 後ろから足音が聞こえてきて、シノンとカルナがほぼ同時に偽装の腕輪を発動させた。

 そして、その足音がシノンのすぐ脇で止まると………。


「おうおう、随分と若い集団だなぁ」

「へっ、まだ十歳のガキまでいるパーティかよ。まさか、今回の入団試験を受けるんじゃねーだろうなー?」

「そうだが、何か文句あるのか?」

「はっ、文句ありありだよ。ここは世界一のギルドだぜ?そこにお前らみたいなガキが入れるわけないだろ」


 笑いを含めた言い方でアルファに言う男は二人、二十代くらいの冒険者だった。片方は剣、もう片方は槍を携えた男だ。

 アルファは、どうする?という視線をシノンに送るが、彼はのんびりと紅茶を飲み、ため息を吐く。


「ああん?なんだよ、おら、ちと顔見せ、ろっ!」


 男のうちの一人がシノンの頭巾を乱暴に外すと、アルファと同じ濃藍色の髪を持った子供っぽさの残る顔立ちの青年がいた。


「はははっ、やっぱまだガキじゃねーか!」

「ついでにそっちの奴の顔も拝むとしようか」


 もう一人の男が今度はカルナの方へと歩いていき、また乱暴に頭巾を外した。そこには明るい空色の髪を持つ少女がおり、男達はその美しさに一瞬呆然とするのだった。


「……ほう、ガキなのは変わらんが、結構可愛いじゃねーか」

「どうだ?こんな奴らより俺らと組もうぜ?」

「断る」

「いやいや、楽しいぜ?俺らのパーティにゃアンタみたいな美人はいねーからよぉ」


 アルファが、シノンはなぜ手出しをしないのかという視線を送ってくるが、彼は首を横に振るだけだった。現在は試験期間中であり、試験監督となっているシノンは自分が絡まれようと冒険者には基本不干渉なのである。

 だから、こういった諍いは黙って見守るしかないのだ。


 だがさすがに互いが武器を抜いたり殺人の騒ぎになったりすれば喧嘩両成敗ということでギルドから追い出され、その年は試験を受けられない。


「俺達はこれでもC級だぜ?それなりに街じゃ有名でさ、お嬢ちゃんみたいな子が入ってくれりゃもっと有名になれんだよ」

「こんな若い集団じゃ碌に稼いでないだろ。俺たちんとこに来いよ。それなりの稼ぎを約束するぜ?」

「……………………………」


 すでにカルナは無視をすることに専念し始めた。すると、アリュスフィアが立ち上がって男達の目の前に仁王立ちし始める。


「……………………………」

「……なんだよ、俺達はいまこいつと話してんだが」

「ふんっ。私たちが話し合いをしている真っ最中に絡んできたくせに、人のこと、言えないんじゃないの?」

「はん、知るかよ。お前らは俺らの後(・)輩(・)になるんだから、別に良いだろうが」

「嫌よそんなの。変態の後輩なんて御免だわ。どうせなら、シノンお兄ちゃんの後輩がベストよ」

「あん?シノン?」

「知らないんですか?すごく有名ですよ?あ、もしかするとこの様子をどこかで見てるかも知れませんね」


 珍しくゆうきも苛立っているらしく、アリュスフィアの隣に立って男達を睨んでいた。


「なんだよ、お前ら。俺達に刃向かってただで済むと思ってんのかぁ!?」


 さすがに子供二人に言われて腹が立ったのか、男が槍の刃を鞘から抜きその辺に放った。もう一人の男も同じように剣を鞘から抜いて、ゆうきとアリュスフィアと対峙した。


 だが…………。


「………不合格対象。見事な見本だ」

「なっ……!?」

「なん、だと……?」


 頭巾を被り、一瞬、ほんの一瞬で移動したシノンの持つ短剣が男達の首筋にピタリとくっつけられていた。

 悪戯が成功したようなゆうきとアリュスフィアの笑顔。それを見ても、男達はただ混乱するだけだった。


「ここで武器を抜いてはいけないって決まりだったわよね?」

「そ、それはっ!はっ!なら、こ、こいつだって……!」

「馬鹿なんですか?さっき言ったじゃないですか。シノンさんが、どこかでこの様子を見ているかも知れませんね……って」

「ま、さか………」

「そのまさかだよ」


 アルファの言葉最後に、男達は気を失った。シノンが男達の首筋に手刀を振り下ろしたからだ。

 身長は男達の方がシノンより頭一個半分ほど高かったのだが、跳び上がって殴れば問題はなかった。


 頭巾を被る前までは『視線逸脱《ガイズアポーキシ》』で他の人たちの視線を逸らしていたため、シノンが団員であることはバレていない。

 カルナが外された頭巾を被り直すと、シノンは他の冒険者を見回した。


 が、すぐに興味がなくなったのか鼻を鳴らして男達の襟を掴んだ。


「こいつら外に出してくるから、お前らはすぐに依頼に行きな」

「ああ、わかった。ありがとう」

「団員としての仕事なんだから礼はいらない」


 相変わらずの素っ気ない声で言い、シノンはそのまま男達を引きずって食堂から出て行った。

3月になれば投稿ペースが元に戻ると思います。

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