68、 雨と然濃族
「おかえり」
「お帰りなさい!」
「うん、ただいま」
「ただいま」
学校を卒業し火山の調査を終えたシノンとカルナは、アグリム山麓のツリーハウスに帰ってきた。
今ではすっかり美少女になったゆうきが、元気にシノンとカルナを迎えた。
大きくて丸い目は、『左右不対称』であることがはっきりとわかるようになっていて、長い癖のある白金の髪は前と変わらず団子型に結えられていた。
「シノンさん、カルナさん、お久しぶりです!」
「うん、久しぶり。元気にしてた?」
「はいっ!お蔭さまで!」
「随分と元気になったものだな。出会った当初は人見知りしてたのに」
「そりゃあここにいる時だけだよ。街に出れば俺にぴったりくっついて離れようとしないのさ」
ライズが苦笑しながら割って入った。シノンは立ち上がって、笑顔を向ける。
「お久しぶりです。ゆうきを任せてしまって、すみませんでした」
「いいよいいよ。俺は俺で楽しかったし、な?」
「はい。ここに来て良かったと思ってます」
「えーっと、ゆうきは今年で十一歳かな?」
「はい、そうです」
「もう十一かあ。早いねえ」
「何おじさんみたいなこと言ってんのさ?」
「いや、だってもうおじさんでしょ?俺は今年で三十だぜ?」
たしかに、とカルナが呟いた。しかし、そこで更にライズが突っ込んだ。
「そういうお前らはなんで四年前から姿がほとんど変わってないんだ?シノンはわからないでもないけど、カルナ、お前もう今年で二十だろうが?」
「ちょっ、女の歳をさらっと言わないでよ」
「あっ、すまん」
「それが、俺でもわからないんですよ。一応調べてはいますけど……わからず終いです。本人はなんとなく喜んでるみたいだからそれはそれでいいんですけど………」
「そう、なのか。うーむ、謎だね」
「謎ですね。引き続き調べることにはしますが」
「それがいいよ」
そこで会話を打ち切った彼らは、遅めの昼食を取るのだった。その間、久しぶりに会った彼らは楽しく会話をしていた。
その後は、旅の疲れが出たのかシノンとカルナはそのまま休んでしまったのだった。
朝。カルナが目覚めると、目の前にはシノンの寝顔があった。なぜか。それは、カルナが彼に抱きついているからである。
カルナはニヤニヤしながら、しばらくはシノンの寝顔を堪能していた。
「やっぱり可愛いなあ………」
寝顔とは、誰しも無防備なものである。シノンは普段、起きている時は無愛想でしかも無防備なところなんて見る機会がないので、こうして彼の寝顔を見ると新鮮な気分になるのだ。
いつもは頼りがいがあって大人っぽい顔立ちをしているのに、まだ大人になりきれていない十五歳の男の子の寝顔は、ものすごいあどけなさがある。
カルナは、シノンより早く起きた時は、こうしていつも眺めているのだが………。
「…………ん?」
シノンが身じろぎをし、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう、シノン」
「ああ、おはよう。………これはなんだ?」
「見ての通りだよ」
「うわっ」
カルナがシノンの頬に自分の頬を当て、頬ずりをする。
「やっぱスベスベだねー、好きだよー、そういう所も」
「お、おう……」
シノンの肌は一年中乾燥せずシミもないので、綺麗な肌を保っていた。それはカルナも同じであるが、女性としてのプライドもあり、もっと綺麗にしたいという願望があった。
だからシノンもここで、カルナも綺麗だと思っていても言い返されるので、言えないのである。
「へへっ、だいぶ疲れてたみたいだね」
「そうだな。今日はカルナの方が起きるの早かったな」
「ああっ、ちょっとー………」
「なんだよ。そろそろ起きないと。明後日にはここを出るし、今日の朝鍛錬しないと明日はできないからな」
「………なら私も行く」
シノンが部屋を出ていってから、渋々と言った感じだが、カルナも起き上がって着替え始めた。
シノンも動きやすい格好に着替え、武器を取り出して外へ出る。
カルナは少し時間がかかると思うので、少し剣を振っていた。やはり、動きが鈍くなっている。
一年、また一年と、徐々に体に衰えが来ているような感じだ。寿命などということはないだろうが、病の可能性はあった。
『走査』を使って体内の異常を調べてみたが、特に問題はなかった。
「お待たせー!」
カルナが降りてきて、シノンのもとへ走り寄った。
「おう。じゃあ、走るか」
「うん!」
シノンは双剣をしまって、カルナとともに森の中へ走っていった。
「シノン、雲行き怪しくない?」
「ああ。水の匂いがするから、この後すぐに降ってくると思う」
朝だというのに分厚い雲が立ち込めているので暗く、今にも降り出しそうだった。
「えっ、じゃあ、早めに帰らないと」
「そうだな。戻ろう」
二人はそこで往復し、ツリーハウスへと向かっていったが……。
ドサッ………。
「?シノン、今の音………」
「人が倒れる音だな………どうする?」
こういう類の決断についてはカルナが決めるようになっている。シノンは自分から積極的に人助けはしない主義なので、カルナの意見を尊重することにしているのだ。
「うーん、一応、様子だけでも見てみよう?」
「わかった」
言って、シノンは音がした方向に歩き始める。水の匂いでほとんど消されているが、かすかに人の匂いがするので、それを頼りに歩いていった。
距離にして、約五十メートル。
茂みの中に、二人の男女がうつ伏せで倒れていた。
シノンとカルナがそれぞれを抱え起こしてみると、十六、七歳くらいの青年と十歳くらいの少女だった。
二人とも顔立ちが似ているので、おそらく兄妹だろう。
青い髪を持った美しい顔立ちの兄妹で、ボロボロの外套を着ており少し痩せ細っている。
シノンが彼らの本質を調べてみたが、性格上問題はなさそうだ。
「シノン、この人たち、大丈夫かな?」
「本質は問題ない。お前の判断に任せるよ」
「じゃあ、連れて帰って助けよう。このままじゃ二人とも行き倒れたまま死んじゃう」
シノンは黙ってうなずいた。
カルナが少女を横抱きに、シノンが青年を背負い、急ぎ足でツリーハウスへと戻っていった。
「へえ……行き倒れの兄妹ねえ……」
「なんだか、ボクみたい、ですね………」
「ゆうきも行き倒れでしかも痩せてたからねえ。似てるっちゃ似てるかもね」
「……………………………」
それぞれが口々に言う中で、シノンだけが神妙な顔で彼らのことを見つめていた。疑問に思ったカルナが、シノンに問うた。
「シノン、どうしたの?」
「……いや、彼らから魔力の流れを感じないなと思ってさ。魔力放出もないし」
「……あ、たしかに」
普通、生き物は生きている限り、魔力を放出している。魔力結界で周りへの漏出を抑えることもできるが、シノンの目は結界が張ってあったとしても魔力放出は見える。
しかし、それもないとなれば、残りの可能性は………。
「然濃族か……」
「ねっ、然濃族!?」
「あの少数民族のかい?」
「えっ、えっ?」
ゆうきは夢見の里で生まれしかも人里から離れたところで育ったからか、然濃族のことを知らなかったため、二人が驚く理由がわからなかった。
しかし、カルナとライズが驚くのも当然であった。
然濃族。チグアム王国の南の森の中に暮らす少数民族で、生まれた当時から魔力を持っていないと言われている。
人との交流がほとんどなく、集落を作って暮らしているのだ。目の色はみんな白――と言うより透明――色で、透き通るようなその目は貴族が気に入ることが多い。顔立ちも皆美しく、その希少さ故に奴隷狩りに遭うことが多い。
だから、森の中に魔道具による頑丈な人避けの結界を張って、自分たちの身を護っているのだ。
魔力を持っていないので、当然魔法が使えない。その代わり身体能力が高く、敏捷性も人以上に発達する。
物心ついた時から鍛えられ、いざという時にも対応できる術を身につけられるとか。
「そんな……なんでそれが、こんな所に?」
「修行の旅と称して時々出てくるらしい。ロウが昔、然濃族の集落に行ったことがあるらしくて、それで聞いたんだけど……」
「ううっ……」
「あっ、起きたかい?」
先に青年の方が目を覚ました。
その瞬間、シノンはカルナを伴って部屋から出て行ってしまった。目が覚めて早々自分たちよりも希少な白髪に青い目を持つ子を見て驚かせるのもどうかと思ったからだ。
「大丈夫かい?」
「あ、あの………ここは……?」
「ああ、ごめんよ。ここはアグリム山の麓だ」
「えっと……すみません、助けていただいたみたいで、ありがとうございます」
「うん。まあ、助けたのは俺じゃないけど」
「え………?」
青年は上半身を起こして、きょとんとした顔になった。
ライズとゆうきはそこで、はっとする。彼の目の色は透明色ではなく、赤色だったからだ。
しかし後でシノンに聞こうと思い直し、すぐに切り替えて話しかけた。
「あ、お腹空いたでしょ?なにか持ってきてあげるよ」
「えっ、いや、助けていただいただけでも充分です。妹を連れて出ていきますから……」
青年は立ち上がろうとしたが、上手く力が入らないようで、バランスを崩して倒れてしまった。ライズは彼を受け止め、再び寝台に座らせてやった。
「無理しない方がいいよ。その様子だと、数日間は食べてないんでしょ?荷物も少ないみたいだし。遠慮しないで」
「………すみません」
今、ちょうどシノンとカルナは朝食を作り始めていた。
この二人を連れてきた時はライズとゆうきがちょうど起きた頃だったので、朝食はまだ作っていなかったのだ。
「おっ、いい匂いがしてきたね。ちょっと待ってて。ゆうき、お願いね」
「はい」
ゆうきにひと言伝えてから、ライズは部屋から出ていった。
――――――――――――――――――――――
目が覚めると、そこは暖かい木造の家だった。
目の前には茶髪で優しそうな目をした若い男がいて、隣にはまだ妹くらいの美少年が座っている。
二人には悪意はないようで、そして自分たちを助けてくれたのだと青年は安心した。
しかし、長い間ここにいては迷惑がかかるだけだと思い、出ていこうとしたのだが………。
「無理しない方がいいよ。その様子だと、数日間は食べてないんでしょ?荷物も少ないみたいだし、遠慮しないでくれよ」
「………すみません」
「おっ、いい匂いがしてきたね。ちょっと待ってて。ゆうき、お願いね」
「はい」
止められてしまった。どうやら本当に迷惑をかけているようだ。奥にはあと一人いるようで、手際よく食事を作っているらしい。
俺達のためにわざわざ、と思っていた青年だが、男は、朝食はこれからなんだし気にしないで、と言っていた。
その後、妹が目を覚まし、水色の髪を持った綺麗な女の子が食事を持ってきた。隣に座っていた、ゆうきと呼ばれた少年にそれを渡すと、ゆうきは青年に差し出した。
「えっ………?」
「どうぞ。これ、あなた方の食事ですから」
ゆうきは青年に盆を半ば押し付けるように渡すと、寝台の脇についている折りたたみ式の机を取り出し、設置した。
ゆうきが、寝台を跨ぐように取り付けられた即席の机に盆を置くよう促した。
青年は二人分の食事が載った盆を机に置き、ゆうきに話しかける。
「いいの?君は?」
「ボクは向こうで食べますよ。ほら、冷めないうちに食べちゃってください」
食事は軽いものだった。食べ物を見ていると、二人とも食欲が湧いてきて、それぞれ手に取って食べ始めた。
あっという間に食べ終わったが、遠慮なしに食べてしまったことに気づき、二人とも顔を赤くしてうつ伏せになった。
「す、すみません……」
「ふふっ、良かったです。ご飯を食べる元気があって」
「あ、あの、おかわりください」
「こらっ。フィア」
「だって………」
「良いけど、今は一気に食べない方がいいよ」
部屋の入口には、先ほどの若い男が立っていた。
「あっ、すみません。改めてお礼を言わせてください。介抱してくださった上に食事まで、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございますっ」
言いながら頭を下げると、男は満面の笑みでうなずいた。
「うんうん。助けたのも食事を作ったのも俺じゃないけどね。まあ、代わりに受け取っておこう」
「あの、ご迷惑おかけしてすみませんでした。すぐに出ていきますので」
「ああもう、またそうやって言うんだから。いいから、今日は休みなさい。外は大雨が降ってて、どのみち出られないんだから」
青年は男に制止をかけられ、渋々寝台に座っていた。
「体が充分に回復するまで、ここにいるといいさ。あ、自己紹介が遅れたね。俺はライズ。この子はゆうき。あと奥に二人いるけど、まあ後で紹介するよ」
「「えっ……?」」
「ん?どうかした?」
「………知らんな」
少し張ったような少年の声が微かに聞こえてきた。耳を澄ますと、中年の男っぽい声と少年の声の会話が聞こえてきた。
中年の男の声には、青年もフィアと呼ばれた少女も聞き覚えがあり、焦りが生じる。
それにライズが気づき、彼らを落ち着かせるように言った。
「あいつに任せておけば大丈夫さ。君たちはここにいて、大人しくしていればいい」
二人は抱き合って震えながら、ゆっくりとうなずいた。
「そんなはずはない。我々はたしかに然濃族の男女を追っていたのだ。しかし奴らはいつの間にかどこかへ行ってしまったのだ。ここに運ばれる以外に思いつかんのだが」
「何度言われようとここには俺ともう一人の二人しかいねえよ。さっさと出てけ」
「ならば、今すぐ調べさせてもらおう」
「………はあ。散らかすなよ」
「「!?」」
慌てず、ライズが二人の口を塞ぐ。彼は落ち着いた表情で微笑むとうなずいた。
「………任せておけば大丈夫だって。言ったろ?信じてくれよ」
少しの間二人はじっとしていたが、やがてゆっくりとうなずいた。




