73、別れと民宿
受験やばいっす。もうちょっとのあいだ遅れることがあるかと。
数日間は、この街クラリネットでのんびりと過ごした。
みんなで食べ歩きをしたりギルドの依頼をこなしたりと、思い思いに過ごしていたのである。
ただ、彼らは全員で固まって行動しており、決して一人にならないようにしていた。
それは、彼らが用心深いのもあったからだ。
その間にアルファとアリュスフィアは、シノンとカルナの通り名のこと、水狼のこと、そしてゆうきのことについて知り、驚きの連続ではあったが、もう色々と慣れてしまったようである。
考えてみれば自分たちも似たようなものだと、無理矢理納得していたのだ。
そして、シノンが裏組織と接触してからレスの宿『青空亭』の経営は滞ることなくスムーズになっていったので、レスや女将には感謝された。
ただ、シノンは交渉をしただけなので、特に礼を言われることはしていないと思っている。男達を殺したのは完全な私情で、ボスに奴らの所持品を見せて渡したのは力を証明するためと処分に困ったからだ。
あの日、朝になってから水狼を紹介すると、当然、みんなには驚かれた。
神獣クラスである水狼が目の前にいるのだから、当然かもしれない。
そうやって過ごしているうちに、旅立ちの日がやってきた。
「本当に、世話になったよ。ありがとう」
「ありがとうございました!」
「いやいや、お世話になったのは私たちの方ですよ。ご飯、美味しかったです」
「また、お願いしますよ」
「ははっ、私の料理で満足してくれたのならそりゃ本望ってやつさ。でも、本当に感謝してるよ」
「あの、また来てもいいですか?」
「いつでもおいで。アンタらならいつでも歓迎するからさ」
「本当!?じゃあ、この街に来る時は必ずここに来るからね!」
「ボ、ボクも賛成です!」
「はいよ。待ってるからね」
「あの、また、いつでも来て下さいね!」
「ああ。もちろん」
レスがシノンとカルナに握手を求めた。それに応じると、レスは他のメンバーにも握手していた。本当に仲良なったものである。
「じゃあ、行くぞ」
シノンは御者台に乗り、水狼がその膝の上に乗った。
水狼のような神獣クラスは、自分の体のサイズを調節できるのだ。今は子犬くらいの大きさになっていて、格好いい、と言うよりは可愛らしいの方が合っている姿である。
そして、その隣にカルナが座った。彼女の気分である。
他のメンバーも馬車に乗り込むと、シノンは改めて言う。
「ありがとうございました。では、さようなら」
「「「さよなら」」」
「ありがとうございましたー!」
レスが最後に礼を言うと、シノンは馬車を走らせ、彼らは宿を後にした。シノン以外のメンバーは、しばらくの間後ろに向かって手を振っていた。
「………ところで、次の目的地はどこだ?」
「王都。その後はジミス山を越えて最終的にはレラン王国に行く」
「あ、もしかして、試験?」
「ああ。お前、前に入りたいって言ってただろ?」
「うん!ゆうきもどう?」
「えと、なんの試験ですか?」
「あ、ごめん。教えてなかったね」
シノンとカルナの言う試験とは、ギルドサニーズの入団試験のことである。
シノンがギルドサニーズの団員であることは説明してあるが、そろそろ試験の時期であることはまだみんなには伝えていない。
だが、カルナだけは前から入りたいと言っていたので、試験の時期については覚えていたようだ。
冒険者ギルドに入るメリットは収入が多くなりやすいことと情報収集の輪が広がることだ。
更には態度も徹底されるのでレラン王国のギルド団員のほとんどは信頼が厚いため、依頼が入りやすくて仕事も受けやすいのだ。
それから、カルナはゆうきにギルドサニーズの入団試験があると伝えれば、喜んで入りたいと言っていた。そこで、迷うように手を挙げたのがアルファだった。
「あの……、俺たちも、サニーズの入団試験を受けてもいいだろうか?」
「……別に構わないけど?なんで?」
「あ、いや、俺たちはギルドに入ってなくて、シノンも入ってるしカルナやゆうきも入るというのなら、俺たちも入ってみようかと。それで、サニーズに入れるなら、これほどの機会はないと思ってな」
「そうか。まあ、勝手にしろ。どの道あそこには二年間滞在することになるぞ」
「ありがとう」
「ありがとう!」
二人が笑顔でシノンに礼を言うと、カルナとゆうきも笑顔でガッツポーズを取りながら、二人に声援を送った。
「お互い頑張ろうね!」
「頑張りましょう!」
「おう」
「うんっ!」
そしてそれを、アルファとアリュスフィアの二人は笑顔で返した。
ここ数日間共に過ごしたことで、シノンもだいぶ打ち解けたようである。まだ返事は素っ気ないが、これでも仲良くなった方なのである。
「ルク達は元気にしてるかな?」
「ああ、元気じゃねーの?」
「冷たいね」
「あいつが怪我をしたり病気したりするものか」
「ふふっ、それだけ信じてるってことで受け取っとくよ」
「勝手にしとけ」
「ははは、本当に仲がいいな、君たちは」
シノンとカルナの会話に、アルファ、アリュスフィア、ゆうきの三人は苦笑した。
彼らはしばらく、のんびりと馬車に揺られていた。
少しでも早く街へと到着させたいので、シノンは常に馬へと『状態異常回復』をかけて走らせていた。
水狼はシノンの隣で眠っている。なんとも無防備で可愛らしい姿である。
今ではもう愛馬となったルドルフは、シノンの回復魔法を受けながら張り切って走ってくれるので、一行は滞りなく街道を進んでいた。
王都ラゼルまではあと二日あれば到着する。
すっかり日は暮れてしまったので、シノンたちは街道から外れて野営を張ることにした。
焚き火を囲んで夕食を食べて、見張りの順番を決めた。最初にアルファ、そしてシノン、カルナ、となった。
子供は寝ないとダメなのでゆうきとアリュスフィアはなしである。
「俺一番きつい時間帯だからもう寝るわ」
「そうか。けど、任せて平気か?」
「平気だ。じゃ」
「ああ、おやすみ。みんなも早めに寝ろよ」
「うん、そうさせてもらうね」
「おやすみなさい」
「お兄ちゃん、おやすみ」
そうして、彼らは眠りについたのだった。
「お会いできて光栄でございますっ!どうぞ、お気をつけてっ!」
「あー、他言無用だ。俺達のことは誰にも言うなよ」
「へ?は、はあ………」
サニーズ上位の団員に会ったことをみんなに自慢したかったのだろう。門番の兵士はシノンのその言葉できょとんとした表情になった。
だがどちらにしても広めさせるつもりはないので、シノンはそのまま素通りしていった。
「王都だから、みんな気をつけないとな。このメンバーの中に普通の奴がいないからさ」
「そ、そうだね……」
アルファの言葉に、カルナがしょぼんと項垂れた。それを、ゆうきが背中をさすって慰めていた。
「まあ、見た目が普通なのは俺とフィアとゆうきだから、買い物とかは任せてくれ。とりあえず、宿に向かうか?」
「ああ。ここには知り合いがいるから、そいつの家に泊めてもらおうと思う。この時期は祭りで騒がしくて、宿は空いてないからな」
「祭り?なんの?」
夏に近づく春のこの時期、神に祈って来年の豊作を願う儀式が行われる。一見どこにでもありそうな祭りだが、世界最大規模の貿易国だけあり農業も盛んなので、世界中の豊作を願う儀式でもある。
豊作を願う儀式のうちに、小さな武闘祭りが行われている。農業を営む者が現役の冒険者に挑み、勝てばその年の農家は豊作になるという言い伝えがあるのだ。
冒険者が有利にも見えるが、実はそうでもない。
農業を営む上で魔物に畑を荒らされても対処できるよう、特にこの国の農業家はある程度戦えるくらいには鍛えられている。それこそ、新人の冒険者なんかは軽くあしらえるくらいには。
相手の冒険者が強ければ強いほど、勝てると豊作になるというのもある。
儀式に、貴重な魔石も使われる世界規模にもなる大きな祭りだ。明日からの七日間くらいを中心に騒がしくなるだろう。
夕方頃には宿のある通りに着いていた。とは言っても、あそこは民宿なので、少し奥の方にあるのである。
『通達』ですでに予約済みなので、遠慮なく入れる。
こうして宿の並ぶ道を通っていると、どこの宿も満室なのが多い。特にここは冒険者が泊まるような宿が多いから、道は宿が見つからない冒険者で溢れかえっている。
その中を悠々と進むシノンたちは、なぜか目立っていた。
「……ねえ、シノン?なんで私たちこんなに視線を浴びてるの?」
「馬車がやたらでかいからだろっていうか目がいい人なんかはアルファ達に魔力放出がないことに気づいてんたろうしな。まあでも、面倒だし……」
シノンはそこで、闇魔法の一つである『視線逸脱』を発動した。
これは軽い催眠魔法の一つで、カルナがリリーズ王国でフェルナートとルーネスを助けた時も、シノンはこの魔法を使ったのである。
名前の通り、周りにいる人物に対して催眠をかけ、ある対象からの注目をなくすことができるのである。
ただし、効果は一日程度。魔力消費は少ないが制御が難しく、習得するまではすべての対象に『視線逸脱』がなかなか効かない場合が多い。
ただし効けば効果は覿面であり、術者が解かない限りは効果時間の間しっかりと効果が働いてくれる。
これが効いている間は、たとえ裸になろうと大声を出そうと注目されない。
そして今説明したように、シノンが魔法を発動すると同時に、周りからの注目がなくなった。
「これでいいだろ」
「………凄い。魔法か?」
「ああ」
アルファが興味深そうに訊くが、シノンは短く返事をした。
彼は魔法術学や闘術それから知識などには貪欲で、シノンが普通では有り得ないことをしても、慣れたのか、驚くどころか興味を持つようになった。
と言うより、積極的に訊いてくるのである。
然濃族なので魔法とはまったく縁のない生活をしていたはずなのに、魔法術学に関しての知識にまで貪欲である。
シノンは仕方なく教えているが、アルファは熱心に聞くし理解も早いので、説明がしやすい。とは言っても、術者は滅多にいないので、下手な魔法師にでも狙われることが多い。
だが、そういった魔法をアルファとアリュスフィアの目の前で使うということは、彼らのことを信頼している証であった。
とは言っても、シノンならば彼らの記憶の一部だろうと消すことくらい簡単である。もし口外するつもりがあるようならば記憶を消してでも隠蔽できる。
しかしアルファにもアリュスフィアにもそのつもりはないので、シノンも気にする必要がないのだ。
やがて民宿に到着し、馬車を預けてから中に入った。
「シタル、来たぞ」
「お?まさかシノンとカルナか?久しぶりだなー!」
奥から顔を出したのは十六歳くらいの青年である。首から下げられた銀色のメダリオンにはコペル王国の紋章が刻まれている。
他の色が混ざっていない黒い髪に、純粋な空色の目。がっちりとした骨格に引き締まった筋肉は、剣士を想像させるものであった。
しかし彼こそが、この国の超天才魔術師―――『剛健のシタル』である。
「いやー、連絡くれた時は嬉しかったよー」
「そうか。まあ、今日は頼むよ」
「ん?は、ってことは明日には出ていくのか?」
「ちょっと急がないと余裕を持ってレラン王国に行けないからな。みんなには許可とってあるし、祭りには興味がない」
「そか。なら強制はしないけど、お前が数日間泊まるもんだと思って他の予約受け付けてなかったのに」
「いいよ別に。今晩しか泊まらないし」
「ははっ、まあいいさ。ささ、上がってくれよ」
シタルの案内で部屋に通され、鍵を渡される。
今回は、シノンとアルファ、カルナとゆうき、アリュスフィアという組み合わせになり、全部で二部屋だ。
ちなみにシタルとは、カルナと旅をし始めてすぐにこの街で知り合った。元から二人の超天才魔術師に知り合いがいたからか、なぜかシタルとシノンは馬が合う仲だったようなのである。
この民宿は普段から結構人気があるのだが、シタルは他の客にシノンとの関わりを邪魔されたくなくてわざと表に『休日』の看板を立てたのだ。
しかしそれでもやって来る冒険者はいたので、シタルは敢えて外に出ないようにしていた。
シノンたちが入って来ても誰も文句を言わなかったのは、シノンが発動していた『視線逸脱』のお陰である。
それぞれ荷物を纏めて置いてから、夕食を食べるために食堂へ向かった。
今日の夕食は、街の名物であるコムラという料理だ。
大蛇の魔物から取れる蛇肉で、味は焼き魚に似ている。それを甘味のタレに漬け込んで米に載せて食べるというコペル王国でも人気の料理だ。
「うお、美味そうだな」
「美味しそー!」
「っていうか、美味しいです」
「ああ!?もう食べてんのか!?」
「お、美味しい……美味しいよお兄ちゃん!」
「なっ!?お、俺も……う、美味い……これは、美味いぞ!シノン、最高だな!」
「………黙って食えよ」
「あ、すまん」
とは言われたが、アルファとアリュスフィア、ゆうきの三人は楽しく会話をしながら食べている。カルナも時々そこに加わっていた。そしてシノンは相変わらず無口であった。
他に客はいないが、その後はシタルも加わって賑やかな夕食となるのであった。




