71、 宿と少年
「すまないな、馬車にまで乗せてもらって」
「気にしないで。もともと五人乗りだったし、同じ旅をする仲間じゃないか」
もともと五人乗りなのもあり、四人が座ったところで狭くなるはずもなく、快適そのものだった。
「シノンは良かったのか?本望じゃなかったみたいだけど……」
「別にいいよ」
「あー、いつものことだから気にしないで」
「そのうち慣れますよ。ね、シノンさん?」
「…………………………」
御者台で正面を向いたまま、シノンはゆうきの言葉にすら返事をしなかった。その様子を見て、カルナとゆうきは苦笑するしかなかった。
「……君は、本当にそれでいいのか?」
少し苛立った様子で、アルファが言う。
「あ?」
それに、シノンも苛立った声で返す。
「ちょっ、ちょっと、お兄ちゃん」
アリュスフィアが慌てて制止にかかるが、アルファは彼女を手で制して続ける。
「人とは自分の意思で動くものだろう。それなのに、旅の同行をカルナとゆうきの許可だけで許すなんて。渋々といった感じだったじゃないか」
「お前には関係ない」
「関係なくない!大ありだ!同行させてもらっている身で、しかも助けてもらった身だからこんなことを言うのもどうかと思うが、敢えて言わせてもらう。これから一緒に旅をするというのに、こんなのはあんまりだ!」
「はーいはい。そーこーまーでー」
シノンは更にアルファに突っ込もうとしていたが、カルナが手を叩いて止めた。シノンもカルナに言われては黙るしかなく、鼻を鳴らして御者台に座り直した。
しかし、無視していないだけ心を許している証拠なので、それをわかっているカルナは微笑み、アルファたちを見る。
「まだアルファたちには素直になれていないだけで、少しだけだけど、心を許してくれているんだ。それを、わかってあげてほしいな。だからさ、許してあげて」
「そ、そう、なのか……?ならば謝るよ。すまなかった」
シノンは顔を少しだけ後ろに向けてわずかに頷いた。
そんなシノンの反応を見て、カルナとゆうきがくすりと笑った。
しかし彼はまだ人見知りをするので、馴染むにはまだまだ時間がかかるだろう。
カルナの言葉で、場の熱が一気に冷めた。
「ちょっと気になるんだが……君たちは、返送の道具を持っているのに、なぜ変装をしないんだ?」
「あ、それ、私も気になる」
アルファの疑問に、アリュスフィアが便乗する。それには、カルナが答えた。
「魔力の温存……かな。この魔道具は連続で使えば使うほど、魔力の消費が大きくなるんだよ。性能はそこらに売られてるのよりは何倍も良いんだけどね、だからって私もシノンも、他の付与士が作った下手な道具は使いたくないんだ」
「な、なるほど。……目立つのに?」
「街中じゃ頭巾を被っているし、特に問題はないよ。最悪の場合は、シノンが強行手段に出る」
アルファが息を呑んで訊ねた。
「そ、それは、いったい……?」
「色々ある」
カルナが真顔で答えたので、アルファは冷や汗をかき、なぜかそれ以上聞く気にはなれなかった。アリュスフィアも、兄の表情がこわばっているのを見て訊くのをやめた。
「……おい、そろそろ街だ」
言いながら、シノンとカルナは頭巾を被った。
街の検問で門番に、シノンはギルドカードを見せた。リアナに、S級の団員へ特別に用意してもらったあくまで身分証明のためのカードである。
「なんと、サニーズから。わざわざご苦労様です!それに、お会いできて光栄です!」
「あ、ああ、そうか。できるだけ目立ちたくないから、口外しないでほしい」
「り、了解でありますっ!お気をつけて!」
満面の笑みを向けてくる衛兵に対して会釈をしてから、大した検査もせずに門から街へ入っていった。
ギルドサニーズの団員――特に上級冒険者――は、外国でも敬われている。サニーズでは、上級――A級以上――に昇格するには団長であるリアナの信頼と確かな実力が絶対条件で、それは世界中で知られている。
リアナに限らずギルド団長は全王であるリュアンの信頼を得ており、それはすなわち、サニーズの上級冒険者は実力も人柄も信頼できるということである。
中級や下級の団員は、団長の信頼を勝ち取ろうとまずは実力を上げようとする。
そして団長と接し、信頼を得る。とそんな流れである。
しかしリアナの壁も高い。良からぬことを考えて上位に上がろうとしても、そういった輩はリアナの方から関係を絶つことにしているのである。
だが、そもそもサニーズにはそんな団員は受け付けていないので、ほとんどは、あとは実力が問題なのである。
ちなみにシノンのようなS級団員は特位と呼ばれ、団長や全王、それから国などしか指名依頼が出せなくなる。
理由は、前に、一般市民や貴族からS級の団員に指名依頼が来たところ、一日に一人数十件以上もの依頼がほぼ同時に殺到したのだ。そして中級の団員には仕事が回らず、これを機に、特位の団員には特定の者しか指名依頼ができなくなったのだ。
それに対して民衆や貴族から反発されたのだが、理由を公開したら大人しくなった。
話は少し変わるが、基本下級の冒険者には指名依頼がいかない。実力が心もとないからである。
だから指名依頼が来るのは中級であるD級以上からが基本なのである。
シノンたち一行が向かったのは、冒険者ギルドだ。
アルファもアリュスフィアも、S級とA級という優秀な冒険者だった。
ゆうきが冒険者登録をしていないので、これからここでする予定ためにやって来たのだ。
リリーズ王国での竜の一件があってから、ギルドで冒険者登録をするのは時給生活ではなく、訓練場などでの戦闘試験となった。
戦闘とはいえ、ギルドの役員に課題を出されてそれを達成する形である。
馬車置き場に馬車を預け、シノンたちはギルドの中へと入っていった。
「すみません。冒険者登録をしたいんですけど」
「はい、わかりました。それでは、こちらにご記入をお願いします」
「はい」
ゆうきにやり方を教え、他のメンバーたちは遠目でゆうきの様子を見守っている。
やがて記入が終わり、奥に連れていかれていった。
「昼食の店を確保してくる」
「アルファとフィアはここでゆうきを待っててね」
「わかった」
「いってらっしゃい」
シノンとカルナはギルドから出て、昼食を摂る店を確保しに街へ向かっていった。
アルファとアリュスフィアは、近くの椅子に座ってゆうきを待っていた。さすがに都会の街のギルドなだけあり、人も大勢いた。
老若男女の、下級から上級の冒険者まで、また種族も多種多様である。
そんな中で、一人の少年が大柄な男達に囲まれているのをアリュスフィアが見つけた。
「ね、お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「あれ……」
アルファの袖を引っ張りながら、アリュスフィアはギルドの一角を指さした。
「いつになったら売る気になるんだ?そっちも金がやべーんだろ?」
「てゆーか建物ごと引き払っちまえばいいんだよ。俺たちにさ」
「高くつけるぜー?あそこは立地もいいしな」
「じ、冗談じゃない!俺だってその金を稼ごうとこうしてギルドへ来てるんだから!」
「へっ。テメーみてーなひよっこに、宿の経営をしてくくれえの金が稼げるわけねえだろ」
「そんなひよっこを数人で囲って虐めることしかできないひよっこは退散してもらおうか」
「あん?」
「なんだテメーは?」
そこで乱入したのはアルファである。頭巾を被って顔を隠し、男達の後ろへ気配を消して近寄ったのだ。
「お前には関係ねえだろ。さっさと失せろ」
「俺にはその男の子が困っているようにしか見えないんだが、間違っていただろうか?」
「ふん。そりゃあ間違いだな。俺たちはこいつに世の常識ってもんを教えてやっていたんだからな」
「う、嘘だっ!お願いします、できるなら助けてください!こいつら、建物を引き払えとか、断ってるのに何度も言ってくるんですよ!」
「このっ!」
その瞬間、男の拳が少年へと向かっていった。それをアルファは片手で止め、男を睨む。
「これで、お前は子どもに暴力を振ったことになるが?この国じゃ、大人が子どもに暴力を振ってしまえば罪になると聞いているのだが」
「くっ、くそっ!覚えていやがれ!行くぞ!」
「「「へい!」」」
「はあっ………」
小さな声を漏らして、少年は床に座り込んだ。
「大丈夫かい?」
青白い顔をしている少年に手を差し伸べて立たせると、彼はアルファに頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に、助かりました」
「いやいや、困っているようだったから」
「………あの、旅人さん、ですよね?」
「そうだけど?」
「あっ、なら、宿はお決まりですか?」
「うーん、どうだろう?今は昼食の店を確保しに仲間が街へ出ているけど、宿は決まったかどうかは聞いてないな……」
「そ、そう、ですか……」
「……………お兄ちゃん」
「ああ、フィア」
フィアも外套の頭巾を被ってアルファに近づく。
少年は、右目に眼帯をしており、焦げ茶色の短髪は癖毛であった。左の青い目は影がさして、本来は明るい性格であろう彼の顔は目に見えて落ち込んでいた。
「………良ければ、事情を聞こうか?」
「い、いえ。これは俺たちの問題です。助けていただいて、本当にありがとうございました」
少年はもう一度頭を下げて、ギルドを去っていった。
何とかしてあげたい。そんな気持ちが、アルファとアリュスフィアにはあった。しかし、シノンとカルナがいない以上、勝手に行動するわけにはいかない。
何とももどかしい気持ちであった。
そんな複雑な気分を味わっている二人のもとに、ゆうきが戻ってきた。
「アルファさん、シノンさんとカルナさんはどこへ……?」
「ああ、ゆうき。おかえり。昼食の店を確保しに行ったよ」
「おかえりなさい。どうだった?」
「へへっ、無事合格しました。D級です」
「ほう、すごいな。シノンが少し指南したって聞いてたけど、なかなかやるじゃないか」
照れたように笑ったゆうきだが、すぐに切り替える。
「いいえ、ボクに比べたらフィアの方が全然すごいですよ。ボクだって物心ついた時から鍛えられてはいましたが、それは中途半端に終わってましたし」
「いや、普通十一歳でD級はいかないよ。フィアは元から持っている身体能力のお陰だ。言ってしまえば、俺とフィアは異常なんだよ」
「うーん、そう、なんですかね?まあでも、ありがとうございます。シノンさんとカルナさん、それとライズさん以外に褒められたことがなかったので、新鮮です」
照れ笑いしながら頬を掻くゆうき。そんな彼女を、微笑みながら見つめるアルファとアリュスフィアは、シノンとカルナの気配――正確にはカルナの気配を感じた。
「お待たせー。あ、ゆうき、どうだった?」
「あ、はい。合格しました。D級です」
「すごいじゃないか。いいぞ、ゆうき」
「は、はい!ありがとうございます!」
珍しく、頭巾の下でシノンが微笑んだ。それに気づいたのはゆうきとカルナだけだが、アルファとアリュスフィアは、彼が出している暖かい雰囲気を感じ取って微笑んだ。
「シノン、カルナ。あと、ゆうきも。ちょっと相談があるんだが……」
「ん?なに?」
「ああ、実は………」
アルファは、先ほどの少年のことを彼らに話した。主にその少年を助けてやりたいという思いを、だ。
人助けを積極的にやろうとしないシノンに言うのは無謀だとも考えたが、それでもダメもとで言ってみるしかないと思ったのだ。
「ああ………右目に眼帯をつけた十三歳くらいの男の子ね……シノン?」
「………それ、レスだろ」
「は?」
アルファは、少し間抜けた声を出した。アリュスフィアもその隣で少し呆然としている。
シノンは周りを見渡してから、全員に手招きして馬車に向かった。
彼は御者台に座ると、馬を進めた。
「お、おい、どういうことだ?」
「行きゃわかる」
「えーっとね、これから向かう場所は、酒場兼宿屋になってて、お昼ご飯もそこで食べようかなって思ってるんだけど、そこの宿屋の子どもが、アルファの言っていた子と似てるんだ」
「えっ………ちょっ、それって……」
「私たちもあの子を助けたいと思ってるんだ。さっき言っていた事情とあの子の事情、被ってる部分もいくつかあるしね」
やがて一つの立派な建物の前に止まると、カルナはそこで馬車を降りた。それに続いてゆうき、アルファ、アリュスフィアも降り、シノンは馬車を宿の裏の厩に置きにいった。
「いらっしゃ――……ああ、カルナちゃんか。おかえりなさい。その子たちがそうなのかい?」
「ただいま戻りました。そうです。左から、ゆうき、フィア、アルファです。シノンは馬車を置きに行ってるので、すぐに来ます」
「そうかい。レス!カルナちゃんたちが来たよ!」
「はーい!」
するとカウンターの奥から出てきたのは先ほどギルドでアルファが助けた少年だった。しかし、頭巾を被っていたため彼でもすぐには気づかなかった。
「あ、レス。久しぶり」
「お久しぶりです。あ、どうも。初め、まし、て………あっ」
「「あっ」」
レス、アルファ、アリュスフィアの三人の動きが止まる。
「あ、あなた達は……まさか!」
「やっぱりそうなのか!君がレス君か」
「な、なんで俺の名前を!?」
「ふふっ、どうやら当たりみたいだな。そういうわけだから、アルファたちも遠慮しないで」
カルナは笑顔になる。事情を聞いていたゆうきも、話についていけていた。
シノンが戻ってきて、レスは挨拶をした。
「レス」
「え?あ、はい?」
「事情は聞いたよ。宿、絶対に何があっても引き渡すな。女将もですよ」
「わかってるよ。なにが悲しくてこの宿を引き渡すのか」
腕を組んで仁王立ちする女将の決意は固いようだ。
「そ、それより、いいのかい?任せても?」
「安心してくださいよ。連中の正体はわかっていますので、あとはちょっと脅してやればなんとかなります」
「そうかい。なら、任せようかねえ」
女将は微笑み、うなずいた。それだけシノンを信頼しているという証で、彼に任せるだけで助かるのだという確信があってのことであった。
「では、席へご案内します」
そんな中でもしっかり仕事をこなすレス。シノンたちはすでに部屋を借りており、昼ごはんを食べたら街へ買い物目的で出る予定であった。
そうして、彼らは昼食を摂るのだった。




