61、苛立ちとストレス発散
学校生活が再開した。
シノンは相変わらず個人授業を受けており、新たに学んだことも多かった。
カルナの宿題は精霊魔法の初級の習得だったらしいのでちょっと教えてやったら、今度は一人で完璧に使いこなしてしまった。
精霊を呼び出す呪文も完璧だったし、今では水と風の精霊と契約している。
シノンは右手を使えないので今は左手を使って授業を受けているが、幸い両利きであったため左手でも問題なかった。
先生に心配されたが、大丈夫だと答えれば笑顔でうなずいてくれた。本当に愛想の良い先生である。
「さて、じゃあこれを計算で解きなさい」
目の前に出された課題―――魔法陣は、物理属性だった。今ではもう魔法陣を見るだけで属性とその効果がわかつがてしまうのだが、計算することが大事なのでちゃんと紙に式を書いていく。
「…………ふむ、やはり君は優秀だな。魔法術学者にでもなるつもりなのかね?」
「いや、ちょっとした趣味の一環………ですかね。今のところ特にやりたいこととか、ないんですよ」
「なるほど。それで、色々と学べるここへ来たのかね?」
「まあ、そんな所ですね」
教師がシノンの回答を見終わると、学校のチャイムが鳴る。
「おっと、今日はここまでだな。お疲れ様、シノン君」
「はい、ありがとうございました」
シノンは荷物をまとめると、教室を出る。
一般生徒たちも通る廊下まで来ると、一気に周りが騒がしくなった。
今日はカルナは友人と約束があるとかでいないので、シノンは一人で依頼に行くことにしている。
だが、できないようだった。
「おい、お前」
肩を叩かれて振り返ると、いかにも貴族という感じの生徒がいた。
たしかAクラスにいたな、とシノンは思った。
「…………なに?」
仁王立ちしてなかなか要件を言わないその生徒に苛立ちながらシノンが言う。
「おい、お前、このお方に向かってその口の聞き方はなんだ?」
「そうだ、このお方をどなたと心得る!」
「知るか。用がないなら話しかけんなよ」
更に苛立ちながら、それでもシノンは貴族が何かを言うのを待っていた。
貴族の青年はニヤニヤしながらこちらを見ているが、なかなか何も言ってこない。
「貴様、見ない顔だな。上級生か?」
「だったらなんだよ」
上級生だと思うのにこの喋り方はどうにもならんのか、と心の中で悪態を吐きながら、シノンは訊く。
「ふん、なら、こんな所に何の用なのかと思ってな」
「関係ないだろ」
「関係なくないだろう。他学年のフロアに来てはいけないという決まりがあるだろう」
そうか、とシノンは思う。普段、Sクラスのメンバーは他のクラスよりも早く終わる。と言うか、他のクラスが遅い。だから、いつもは見かけない奴がうろついていれば怪しむのは当然だ。
今日は教師たちの会議があるとかで一時間ほど早く上がっている。
「誰がいつ他学年だって言ったんだよ」
「なに?他学年ではないのか?」
「ちげーよ」
「…………………………」
ならどこのクラスかと、噂する人たちの声が聞こえてくる。
すると、あとからSクラスのメンバー―――カルナとコルディアスが出てきた。
「お、シノン、どうした?」
「ああ、コルド、カルナ」
「おう。………あ、話してる途中だった?」
「用は終わったんじゃないか。行こうぜ」
「あっ」
「どうした?」
急にカルナが声を上げた。シノンが聞き返すと、貴族の青年ははっとして微笑んだ。
「カルナよ、君はいつになったらわたしの婚約を受けてくれるのかね?」
「はあ?」
シノンが呆れたような声を出す。カルナは困り顔で、シノンの腕に抱きついてきた。
「おい、聞いてないぞ」
「言ってないからね。あーあ………バレちゃった」
「そういう時は言えよ」
「おいっ!貴様、わたしの婚約者でありながら他の男と……!」
「誰が婚約者だっ!」
カルナも馬鹿ではないので、この場でシノンと婚約しているなどということは口にしなかった。カルナの腕に力がこもった。
やはり、王国での精神的外傷はまだ残っているようである。
「くそっ、おい、貴様、そいつはわたしのモノだ。こちらへ引き渡すがいい」
「………ああっ!?」
「「「ひっ!?」」」
珍しく声を荒らげるシノン。それにはカルナも驚いて彼の顔を見ていたが、離れる様子はない。
「誰がお前のモノだって?言ってみろよ?」
「貴様、ガルスター様にそのような話し方を――……!」
「てめえに聞いてねえよ。黙ってろ。で?答えを聞こうか?」
ガルスターと呼ばれた青年は一歩も引かなかった。その顔には、怒りの色が見て取れる。
「わたしは貴様に勝負を挑む。シノン、と言ったか?日時は次の休日、昼に訓練場で、だ。必ず来い!」
言って、シノンの返事も待たずにガルスターはどこかへ行ってしまった。怒りで我を忘れていたか、クラスも確認しないとは。
周りがざわざわと噂をし始めた。シノンは舌打ちをすると、歩き出した。
カルナとコルディアスもシノンについて行った。
「シノン、受けるの?」
「ああ、やってやるよ。カルナのトラウマを引き起こさせたクソ貴族に恥をかかせてやる」
「トラウマ?」
「聞くな」
「お、おう」
「…………あの、もう一度お願いします」
「はい、ですから、観客を集めると言っていました」
「…………っざけんなっ!」
悪態を吐きながら、シノンは机を拳で叩く。もちろん本気ではない。
だがしかし、ミシミシと聞こえてはいけない音が聞こえたので我に返ったシノンは命属性の回復魔法で直していた。
シノンが苛立つ理由。それは、数日前に絡んできた貴族のガルスターが、校長であるサンリートにこの件を申し付け、訓練場に観客を集めると言ってきたことだ。
そのせいで、シノンとカルナは学校中で噂になってしまい、シノンは非常に居心地の悪さを感じていたのだ。
しかも、正式にカルナを賭けることとなってしまい、勝てないことは絶対にないだろうが、シノンは苛立ちが抑えられなかった。
「すみません」
「いや、いいよ。直してくれたしね。でも、どうする?カルナちゃんを賭けろなんて言われたら、さすがに断れないでしょう」
シノンは苛立ちから目を細める。
「何か愚痴を言いたかったらどうぞ?」
「結構です」
シノンは即答した。そもそも他人に愚痴をこぼすことは、シノンは滅多にない。
「そうかい。まあ、何かあれば相談してくれてもいいけど、あっちはやる気満々だしね。カルナちゃんを賭けろって言われたら、やるしかないんじゃない?」
「はあ……わかってますよ。最初からやるつもりでしたから」
「ふふっ、カルナちゃんのため、だよね?」
「当たり前じゃないですか。やらなかったらカルナが何されるかわからないんですから」
「まあ君ならば心配ないだろうさ。たしかにガルスター=フォン=ナルキルティは優秀な生徒だ。けれど、現役の君に勝てる学生なんていないだろさ。しかもS級のさ。そもそもクラスだってSクラスだろうに。聞かれなかったの?」
「聞かれてません。阿呆なのか、怒り―――……逆ギレで我を忘れていたのか。俺もそこまでは心配してませんが、逆ギレされてしかもカルナを賭けろなんて言ってきた報いは受けさせるので、思いっきり恥をかかせてやろうと思ってます。良いですよね、別に?」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべてシノンはサンリートを見る。サンリートは苦笑いを浮かべたが、うなずいた。
「かかせてやりなさい。そうすれば、君やカルナちゃんに絡む貴族もいなくなるだろう」
「むしろそれ狙いですからね。ルールとか聞いてます?」
「ふむ、使用できるのは魔法、もしくは自分の武器。相手が気絶するまでやり続けられるそうだ。降参はできないってよ」
シノンは口の中に入れたばかりの茶を、思わず吹き出しそうになる。なんとか耐えて飲み込むと、サンリートを再び見、誰にいうでもなく呟く。
「…………どうしても俺に恥をかかせたいんだな」
「そのようだね。まあ、僕はまったく心配してないけどね」
「別に心配されなくてもいいですよ。他にもなにかありますか?」
「また、審判による判断もあるそうだよ。ただ、その審判もガルスター君の従者が務めるようだから、君が負けててもなかなか判断は下さないだろうね。それから、相手を殺すのはもちろんダメ、あと、三人までの仲間を追加して戦うのもアリ、ということだよ。まあ簡単なルールさ。さっさと決めちゃいなよ」
「そうですか」
しかし、シノンはすぐには勝負を決めるつもりはなかった。ここ数日間、朝の登校時や昼休みなど、シノンを見つける度に変に絡んできていたので、面倒なことこの上ないと思っていた。
おそらく、カルナが双子の姉だという――ことになっている――ことをそれで知ったから賭けろなどと言ったのだろう。姉ならば断れないと踏んで。
まったく呆れた話である。
いくらAクラスとはいえ、相手のクラスを確認しないでポンポン勝負しかけていいもんじゃないだろ、と、シノンはただただ悪態を吐く。
面倒なことに巻き込まれた、と思っていたシノンだが、カルナのことになってしまえば話が違う。
それに、相手がどんな攻撃をするかも分からないのに、よく勝負をするなどと言えるものだ。
シノンは、基本は近接戦闘をする。魔法での戦闘はカルナが前衛を務めているときだけではあるが、どちらかと言えば得意なのは武器を使用しての戦闘である。
だが相手は魔法師。しかも魔力量はそんなに多い方じゃない。シノンが冒険者でなくても有利なのは確実だ。
だからこそ、今回複数での参加あり、というルールを提示したのだろうが。
シノンは誰かに協力を求めるつもりはなかった。だが、現役の冒険者でも雇われたら厄介だな、と考えたシノンはサンリートにそれを聞いてみたが、彼は首を横に振る。
「それはないよ。今回は、言ってしまえば生徒同士のただの喧嘩。冒険者は雇わないよう釘を刺しておいたから、安心して」
「そうですか。ありがとうございます」
その後シノンは校長室を後にし、明後日に控えられた試合に向けて―――否、ストレスの発散をするために依頼を受けにギルドへと向かった。
「ちょっ、シノン?」
シノンはカルナの声が聞こえていないようだ。まるで八つ当たりをするように、周りに群がるリザードマンを次々に屠っていた。しかも拳である。
カルナはシノンに手を出すなと言われて傍観している。
彼はいつも以上にイライラしている様子で、カルナにはシノンに何があったのか理解しかねた。
シノンが本当に苛立っているのは、相手の了承も得ていないのに勝手に婚約者などと呼ぶ貴族に対してだった。しかもカルナをモノ扱いである。
シノンにとってこれほど腹立たしいことなど他にあろうか。いや、おそらくないだろう。
もともとシノンは貴族が大嫌いで、話をする―――いや顔を見ることすら嫌だったのだが、さすがに無視するわけにはいかずこんな結果になってしまったのだ。
リザードマンが子供扱いされたかのようにシノンに屠られたあとだが、シノンはまだ苛立ちを抑えられないようであった。
「あー、くそっ。弱すぎて話になんねえ」
「あはは………」
カルナは苦笑するだけである。普段の愚痴を人に吐くことが出来ない分、シノンはこうして魔物の討伐をしながらストレスの解消をするしかないのである。
カルナがいくらシノンの愚痴を聞くと言っても、シノンは頑として誰かに愚痴を言おうとしない。
むしろ我慢する方が多かった。なぜか。他人に自分の考えを押し付けるようで嫌だからである。それと、シノンは陰口が嫌いなので、本人に直接、言いたいことは言ってしまう。
だからシノンは貴族には敵が多いが、平民などの民衆には隠れた味方が多かった。
その後、常連であるニーナの飯屋に向かい、シノンとカルナは夕飯を済ませてしまった。
カルナはシノンが負けるなどということについてはまったく心配していないようで、ただ恥をかかせてやれ、とだけ言っていた。
カルナは王族であるが、貴族が苦手である。それは過去に無理矢理婚約させられたという経験がそうさせているのだろう。今回も似たようなものたが、勝負に負ければおそらく引き下がってくれると思われる。
だがそれでも駄目な場合がある。その時は、カルナは自分の身の内を明かす覚悟でいた。しかしそれはシノンが許さなかった。力ずくでも止めさせると言っていた。
「どうも貴族ってのは目立ちたがり屋で困る」
「そういうものじゃない?」
王族ならば生まれた時から死ぬまで嫌でも目立つものである。だが普通の貴族の場合、何かをせねば目立つことはない。目立つことのメリットは、彼らに言わせれば名誉だとか誇りというやつだろう。
しかしシノンは、何をしてでも目立とうとする輩が特に苦手なタイプのひとつであった。
今回喧嘩を売ってきたガルスターも、目立ちたい貴族なのだろう。
「まあ、思いっきり恥かかせちゃいなよ。というか、訓練場に立った時に自分はSクラスですーって言っちゃえば?」
「面倒だからいい」
「ははっ、まあいいけどね。とりあえず頑張って。なんなら、私も一緒に出ようか?複数人参加できるんでしょ?」
「賭けられる人が出てどうする?一人で充分だ」
とは言ったが、シノンの本音は自分の倒せる相手が減るから一人でやりたいのである。とにかく貴族関係者には容赦しない予定である。
「そっか。でもさ、ガルスターの方は何を仕掛けてくるかわからないよ?そこは大丈夫?」
「平気だよ。あいつ魔法師だし。ただの学生が放つ魔法なんてどうってことねえよ」
「はは、言えてる」
そんな他愛ない話をしながら食事をし終えると料金を払い、シノンとカルナは寮に戻っていった。




