76、報告とあの人の姉
世界最大規模を誇る大国、コペル王国。その王都に属する世界第二位のギルド、シャイン。
実力者揃いの大規模なギルドで、所属する冒険者の数は世界でもトップだった。
だが、それだけ人数が多ければもちろん問題も多く、特に王都では新人を見下し、怪我をさせたり金を奪ったりする冒険者が多く存在する。
だがもちろんそれは、極秘ではあるがしっかりと取り締まるのが冒険者ギルドだ。
彼らが持つバッジ。これは一種の魔道具であり、冒険者の行動一つ一つを記録する機能がついている。
これを作り出したのはコペル王国のギルド団長で、最近世界に広まり始めたものなのである。
持ち主のギルドカードと連動しており、冒険者が犯罪を犯したり法を犯したりすればランクが下がったり、ギルドカードが使い物にならなくなり冒険者登録が二度とできなくなったりする。
それほど徹底されているから、ギルドの信頼を保ち続けているのだ。
だがそれを知らない冒険者はほとんどで、ギルドカードが機能しなくなってからギルドへ文句を言いに来る冒険者はもちろんいる。
しかし、その対策をしないギルドではない。
ギルドバッジにはすべてに『通達』が付与されている。
その付与をするためだけの魔道具を使い、量産が可能となっているのである。
その『通達』で、ギルドカードが機能しなくなった場合、ギルド団長に向かってカードが機能しなくなった理由や原因、そして冒険者の場所などの情報を送ってくる。
捕縛が必要な場合は、団長が警備隊や冒険者に依頼を出して直接捕縛をしに行くということもあるのだ。
滅多にないことではあるが、それでも一ヶ月に二十回を超える『通達』が届いているのも事実だった。
「あの、ちょっといいですか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
ギルドの受付嬢に話しかけたのはアルファで、シノンはその後ろで白銀の髪を隠すため頭巾を被って待機している。
そして、出来るだけ内密に済ませたいので小声で受付嬢にアルファは言う。
「……団長にお会いしたいのですが、空いてますでしょうか?できるだけ急ぎで」
「……団長に何か御用でしょうか?できればこちらで簡単に窺っても?」
アルファは振り返ってシノンに目で訴えて、報告のことを伝えてもいいかどうかを尋ねる。すると彼は黙ってうなずいたのでアルファもうなずきを返し、再び受付嬢へと向く。
「……貴族との問題に関する報告に」
「……わかりました。では、ギルドカードの提出をお願いします」
アルファはそう言われて、ギルドカードを受付嬢に渡した。彼女もカードを確認し終わると、アルファにそれを返す。
「はい、問題ないですね。ちょっと待っててください」
言ってから、受付嬢は頭を下げて奥の階段をのぼって行った。アルファは振り返って、シノンを見る。
「腕輪をはめたらどうだ?」
「いや、面倒だからいい。……ここの団長なら、まあ、平気だ」
「?知り合いなのか?」
「あー………まあ……」
どこかぎこちないシノンの反応に首を傾げるアルファ。しかしギルドの受付嬢は階段から降りてきて、すぐに面会の手続きが終わったので聞き返すことができなかった。
「どうぞ、団長がお会いになるそうですので、ついてきてください」
「ありがとうございます」
笑顔で言う受付嬢にアルファが礼を言い、彼らは前を歩く受付嬢について行った。
しばらく長い廊下を歩いていったところで、他より一際大きい奥の扉へとたどり着いた。
受付嬢はその扉を軽く二回ほど叩き、訪いを告げる。
「団長、お連れしました」
「ん、良いよー、入ってー」
受付嬢が扉を開けると、広い執務室のような室内が見えてきた。
受付嬢が脇に避けたので、礼を言ってアルファとシノンの二人は中に入る。扉がゆっくりと閉められたので、シノンは一回り部屋を見渡すと頭巾を外した。
「お、誰かと思えば君か。久しいね」
「ああ」
奥の執務机に座っていたのは、青い左目を持つ茶髪の女性だった。右目には眼帯がしてあり、小柄で整った顔立ちをしている若い女性だ。そしてその鋭い目つきには、男性女性関係なく誰もが惹き付けられるだろう。
「えーっと、初めましての子もいるみたいだし、挨拶と行きますかね」
立ち上がりながら、ギルドシャインの団長はアルファに歩み寄って片手を差し出す。
「初めまして、私はこのギルドシャインの団長を務めさせてもらっているリアス。まあ、よろしく頼むよ」
差し出された手を握り返しながら、アルファも自己紹介をした。
「アルファです。今は無所属で冒険者をやっています。よろしくお願いします」
「ほう、無所属ねえ……」
互いに手を離すと、リアスと名乗った女性はアルファを舐めるように見た。彼女の脳天がアルファの顎の高さまでしかないので、頭は少々見上げる形になるが。
「あ、あの、何でしょう?」
「ふむ………ねえ、ウチに入らない?」
「へ?」
「団長、アルファはサニーズに入団予定だぞ」
「えー?良いじゃないか。あの子ん所はもう充分だろうに」
「それでも本人が入りたいって言ってんだ」
「そうかー……まあ、本人の意思次第、なんだけどね。で、答えは?」
「あー、すいません。シノンが言った通り、俺はサニーズに入るつもりなので」
「うーむ、そうかー……残念だ。せっかくの実力者だと思ったけど……まあ、いい。で、早速だけど、用件は?」
「貴族に絡まれた」
単刀直入に、そして間を空けずに答えたシノンの言葉にリアスはわずかに呆れた表情を見せた。
一度目元を抑えしばらく何かを考えていると、シノンを見て呟くように言った。
「相手は?」
「も、もるー………なんとか」
「モルティアン侯爵だろ」
「ああ、そうそう」
「君は本当に相変わらずだねー。貴族の名前覚えられないの?」
「無理言うなよ。貴族の名前だけは覚えられねえんだよ。よほど耳に入ってこなきゃな」
そんなシノンにため息を吐きながら、リアスは続けた。
「で、どんな風に絡まれたわけ?」
それから、モルティアンに絡まれたことについて全てのことを、最初からすべて語った。リアスは少々ニヤニヤしながら、説明するアルファを見ていた。
「ほうほう、なるほどなるほど、そりゃあいいこと聞いた。よし、王宮に報告しなきゃ。あ、情報提供ありがとね」
「ああ、それならシタルがすでに報告したぞ」
「おー、仕事早いねー」
話を聞くと、どうやらモルティアンはギルドや冒険者の間でも問題になっていたらしい。
一時的には、ギルド自体を支配下におこうとしていたこともあったらしい。しかし全王法規により冒険者ギルドは必要な時は国にも逆らえるよう保護されているため、貴族など相手にもならなかったそうだ。
しかしいずれも我らの支配下になれと言ってきたのは使いの者で、モルティアンは関わってないと言い張ったそうだ。
証拠もなかったため、その件については保留になっていたが……。
「幸い今回は証言者もいるしね、誘拐未遂で地位剥奪くらいはされるでしょ」
「……ああ、まあ、それだけなら良いけど……」
「ん?なに?また本能的になんか感じちゃってる?」
「そんなところだ。一応、気をつけていてくれよ」
「………わかった」
シノンは狼と似たような血が流れているため、第六感とも言うべき野生の本能とその鋭い勘が存在する。リアスもさすがに狼という存在の野生の本能を無視はできないため、真面目な顔でシノンの言葉にうなずいた。
「……まあ、地位を剥奪された元貴族に何がてきるのかなんてわからないけどさ」
誰にいうでもなく呟き苦笑を浮かべるリアス。アルファはようやく話が一段落したとばかりにシノンに話しかけた。
「さっき俺がここに入らないかって誘われた時、リアスさんが『あの子ん所は』って言ってたけど、あれって、サニーズの団長さんはリアスさんと知り合いなのか?」
「ん?ああ、知り合いも何も、ここにいるリアス団長とサニーズのリアナ団長は姉妹だぞ」
「…………は?」
その答えが少し意外だったのだろう。アルファは小さく声を上げて、リアスを見る。
レラン王国のリアナに会ったことはないが、それぞれ大陸の違う大規模ギルドの団長を姉妹揃って務めているとは思わなかったのだろう。
「はははっ、そんなに驚かなくても。まあ、姉としてちょっと悔しいことはあるけど、あの子の才能は凄いからねえ……」
感心しているようで多少苦笑いを浮かべているリアス。なにせ、妹が団長をしているギルドは世界ではトップクラスで、自分のギルドは世界二位なのだから。
しかし、それは自分の大切な妹が成功している証でもあるので、姉として喜ばしいこともあるのだろう。だが更に姉として、歳下である妹に負けることは少し悔しい部分もあり、実に複雑な気分でいるリアスだった。
「ま、いいけどね。あの子、元気してる?」
「まあ、あの団長のことだから元気にやってんだろ」
「ははっ、随分と粗末だねえ。まあ、私もそんなに心配してないけどさっ」
満面の笑みを浮かべるリアス。普段のあの天然なキャラに比べれば、姉であるリアスの方が何倍もまともだった。
時々天然な一面を見せるリアスでも、リアナ程ではないのをシノンは知っているので、リアナよりは普通に話している。
「とりあえず、団長も忙しいだろうからそろそろお暇するよ」
「そっか。まあ、今のところは暇だけどこの後すぐ会議だからねえ。あー……だるい」
心底嫌そうな顔で、リアスは肩の力を抜いた。
「あっ、ちょっと待って。シノン、少し空いてる?」
ちょうど頭巾を被って扉を開けようとしたところで、シノンはリアスに呼び止められる。
「なんだ?」
「ちょっと点検をお願いしたいんだ。君に作ってもらった魔道具、一応さ」
「ああ、まあ、良いけど」
「よしっ、じゃあ、ほら。こっちこっち」
シノンはリアスに手招きされ、団長室の室内にある扉から隣の部屋へと向かう。
「ああ、ごめんよ。申し訳ないけど、アルファ君はここで待っててね。企業秘密ってやつだから。座ってていいよ」
「あ、はい。わかりました」
行っていいのかどうかわからなかったアルファは、リアスの言葉にうなずくとソファに座った。
「ほら、これこれ」
「あ、ああ。ちょっと待ってろ」
シノンが調べ始めたのは、ギルドカードとギルドバッジを量産するための魔道具……『複写機』。
『複写』と『通達』、そして『記録』の付与がされており、見本を台の上に置くことで第二、第三の付与魔法――『通達』と『記録』――が施されるようになっている。
材料さえ入れればあとは魔力を込めるだけであり、ここではギルドカードとギルドバッジを量産している。
先ほどリアスが言った通りこれは企業秘密で、カードとバッジの生産はこのコペル王国のギルドシャインとレラン王国のギルドサニーズ、そしてリリーズ王国でしか行われていない。
しかしこの魔道具の生産速度は凄まじいものであり、一つで一日に一万組ほどのカードとバッジを作れる。
『通達』はシノンのオリジナル魔法なので、この魔道具を作れるのもシノンだけである。そして更には盗難防止もしてあるので、この魔道具を扱えるのも製作者と使用者――各国の管理者――だけなのである。
「ふむ、異常はない。四六時中使うような真似はしてないようだし、魔石もまだ数年は持つだろう」
魔道具の動力源である魔石を確認し、シノンはリアスに言う。
「お、そうか。ありがとうね。わざわざ止めてごめんよ」
「いや、ここにはたぶん、しばらくは来ないだろうからやっといて良かったと思う。まあ、何かあったらそれこそ『連絡用魔水晶』でも使って連絡してくれ」
「あいよ」
『連絡用魔水晶』とは、名前の通り遠くにいる人物と連絡を取るための一種の魔道具――魔水晶――である。
魔力の通った特殊な水晶でできており、使用者が相手の顔を思い浮かべるだけでその相手の持っている魔水晶が反応し、互いに連絡が取れるという代物だ。
もちろんそれなりに価値はあるので、一般の冒険者や平民が手に入れられるようなものではない。
数も限られているので、ほとんどは王族や上位貴族、そしてギルドの上層部といった、限られた人々しかこの魔道具を使うことはない。
そもそも連絡を取り合うなら普通は書状配達屋に頼んで手紙を運んでもらうので、『連絡用魔水晶』の存在すら知らない者も多い。
そのため、例えば『連絡用魔水晶』が道中に落ちてたとして、その存在を知らない冒険者か平民が拾うとする。
明らかに加工された水晶は高く売れるだろうと商人にでも売ろうとすれば、ただの水晶として買い取られることが多いのである。
ただし、たいていの商人は『連絡用魔水晶』の存在を知っているため、ただの水晶だと言って売った側も気づかないうちにケチをつけられ、商人は買い取った額より何十倍もの値段で他の商人に売りつけるのが普通である。
「さて、そろそろ戻らないと」
「そうだね。ありがとう。じゃ、また」
「ああ」
団長室に戻りアルファを伴い、シノンとアルファの二人はギルドを後にした。




