77、転移と呼び出し
「……………は?」
『だから、呼び出し。直接ね』
ギルドシャインの団長であるリアスに報告した翌日、シタルは今回の件について王宮で色々と処理をしており忙しくて宿にはいない。
迂闊に動いてまたほかの貴族にでも目をつけられるのが面倒だったシノンは、とりあえずは祭りが終わるまで仕方がなくここに残ることになったのだ。
アルファとアリュスフィア、ゆうきの三人は祭りへ出掛けており、シノンとカルナは今朝からギルドサニーズの団長、リアナからの連絡を受けてそのまま宿に残っていた。
今シノンが話しかけているのは、以前ギルドで作っていた『地図』という白い球型の魔道具である。
これには連絡機能もついており、『連絡用魔水晶』と同じ役目と仕組みも持っているのだ。
『もう転移で来ちゃったら?その、アルファ君?彼らがこっちに入団しちゃえばどうせバッジの存在だって知るんだし』
「いや、そんなことはどうでも良くて、だな。誰が俺を呼びつけたって言った、誰が」
『だーかーらー、ナルクス伯爵だって。ボクとしてもあまりシノンとは会わせたくはないんだけど、相手が相手だけに無視できないんだよ。変な噂は飛び交ってるけど、なんだかんだ言って色々と世話になっちゃってんの。で、それを傘に立ててシノンの呼び出し。しかも屋敷に直接ね』
「俺はそれを聞く義務はないと思うんだが」
『わかりきったことだけど本当に嫌なんだね。明日中に来いとのことだから、すぐに返事しないと変に絡まれるよ?』
「知るか。正体さえ隠してりゃ問題ねえし」
『いや……そうじゃなくてさあ……』
「嫌だ。絶、対、嫌だ」
『嫌だって……子供みたいなこと言わないでよー……』
「子供で結構だ。貴族に関わったって碌なことなんかありゃしない」
「団長さん、私もシノンと同意見です」
『むう、困った……困ったぞー………』
シノンは頭の中で、右手の人差し指を額でグリグリ回すリアナの姿を思い浮かべた。
ついでに口を鳥のように尖らせていることだろう。
基本冒険者が持つギルドバッジの存在は一般市民は知らない。
転移魔法が施されているということもあり、冒険者がわざわざ高価であり自分たちの命綱の一つとも言えるバッジの存在を明かしたりはしないからだ。
なにせ、冒険者以外にも邪心を抱く者はいるのだ。例えばスラムなどの荒くれ者、裏組織、またはそれに通じた商人や貴族といった危険な存在とやり合って勝てる自信は、いくら腕が立っても冒険者にはない。
そのため、ギルドバッジの存在については一般公開されていないので、シノンはアルファとアリュスフィアにはバッジのことを話していなかった。
別に信頼をしていないわけではないのだが、彼がバッジのことを話さないのは、彼らはすでに自分たちに関する物事や出来事で充分に驚かせてしまっているので、シノンなりのちょっとした気遣いだったりする。
だがどちらにしてもこのままでは入団試験には間に合わないと判断したのか、ため息を吐きながら、今日中には彼らにレラン王国へ転移することを伝えると決めたシノンだった。
「………ていうか、なんでそんなに急に呼び出すんだよ?俺がどこにいるとも知らないくせに。まさか、ギルドバッジのことを知ってるんじゃないだろうな?」
『うーん、それに関してはこっちでも管理してるからね。一応、そう思って団員に調べてもらってる。まあ、大丈夫だとは思うんだけど、なにせナルクス伯爵は人に命令すれば何もかもが自分の思い通りになると思ってるらしくてね、シノンがレラン王国にいるとか勘違いしてるみたいなんだよー………』
うわあ………という心の奥底からの素直な気持ちが声に出るシノン。それを横から苦笑を浮かべながらカルナはリアナに問うた。
「けど、さっきシノンが言ったように、別にそれに従う義務はないんじゃないんですか?」
『いや、それが駄目っぽいんだよ。ナルクス伯爵は爵位第三位だけど、それなりに財産は持ってるからね。その分、色んな商人と通じてる。即ち、彼らに一言二言伝えればシノンに物を売ってくれなかったりする可能性が――……』
「面倒臭い。断る」
リアナの言葉すら遮って即答したシノンの表情は本当に不機嫌極まりないものだった。ただでさえつい前日まで貴族に絡まれて苛立っていたのに、それに重なるようにして更に貴族問題である。
シノンにとって、こうして都会に出る度に貴族に絡まれるのはもう本当に御免だった。
『でもさー、大丈夫?物が買えなくなればさすがに君も――……あ、いや、そうか』
「そうさ。俺は変装できる」
『ははあ、そりゃあちょっと思いつかなかったね。便利なもんだよ……まあ、丁寧に断っておくか。遠征中だってね』
「まあ今日中にそっちに行くのは確かだ。もうこうして滞在してるだけで貴族に絡まれるのはいい加減に御免だな」
『はははっ、まあ、シノンほどの実力があれば権力者に狙われたっておかしくないや。わかたった、部屋はカルナと二人で使う?』
「もちろん。あ、それから、男一人分と女の子二人分の部屋も追加で用意してほしい。アルファとアリュスフィア、それからゆうきの分だ」
『りょーかい。まあ、頑張ってよー』
「ああ、団長もな」
連絡は途切れ、今まで彼らの会話を聞いていたプエルとフィーユが顔を出した。
『シノンー、そのナルクス伯爵だけどさ、やめといた方がいいよ。わかってるはずだけどさ』
『そうね。あからさまにやばいわよ』
「ああ、わかってる。忠告はありがたく受け取っておくよ。俺としても貴族になんて積極的に関わるつもりはない」
満足そうな顔でうなずいた二人は、『地図』の光が消えると同時にその姿を消した。
「……結局、転移で行くのか」
「悪いな。俺としてもゆっくり景色でも眺めながら行きたいとこだったんだけど……」
シノンは指を鳴らして、部屋に張っていた『防音』の結界を解いた。
「いや、別に謝らなくてもいいよ。私としても、別にどっちでも良かったし」
『……それよりシノン、なんでアルファとフィアに心を許してないの?』
小型化した水狼に問われ、シノンはあっけなく答える。
「気に入らねえ所があるから」
「………はあ。まあ、そんなところだよね」
『………ちなみにどういうところか聞いても?』
水狼としてもシノンがアルファとアリュスフィアのどこが気に入らないのかわかってはいるのだが、一応、念のために聞いてみた。
カルナはさすがにそればかりはいまいちわからず、興味深そうにシノンの答えを待っている。
「……水狼、わかってんだろ」
『ははっ、まあね』
「ちょっと、私は全然わからないんだけど?」
拗ねたようにカルナが頬を膨らませ、膝に載せていた水狼に絞め殺さんとばかりに抱きつく。
しかし本来、水狼には呼吸が必要ないため特に苦しむでもなくカルナの抱擁を受け入れるのはさすが神獣クラスといったところだろう。
「はいはい。まあこの話はまた今度な」
「むぅ……」
シノンは苦笑しながらカルナの頭を軽く撫でてやる。すると機嫌が治ったのか、頬を綻ばせて目を細めたていた。
シノンが会話をやめた理由は、この部屋に三つの気配が近づいていたからだ。
やがて扉が開かれ、その人物達が入ってくる。
「団長さんから連絡あったんだろ?どうだった?」
アルファたち三人がぞろぞろと部屋の中に入ってきて、シノンとカルナの向かい側に座った。
「知ってると思うが、全員他言無用だぞ」
シノンはそう言い、部屋に再び『防音』の結界を張った。その魔力の流れを感じたのだろう、三人とも不思議そうな顔で部屋中を見渡していた。
「……これが、防音結界……」
「え?防音結界なの?すごいっ!」
「ボクも始めてみました」
反応はそれぞれだったが、感心しているのは間違いなかった。
しかし、軽く手を叩いてシノンが注目を集めると、全員が彼を見た。
「今回の件で色々と忙しかったけど、さっきの団長からの連絡で、今日中にギルドサニーズへ転移することになった」
「「………は?」」
そう声を挙げたのは、当然アルファとアリュスフィアの兄姉である。転移魔法とは念属性の上級魔法なので、いくらシノンが魔法が得意でもそこまでとは思っていなかったのだ。
「ああ、なんで防音結界を張ったのか考えてくれよ。もう一度言うが、絶対、誰にも言うな」
「あ、ああ。わかってる」
アリュスフィアは落ち着かない様子だが、慌てて首を縦に何度も振っていた。
「シタルには連絡を入れて、今日中には発つ。とは言っても一瞬だから、せいぜい目を回さないように気をつけるんだな」
時差ぼけのことで少し冗談を言ったシノンは結界を解くと、シタルへと連絡を入れた。
「はあ、そうか。今日中に発つ、ね。祭りが終わるまでいてくれると思ったのになぁ……」
心底残念そうに呟くシタル。彼も連絡用魔水晶を持っているので、シノンが連絡を入れれば王宮にいても話ができる。
「仕方ない。試験まではもう一週間前だし、海を渡っている間にも試験が始まるからな。今日は帰ってこれないんだろ?」
「ああ、悪いけどな。じゃあ、本当に悪い。今もまだ忙しいから、俺はこれで失礼するよ。みんな、元気でな」
「ああ、俺も忙しい中悪かったな」
シタルは少し残念そうではあったが、そこは持ち前の明るさでシノンたち五人を見送った。シノンとしては準備ができ次第出発するつもりなので、うなずいて連絡を切った。
「さて、シタルへの連絡も終わったし、それぞれ準備が終わったら行くぞ」
みんながうなずいたのを確認し、各々準備をし始めた。
「す、すごい………」
「転移なんて初めて。本当にここ、レラン王国なの?」
「でも外は暗いですし、間違いないんじゃ……?」
「………さて、団長は起きてるかな」
呆気に取られている三人をそのままに、シノンは奥の方へと歩いていった。
ギルドの広間にはほとんど人はいないが、隣の部屋にある酒場で宴会らしき祝杯をあげている冒険者たちがいる。
外は少し暗いので、恐らくこれから夜明けだろう。
時差ぼけに関しては、ギルドバッジを使っての転移の場合は、同時に回復魔法発動されるのでほとんど症状がない。
時差ぼけの症状がないことに気づかないほど、三人は驚き呆気に取られていた。
しかしカルナに肩を叩かれ、はっと我に返るアルファ達。
「ほら、シノン行っちゃったよ。行こ?」
「あ、ああ。すまない」
「ごめんなさい」
「すみません」
「まあまあ、気にしない。誰だって初めてならそうだ。ほら、こっち」
皆がうなずき、シノンのあとを追っていった。
『シノン、貴族に関することだけど、どうするの?あーいうのは言葉だけじゃ引き下がらないって知ってるでしょ?』
「わかってるさ。でも、遠征してるって言えばとりあえず一時的には何とかなるだろう」
『はあ………まあ、そうだけどね。もしまた呼び出された時にシノンがそれに応じるのなら、僕も付き合うよ』
「ああ、助かる」
水狼とそんな会話をしていると、後ろからカルナたちが追いついてきた。
「ちょっと、置いてくなんて酷いな」
「悪かったよ。まあ、すぐに来たじゃんか」
「ははっ。でも、アルファ達はここに来たことがないんだから、置いてくのはどうかと思うよ?」
「…………はあ」
カルナのそんな言葉に、ため息で返すシノン。
そして後ろでは、普通のギルドでは想像もつかないような綺麗な廊下と明かりの魔道具に視線が釘付けになっているアルファ、アリュスフィア、ゆうき。
しかし周りを見渡しながらも、しっかりとシノンとカルナについてきている。
しばらく歩いていると、今度は階段が見えてくる。カルナはため息を吐きながら、渋々というような感じでシノンの後ろをついて行った。
そんなカルナの様子に首をかしげながらも、残りの三人は黙々と階段を上るのだった。
「はあ……はあ………な、なんでこんなに長いのっ!?」
そう叫んだのはアリュスフィアである。ゆうきは言葉を発するのも厳しいようで、荒い息をじっとして調えていた。
アルファは、敏捷性や体力といったものは揃っているので特に息を乱すでもなく疲れた様子を見せていない。
カルナはこの長い階段が嫌でため息をついていたのだが、今ではシノンとともに訓練をし始めて自分の体力が上がったことに気づいていた。
「………だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないですよ、はあ……なんで、こんなに、はあ、長いん、ですか?はあ……」
「そりゃあ六階もあればねえ……やたら天井が高いから階段の距離も伸びるんだよね」
言いながら苦笑を浮かべるカルナ。その様子を見ながら、だらしないとばかりにため息を吐くのはアルファ。シノンはすでに先に行っており、すでに団長室の中である。
「ほら息が調ったら行くよ」
「は、はい……」
全員がうなずくと、一行はリアナのいる団長室へと入っていく。
「おー!カルナちゃーん!久しぶりー!」
「お久しぶりです、団長さん」
「いやいやー、さん付けはいいよ。もうカルナちゃんってば、合格確定っしょー。ならもう普通に団長って呼んだって構わないってぇー」
「は、はあ……」
カルナは苦笑しながら生返事をする。
「で、これから一週間は俺も試験監督になるから、いくらカルナでも贔屓はできないってわけだ」
「うんうん、残念ながらそういうこと。君たちがパーティメンバーでも、サニーズの団員が受験者を手助けすることはできないよ。というわけで、今から一週間、君たちはシノンとパーティが組めなくなるから、そこ承知しといて」
「はい、わかりました」
「………はい」
渋々うなずくカルナ。それはそうだろう。一週間も自分の想い人とパーティが組めなくなれば、寂しい思いをすることは間違いない。そう考えると、たった七日間でも長く感じるのが普通だろう。もちろん、カルナも例外ではないのだ。
だが、そんなカルナを見てシノンは微笑む。
「別に、一緒にいちゃいけないわけじゃない。俺とお前は寝泊まりする部屋が同じなんだから、毎日会えないわけじゃないだろう?」
「あ、うん。そうだね。よし、頑張るっ!」
「ああ。一週間耐えて無事合格したら、何か一つだけ、なんでも頼みを聞いてやるよ」
「えっ、本当!?」
カルナの顔に、目に見えて嬉々とした表情が浮かぶ。
頼みを一つ、なんでも聞いてくれる。それだけでも、カルナにとって願ってもないことである。
普段はカルナに甘いように見えるシノンではあるが、あまりこうしてカルナの頼みをなんでも聞くなどということは滅多にない。
もともと他人に甘くするのが苦手な人だ。だからいくら本人がカルナに甘くしたつもりでも、人並みに考えれば甘いとはとてもではないが言えないようなものになってしまう。
そういうわけで、カルナは試験に対する士気を最大限に引き上げるのだった。




