72、裏組織とボス
遅くなりますた。
※文字の変換ミスではありません。
スラムに広がる闇と静寂の中で、一際目立つ酒場があった。
この街ではあまり知られていない裏社会の中では有名な一つの集団がここにある。
『隠密』。それが彼らの名であった。
影属性の魔法を得意とする集団であり、暗殺や窃盗などの裏の仕事を請け負う大きな集団で、この酒場を拠点にして活動している。
そんな中、一つの依頼が飛び込んできた。
『本日昼に街を訪れた『レイヴァの二人組』を捕らえてほしい。報酬は白金貨百枚。期限は奴らが街を出るまで。』
といった短い文章だったが、白金貨百枚となれば儲けものである。
下には宿の名前と地図、部屋の位置まで書いてあり、集団の男達は慎重に作戦を練っていた。
レイヴァというのはそれだけ価値がある。しかし、普通のレイヴァよりも数倍の値段になっていることに疑問を持った男達だが、仕事なので気にせずにいた。
彼らは人身売買もしており、街の中で高く売れそうな人物がいればそれが旅人だろうと攫い、貴族に売りつけ金を得ていた。
そして今回も街を訪れたというレイヴァが二人もいるのだ。見逃す手はあるまい。
だが、男達には知識が欠けていた。世界中を探しても十数人ほどしかいないと言われるレイヴァのことは知っていたが、非常に敏感で戦闘能力が高いとまでは知らなかったのだ。
深夜、誰もが寝静まったところで男達は動き出した。
誰もいないとはいえ魔道具は作動しており夜道を照らしているので、人が通らない暗くて狭い場所を選んで、男達はスムーズに進んでいた。
そうして目的の宿屋を目指し歩いていると、彼らは通りなれた道に違和感があることに気づいた。
「……なあ、なんか、苦しくねえか?」
「ああ。なんだか、高山の上にでもいる気分だ」
「ちっ、暗くて見えねえよ」
すると、男達の中の一人が耐えきれずに光属性魔法『照明』を展開させた。
「うわあっ!?な、なんだこれは……!?」
「ど、どうなっていやがる!」
「ああ、足がっ……!!」
男達の足元にあったモノ。それは、真っ黒なドロドロとした液体だった。
今まで男達はその存在にすら気づかずにここまで来てしまったので、今さら戻ることは不可能であった。
なぜなら、その液体の存在に気づいた男達の足は痺れて動かなくなり、吐血し始める者が出たからだ。
「くそっ!なんなんだこれは!?」
「知りたいか?」
「っ!?何者だ!」
「教えてやるほど優しくねえ」
妙に落ち着いたその声は、男達の上から降ってきていた。
彼らが上を見るとそこには、月の光を白銀の髪が反射している一人の少年がいた。隣には、少年の髪と同じ色の美しい狼がいた。
しかしただの狼ではない。狼は、高さは隣の少年以上もあり、鋭く光る目はこちらを威圧してくる。
更には、背中には大きく立派な翼を携えており、西より吹く風に優しく揺れていた。
「れ、レイヴァ……レイヴァだ。それに、その隣にいるのは……」
「ああ、まちげえねえ。ありゃ……神獣クラスの狼だ……」
「じ、じゃあ、この黒いのは……?」
「毒だ!俺たちは嵌められたんだ!」
「くそっ!なんなんだよ一体!?」
足もとの液体が毒だと気づいた男達はもがくが、毒はもがけばもがくほどに固まり、最終的には金属でも壊れぬモノと化した。
足の痺れが全身に広がり、地面に座り込む者も出た。
冷たい目でそれを見つめる少年の目はわずかに青く光っている気がして、男達は恐怖に囚われた。
「り……白髪に青い目を持つ子………?」
「なん、だと………?」
「さて、昼はよくもあいつを虐めてくれたな?」
そう。ここにいるのは、昼間にギルドでレスを囲っていた男達であった。
そして建物の上に立っているのは、シノンである。
表記されていた宿屋を売るよう迫っていたのは、あの建物を狙った貴族が男達に依頼したからで、報酬も悪くなかったからであった。
男達は目の前にいる少年と狼に視線が釘付けで、どうすればこの場から脱することができるのかすら考えられず、ただ呆然と目の前の少年を見つめていた。
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シノンはアルファから事情を聞いた時、男達に接近したというアルファから記憶を直接抜き出して、正体を見破ったのである。
そして彼らへ依頼を出して餌で釣り、動くところを見て彼らをつけこうして嵌めたのである。
物理属性の化学物質タイプによる毒の効果で徐々に男達に恐怖を与え、最終的には死に至るのである。
「さて、水狼」
「アオオオオオオオォォォォォ―――ン!」
水狼が遠吠えをすると同時に、男達は震え上がった。水狼は主人のもとを離れると、宿へと向かって行った。
男達はどうやら二手に分かれていたようで、もう一つの団体が宿に近づいていることを感じ取ったシノンが、水狼に指示を飛ばして倒すよう命じたのだ。
もちろん命を奪うことも構わない、とも。
レスから聞いた話によると、男達は人身売買、窃盗、暗殺などの裏の仕事を確実にこなしているらしい。
レスは親しくしていた母親の友人が奴らに殺され、いつか仇を取ろうとギルドに入って体を鍛えているらしい。
だが、とある貴族に宿を売れと言われ、断ったために邪魔をされて経営が上手くいっておらず、今ではレベルの高い依頼を受けて無理をして金を稼いでいる。
そんな彼を見て、シノンは男達が許せなくなったのである。
裏社会の組織の正体を炙り出して、彼らの悪事の証拠を掴んで領主に見せつけてやれば、あとはギルドの身分証明のカードで奴らの処分についてはどうとでもなるのだが………。
「さて、と。領主の許可は下りてんだ。遠慮なく殺らせてもらう」
「ま、待て!俺たちに手を出して、ただで済むと、おお、思ってるのか!?」
「そ、そうだ!俺たちは『隠密』のメンバーだ。お前だって、ただじゃ済まねえぞ!」
「い、今なら見逃してやる。今すぐ俺たちを解放しろっ!!」
こんな状況でも強がりを言う男達。しかし、組織のメンバーだという肩書きに頼るような奴は碌な奴ではないし、領主の許可が下りているというのはあくまでちょっとした脅しで要するに嘘である。
たとえここでシノンが見逃したとしても、おそらく彼らはシノンを処分しようと動くだろう。
とはいえ、彼らは現在レイヴァを生け捕りにしろという依頼を続行中だ。傷をつければ確実に締め首である。
だから、ここでまずは組織を後ろ盾として使って見逃してもらえば、今度は組織全体が動くこととなる。
そうすれば、確実に依頼は達成できるというわけだ。とはいえそれが罠だと気づかない男達は本当に馬鹿だとシノンは思う。
レイヴァは仲間を大事にする種族である。同じレイヴァならばなおさらで、たとえ血縁でなくとも、目の前の少年を捕らえてもう一人のレイヴァの前に晒せば、簡単に捕まえられるだろうと男達は思っていた。
しかし、ここで見逃すほどシノンは優しくない。
じっくり苦しませてから、と思ったが、夜が明ける前に済ませたかったので、待つのをやめる。
「ちょっ、な、何を……?」
さすがのシノンでも毒の中に飛び込めば致命的である。だから、普段は滅多に使わぬ魔弓に矢を二本同時に番え、そして構えた。
銀色の素材でできたそれは、シノンが魔力を込めると光を放射し、矢にも魔力が宿った。
「……………標的、捕捉。対象確認、魔力供給問題なし。………発射」
誰にも聞こえないような声で呟いたシノンは、二本の魔力が篭った矢を男達目掛けて放つ。
それは、一瞬だった。音も光も出さず、毒に埋もれていた男達は骨の髄まで消え去った。
月明かりに照らされながら風に揺れるシノンの髪がやたら目立つが、周囲には人がおらず、彼も気にせずスラム街へと向かった。
右手を口に当てて笛を吹くと、数秒後にシノンの脇へ水狼が音もなく戻っきた。魔力の反応で男達の処分が済んだことは知っていたので、シノンは呼んだのだった。
水狼の頭を撫でてやると、甘えるような声を出してシノンに擦り寄った。
「わかったよ。終わったらな」
同じ狼なので、水狼が言わんとすることはシノンにはわかる。水狼は少しだけ残念そうな顔をしたが、主人の『終わったらな』という言葉でやる気を取り戻す。
ここしばらくは召喚していなかったが、先ほど久々に召喚してみれば、最近主人の体が弱っていることに水狼も気づいていたのかずっと傍に置いておいてほしいと、心配そうな様子で言ってきたのだ。
シノンも、相棒であるはずの水狼が傍にいないのもどうかと思ったので、明日にみんなに紹介しようと考えていたわけだ。
カルナは何度か会っているので、その必要はないだろう。
本来水狼は人の言葉を話すことができるのだが、今はシノンしかいないので狼の言葉を使っている。
シノンと水狼は並び立って、スラム街の酒場を目指して歩き始めた。
「影、五」
「わりいがうちにはねえ」
そう言われたあとで、銀貨を三枚、カウンターに置いた。
「ボスだ」
「…………待ってな」
酒場のマスターが奥に引っ込み、しばらくすると出てきた。
「許可が出た。来な」
シノンは外套を着て頭巾を深く被っている。念のため、才を持つ子の能力で髪の色を黒にしてある。耳と尻尾は『蜃気楼』という魔法で誤魔化してある。
『蜃気楼』は、光属性と炎属性、氷属性の『三角合成魔法』である。
熱気と冷気を使ってそこにないものを表現したり、姿を消したりすることができる。
光を使って自分が分身したように見せることも、姿を変えることもできるので、『幻影』とも呼ばれている。
この酒場は十の組織が拠点としている。五、というのは、シノンが今から会おうとしている『隠密』のナンバーである。
影というのは『隠密』の象徴で、合言葉のようなものだ。
そして、マスターに注文してうちにはないと言われたあとで銀貨を取り出し、会いたい人物の名前を言う。これが組織と接触するための手順である。
ちなみに銀貨は入場料と通行料、そして情報料のようなもので、一枚は組織、二枚は酒場の金となる。
酒場の奥の部屋に通されたシノンは、椅子に座り、相手が来るのを待った。当然のように、壁の裏側には魔力の反応がある。
気配は完全に消えているようだが、シノンの嗅覚と魔力探知能力は誤魔化せないようだ。
やがて、一人の男が護衛と思しき男一人を伴って入ってきた。二人とも仮面をつけている。
やはり裏組織のボスとして、素顔を知られるわけにはいかないのだろう。
「よう、魔法使いさん」
「どうも初めまして、シャドウ」
魔法を使っている様子は特に見せていなかったが、それを見抜いたということは相当な観察能力と見た。
視覚が利く人は、生き物が周りにまとっている魔力放出が見えるので、魔力を使っている時の流れもわかるのだ。
シノンは『蜃気楼』で姿を誤魔化しているので、魔力の流れが見えるから『魔法使い』と呼んだのだろう。
ちなみにシャドウというのは『隠密』のボスの仮名で、誰にも本名を明かしていないらしい。
「へっ、慌てやしねえ。まあいい。で、今回は何の用だ」
シャドウは目を細め、シノンを見る。
「ああ、今回の用件はだな……『青空亭』、知ってるか?」
「青空亭?たしか結構立地のいい宿だったか。それがどうした?」
「あそこの宿、売れとしつこい奴らがいると聞いたんだよ。それがここの組織の奴らだってのは知ってる。その様子だと知らんようだな?」
「そうだな。初めて聞いたわ」
そこで、シノンはにやりと笑ってみせる。
「あんたから言ってほしいんだよ。やめろ、とな。それでもやめねえようなら俺が処分する」
やめてくれ、ではなく、敢えて、やめろ、と言わなければ、やめない可能性が高い。とは言っても、こちらでもやめない可能性はあるが、裏の世界ではとにかく弱みを見せるようなことはしないことである。
頼みこむような言葉は弱みを見せることにもなるので、面倒なことになりかねない。だから、ここでは命令形にするのが正解だ。
「処分……だと?がはは!俺たち『隠密』の実力を舐めてもらっちゃあ困るぜ。いいか、俺らは下っ端だろうと一般の冒険者にも劣らねえ奴らさ。二人以上集まりゃ連携で熟練の冒険者だって太刀打ちできやしねーよ」
「後ろに三人、右に二人、左に二人、それからあんたの後ろに一人だな」
「なるほど。気配は消えてるはずなんだがな。しかし、魔法使いなら存在を読むくらいできんじゃねーの?」
「じゃあ、これでもか」
シノンは『取り寄せ』で盗んでいた、先ほどの男達の所持品を机に置いて見せた。
特に、この組織のメンバーである証の赤い石が埋め込まれた首飾りを。
その中には水狼が倒した男達のものも含まれている。
所持品には血もついているので、だいたいは察するだろう。
「……なんの真似だ?」
「寄ってきた蝿の所持品だよ」
「………なるほどな。はっはっはっ!!」
いきなり大声でシャドウは笑い出す。仲間を殺されてもまったく動じないのは、裏社会で生きているからこそなのだろう。
「こりゃあ、まいった。で、なんだっけ?やめろ、と言えばいいのか。誰だそいつは?」
「こいつだな」
「あん?」
シノンが指を鳴らすと、アルファの記憶から抜き取った男の中の一人の容姿が直接シャドウの脳に送り込まれた。
先ほど倒した男達の中には一人だけ昼間にいた奴とは違う奴と入れ替わっていて、あの場にはいなかった。だから、その男一人だけでも宿を無理矢理買い取ろうとする可能性があるので、処分を要求したのだ。
「………なるほど。なあ、こいつ、ちょっと前に入ってきた阿呆だったな?」
後ろの護衛にもその男の姿を見せていたので、彼は迷いなくうなずいた。
「はい。たしか、最近は調子に乗って単独で貴族の要求を受けているとか」
「よーし、なら死刑な。その貴族とやらも調べて処分な」
裏社会のボスなだけあり決断が早く、情がない。シノンにとってそれは助かることだ。
「そういうわけだ。じゃあ、あとは丸投げということで」
シノンが冗談っぽく言いながら立ち上がると、シャドウが、待ちな、と言って彼を止めた。
振り返ると、袋が飛んできた。それを片手で掴むと、金属がぶつかり合うような音が聞こえた。
「借りは作りたかねえ。今回お前が狙ってるそいつは、厄介な野郎だったんでな。情報料として持っていきな」
「そうか。じゃあ行くぞ」
「確認しねーのか?」
「裏社会のボスが他人に恨みを買うようなことはしないって知ってるぜ」
「はっ。つまんねー奴だ。さっさと行きな」
「言われなくても行くよ」
少し苛立ちながら、シノンはその酒場を後にした。
それから数日後、街のとある貴族の当主が何者かによって暗殺され、街では調査が行われたが、結局犯人はわからずこの事件は迷宮入りしたそうだ。




