62、 賭け試合と黒い竜
「なるほどなぁ………」
とある一室に、一人の青年が忍び込んでいた。どうやらここは、何かの研究室らしい。
それはおそらく竜である。
竜に関する本や竜魔法、それから闇属性の本もたくさん置かれている。それだけでなく、黒竜の爪や牙、鱗や目など、竜の素材までもが置かれている。
「こりゃ完全に黒、か。あとで報告しておこう」
青年は一人呟くと、その場から立ち去った。
「予想はしてたけど……派手だなぁ……」
観客席の方を見ながら、シノンは呆れたような声で呟く。いな、ような、ではなく、実際に呆れていた。学校の生徒だけでなく、街の住人や貴族までもが集まっていたのだから。
シノンは、今回は近接戦で挑も――否、恥をかかせようとしている。
これくらい挑むの内には入らない。
「待たせたな」
後ろから声が聞こえた。シノンはその前から気配でわかってはいたが、一応見て確認する。
振り返ると、案の定前衛の学生がいる。それもしっかり三人。
シノンが一人でいることにガルスターだけでなく取り巻きたちも眉をひそめる。
「貴様、まさか一人で戦うなどということはあるまいな?」
「そうだけどなんか文句あんのかよ」
「ははっ、今のうちだぞ?一人でも増やしておいた方が身のためではないか?まあ、貴様が勝つ可能性など、いくら人数を増やしたところでないだろうがな。なにせ、ここに集まっているのは全員がAクラス、しかも皆優秀な成績なのだからな!はははっ!」
よく喋るお貴族様だ、とシノンは小さくため息を吐いた。
訓練場のど真ん中で仁王立ちしているガルスター。シノンは、今からその面真っ赤にしてやるよ、と一人ほくそ笑む。
貴族をぶっ飛ばせるなど滅多にできることではないからである。喧嘩を売ってきたのは向こうだし、死ななきゃ文句の一つも言えないだろ。
やろうと思えば白の魔術師の名前だって使える。
「では、両者ともに中央へとお立ちください」
審判はやはりガルスターの取り巻きだ。雰囲気だけ見ててもわかる。シノンをニヤニヤしながら見つめていた。
シノンは、今回は短槍を使うことにする。
「降参はなしです。審判による判断ですべて決めます。気絶すれば失格です。なお、互いの殺し合いは不可とします。では、準備はよろしいですね?」
「当たり前だ」
「…………………………」
シノンはもう貴族に対して返事をするのも面倒になってきた。そのため、軽くうなずいただけである。
「それでは、始めてください!」
「我が手に集え、我が身に宿れ―――………」
ガルスターが詠唱し始めたのは炎属性の魔法である。だが、シノンはそんなものお構いなしに、まずはガルスターの詠唱を止めに入る。
前にいる前衛など無意味であった。『瞬間移動』で、ガルスターの懐に入り、胸元を拳で突いた。もちろん、気絶しない程度に。
「ごふっ!?」
「ガルスター様!!」
「なっ!?」
「い、いつの間に!?」
そしてシノンは、前衛の三人の急所をついて気絶させると、今度はガルスターから距離をとった。と言ってもほんの数メートルである。
地面にうずくまって腹を抑えるガルスターだが、シノンは彼が立ち上がるまで待った。観客席の方は、ほぼ一瞬で気絶した三人を見て呆然としていた。
会場は静まり返り、しばらくは沈黙が続く。やがてガルスターが立ち上がると、会場はざわつき始める。
「ぐぐ……貴様、何をした?」
「あの程度で驚かれても困るんだが」
「あ……あの程度だと!?一瞬で移動しただろう!不正だ!こいつ、道具を使って移動したに違いない!」
「ちゃんと持ち物検査で不正がないことは確認済みだよ。ちゃんと、自分の魔法だよ」
「なっ!?なんの魔法を使ったのだ!」
「そんなの教えてやるほどお人好しじゃねーよ」
余裕がなくなってきたガルスターを無視し、シノンは歩き出す。ガルスターは前衛がいなくなったことにより戦いづらくなった。しかも相手はAクラスの優秀な前衛を一瞬で倒した相手である。
近接戦を得意とする相手に対して、後衛である自分がたった一人で勝てるはずがない。だが降参などできるはずもなく、ガルスターは詠唱をするしかなかった。
「わ、我が身に集い給え、火と土の精霊よ、『炎の砂嵐』!!」
精霊魔法の中級で、炎と地の合成だ。Aクラスとはいえ、本当に優秀なようだ。カルナでさえまだ初級しか使えないというのに、こちらではすでに中級をマスターしている。
しかも精霊の力による詠唱の短縮もできているようだ。
「たしかに優秀なんだな」
だが、普通よりも強力な精霊魔法も、シノンの敵ではない。なぜなら………。
「なっ……!?どうなっている!?」
本来の精霊魔法の威力よりも、格段に小さくなっている。シノンはなぜか精霊たちに好かれており、精霊魔法を相手が使おうとしても威力が半分以上小さくなる。
現に今も、普通ならばシノンの身長の三倍ほどの高さにもなるはずの『炎の砂嵐』だが、今では二倍の高さもない。勢いもほとんどないのである。
一瞬だけ短槍に水を纏わせて振ると、柱状になったそれは一瞬で消えた。
「我が身に宿るは水の精霊。そして命を繋ぐは水の力――……」
「なっ!?貴様、それはっ……!」
「さらに清水のように美しく流れる美しき純粋な自然の恵み。我にもたらすは精霊の力なり、そして鋭利と化せ、『酸性雨』」
「わっ、わたし達を殺す気か……!?」
誰も気づかないような小さな変化だが、シノンはニヤッと人の悪い笑みを浮かべていた。
精霊魔法での『酸性雨』は中級魔法で、殺傷能力はない。ただ、生物以外の物を溶かしてしまう結構厄介な魔法である。
ある程度調節はできるように改良済みので、見られてはいけない部分だけは隠せるようにしておいた。それでもシノンは甘いと言えるであろう。
それに降る量は少ないので、ところどころ(?)穴が開く程度である。
精霊魔法でも詠唱は必要なかったが、無詠唱だとかなり目立つのでフリをしているだけだ。精霊たちもそれが分かっているので、シノンが発動するまでの数秒間はしっかり待ってくれている。
やがて、ガルスターに酸性雨が降り始める。ギャーギャー叫び始めるが、実際に溶かしているのは服のみである。
制服に関しては、弁償する必要はないとサンリート曰くである。シノンは前もってこの魔法の使用許可を、サンリートに得ていた。
殺傷能力はないため許可が出たので、シノンは使っているわけだ。
会場はさらに騒がしくなったが、教師たちはあらかじめ知らされていたのか動く様子はない。
貴族達は気が気でなかった。もちろん学生や平民たちも、何をやっているんだと言い始める。
教師たちに止めさせるよう声がたくさん上がるが、教師たちは対応に追われている者もいればまったく気にしない者まで様々だった。
しばらくすると、そのざわめきは笑い声と見下すような声に変わる。
その波は一気に全体に広がる。たった一人を除いては。
「なっ、な、どういうことだっ!?」
ガルスターはもうほぼパンツ一丁になってしまっている。制服は穴だらけ――ボロボロと言っても間違いではない状態――になってしまい、ガルスターの顔は真っ赤である。
「貴様!!何を………!」
「見りゃわかるだろ」
「こ、こんなことをして、ただですむと!?」
「ギャーギャーうるさい。あ、それともそれが貴族の誇りってやつなのかよ?」
「くそっ、わたしに恥をかかせるとは………わたしは、ザン王国のナルキルティ公爵家の第一子なのだぞ!貴様の家族もどうなるかわからんぞ!」
「できるもんならやってみろよ」
うるさい蟲を黙らせようと、ちょっと腹が立ったのでシノンは駆け出す。ほぼ一瞬でガルスターの懐に入り、短槍の柄で脇腹を払って吹き飛ばす。もちろんかなり手加減した。後衛なだけあって耐性がない。
するとそこで、シノンは短槍をしまった。
地面に転がっていったガルスターだが、なんとか立ち上がると、頭の上に疑問符を浮かべる。そして、嘲るように笑った。
「なんだ?貴様、まさか降参か?」
「………この状態で降参する奴がいるかっての」
シノンは誰にも聞こえないような声で呟く。シノンが追撃しないのは、ガルスターが魔法を展開していたからだ。誰にも聞こえないような声でもごもごと唱えていたのをシノンは聞き取り、更には魔力まで感じたので、敢えて攻撃しなかったのだ。
次に攻撃すれば攻撃した対象にのみ大きなダメージを与える攻撃である。
『爆弾』。先ほど説明したように、展開している間は自分に触れたものすべてにダメージを与える。相手の防御力に関係なく同じだけのダメージを与えるため、最悪一生体が動かなくなることもある。
その代わり、発動する度に使い手の反動もある。一時的にだが、体の部位のどこかが少しずつ麻痺していく。
回数を重ねる度に増える数値も上がっていくため、最終的には全身が麻痺することすらある。
この学校でしか魔法式を展開する機会のない上級合成魔法である。
属性は、炎と命。
短槍をしまったのは、このままでは貴族に卑怯だのなんだのと言われそうなので、こちらも後衛で行こうと考えたためだ。
シノンは両手を合わせる。そして、詠唱を始めた。
「風よ舞え、雷よ踊れ、我が身に纏い疾風迅雷の如く舞う風雷よ、我の意に従い、我の敵を撃て、『疾風迅雷』」
風属性と雷属性の合成魔法で、基本は雷を操る魔法である。だが、今回この魔法を放ったのは、ガルスターが目的ではない。シノンが標的にしたのは………。
『ヒィギャアアァァァァァァァ!!!』
やけに甲高い声を出しながら上空に現れたのは、黒く禍々しい魔力を纏った黒い竜だった。
目は赤く牙や爪、そして角も真っ黒で、普通の竜よりも魔力が高かった。大きさは全長三十メートルほど、光沢のある鱗はおそらく竜石をも通さないだろう。
シノンは『疾風迅雷』を竜に向けて放つ。
これは、雷を多様な動きで相手に向かわせることができるものだ。同時に風を操り、特に空を飛ぶ相手の動きを制限することもできる。
中級合成魔法で、普通の魔法師でも練習すればコントロールも完璧にこなせるようになる。だが威力は半端なものではなく、加減を間違えば相手を死に至らしめることだってある危険な魔法である。
観客席の方には結界があって魔法は通せないので、竜が結界の張られていない真上に来たところでシノンは魔法を放った。
『ヒギャアアアァァァァァァ!?』
「ひっ!?」
ガルスターは声にならない悲鳴をあげた。竜は苦痛の声をあげながら暴れる。すると口から炎を出し始め、会場の地面を抉った。しかし、シノンの迅雷は竜に鎖のように絡みつき、動きを制限していた。
観客席は混乱状態に陥っていた。教師たちは生徒、一般住民、貴族の者たちに避難するよう指示を出している。
シノンが竜の動きを止めているあいだに、教師たちが集まってくる。
「中止だ中止!!みんな避難しろ!」
気絶している生徒や審判をしていた生徒、そしてガルスターを会場から退かせた。サンリートがシノンの隣に立ち、話しかける。
「あとどれくらい持ちそうだい?」
「長くは、持ちませんね。竜の動きを制限するのは、決して楽じゃ、ありませんから」
「そりゃあそうだろうね。僕も手伝うとするよ。……かの者を縛りつけよ、我の意に従い敵の動きを封じよ、『束縛』」
詠唱が完成すると、サンリートの右手から頑丈な、魔力でできた縄が大量に出てくる。そしてそれが竜に絡まると、固く締まった。
『ギャアアッ!?』
「さて、どう料理しようか?」
「校長先生、それ、たしか土属性と森属性ですよね?」
「ん?そうだけど?」
「そうですか」
「?」
サンリートはよくわからないという表情になったが、シノンは会場にはすでに誰もいないことを確認してから竜に攻撃をするための準備を始める。
まず、相手の魔力量からしてかなりの量の魔力を注ぎ込まなければ倒すことはできない。更に身体の大きさも考えると、だいたいシノンが保有する半分以上の魔力を注ぎ込むことになる。
今現在でも結構なスピードで魔力を消費しているので、行動は早めにした方がいい。
そこまで考えると、シノンはサンリートに合図を送る。
「校長先生、何があっても、放さないでくださいよ」
「何をする気なのかな、君は?」
構わずシノンは、瞬時に迅雷を物理属性へ切り替え、大量の魔力を一気に注ぎ込んだ。すると、雷の鎖を大きなエネルギーが伝って行き、最終的には竜へとたどり着く。
『ガアァッ!?』
パリンッ。
「ええっ!?」
サンリートが珍しく声を荒らげる。竜から魔力の流れが途切れ、観客席の方へと落ちた。
竜は黒く霧散していった。
ドサッ。
サンリートが横を向いた時には、シノンは地面に倒れていた。
「シノン君!しっかりしなさい!」
シノンの顔は真っ青で、汗もかいている。魔力切れである。しかし死に至るほどではなかったらしく、しっかりと息をしていたのでサンリートはほっと息をつく。
「まったく君は……無茶をするんですね」
先ほど一気に魔力を放出したため、シノンが腕につけていた二つの腕輪は割れてしまった。そのため、力の制限も外れ、更にはいつもの白髪に戻り、狼の耳と尻尾も元に戻っていた。
サンリートは、このままではまずいと思い、『変装』で彼の髪色を紺色にし、狼の耳と尻尾も隠してやった。
そして救護班とカルナを呼び、シノンを保健室に運んでいった。




