64、 竜の生成と真相
「もうっ!あんな無理するなんてさ!」
「悪かったって。まあでも、今回の勝負はなんか俺が勝ちってことになったし、死者は出なかったし、良かったじゃないか」
「そ、そりゃあ、そうだけど……」
今回の竜の事件で、シノンとガルスターの力の差は圧倒的―――シノンが優勢だったため、勝負はシノンの勝利ということで収まった。
あれから数日経ったが、シノンはその間ずっと眠っていたのだ。彼ほどの魔力量ともなると、回復にも時間がかかるのである。更にシノンはなぜか体が衰弱しつつあるため、余計に回復が遅かった。
「シノン君、身体の調子はどうだい?」
「あっ、校長先生」
「ああ、いいよ、そのままで」
シノンは半身を起こそうとするが、サンリートはそれを止める。が、シノンは気にせず半身を起こす。
「起きなくてもいいのに」
「この方が話しやすいんですよ。それより、お話があります」
「ん?なに?」
シノンはカルナを一瞥してから、再びサンリートを見る。
「今回の竜の件について、報告したいと思います」
「ほう?何か知ってるのかな?」
「……シノン、どういうこと?」
「後で詳しく話してやるよ。あの試合の前、ある場所に忍び込んでみたんですよ。そこは黒い竜の研究施設のようでした」
「研究施設?そんなの、どこにあったというのかな?」
「学校の、学生寮の地下ですね。魔力で覆われて誰も気づかないようですが、俺もやっと見つけたんですよ。ちょっと違和感があったので」
サンリートはうなずき、続きを促す。
「そこで見た資料の中には、こんなものがありました。『闇属性による黒竜の生成』、とね」
「こっ、黒竜の生成……!?」
「ええ、こないだ出たアレがまさにそうですよ。すべて黒い魔力に覆われていました」
「なるほど……それじゃあ、誰かが意図的に今回の事件を仕組んだ、と?」
「そうですね。だいたい検討は、ついています…………」
シノンがその言葉を放った瞬間、彼の顔に少しだけ影がさした気がしたのをサンリートは見逃さなかった。
「証拠は、あるのかい?」
「もちろんです。こんなものも持ってきました」
シノンは収納魔法に入れておいた、研究施設の中にあったある物を取り出し、サンリートに渡す。
「こっ、これは……」
「そうです。これを見せつければどうでしょう?ちゃんと、本物ですよ」
「でも、これがあの場になかったらバレるんじゃ?」
「俺がそんなドジをすると思いますか?コピーくらい置いときますよ」
「なるほどね。それじゃあ、あとは僕たちに任せてよ。本当に、ありがとう。助かったよ。君はもう少し休みなさい」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いしますね」
「ああ、任せてくれ」
サンリートは笑顔を浮かべたまま、保健室から出ていった。
「で、シノン、どういうこと?」
今まで黙って二人の会話を聞いていたカルナが、シノンに訊く。
「ああ、実はな……」
シノンは、学校に入った本来の理由と、それが今回解決できそうなことなどを話した。彼女は、最初は驚いていたが、シノンの話を聞くにつれてなるほどと納得する。
「そんな理由があったのか。なら、私が来ちゃって邪魔だった?」
「んなことねーよ。大丈夫だ。まあ、時間がかかったのは俺がいけなかったんだ。別に誰かのせいじゃない」
「そ、そうか。なら、良かった。今までお疲れ、シノン」
「ははっ、ありがとう」
「だから、いったい何なのですか、サンリート校長先生?」
「ええ、ですから、あなたなのでしょう?数日前、黒竜を操り、訓練場で暴れさせた張本人は。ジャック=ホール先生?」
「何の話なのかわかりませんね。竜を操る?できるはずがないでしょう、そんなこと?」
「妙に落ち着いてますね。たしかに、竜を操ることなど、人の成せることではないでしょう。しかし、あなたのような魔術師ならばできるのでは?」
「さあ、どうでしょうね。わたしは魔物の生成すらしたことがないので、竜の生成など、できるはずがないですよ」
「それはどうでしょう?」
サンリートは、シノンに渡された資料をジャックに突きつける。
「これ、見覚えありませんか?」
「……さあ、わかりませんね」
ジャックは、少しも表情を動かさなかった。だがサンリートは余裕の表情を崩さない。
「おかしいですねえ、竜の生成が行われていたと思われる研究室から見つかったものなのですが、本当ですかね?」
「なぜわたしなのですか?何が何だかさっぱりです」
そこで、サンリートはにやりと笑う。
「……ならばなぜ、あの竜は作られたものだと?」
「………………………」
その時、初めてジャックの表情が歪んだ。しかしサンリートは構わず続けた。
「それに、ここにも記されているでしょう。『現段階での実験では、闇属性による“竜”の作成の実験は、成功している』とね」
「………あの竜を見ていれば、生成されたものだとわかりますよ。普通の竜との相違点だっていくつも見つかりましたしね。それに、そこに記されたものがなんだと言うのです?」
「あなたの筆跡にそっくりですねえ。それと、ほら。『ビーン・エクラセル』。彼の名前が書かれています。気になったので居場所を調べて聞いてみれば、簡単に吐いてくれましたよ。『王立学校のジャック=ホールと竜の生成をしていた』と」
「………………………………」
ジャックから、余裕が消える。だが焦ることはなく、さらに続ける。
「とにかく、わたしは心当たりはありません。そのビーンという人が、嘘を言っている可能性があるのでは?」
「いいえ、間違いありませんね。僕の知り合いに、相手の嘘を見抜く特殊能力を持っている人がいましてね、その人が、彼は決して嘘を言っていないと言っているのですよ。それから、物的証拠もありますよ」
ジャックは、眉をひそめた。
「これです」
構わずサンリートが収納魔法で取り出したのは、箱型の魔道具だった。それを見て、ジャックは少し目を見開いた。
そこにあったもの―――それは、シノンが秀亀王国でも見つけた魔素を放出する魔道具であった。
これはシノンによって魔素の放出も抑えられている。
実は、この装置はジャックが開発していた道具の一つだった。世界中のあらゆる場所に設置して、迷宮区が数日で発生するようになれば成功、否ならば失敗作という感じだった。
しかし、国内でやれば確実にこの研究が明かされてしまい、竜の生成どころではなくなってしまう。
この装置で魔素を発生させ、竜を作り出すための魔力を得ていた。だが、秀亀王国に設置していた装置はなくなってしまい、ジャックは少々焦りを感じていた。
なくなったはずのその魔道具が今、目の前にある。その事実が、彼の心に動揺と焦燥を掻き立てさせた。
「僕の知り合いに、嗅覚がとても鋭い人がいるんです。この魔道具に、あなたの匂いが濃く残っていると言ってましたよ。それに、あなたの魔力も感じます。間違いなく、あなたが付与したのでしょう?これと同じものが、研究施設からたくさん見つかりました。これでもまだ否定しますか?」
「……………しませんよ。参りました。たしかにわたしは竜の生成をしました。はあ………でも、もう遅いです」
「何がです?」
ジャックは薄く笑う。そこに不気味さを感じたサンリートは、すぐに魔法を展開できるよう身構えた。
すると、ジャックの体が僅かに光り輝き、白い罅がはいっていく。やがて彼の体が砕けたかと思うと、まるで殻を割って出てきたかのように、黒い人型の何かがそこにいた。
「なっ……!?」
『ッハハハ、我ノ悪行ヲ暴クトハナカナカノモノダ。ダガ、生憎ト捕マルワケニハイカヌ。サラバダ』
「ま、待ちなさいっ!!」
一瞬強く風が吹き、サンリートは顔を庇った。再び目を開けた時に彼が見たのは、床に転がっているジャックの死体だった。
「……………………………」
「ごめんね、犯人はわかったのだけれど、実際の真犯人はどうやらジャック君に取り憑いていたと思われる黒い何かだった。けれど、それの正体もわからないままで……」
「いえ、それは全然構わないんですけど、それより、ジャック先生は………」
「………残念ながら……」
「そう、ですか………」
シノンは目に見えて落ち込んでいた。犯人がジャックだとわかった時点でかなりのショックを受けていたのだが、更には亡き人になってしまったことに寂しさを覚えたのだ。
数少ない同じ魔術師という仲間で、親近感が湧いていたのだ。信頼も置いていたし、彼のその人の良さはシノンが心を許すのに時間はかからなかったのだ。
しかし、ジャックに取り憑いていたと思われるその影のせいで、彼は亡くなり、更に謎は深まっただけであった。
黒い影は、シノンには心当たりがあり、それについては更に彼が調べることとなった。
「黒い影……ですか。シノンさん、それはもしかして、以前報告があった……」
「はい、もしかすると、可能性はあります。ですが、直接見て見ないことには確証は持てません。調査を続けようかと思います。空の使いに関係してくるかも知れませんから」
「……?なぜそう思うんだい?」
サンリートがそこで疑問を投げつける。
「はい。以前空の使いたちを訪れて回っていた時に、彼らに話を聞きました。『人型の、黒い影に注意しろ』、とね。みんな口を揃えてこう言うんですよ。『彼らは異界の魔物だ』と」
「そ、それって……」
「はい。彼らがそれを知っていたということは、彼らも影と関係がある可能性が高いです。ですから、関連しているものと仮定して調べようかと」
「そういうことならば、今のところ空の使いに一番詳しいあなたにお任せします。報告をお願いしますね」
リュアンは優しい笑みを浮かべる。シノンも微笑み、うなずく。
「はい。お任せ下さい。それと、あと一年、ここに残っても構わないでしょうか?まだここで学びたいことが残っておりますので」
「ふふっ、あなたでもまだ学ぶことはあるのですね。いいですよ。今のところ、時間はまだまだありますし」
「恐縮です。ありがとうございます」
シノンは頭を下げた。そうして、シノンたちはもう一年ここに残って学校生活を送ることになった。
その後、シノンはリュアンに白金貨十枚―――は使い道がないので、金貨千枚をもらった。収納魔法でそれをしまい、その日は解散した。
「シノーン、早くー!」
「はいよー」
少々面倒くさそうな表情で、シノンはカルナを追う。ここは森の中である。高校生活最後の年の冬、二人でリリーズ王国の南側、シズキ島のシズの森。
木の密度は低いため、日光が程よいほどに木々の隙間から流れ込んでくる。
冬なのであまり暖かいとは言えないが。
「ううっ、寒っ」
寒さに弱いシノンは、肩に力が入っており少し凝ってしまった。肩を回して少しだけ解すと、また歩き出した。
「はあっ、やっと抜けたあ!」
両手を広げて元気よく叫ぶカルナはまるで子供のようだった。……いや、実際に子供だった。
シノンもそうなのだが、二人とも十五歳くらいの頃から成長がない。年齢的には、シノンは十九歳でカルナは二十歳になっているのだが、背が伸びていないことには二人とも気づいていた。
原因はわかっていないが、シノンの方はおそらく才を持つ子だからだと思われる。しかしカルナはわからない。
彼女は一応人族なので、すでに大人の体になっているはずなのだ。しかし、身長も伸びなければ精神的成長も見られない。
シノンが探っているが、まったく原因らしきものは見つからないままである。しかし本人はむしろ、
「歳をとらないならば女性にとってこんなに嬉しいことはない!」
だそうなので、一応は良しとしている。
だが何かあってからでは遅いので、せめて原因だけでも知りたいのだが、この妙な現象のことを知る者もいなければ資料や文献にもなかった。
森から抜けて近くにあるシズク街へ寄り、少し休憩をとることにする。一旦ギルドへ寄って依頼達成の報告をし、素材の代金と依頼の報酬を受け取ってから、二人で休憩のできる場所を探した。
カフェで茶を飲んでいると、シノンは防音結界を張ってカルナに話しかける。
「一ヶ月後、卒業したらザガイアス火山へ向かう。そこは、『炎の魔力源』と呼ばれる場所なんだけど………」
「あ、もしかして、空の使いの……?」
シノンは黙ってうなずいた。
「そこにはS級以上の魔物がうろうろしている。どうする、お前も行くか?」
「もちろん。迷惑じゃなければね」
カルナが即答したので満足そうに微笑むと、シノンはうなずく。
「まあ、大丈夫さ。お前のレベルなら、S級の魔物の一体や二体」
「え、そう?」
「まあ、先に冒険者登録をしちまおうぜ。倒した魔物の素材の金は、全部お前のになるぞ」
カルナの表情がぱっと明るくなった。シノンも笑顔になり、喜ぶカルナをじっと見つめた。
「やっと冒険者登録ができるよ。まあ、まだ一ヶ月あるけれどね」
「それでもあっという間だ。さ、そろそろ帰ろう」
「うん」
そうして二人は席を立ち、金を払って王都への帰路についた。




