63、 特別編4、花火と魔法
「魔法教えて」
「………は?」
カルナにこんなことを言われた。それは、今から数日前の話。二人で旅に出てから一週間が経過したが、シノンたちはまだコペル王国にいる。
あれから数日はロウやエジルといたのだが、二人と別れた時に、カルナがシノンにそう言ったのだった。
魔法を誰かに教える。
さしあたってそんなこと一度もなかった。
なぜか。それは、シノンは感覚で魔法を使っているからである。
今では詠唱をなくせないかと頑張っているのだが、それもまた感覚である。なくすまでには至っていないが詠唱はだいぶ省略できているのではないかと思っていた。
ただ、そんな中途半端な魔法を教えるつもりは、シノンはなかった。だが、カルナはどうしても魔法が覚えたいらしく、その後シノンが何を言っても何度も言ってくる。
「シノン、空が飛びたい。魔法教えて!」
「そんなに飛びたかったら飛んでやるぞ、ほら」
「えっ?」
シノンはカルナに手を差し伸べる。だがカルナは顔を赤くして、違うとばかりに首を横に振る。
「違うっ!そうじゃなくて、自分で飛びたいんだ!」
「そんな簡単に飛べるもんじゃねーよ。それに、なんで急に魔法なんか覚えようと思ったんだよ?」
「良いじゃないか。私だって魔法も使ってみたいし、武器も使ってみたい」
「………………………………」
シノンは、考える素振りを見せる。しかし、彼はカルナに闘術や魔法を教えたくはなかった。なぜなら、戦い方を知ればどうしても何かと戦わなくてはならなくなる。
それすなわち、彼女は常に戦場に立つことになり、同時に危険なところに常にいなくてはならなくなる。
そんなことは、シノンとしてはさせたくなかった。
「………駄目だ」
「ええっ!?」
シノンは、何度言っても魔法を教えてはくれなかった。でも、粘り強く頼み込めば、きっと教えてくれると思う。
私はそう信じて、一生懸命彼に魔法を教えて欲しいと頼み続けた。
けれど、シノンはなかなか折れてくれない。いったいどうすればシノンは私に魔法を教える気になってくれるのだろうか?
ある日、私たちはジガム王国のギルドで依頼を受けるために、掲示板の前に立っていた。
とは言っても、依頼を受けるのはシノンだけであり、私は見学者のようなものだ。
ジガム王国は、西大陸の南側に位置する王国である。レラン王国に隣接していて、それなりに面積のある国でもあった。
また、広大な土地を利用した野菜や果物の栽培がさかんだ。国境付近には小さな村や町が多く、そこで農業を営んでいる。
王国の中央をナザジカ山脈という巨大な山脈が横切っており、そこでの放牧も盛んに行われている国である。
「おっと、これがいいかな………」
呟きながら、シノンは一枚の依頼書を手に取る。それを、私は脇から覗き込んだ。
内容は、『警利の森』の調査。と言っても手前側である。報酬も悪くないので、私もそれに賛成する。
「はい、それではこちらにサインをお願いします」
シノンは受付で、依頼受諾のサインをする。受付を済ませると、シノンは私のもとへ歩いてきて、私も彼に並んで歩き出す。
街道に沿って歩くこと数時間、ようやく森の端っこが見えてきた。それが、水平線上いっぱいに見える。あれでもほんの一部なんだから、すごく広いんだな……。
「あ、そうだ。今日の夜、村で花火やるんだってさ。夜までに帰るぞ」
「え、本当?」
「ああ。秀亀王国ほどじゃないけど、ここの花火も結構綺麗だぞ」
「見る!絶対見よう!」
「よし、決まりだな。さっさと済ませるか」
「おー!」
森の前で少しだけ休憩してから、私たちは『迷宮区』の中へと入っていった。
「失せろっ」
「ギャンッ!?」
襲ってきた三頭犬達を、シノンは赤ん坊でも扱うかのように屠る。
三頭犬は三つの頭を持つ犬の魔物である。ここ警利の森へ入って行く冒険者の行く手を阻む番犬で、ほとんどは単体で行動するのだが、警利の森では厄介なことに集団になってしまう。
数が多いが故のことだとか。
この森では、B級以上の魔物が出る。三頭犬はB級だが、それでもかなり凶暴である。
A級冒険者ですら油断ならない強い魔物なのだが、S級の実力というだけあると言うか、シノンは余裕である。
しかし、ここはあくまで手前。奥に行けばA級の魔物がたくさん湧いてくる。更に奥に行けば、S級やSS級がいるのではないかとまで言われている。
私は後ろで見ているだけなのだが、シノンによる魔法で魔物にはまったく注目されない。更に結界も張ってあるので、完全に安全地帯である。
「ふう……」
汗を拭いながら、シノンは剣を収めた。私はシノンのもとへ走り寄って、タオルと水筒を渡した。
「お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
シノンはタオルを受け取って汗を拭った。そして水筒も取って、中身を飲み込む。
「ん、これ、魔力回復薬か」
「そうそう。美味いだろ?」
「ああ、美味い。なかなかいけるぞ、これ」
シノンが滅多に見せない笑顔を見せてくれて、私は、顔が少し火照った。その熱を冷やそうと、両手で頬を包む。
「ん、どうした?」
「い、いや!何でもない!」
「………?」
シノンは首を傾げている。歳下の男の子だからなのか、私はどうしても彼の笑顔に弱い。
いつもは無表情で感情はあまり表には出さないけれど、私はむしろそれが好きだった。
今回シノンに渡した魔力回復薬は、私が彼からもらっているお小遣いで買った。もちろん、シノンのために。
私は冒険者ではないので、収入がない。だから、シノンが定期的にお金を分けてくれる。私は遠慮したのだが、逆にシノンは、使い道がないからだと言う。
悪いと言えば遠慮するなと言われ、取っておけばいいと言えば、必要なら稼げばいいし私の収入がないだろうと言ったので、渋々受け取った形である。
「行くぞ」
「う、うん」
シノンは歩き出し、私も彼の斜め後ろについて歩く。
その間、私は下を向いたまま上に上がらなかった。こうしてシノンと並んで歩けることに、この上ない幸せを感じていた。
まだ伝えられていないけれど、いつかこの気持ちを伝えたい。
そう、私は思っていた。
ふと、シノンが立ち止まる。
「どうした?」
「……この辺でそろそろ帰ろうか」
「え?」
シノンは空を見上げる。釣られて、私も空を見た。
空はすでに赤く染まり、気づけば森の中も暗くなり始めていた。
「あっ……」
「今から帰れば間に合うだろ。さ、帰るぞ」
「うん」
村に戻ると、人がたくさん外へと出てきていた。おそらく、シノンの言っていた花火を見に行くのだろう。
シノンとともにギルドへ依頼達成の報告をしに向かい、素材の売却を済ませた。
「行こう。すごく見やすい場所がある」
「えっ、ほんと?」
「ああ」
そうしてシノンたちがやって来たのは、村から少しだけ離れた小高い丘の上だった。ここには誰もおらず、花火を独占できるというわけだ。
シノンが以前、ロウに連れてこられて見た場所もここだった。
しばらく空の星を眺めて二人で他愛ない話をしながら、花火が上がるのを待っていた。
『打ち上げ花火』。火属性と光属性の初級合成魔法で、村の魔法師たちが集まり、空に大きな花火を打ち上げる。
爆発系魔法と発光系魔法を組み合わせており、空に向かって一瞬だけ咲くその大きな火の『花』は、シノンにとっては印象に残らないはずがなかった。
カルナは、そもそも花火というものを話でしか聞いたことがなく、花火とはどういうものかと、楽しみでたまらない様子であった。
もともとは秀亀王国の発祥で、人々が祭りの度に、見て、そして楽しんでいたそうだ。
「あっ、上がるぞ」
「えっ?」
シノンが魔力の流れを感じとり、村の方向の空を指さす。カルナも釣られて見てみるが、何もないことに首を傾げる。
すると、こちらとは反対側の地面から一筋の光が空に向かって放たれた。それは上空六百メートルほどまでに上がると、巨大な花を咲かせた。
その瞬間、村の方からは歓声の拍手が聞こえる。
「わっ!」
「えっ!?」
そしてほぼ同時に響いた大きな音に驚いて、カルナは隣にいたシノンの腕を取り、しがみついてしまった。
「あっ、ご、ごめん」
カルナはシノンの腕を放し、顔を赤くして彼から一歩距離をとってしまう。
その後も空に花火は打ち上がり続ける。カルナは大きな音にも慣れ、ただじっと、恥ずかしさで悶えている。
「……キレイだな」
「えっ……?」
しかしシノンはそんなこと気にしてないというふうに、ただ空に打ち上がる炎の『花』にみとれていた。
花火が上がる度、そんな彼の優しい微笑みが様々な色で照らされて浮かび上がってくる。
カルナは、そんなシノンの方にみとれていた。そして、ほとんど無表情である彼がこんなにも夢中になるという花火も気になってきて、空を見上げた。
そこで、カルナはハッとする。多種多様な色や形の花が、火花を散らしながら空に咲いては消えていっていた。
無意識的に、カルナはシノンのもとに一歩近づいて、彼の手を取った。
柔らかくて、暖かい手だった。
シノンは左手に感じた感触に反応し、自分の手元を見る。そこにはカルナの手があり、彼女の顔を見れば、視線は花火に釘付けであった。
そんな彼女に微笑むと、再び花火へと視線を向け、手を握り返した。だがカルナは気づいていなかった。
あまりにも感動的なその景色は、彼女にこの上ない幸福感を味わわせるのに充分であった。
―――こんな時間が、永遠に続けばいい………。
カルナは、そんなことを心の中で呟く。
打ち上げ花火。それは、夜の空に浮かぶ大きな炎の花。その美しい姿を空へと放ち、数秒後には煙と化してしまう。しかし、その一瞬でも、人々の心の中からその景色が消えることはないだろう。
それは、シノンやカルナでも例外ではなかった。
二人はしばらく何も言わず、ただ空へと放たれる芸術を眺めていた。
やがて、シノンが口を開く。
「……カルナ」
「なっ、なに?」
「…………空、飛ぶか」
「えっ?」
カルナは間の抜けた声を出す。だがシノンは花火をじっと見ているだけであった。
「そ、それって……」
「ああ、教えてやるよ、魔法。それと、武器の使い方もな」
カルナはぱっと明るい表情になる。
「本当!?」
「ああ。もし俺がいなくても、自分の身を守れるように、さ」
シノンはカルナを見、微笑む。カルナも両目をキラキラと輝かせ、そして無意識のうちにシノンに抱きついていた。
「ありがとう、シノン!」
「ちょっ、ちょっと、カルナ」
「えっ……?あっ………」
カルナは、さっとシノンから距離をとった。顔を両手で覆って、赤くなった顔を隠す。
「何やってんだ、私…………」
「カルナ……?」
そう言えば、と、カルナは気づく。今までずっと、シノンの手を握っていたということに。
「はぁ……!」
更にはしゃがみ込んだ。恥ずかしさで悶えながら、カルナは両手で顔を覆う。シノンは訝しげな顔で、しゃがみこんでしまったカルナを見る。そして、どうしたらいいのかわからないので指で頬を掻いた。
すると、シノンは魔力の流れが一旦途切れ、更に多数の魔法式が一気に展開されるのを感じて空を見る。
「……おい、カルナ、『最高潮』だぞ」
「……え……?」
カルナは振り返り、空を見た。そこで彼女が目にしたのは、様々な色で彩られた幻想的な景色だった。カルナは目を見開き、立ち上がった。
「別に手を握られたり抱きつかれたからって怒らないよ。………むしろちょっと嬉しかったし………」
「え?何か言ったか?」
「いや、なんでも」
シノンは頭を掻きながら、カルナから視線を逸らしていた。カルナも微笑み、心から幸せそうな顔を浮かべる。
その後も最後の花火が上がるまで、彼らは黙って、しかし心底幸せそうな表情で空を見上げていた。




