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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第4章、魔物の暴走
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55、 報告と討伐隊

※今回は残酷な表現がございます。ご了承ください。

 シノンと分かれてギルドに転移すると、カルナは一階の待合室の壁に寄りかかって彼を待っていた。

 正直、彼女はシノンをこの上なく心配していた。不安で胸がいっぱいで、一秒を長く感じている気分だった。


 魔人の可能性があると言われて、シノンがもしも失敗して魔人に気づかれでもしたら、と思うと、カルナは胸をきゅっと握られるような気持ちになる。


 周りからはざわざわと話す冒険者たちの声がするが、カルナには聞こえていなかった。それほどに早く帰ってこないかという思いを抱えながら、転移門をじっと見つめていた。


 誰かが転移してくる度に、シノンが帰ってきたのではないかと期待する。しかし、そうでない度に肩を落として落胆する。


「あれ、カルナちゃん?」


 ふと、カルナに話しかけてきたのはニスだった。


「あ………副団長さん」

「どうしたんだい、元気ないね?」

「は、はい………その、シノンが心配で………」

「シノンのやつ、また無茶してんの?」

「いえ、違うんです。調査の依頼で、警利の森に行ったんですけど、魔人の可能性があるとかで、私は先に帰されました。それで………」

「あー、魔人との戦闘になったら、ってことか」

「はい……………」


 すると、ニスは軽く笑った。


「ちょっ、副団長さん?」

「あははは、ごめんごめん。大丈夫だよ。あいつ大袈裟に言ってるみたいだけど、魔人なんてあいつの敵じゃないよ。魔人の一体や二体、瞬殺だって」

「しゅ、瞬殺?」

「あは、そうそう」


 そう言えば、とカルナは思う。


 五年間一緒に過ごしているが、カルナはシノンについてあまりよく知らなかった。彼が記憶を失う前はもちろんだが、それからカルナと出会うまでの間のことも。


「三年くらい前だったかな?君が初めてここに来た時の夜、実は魔人が一度出現しててね、その時に出撃したシノンが一体の魔人を瞬殺したんだよ」

「えっ!?」

「ははっ、気づかなかったみたいだね。もしかすると、シノンが気づかれないように君に催眠魔法でもかけたのかもね」

「…………………………………はあ」


 カルナはしばらくの沈黙のあと、シノンに対する呆れからため息を漏らした。


「ありがとうございます、副団長さん。おかげで緊張がほぐれました。不安も少しだけですがなくなりましたよ」


 カルナは、気がつけば笑顔になっていた。男なら見れば誰もが惚れそうな笑顔だった。


「………あー、ごほん、うん、良かったよ。カルナちゃんが不安そうな顔してると、やっぱ男として放っとけないしね」

「ふふっ」


 緊張と不安がなくなり、カルナは自然に声を漏らして笑った。すると、転移門が青色の光を放った。光が治まるとそこには、シノンがいた。


 カルナはほっと胸をなで下ろすと、彼に向かって飛びついていった。


「おおっと、いきなり飛びつくなよ」

「ふふっ、ごめんごめん。でも、無事で良かったなってさ」

「なんだ、信じてなかったのか?」


 カルナは首を横に振る。


「ううん、シノンのことはいつでも信じてる。けどシノンは時々無茶するからさ」

「そりゃ悪かった。調査の方は済んだから、さっさと団長に………っ」

「えっ?ちょっと」

「シノン、おい」


 倒れかかったシノンの体をカルナが支える。シノンもかろうじて立っていたが、頭を抑えて苦しげだった。


「ああ………悪い。やっぱ結界でも抑えきれなかったみたいだ」

「なんの話だ?それよりお前、報告よりも先に休んだらどうだ」

「いや、大したことはないよ。報告してからすぐに寝る。魔力を吸い取られただけだから」

「あ………もしかして、正体がわかったの?」

「まあな。ちょっと謎だが」

「………何の話だよ?」

「調査の話」


 言って、シノンはカルナを伴って歩き出す。なんとか大勢を立て直して、周りからは普通に歩いているように見えたが、実のところ歩くだけでもだいぶ体力を消耗していた。


 カルナは不安から開放されたからか、シノンの腕にくっつきっぱなしである。



「あっ」

「ん?どうした?」

「忘れてた、団長はこ(・)れ(・)か(・)ら(・)指名依頼って言ってたな」

「あっ」


 そういうわけでシノンは、まずは休むことを選択する。部屋のソファにもたれかかって、ふっと息を漏らす。


「シノン、飲む?」

「………んぁ、ありがとう」


 カルナがコーヒーを持ってきた。シノンが疲れた時は、いつも気を使って用意していたのだ。

 カルナはシノンの隣に座って、体をピッタリとくっつけた。コーヒーの入ったカップを両手で持ちながら、シノンに話しかける。


「……………どうだった?」

「すぐには危険を及ぼすような奴じゃないと思う。魔人ではなかった」

「そうか。良かった」


 シノンはコーヒーをひと口啜り、カルナを見る。


「悪かったな。不安だったろ?」

「まあ、ね。副団長さんが励ましてくれたから、シノンが本当に死にかけた時ほどでもなかったけれど」

「そうか。副団長にはあとで礼を言っとかないと」

「正体はわかったのか?」

「『解析《アナライズ》』を使ったけど、名前の欄には『化身』、とだけ書かれてた」

「『化身』?何かの化身なの?」

「それも含めて、わからないことだらけだよ」

「わからないことだらけって、他にもあるのか?」

「『絶望の民』……とか」

「…………………種族か?」

「そう」


 するとカルナは、今度は考え込む。

 絶望の民。誰が聞いてもそれが良くないものだと思うような名称だ。カルナも、その不吉な名前に腹の底から震えが込み上げてきた。


「種族の欄には、魔物とも書かれていた。たぶん魔素が関係している。それから、物理的な攻撃はおそらくしてこないと思う。身体能力がほとんどなかったからな。けれどこちらの物理系の攻撃はほとんど効かないようだ。あとは………知能が低い、それだけかな。明らかにこれは魔人のステータスじゃない。何より種族にも魔人とは書かれてなかったしな」

「……………それ、早めに伝えた方がいいよね」

「ああ…………まあ、団長も指名依頼だし、明日と明後日はオフにしてもらうよ」

「ん?明後日?」

「明後日はちょっと用事があってな。カルナも行くか?」

「行くっ!!」




「ふむふむなるほど………一応物理系の攻撃にも注意しろ、って部分なんだけど、心配ないんじゃない?」

「必ずないとも言えないだろ。それに、物理系の攻撃はないって討伐隊に伝えてみろ、もしも相手が物理で攻撃してきたら文句言われるぞ」

「うっ、そ、そうか………」

「演技下手くそ。わかってたくせに。面倒だからやめろ」

「はいはーい。で、明後日もオフにして欲しいんだよね?」

「ああ、頼む」

「いいよ。あと五日くらいでリリーズに戻るんだよね?」

「ああ。そういうわけだから、指名依頼は当分受けない。団長でも例外じゃないからな」

「わかったわかった。シノンにはいつも無理を聞いてもらってるから、それくらい任せてよ。じゃあ、他になかったら下がっていいよ」

「じゃあ行くよ」

「うん、調査お疲れ様ー」


 そう言って、シノンは団長室を後にした。




「それならば、魔法系統の攻撃にさえ注意していれば良いのですか?」

「あー、一応物理攻撃にも注意してください?二度言いましたからね?」

「はは、まあ皆にも伝えておきます。それにしても、これを調査したのは一体どなたですか?たった一日でここまで調べてくるとは」

「冒険者の情報をボクが漏らすと思う?」


 一瞬で、リアナの眼光が鋭くなった。目の前にいる男、王都警備隊の隊長であるアーレスト・ガンディアは、リアナの視線を受けて乾いた笑みを浮かべた。


「そうでしたな、申し訳ありませぬ。此度のご協力、大変感謝致します。明日にでも討伐隊を組み、出発させましょう」

「そんなに急がなくてもいいんじゃないですか?」


 いつの間にか、リアナの表情はいつも通りの笑顔になっていた。切り替えの早いリアナは、王国でも敵に回せば国が滅ぶ。ギルドは国が管理しているわけではないので、王国の命令に従う義務はほとんどない。


 たとえ国王でも、ギルドの支配権はない。


 そのため、各ギルドの団長の機嫌を損ねれば、依頼を受けてくれなくなることがある。

 だから、いくら王都の警備隊長と言えど、ギルドの団長しかもレラン王国全体のギルドの長であるリアナには逆らえないのである。


 しかしアーレストとしては、たった一日で相手の能力などを調べられるほど腕のいい隊員は、警備隊の斥候部隊の中にもいないので、是非名前だけでも知ってもし何かあれば指名依頼を出せれば、と思っていたのだ。


 だが、リアナは手強い。たとえ金を払われようとも、団員及び冒険者の情報は外部には漏らさない。それは冒険者ギルド委員会の中でも鉄則の決まりである。


「いえ、この情報を見るからに危険を伴いそうなのでね、すぐに討伐をと思いまして」

「そうですか。まあ私が口を出すことじゃないですね。依頼はこなしましたので、これで失礼します」


 リアナが席を立とうとした時、アーレストから待ったがかかる。


「もう一つ、この場で依頼を頼みたいのですが、良いですかな?その、この魔物について調べた冒険者に頼みたいのですが」

「無理ですね。本人は許可は取りませんよ」

「何故ですか?指名さえすれば依頼できるはずでは?」


 リアナはこの時、アーレストが何を考えているのかわかったため、目を細める。


「無理です。本人は明日、明後日は休暇ですし、五日後にはリリーズ王国へ向かいます。それまでは、指名依頼は受けないとのことです」

「なんですと?」

「全王さまの指名依頼を遂行中なんですよ。休暇とは言っても仕事はしているので、中断するわけにはいかないんです」

「そ、そう、ですか……………」

「では、今度こそ失礼しますね」


 リアナは立ち上がり、部屋の扉を開く。


「あ、そうそう」

「なんですかな?」


 リアナはゆっくり振り返り、笑顔のまま明るい声で言った。


「ウチの団員を利用しようなんて考えない方がいいよ?」


 アーレストは顔を引き攣らせた。リアナの表情こそ笑顔だったが、その声には威圧のような何かがあった。

 アーレストは額に汗を浮かべながら二、三度うなずく。


 リアナはそのまま部屋を出、ギルドへの帰路についた。





「以上だ!では諸君、健闘を祈る!」

『おー!!』


 こうして、王都警備隊の中で魔物の討伐隊が組まれ、早朝に出発した。


 この時隊員達は、相手に魔法が当たれば良いという甘い考えでいた。接近戦のできない、それも動きの遅い魔物など敵ではない、と。


 今回は近接戦をしてもほとんど攻撃は当たらない、ということで、前衛はほとんどいなかった。後衛の部隊である。ただ、後衛だけではただでさえ警利の森へ行くのだから危険だと言うことで、後衛の護衛という形で腕のいい前衛を数人同行させた。



 やがて、報告のとおり黒く炭化した部分を発見し、討伐隊はそれを辿る。


「影の魔物か…………そんな得体の知れないもん、どうやって倒すんだよ?」

「なんだ、もう不安なのか?」

「ち、違う!ただ、もし倒せなかったら、どうなんだろうなって思ったんだよ」

「不安なんだろうが。ははっ、大丈夫だよ。どうせ大したことはないんだ」

「そうだそうだ。後衛が頑張ってくれりゃ、何とかなるって」

「しっ!見えてきたぞ」


 森に入って数時間、黒く禍々しい気配を感じ取った前衛の声で、男たちは静かになる。だが、黙るのが少し遅かった。

 影の魔物――化身はすぐに男たちの存在に気づき、地面に消えた。


 すると男たちが驚くまもなく、一人の首が飛んだ。


「お、おい!」

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!」

「な、何なんだよ!?」

「どこいった!?」


 男たちは動揺するが、影の魔物は次々に男たちの首を狩っていった。ついに前衛の男が剣を抜いて振り回すが、化身の体は剣をすり抜けてしまう。


 化身は自らの手を刃物のように尖らせ、そして人間の首を容易く切り裂いていた。三十九人が、あっという間に殺された。全員、腕はいいはずの勇猛な隊員だった。


 だが今回は、基本は街の警備をしているために魔物の討伐の経験はほとんどない若手ばかりであった。現在、魔物との戦闘経験も豊富な警備隊のベテラン隊員は遠征中のため、討伐隊には加わっていなかったのだ。


 四十人で組まれた討伐隊だったが、ほんの数秒でほぼ全員が倒された。そして、最後に残された一人は、化身の攻撃を結界で受け止めた。

 化身は少し驚くような仕草を見せた。


「我が矛は光なり、そして盾となり、闇を貫き闇を砕け、光槍《ライトスピア》!」


 瞬時に光の魔法を発動し、化身は正面からその攻撃を受けた。魔法耐性がほとんどない、しかも闇の属性を持つ魔物のため光属性とへ相性の悪い化身には魔法の攻撃は効果抜群だった。


『ギエエェェェェェェ!!』


 奇妙な鳴き声をあげながら、影は更にスピードを上げて最後の男の首を刎ねた。

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