58、 S級団員と団長の実力
※今回は少し残酷な描写があります。ご了承ください。
「やあっ!」
カルナの剣の突きが、オーガの目に直撃する。
「ガアアァァァァァ!」
オーガは目を抑えてのたうち回った。目からは緑色の液体が流れている。
油断せず最後にとどめの一撃、『火球』を放つ。
オーガは一際大きな声を上げながら、身体中を焦がして絶命した。
「ふぅっ」
カルナは、オーガの魔力が完全に感じ取られなくなったのを確認して、ようやく一息ついた。
未だ魔物を一発で倒せないのは、カルナが色々と慎重だからである。
ただし、決して未熟なわけではなかった。そこいらの冒険者に比べれば、圧倒的な実力の差があった。
普通の冒険者は、魔物の体にダメージを徐々に与えていくのだが、カルナの場合は今回のように目などを狙って視界を塞いでから、急所をついて倒すという戦法を取っていた。
これでは慎重だと言えば少々嘘になってしまうのだが、通常ならばカルナほどの実力があれば一気に急所を狙って倒すことは可能なのだ。
しかしそうしないのは、確実に狙いが定まるか本人が不安だからである。
「ちょっと的で練習した方がいいな。リリーズ王国に戻ったらやるぞ」
「わかった!」
カルナは満面の笑みで答える。
見れば誰でも見惚れてしまいそうな笑顔に、シノンは体をビクッと震わせる。
「…………帰るか」
「うん!」
カルナはシノンの腕にしがみついて歩き出した。
「そうか、明日には出発か」
「ああ。ルク達にも挨拶くらいはしとかないとな」
翌日の朝、食事をしながら話す二人を遠巻きに見ている冒険者は、男女問わず、彼らの雰囲気を羨ましそうに見つめる。
今やギルドでは、レイヴァのカップルつまりシノンとカルナのコンビは有名である。
ただのパーティだろ、と噂する者。交際しているのでは?と噂する者。そして、血縁だろうと噂する者。今までこんな様々な噂が飛び交っていたのだが、団長が親しい冒険者に詰め寄られてついつい吐いてしまったがためにシノンとカルナの関係が漏れたのである。
もっとも、リアナは本気でそれを隠蔽しようと思えばできるのだから、シノンはリアナがわざと情報を漏らしたのだと確信している。
今では、ギルド内では現在の『ベストカップル』になっていた。女性冒険者は特に憧れるようで、シノンが一人の時に話しかける女性冒険者は少なからずいた。
またその反対も多かった。カルナが一人で掲示板の前に立っていると、男性冒険者がパーティに誘ったり、いわゆるナンパをしようとしたりするので、カルナは男性冒険者を避けるようになっていた。
遠くの冒険者や行商人たちが最近ギルドによく訪れるようになったのは、シノンとカルナの噂を聞いた者達がほとんどだった。
特に『レイヴァ』というのは、効果抜群だったようだ。
だがシノンとカルナの二人は中に引っ込んでいることが多く、S級の冒険者以外はシノンたちを見かけることが少ない。
幸い、このギルドのS級団員たちはシノンとは友好的な関係で、冒険者たちがシノンに近づこうとしているところを見かけたらさり気なく止めてくれていた。
そしてこの日も、シノンを視界に捉えた女性冒険者たちが彼に近づこうとするが………。
「お嬢さんたち、ちょっといいかい?」
「な、なによ。急いでるんだけど」
三人の女性冒険者パーティに話しかけたのは、S級団員のひとり、ライザである。十三歳の頃に冒険者になり現在は三十代前半のベテラン冒険者で、シノンを除けばS級団員の中でも上のレベルだった。
ライザは掲示板の前にいるシノンにも聞こえるように話しかけたため、彼もそれに気づいてさっさと退散していた。
ライザは微笑むと、床を指さす。
「それ、落としましたよ」
「え?あら、気づかなかったわ。ありがとう」
女性冒険者パーティのひとりが、床に落ちた花柄のハンカチを拾って汚れをはたく。
「それでは」
ライザは手を軽く振ると、奥の廊下へと消えていった。女性冒険者たちは少しライザに見惚れていたが、すぐにはっと我に返り掲示板の前を見る。しかしすでにシノンの姿はなく、悔し顔で依頼を受けていった。
「ははっ、大変だね〜人気者はさ」
「うるさいな。ていうかついて来んな」
「酷いな。話しかけようとしてた冒険者の気を引いて逃げる時間を与えてやったのに」
「別に助けて欲しいとは言ってないし気づいてた。自分で何とかできたんだし、余計なお世話だ」
素っ気ないシノンの返事は強がりなどではない。それをわかっていたライザは苦笑するしかなかった。
シノンは普段から白いベレー帽を被っている。縁は青くなっていて、未だ幼い顔立ちが抜けきらないシノンにはピッタリだった。傍から見れば女の子にも見える。
そのためか、どうしても彼の見た目には可愛さが出てしまう。そのせいで女性冒険者からは人気が高かった。
シノンとカルナは、明日の早朝に出発するため、すでに準備をしていた。面倒なので今回は転移魔法で向かうことにしていた。
シノンは偽装の腕輪をつけると、自室に入っていった。なぜか当たり前のように入ってくるライザにシノンは蹴りをかました。もちろん本気ではないが、喰らえばライザと言えどダメージを受ける。
しかしそれをライザは軽く躱す。
「おっと、酷いじゃないか」
「来んなって言ってんだろ。言葉も通じないのか?」
「ははっ、そりゃ悪かったよ。冗談だから。じゃあな」
笑顔で手を振るライザを一瞥して、シノンは部屋の扉を閉めた。中にいたカルナは頭の上に疑問符を浮かべる。
「し、シノン?どうした?」
「ああ、ちょっとウザイのを追っ払ってきた」
「そ、そうか」
ライザに限らず、S級の中では唯一十代のシノンである。だから、どうしても過保護になってしまうのだ。S級団員の間でもシノンは割と可愛がられており、見かける度に愛想の良い笑顔で話しかけてくる。
シノンはそれが、この上なく鬱陶しいこと以外の何物でもない。普通の団員ならばそんな友好的な団員たちには友好的な態度で返すのだが、シノンの場合は話の内容が内容だけに、鬱陶しいと感じてしまうのである。
内容は様々でしかも本人は興味がないので、ほとんど覚えていなかった。ただ、話題の主な内容は、「女のコ捕まえにいかない?」や、「賭博やって、エッ○しに行かないか?」である。
もちろん冗談なのだが、どうもシノンの意外な一面を見たいS級団員達は、度々シノンを冗談で誘う。
他にも「竜の効率のいい倒し方教えてくれ」とか、「お前、幽霊出たらどうする?」などというシノンにとってはくだらないことばかりの話題しか出てこない。
仕事に関する真っ当な質問ならば受け付けるのだが、S級団員たちはそんな質問はまずしてこない。一番まともだったのが「効率のいい竜討伐の仕方」である。
ただ、S級団員たちもシノンに笑ってほしいという思いがあったのだが、本人がそれに気づいてくれるはずもなく。
シノンがカルナの隣に座る。すると、いつものようにカルナはシノンに体をぴったりくっつける。
「明日の昼には転移で移動するぞ」
「わかった」
翌日の早朝、ギルドの門を叩く者がいた。
立派な鎧を纏い立派な馬に跨った、いかにも地位の高そうな騎士のようだった。その来訪者は、全部で九名。全員が似たような姿をしており、全員が武器を携えていた。
「我らはミーディー伯爵家の使いの者である。今すぐギルド団長に謁見を求める!」
まだ早朝で開いてもいないギルドの門に叫ぶはミーディー伯爵家の家臣達であった。
友好的とは到底思えないその姿に、ギルドの見張り係は眉をひそめた。
もう一人の担当の団員が知らせに走るが、更に家臣達の声が重なる。
「どうされた!我らの要求を無視するとは何事か!」
「いや………そっちが突然訪れるのが悪いんじゃん………」
思わず見張り台の上にいた団員は呟く。見張り台は迷宮区の中に建てられており、ギルド本部内からでなければ中に入ることはできない。
それに、更には光属性の『光学迷彩』を利用した『透明化』を使っており、塔自体は外からは見えない。
「団長の許可が出ました。直接出向かれるとのことです」
「そうか、ご苦労」
見張り台に残った団員が、後輩の団員にそう告げる。
しばらくしてリアナとニスが出てくる。門の前に立ったのを見計らって、見張り係の二人は門を開いた。
「き、貴様!何のつもりだ!」
苛立った騎士がそう叫ぶ。だが、返ってくるのは更に苛立ったリアナの声であった。
「はあ?それを言いたいのはこっちなんだけど。なんで連絡もなしにこんな早朝に来るの?それこそこっちが何のつもりか聞きたいね。しかも、何?この武装した姿は?」
「あのような手紙を、ご覧になられたミーディー様はお怒りだぞ!痛い目に遭いたくなければ今すぐカルナという少女を引き渡せ!」
「それが人にものを頼む態度?それにさ、書いたよね。カルナちゃんは団員じゃないから、僕が命令する権利はないって。あ、言っとくけど、痛い目に遭いたくなかったらさっさと帰った方がいいよ?」
リアナはいつもの天然な表情を浮かべる。
彼女は、敢えて婚約者が既にいることは伝えなかった。そうすれば、シノンが集中して狙われることは確実だからだ。
ただでさえレイヴァのカップルの噂がたっているのだ、すでに伯爵家にその噂が耳に入っていてもおかしくはない。
ただ、婚約者であるということを明かしたのはS級団員だけで、それは一部の冒険者にのみ知られている噂だった。
もちろん、サニーズの団員でさえ新人などはほとんど知らない。
だが、レイヴァのカップル、そう聞くだけで手を出そうとする者はいないだろう。なぜならレイヴァは戦闘能力が高いからである。それは冒険者や貴族であればみんな知っている。
それならばリアナは、いくら貴族でも手を出すまいと思っていたのだが、無理だったようだ。
「な、何を馬鹿なことを!早くせんとこちらから無理矢理――………」
「あっそー。じゃあ、遠慮なくやっていいよね?」
「やりすぎるなよ…………」
ニスの言葉は、リアナには届いていないようだった。リアナはシノンとカルナの二人には思い入れがあり、彼らに手を出そうものならばたとえ相手が貴族であろうと容赦するつもりはなかった。
それは、王国をも敵に回しても勝ってしまうほどの強さを誇るギルド団長としての特権とも言えた。
ギルドを敵に回す貴族や王族は愚かである。
こうとまで言われる理由は、各国のギルド団長は冒険者も馬鹿にできないほど大事にしている。
冒険者とは、ほとんどが職業に就けなかった者がたどり着くいわば使い捨ての傭兵ような存在であった。だが、そんな冒険者を国から守るために、ギルドがある。
本来、ギルドとは国に魔物や迷宮区の情報を与えるのが仕事だが、実際のところは冒険者の『保護』である。
その冒険者に手を出そうものならば、ギルド団長は冒険者を守るために多少の暴力も厭わない。
ギルドは国に仕えているわけではないと言ったが、実際ギルドの上にいるのはリリーズ王国だ。
ギルドの裏の役目。それは、冒険者ですら知られていないことである。これはギルド誕生の意味もあった。
「ギルドのさ、裏の、そして本来の役目を教えてあげよっか?」
リアナは下に向けていた顔を上げた。その顔は満面の笑みだった。しかし、いつもの天然な笑みではなく、どこか恐怖を誘うような、特殊なものである。
騎士たちは一人の若い女に気圧されたように身体中をブルっと震わせた。
「それはね―――………」
『っ!?』
リアナの言葉に驚いていた騎士達だったが、それらもすぐに物言わぬ骸と化した。
ほんの一瞬、そう、ほんの一瞬だったのだ。騎士たちが驚いて隙を見せたその一瞬で、リアナは全員の首を………
容赦なく狩りとった。
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「団長のやつ………やりやがったな?」
「な、何を?」
呆れた声で呟くシノンに、カルナは小首を傾げる。
「初級の『生活魔法』で綺麗に清掃されてるけど、微かに血の匂いがする。もしかすると、団長に逆らった貴族かなにかがいたんだろ」
「ど、どういうこと?」
「ギルドは各国に設置されてる。けれど、それは各国王の命令に従う義務はない。ギルドは敵に回せば国が滅ぶと言われている。なぜか。それはな、後ろ盾としてリリーズ王国がいるからだよ」
「り、リリーズ王国?なんで?」
「さあな。ギルド誕生の背景が関係しているらしいけど、それについては俺にもよく分からない。けど、ギルド――主に各ギルドの団長に逆らった貴族は度々滅んでるぞ」
「え………ってことは、団長さんも………?」
「ああ、もちろんだ。団長、本気出せばSS級の実力はあると思うぜ」
「………………………」
カルナは無言のままシノンを見つめ、彼の言った言葉を理解しようと頭の中を整理する。そして、ついに出てきた言葉は………
「えっ、それってシノンと同じくらい強いってこと?」
である。
「………………さあな」
それに対するシノンの答えは曖昧なものであった。




