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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第5章、学校卒業
60/138

60、 巨人獅子討伐と傷痕

 今までに見たこともないほどに巨大なその魔物を見て呆気に取られたカルナは、数秒間、その場から動かなかった。


『カルナ、どうした?』


 シノンの声ではっと我に帰り、カルナは首を横に振る。


『大丈夫だ、ごめん!』

『ならいい。俺もそろそろそっちに向かうぞ』

『了解』


 カルナは仕切り直して、目の前で動けなくなっている人型獅子達を屠っていった。反対側からもシノンの魔力を感じるし魔物の魔力がへっているので、彼も魔物を倒しながらこちらに向かっているようだ。


「あっ、シノン!」

「おう」


 シノンは目の前の最後の一体を倒すと、カルナに走り寄ってきた。


「大丈夫か?魔力は?」

「ああ、大丈夫。で、さっきはどうした?」

「あ………ごめん。巨人獅子を見かけたから………」

「なるほど、そういうことか。謝らなくていいよ…………行くか」


 カルナは力強くうなずく。そして二人は慎重に、先ほどカルナが巨人獅子を見た部屋へと移動する。


 入口は決して広くなかった。おそらく、巨人獅子の後ろにある穴から入ったのだろう。そこだけぽっかりと穴が空いていた。おそらく、巨人獅子によって開けられたものだろう。


 周りには取り巻きの人型獅子やトウコツなどがうろついていた。今回はシノンも前衛で行くことにした。

 短槍を取り出して、カルナに『補助魔法』第一段階、『防御力強化』と『脚力強化』を施した。


『補助魔法』とは一時的なものであり、人(・)に付(・)与(・)ができる。

 それを一般的には『補助』と呼ぶ。


 他にもいろいろあるが、説明していたら時間がかかるので割愛する。

 シノンは短槍の方に物理属性の雷を纏わせた。電気が通りにくい生き物の体でも、金属以上に電気を通しやすくなるからだ。


 シノンとカルナはうなずきあうと、中に入って走り出す。左右に分かれて走るが、取り巻きがシノンたちに気づき、襲いかかってくる。

 カルナはシノンにもらった魔剣を、シノンは雷を纏わせた短槍をそれぞれ振るい、取り巻きを次々に屠っていった。



 やがて取り巻きの数が指で数えられるほどになってくると、巨人獅子がやっと動き出した。


『グウウウアアァァァァァァ!!!』

「「っ!?」」


 シノンもカルナも、驚きの表情を浮かべた。特に音に敏感なシノンは顔を歪ませて、防音結界を張る。

 カルナはというと、構わず突っ込んでいく。


「待てっ!カルナ!!」


 とっさにスピードを緩めるが遅かった。彼女はすでに巨人獅子の射程内だった。巨人獅子の口が大きく開かれると、そこに一瞬で魔力が溜まる。


「くそがっ!」


 悪態を吐きながらシノンは巨人獅子の目の前に『瞬間移動《テレポート》』で移動する。


 そして、虹属性の身体強化を展開、シノンの左目が虹色に染まり、右手で拳を作りながら彼は真上に飛んだ。

 そして巨人獅子の顎にそれが直撃した時、巨人獅子の頭は真上に向き、その瞬間口から炎が噴き出される。


 炎は建物の屋根を突き破り、空へと消えた。巨人獅子は脳を揺らされたために体をふらつかせ後退る。その度に地面が揺れるが、シノンは構わずカルナに駆け寄った。


「大丈夫か、カルナ?」

「あ、うん、大丈夫。シノンは?」

「俺は平気だ。とりあえず、今のうちにとどめを刺すか」

「そ、その前に、シノン、その右手………」

「ん?……………あっ」


 シノンの右手は、巨人獅子の持つ特性『炎の肌』によりダメージを受けたため、火傷で皮膚が焼けただれていた。

 やっべ、と呟きながらも、シノンは特に問題はないというような顔である。


「い、痛く、ないか?」

「ん?あ、そう言えば…………」


 シノンは特に痛みを感じていなかった。だが、それが少し不気味になったのか、すぐに皮膚を回復魔法によって治していた。

 皮膚は治ったが、火傷は治っていない。しばらくは治らないだろう。


「さて、早くとどめを刺そう。今回は俺がやっとくから、カルナは雑魚どもを頼む」

「わ、わかった」


 シノンは短槍をしまい、両手を強く打ち合わせた。カルナはシノンに言われた通り、さっそく残りの取り巻きを倒しに向かった。


 残りはあと四匹。シノンに向かっていく奴が一匹いたので、カルナはそいつを手っ取り早く片付け、他もあっという間に片付いた。


 カルナが倒した魔物は、シノンが近くにいるので、彼が倒したことになっている。便利なものだ、と、カルナはそんなことを思った。


 カルナが魔物を片付け終わった頃には、シノンの方も片付いていた。どんな魔法で倒したのかなんとなく気になったので聞いてみたが、シノンは左手の人差し指を口に当てるだけで答えてくれなかった。


「よし、帰ろう。たぶん今日は素材でだいぶ儲かるぞ」

「やった」


 カルナは小さくガッツポーズを取った。


「あ、そう言えば………」


 ふと、シノンが何かを思い出したように呟いた。


「どうした?」

「………いや、何でもない。行こう」

「え?う、うん」


 中にはもう子供しかいないのを確認し、子供の魔物をギルドに転送してから、彼らは帰路についた。




「ぜ、全部で、白金貨二枚と、金貨八枚、銀貨三十六枚、銅貨六十八枚です。お疲れ様でした」

「あっ、白金貨は金貨に変えてもらえませんか?そのままだと使い道がないので」

「あっ、はい、わかりました」


 すると、受付嬢の女性は白金貨を金貨にしてくれた。


「ありがとうございます」

「いえ。それから、こちらが今回の依頼の報酬です。お確かめください」


 そう言って、受付嬢の女性は金貨十枚を取り出す。


 シノンとカルナはギルドを後にして、それぞれ報酬を分けた。一人金貨百九枚と銀貨十六枚、そして銅貨三十四枚である。かなりの儲けであった。

 とはいえ、S級であるシノンにとってはこれが普通であり、まだ冒険者にすらなっておらず最近になって魔物を狩り始めたカルナにとっては、普通ではなかった。


 普通の平民の収入は、月に多くて金貨五枚程度、少なくて銀貨が数枚程度なのだが、冒険者の場合、上手くいっている者ならば月に金貨数十枚から数百枚、少なくても月に銀貨数十枚というとんでもない差がある。


 それを考えると、こうして一日に金貨が百枚も手に入ることなど、滅多にあることではない。

 とはいえ、冒険者とは運も良くなければやっていけるものではない。


 しかしそれも人によって変わってくるのである。

 例えば、魔物との遭遇率は高いほうがいいのか低いほうがいいのかは個人にもよる。少なくとも実力がない者はある程度低いほうがいいのかも知れない。そして逆に、実力が有り余っている者は高いほうが儲けるから良いのかもしれない。ということである。


 今回は、シノンたちにとっては運が良いとも言えた。巨人獅子に至っては、A級なだけあって普通ならばA級冒険者が五人いなければ討伐不可能だ。


 本来、今回の工場の一件は国が動くべき規模だった。しかし、目視で確認されているのは一桁数だったらしい。そのため、今回の一件は冒険者任せということになっていた。

 実際、シノンたちが挑んだのはS級の冒険者が二人から四人ほどで挑むような場所だ。


 しかしシノンがいたからこそ、カルナと二人で突破できたとも言えよう。

 おそらく、S級ほどの実力を持つカルナでさえ、やはり一人では討伐に時間がかかるどころか怪我をするか死ぬかのどちらかである。


 そういうわけで、工場の管理人は追加報酬を、と言ってきたが、シノンはそれを断った。良い練習になったし、ちょうど良かったからだ。


 シノンの右手には包帯が巻かれている。これ以上回復魔法をかけてもあまり意味がないからである。




「へえ、さすがだね」

「そうでもないよ」

「そーそ」


 今では馴染みとなった飯屋で、シノンとカルナは談笑する。そしてそこにはもう一人、この飯屋の看板娘でもあるニーナがいた。


 赤髪の癖のあるショートカットで、褐色の肌を持った可愛い女の子だ。以前、ギルドで冒険者に絡まれたが実はこの飯屋の護衛たちで、ニーナには逆らえないようで助けられた。


 だが、その後訪れた飯屋がここで、今では何度も通っているのだった。


「にしても、ルミナさ、なんで冒険者じゃないのさ?やればいいのに」

「ああ、それは、一年後くらいに冒険者登録しようかと思ってね」

「一年後くらい?なんでそんなに先なのさ?」

「いろいろ事情があってね」

「ふーん」


 ニーナは鼻を鳴らすと、椅子に背をもたせかける。シノンとカルナは、さすがにそのままの名前ではまずいので、シノンは偽名のユウ、カルナは本名のルミナという名前を使っている。


「ところでアンタら、今日工場に大量発生した魔物を倒してきたんでしょ」

「なっ、なんで知ってんの?」


 そうやって慌てて反応したのは、カルナの方だった。シノンはそのまま、カップに入った茶を飲む。


「そうだけど、なんで?」


 そしてそれにあっさり答えるシノン。それだけニーナに心を許した証であった。


「へへっ、私を舐めないでほしいな。ユウの問いに対してだけど、噂になってるよ。やっぱり竜を倒したのが、アンタなんじゃないかってね」

「はあ、面倒臭い」


 シノンはそれだけ呟き、心底嫌そうな顔をする。


「あたしもそうなんじゃないかと疑ってるんだけどね」

「だから何でそうなるんだよ」


 しかしはっきりと否定しないのは、シノンが嘘を嫌っているからである。嘘をつくことは、彼の優しい性格が許さなかった。


「ははっ、まあ、良いんだけどね。アンタが目立つのは本当は嫌いだって知ってるけどさ」


 三年の付き合いもあり、ニーナはシノンのことを少しではあるが理解している。シノンも、そんな彼女とまともに話すようになるまであまり時間はかからなかった。


 その後飯屋を後にし、シノンとカルナは学校の寮へと向かった。


 寮に着いたので、シノンとカルナは分かれて中に入る。

 久々に部屋に戻って、シノンはまずはソファに座る。外はそろそろ暗くなってきていて、空は赤く染まっていた。


 どうやらハルデストは寮に残っているらしく、彼の荷物が部屋に残っていた。武器まで置いてあるところを見るに、もしかすると食堂にいるのかもしれない。時間帯的にはそうだろう。


 シノンはカルナとともに夕飯は済ませているので、彼は風呂に入ることにした。

 脱衣室で服を脱ごうとすると、部屋の扉が開かれ、少しして風呂の扉が開かれた。シノンはとっさに、裸になりかかった上半身を隠すようにシャツを着なおす。


「ああ、悪かった、シノンか。驚いた」

「は、ハルデスト。おかえり」


 振り向くと、そこには扉の隙間から顔を覗かせたハルデストがいた。


「あははっ、ただいま。シノンこそ、おかえり」

「…………うん、ただいま」

「あ、今から風呂に入るんだよな、邪魔して悪かった。じゃ」

「お、おう」


 ハルデストが扉を閉めると、シノンはしばらくその場にじっとしていた。


 シノンがシャツを着なおした理由は、体についたたくさんの傷痕を見られたくなかったからである。ただの学生にそんな傷痕などあれば、当然気になる。

 そうなれば、何を聞かれるかわかったものじゃない。


 とはいえ、ハルデストを信頼していなかったわけではなかった。ただ、個人の事情に巻き込むようで、シノンはそれが嫌なだけだった。


 再び服を脱いでシャワーを浴びてから湯船に浸かると、包帯が湯に触れないよう右手だけ外に放り出し、シノンは顔を半分湯の中に沈めた。




 部屋に戻ると、ルナティスがいた。扉が開かれると同時にルナティスは反応し、リビングの入口から覗き込む。するとそこにはカルナがいたので、扉を思いっきり開けて彼女に駆け寄った。


「カルナちゃん!お帰りなさい!」

「あ、ルナ。ただいま」


 そう言って、カルナは笑顔を見せる。ルナティスも満面の笑みだった。


「お風呂に入りたいんだけど、良い?」

「あ、も、もちろんです。沸かしてきますので、カルナちゃんは荷物を置いてきてください!」

「え?あ、ありがとう」


 カルナの返事を待たずに風呂場に行ってしまったので、ルナティスの言葉に甘えさせてもらうことにした。

 自室に戻って収納魔法でしまっておいた荷物をまとめて置く。


 夏休みが終わるまであと半月。その間に、宿題である精霊魔法の初級をマスターせねばならない。しかし、シノンが精霊魔法を使えたので、初級の精霊魔法のコツを教えてもらっていた。


 そのお陰で、魔法に関しては勘のいいカルナはすでに精霊魔法の初級、水精霊の魔法をマスターしていた。

 課題は精霊魔法の初級をマスターすることであり、特に属性の指定はなかった。


 シノンは基本水属性を得意としているため、カルナに精霊魔法を教えるのは容易いことであった。

 カルナは風呂を沸かしているルナティスのもとへ行き、彼女に再び礼を言ってから風呂に入った。

〜補足〜


☆種族紹介シリーズ

今日の課題:レイヴァについて


シノン『さて、今回は俺たちレイヴァについて、だな』

カルナ『えーっと、たしか戦闘民族の末裔とも言われてるんだよね?』

シノン『そう。大昔に滅びた一つの『種族』でな、その血縁の家族には、特に遺伝子を強く受け継いだ子が時々俺たちのような白髪を作るんだ。それを、『レイヴァ』という』

カルナ『生まれる確率は、たしか三千万分の一くらいなんだよね』

シノン『そうだな。その中で、青い目を持って生まれてくる子供は中でも特に戦闘能力がめざましい……らしい。どちらかと言えばレイヴァの遺伝子の方が劣勢だから、あまり産まれないんだそうだ』

カルナ『それでも数にすると意外と多いんだよね』

シノン『そりゃあな。だけど、まだわかっていない事がある』

カルナ『?わかっていないこと?』

シノン『ああ、たっくさんあるさ。例えば、『黒夢現象』。お前も小さい頃、見たことあるだろ?』

カルナ『ああ…………記憶が曖昧なんだよ………』

シノン『まあ夢だからそういうもんさ。俺もまったく覚えてない。あとは………ああ、『レイヴァはいつ、どういったきっかけで生まれ、そして滅びたのか。そしてどこに暮らしていたのか』という疑問もある。空にいたとか、地中にいたとかいろいろな説はあるけれど、その中で一番有力なのは、世界最大規模の森、『警利の森』奥深く』

カルナ『え?警利の森?』

シノン『そう。やっぱ、誰も行ったことがないからこそ有力なんだろう。他にも色々遺跡はあるけど、戦闘民族が暮らす場所としてはやっぱり百年ほど前から迷宮区だと噂されてる場所の方が、可能性が高いんだよ』

カルナ『もし警利の森が迷宮区じゃなくなったら、調査に入れるのか』

シノン『かもな。でも、あそこは常に魔素が濃いから、俺でも入れないだろうな』

カルナ『どっちにしてもやばそうだね』

シノン『まあ興味ないけどな。他にも、人見知りで、だけど繊細で優しいっていう特徴もある。カルナもそうだろ?』

カルナ『あれ、そう?シノンもでしょ?』

シノン『ロウにはお前は繊細だなって言われたことはある』

カルナ『シノンは優しいし繊細だよ。人見知りっていうのは私以上じゃん』

シノン『カルナはお人好し過ぎる。まあいいけど、ちょっとは気を張っとけよ』

カルナ『はいはーい』

シノン『他に何かあるか?』

カルナ『うーん、あ、前にレイヴァは魔力量が多いって言ってたよね?あれって……』

シノン『レイヴァは戦闘民族だからな、魔法だって使うさ。魔力だけじゃなくて、体力も多いんだぞ』

カルナ『すごーい。私たちってやっぱり普通じゃないのかぁ……』

シノン『いや、落ち込むなよ。もっとポジティブに考えられないのか、お前は?』

カルナ『いやいや、ごめん。けどさ、普通の方がいいなって思わない?』

シノン『俺はまあ、一時期何でもネガティブになった時はあったけど、今じゃこの力のお陰で自分の身を守れてんだって感謝してるよ。お前だってそうだろうが。最近は特に』

カルナ『あ……まあ、たしかに』

シノン『レイヴァは人身売買の標的にされることは多いけど、その戦闘能力で乗り切ってるからあまり多い数は売買されてないんだ。現に、人に売られたり買われたりしているレイヴァは見かけたことないだろ?』

カルナ『ああ、言われてみれば』

シノン『レイヴァはただの人間に捕まるほど馬鹿じゃない。戦闘能力が高いだけあって、敏感なんだ。追われていれば巧みに撒くことくらい簡単だろ』

カルナ『なるほど、そういう考えもあるわけか』

シノン『そうだよ。お前ももっとそうやって、いい方向に思考が働いてくれれば良いんだけどな』

カルナ『あ、あはは………』




最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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