59、 人型獅子と巨人獅子
とある、暗く狭い一室に、十九人の少年少女が集まっていた。
円卓の中央に、一つの蝋燭に灯された火が、静かに揺れていた。
「リュアンに聞くところによると、白髪に青い目を持つ子は、世界で五人確認されているらしい。内二人が女だから、三人が候補に上がる。そのうち一人はまだ産まれたばかりだそうだよ」
「ということは、実質、二人が候補に上がるということか」
「そうだね」
「リラン、名前の確認は?」
「してるよ。一人はラトス皇国第三皇子、徨訛ノ悠。もうこの時点で候補から外れるよ」
「なんだと?」
「ならば、あと一人がアルということか!?」
「まだわからないわよ。アルは無意識的に気配を消してしまっているのだから」
「それに、確認されていないだけでまだいるかもしれない」
「その通り。でも、可能性はある。もう一人の候補は………『白の魔術師』という二つ名で有名な、ユウ=ネロヴァッサー」
「ユウ?まさか、ユウって…………!」
「あいつの愛称かも知れんな。まさか、記憶が………?」
何かを確信する少年少女たち。だが、ここに本人がいない今、それを確かめる術は彼らにはなかった。
「おそらくそのユウという少年がアルで間違いないだろう。ただ、あとはどう探すかだが………」
「あのー、ちょっといいかな?」
そう言って手を挙げたのは、金色の髪を持つセミショートの少女だった。
「どうした、リン?」
リンと呼ばれた少女はうなずくと、立ち上がる。
「向こうの世界でリリーズ王国にいる時、その名前、聞いたことがあって」
「何?」
「たしか、レラン王国のギルドサニーズにユウという名前の冒険者がいて…………」
「レイヴァだったか?」
だが、リンは首を横に振る。それに疑問を持った彼らは、首を傾げた。
「あ、違うの。わからないだけ。噂で聞いた程度だから………」
「なるほど、手がかりにはなる。ありがとう、リン」
リンはうなずき、再び座った。
「ふむ…………さすがにそろそろ限界だぞ。早くしないと、幼児化しかねない」
「そうだな。早めに行動を開始しよう。だが、リンの言ったユウがアルとは限らない。まずは徹底的にそいつのことを調べろ」
『了解』
六人の少年少女が、サイチェスの言葉に同時に返事をする。
「イチ兄」
そうサイチェスを呼んだのは、サラアオだった。
「僕が行ってもいいっスか?」
「む?お前が?」
サラアオは真剣な目つきのままうなずく。
「……………理由は?」
「自分で直接確かめたいんス。アルの記憶が、本当は戻っているのか、もしくは本当に戻っていないのかを」
「なるほど。良いだろう。リランたちもそれでいいな?」
「もちろん」
「異論はない」
「私も」
「私もだ」
「ああ」
「いいよー」
タグリス家として向こうの世界にいる六人は全員がうなずいた。
「サラアオも一応自然界属性の持ち主だからな、問題はないだろう」
「はいっス!」
サラアオは笑顔で返事をする。他のメンバーも笑顔でうなずいた。
「では、行動開始だ。俺たちは引き続き、こちらでアルの聖魔力を探索する。リランたちはアオを連れて再び異世界に渡れ」
『了解っ!』
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
リリーズ王国に帰ってきたシノンたちは、早速昼食を取るため飯屋へと向かう。他国から来ている生徒たちのほとんどは一度里帰りをしており、寮の中には入っても誰もいないだろう。
「あ!!ちょっと待ったあぁぁぁ!!」
そんな二人を止めたのは、見知らぬはずの少女二人だった。だがそれはシノンだけで、カルナには一度だけ面識がある。
黒い髪を総髪に束ねた小柄で大人しそうな少女と、青い髪を降ろした元気な女の子。フェルナートとルーネスである。
二年前、入学式の前に冒険者に囲まれて困っていた少女たちであった。
シノンは興味がないとばかりにすでに退散していた。だがカルナはそれをわかっていたので、気にせず二人に向き直る。
「はあ………はあ………や、やっと見つけたぁ〜」
「え?やっと?」
「ずっと探してたのよ?二年も。でも、よかったぁ〜。あの後国を出てっちゃったのかと思ってたけど、まだいたのね………」
「私たち、あの時のお礼がしたかったの」
「あっ、そう、だったの?」
「あなた、どこに住んでるのよ?」
「ああ、私は学校の寮に入ってるから」
「「寮?どこの学校?」」
「王立学校―――………」
「「ええええええええっ!?」」
二人で同時に大声をあげたが、辺りは騒然としていたためあまり響くことはなかった。
「お、おお王立!?やっぱりあなたすごい人だったんだね!」
「凄い。私たちも受けたんだけど、ギリギリで落ちてしまって………」
「いやいや、そんなことないよ」
「「そんなことなくないっ!」」
カルナは気圧されたように肩をビクッと震わせた。
実際、入学できたこと自体はカルナの実力ではある。ただし、その力はシノンのお陰で得られたものだと思っているため、カルナはそれが全部自分の実力だとは思っていなかった。というか、思いたくなかったのである。
シノンは近くの飯屋を確保しており、その店の入口でカルナたちの会話が終わるのを待っていた。
「………ま、まあ、それはともかくとして、今から時間空いてる?」
「え、ああ、これから昼食を食べようと思ってたんだ」
「それなら、私たちが奢るよ!まだお礼できてないから!」
「そうだね、ほらほら、美味しいお店があるんだよ!」
「ちょっ、ちょっと待って!待たせてる人がいるから、今日は無理だよ!」
そう言うと、二人はきょとんとした顔でカルナを見た。すると、フェルナートはニヤッと笑う。
「まさか…………アンタの男?このこの〜」
「え、ま、まさか…………」
フェルナートはカルナをからかうように、ルーネスは赤面してカルナの顔を見る。だが、もうこんなふうに誰かに言われるのは慣れているので、カルナは苦笑するしかない。
「あはは…………双子の弟だよ」
「なーんだ。つまんないの」
「………でもカルナちゃん、双子だったんだ。ちょっと驚いちゃった」
指で頬を掻くカルナは苦笑いを浮かべながらうなずくだけである。
「じゃあ、双子の弟さんも一緒に奢るわ!」
「ええっ!?いいよ。というか、あいつ人見知りだし、会ったこともないフェルー達を連れていったらさすがに怒られるって」
「そ、そんなに?でも、こんなチャンスないわよ?」
「あー、なら明日、明日待ち合わせようよ。どうする?」
「なるほど。じゃあ、ルー、どうしようか?」
「なら、明日のお昼にギルドの前でどう?あそこなら建物は目立つし、わかるでしょ?」
「わかった。じゃあそういうことで、私は行くよ。バイバイ」
「ええ、明日、絶対に来てよね!」
「弟さんも連れてきていいよー!」
カルナは苦笑しながら、二人と別れた。
「と、いうわけで…………」
「良いじゃないか。行ってこいよ」
「いいの?」
「別に女子同士で出かけるなら文句はねーよ。お前の実力なら多少の問題が起きたって平気だろうし」
「もうっ!シノンってばまたそんなこと………!」
「はいはい、わかったよ。悪かった」
シノンはカルナに対して失笑しながら言う。
食事をし終わったシノンとカルナは、連れ立ってギルドへと向かう。チラチラと学校の生徒を見かけるが、まったく気にならなかった。
やがてギルドに着くと、一旦シノンが偽装の腕輪を外し、外套を着て頭巾を被った。掲示板の依頼を見て、早速受諾する。
さすがにレイヴァで目立つということで、今ではシノンは有名になっていた。
特に竜の討伐の実績が多く、周りからは、『五年前の竜の大量出現』の時、竜達を倒したのは彼なのではないか、と、そんな噂が立っていた。
民衆の予想は当たっているのだが、シノンはそれを自ら自分がやった、などと明言するつもりはなかった。
なぜか。答えは簡単だ。単純に目立つのが嫌いだからである。ただでさえ『白の魔術師』という二つ名が広がっているのに、『竜殺し』の称号を得て更に目立ってしまえば今後の冒険者活動も不自由になる可能性が高い。
シノンは、それだけは何としても避けたかった。
今回受けたのは、B級の魔物の『人型獅子』の討伐である。獅子面の人型、そして大型の魔物である。
王都の外周部に位置する工場。ここでは、日用品である様々な魔道具を作り出していた。しかし数日前から、かなりの数の人型獅子が住み着いているらしい。
受付嬢にこれを渡した時パーティメンバーの数を聞かれたが、二人だと答えると辺り前だが驚かれた。パーティメンバーには最低でも五人いないとダメだと言われたが、S級のカードを提示したら渋々納得してくれた。
そういうわけで、王都ルミの街の外れにある大きな建物の前にやってきた。工場の管理人に門を開けてもらい、シノンとカルナの二人は中に入る。
「ど、どうか、お気をつけて」
工場の管理人は、シノンたちを心配する声でそう言った。
これまで何人もの冒険者が挑戦したのだろう、管理人と顔を合わせた時の彼の落胆した表情は、シノンを苛立たせるのに充分であった。
だがカルナはその脇で彼の様子を見て苦笑するだけであった。
管理人から離れ工場内に入ってから、シノンは早速『探索』を使う。
すると、珍しくシノンの表情が強く引き締まる。
「…………カルナ、今回は俺も参加しよう。数が多いだけじゃなくて、やばい奴がいる」
「や、やばい奴って、どういうこと?」
「そうだな、『人型獅子』の上位種、『巨人獅子』がいる」
「じゃっ…………!」
そして珍しく、カルナの表情に焦りが見える。
『巨人獅子』とは『人型獅子』の上位種で、毛の色は紺色になり、鬣は更に大きくなる。鬣だけでなく体も一回り大きくなり、攻撃力、防御力、素早さなど全ての能力が高い。A級にも指定される凶悪な魔物だ。
今のシノンですら油断ができないほどに手強い。というか、今のシノンだからこそ、油断ならない相手だった。
しかも、今回は魔物達が一箇所に留まっていないと来た。普通に考えれば集団の力が分散されるので幸いだと考える冒険者も多いのだが、今回は相手が相手なだけにシノンは冷や汗をかく。
なぜなら、密度が低いということはすなわち、巨人獅子の動ける範囲が広いということである。ということは、自慢のスピードを充分に活かせるのでこちらも攻撃がしにくくなる。
もしかすると、敢えてそうしているのかも知れない。
A級と言うだけあり、巨人獅子には知能がある。おそらく、ここにシノンたちが来たことを奴は気づいているだろう。
だからと言って魔物を一箇所に集める気にはなれず、仕方なく二人で戦おうということにしたのだ。
シノンはさっそく巨人獅子のいる場所へ向かいたいところだが、こうも散らばっていてはいつどこで人型獅子たちが襲ってくるかわからない。
ただでさえ広い工場。しかも人々が生活するために必要な道具を作っている以上、あまり派手には暴れられない。となれば、シノンとカルナは連携をする必要があった。
シノンは自身の提案をカルナにしてみると、間髪入れずに彼女はうなずく。
「いいじゃないか、それで行こう」
「頼むぞ」
「おーけー」
「行くぞっ、『拘束』!!」
本来口に出す必要はなかったのだが、シノンは敵がいない場合、つい口に出してしまうことがあった。そして今、シノンが使った魔法。それは、『拘束』。
対象の動きを制限する魔法である。相手を拘束させる魔法は他にもある。だが、シノンが使いやすくて普段から使っているのは、物理属性だった。これは金属タイプと空気・気体タイプを合成するという普通ならば有り得ない組み合わせで使用している。
空気中を漂う気体を金属のように硬化させ、見えない鎖で対象を拘束する、というものである。そのため、シノンが魔力を感じ取って狙いをしっかり定めれば確実に命中する優れた魔法だった。
今回の対象は、工場内にいる魔物全て。だから、シノンが固定している間にカルナが攻撃していくという仕組みである。
『拘束』は、シノンが感じ取った魔力のみを拘束するため、完全に魔物が絶命すれば鎖は解ける。それをカルナに伝えると、彼女は魔物を退治すべく走り出した。
シノンはある程度カルナが倒すまでは魔法に集中するため、その場に残った。
カルナはシノンと別れ、次々に不自由な魔物達を屠っていく。子供は保護対象なため無視していた。
魔物達は不可視の鎖に縛られ混乱しているようだ。
だが、カルナにはその鎖は干渉しないため、通り抜けてしまう。シノンには人型獅子の弱点を教えてもらっていたので、カルナは彼らの額の赤い石目がけて攻撃していく。
拘束している相手が巨体でありしかも力が強いので、魔力量の多いシノンと言えどあまり長くはもたせられない。
倒されていく魔物は次々とギルドへ転送される。だがカルナにはそれを見送る余裕さえなかった。
あまりシノンには負担をかけすぎたくなかったが故のことだった。
ただ、シノンには絶対に行くなと言われていた部屋がある。そこには巨人獅子がいると。
その部屋の近くまで来たカルナは、『巨人獅子』のものであろう魔力を感じて一度足を止めてしまった。シノンに拘束されていた魔物のほとんどは倒した。もうすぐで一周するという所で、カルナが目にしたもの。それは…………。
『グルルルルルルル……………』
立派で派手な黒色の鬣、そして紺色の筋肉質な人の体。金色の鋭い目は一度獲物を捉えればその獲物はきっと怯えて動けなくなるであろう。
腰には布が巻かれており手には棍棒を携えたまるで原始人のような格好をした巨大な魔物は、まさに『人型獅子』の上位種、『巨人獅子』のそれであった。




