54、 売却と黒い影の魔物
竜とリザードマンの素材を剥ぎ取って収納魔法でしまうと、シノンとカルナは転移でギルドに戻った。
カウンターでは見られるといろいろと面倒なことになるので、リアナに直接買い取ってもらう予定である。終わり次第と言われていたので、シノンとカルナは直接団長室に向かった。
「おおう!おっかえりー!早かったね!さっすがシノンとカルナ!」
「…………ああ、早く買い取ってくれ」
鬱陶しそうな顔と声で対応するシノンに対し、リアナの気分は上々である。
シノンとカルナの二人は、収納魔法でしまっていた竜の鱗、角、牙、爪、内蔵の一部や骨、そして取り巻きだったリザードマンやワームの素材を出していく。
ここに出した物のほとんどは防具や武器、装飾の素材になるもので、残りは服や家具などに利用される。
「うわー、またずいぶんと狩ってきたねえ〜。え〜っと…………………白金貨三枚と銀貨七十二枚」
「「………………は?」」
「え?だから、白金貨三枚と銀貨七十二枚。竜の胃袋の中に結構な数の宝石があるからね。まあみんな小さいし価値は小さいものばかりだけど」
「……………………………」
シノンは無表情のままだった。カルナは王族とはいえ幼い頃に外へ出てきたためか、あまり大金との面識はない。だから驚きは隠せなかった。
シノンの場合、依頼で何度かこういうことはあった。だから慣れていると言えるだろう。ただ、竜の胃袋の中の宝石にまで気づけなかったのは少し悔しかった。
竜の胃袋には元から魔力がこもっているので、シノンもさすがに宝石の存在に気づけなかったのだった。
「魔石はあるか?あったら欲しいんだけど」
「魔石はないね。宝石しかなかったみたいだよ」
「そっか、なら用無し。それでいいよ。カルナも良いだろ?」
「う、うん。まさか宝石があったなんて…………」
「ただでさえ竜の素材は高いからな」
リアナに金貨と銀貨をもらい、カルナと半分に分けた。白金貨では使い道がないと言ったら、リアナは金貨に分けてくれたのだ。
一人、金貨一万と五千枚と銀貨三十六枚。二人にとっては少し多すぎた。しかし念のためのという物もあるので一応それぞれが管理することにする。
収納魔法で、分けた金をしまってシノンとカルナは団長室を後にした。外はすでに日が暮れ始めていて、空は茜色に染まっていた。
「明日はどうする?」
「うーむ、そうだな、俺は本屋に行きたいかな。カルナは?」
「私は………カフェにでも行きたいな。あとはその他もろもろ、買い物とか」
「ああ…………いいよ」
「よし、決まり!」
シノンは苦笑いで返事をする。だがカルナはシノンが了承してくれたことに喜びを感じ、気分は良かった。
「…………シノン」
「…………ん?」
夜も更けて、二人が寝台に潜った頃、カルナがシノンに話しかけた。
「なんかさ、最近のシノンって、元気ないよね」
「は?何言ってんだ」
「だって…………今だって少し寝てたでしょ?寝台に潜って数秒だろうが」
「それがどうした。俺は割とすぐに寝るけど?」
「………………いいや、何でもないや」
「何でもなくないだろ」
「いや……………その、じゃあ言うけどさ、なんか隠してるでしょ」
「隠してるって………何をだよ」
カルナは数秒固まったあと、寝台から抜け出してシノンの寝台に潜り込んだ。
「お、おいっ、ちょっ………!」
カルナはシノンの目の前まで来て横になると、彼の胸に顔をうずめる。
「…………見てればわかるんだ。シノンが、最近疲労が溜まって無理してるんだって。戦闘だって、最近じゃ結構辛いんだろ?」
「…………………………」
「それだけじゃない。魔法の威力だって、徐々にだけど弱まってる。三年前から気がついてはいたけど、シノン、弱くなってるよ。全体的に」
カルナははっきり言った。シノンは、確かに全体的に体が重い気はしていた。だが、その理由をカルナに言ってしまったら、彼女はどういう反応をするのかが、正直色々な意味で怖くて言えなかった。
「………………うん、俺も最近は体が重いとは思ってたんだけど、心配かけたみたいでごめんな。でも死ぬもんじゃないから大丈夫だよ」
「………………本当に?」
「ああ…………本当だ」
「………………………………………」
一度顔を上げてシノンの顔を見たカルナだったが、しばらくじっとして、またシノンの胸に顔をうずめる。
「無理だけは……………しないで」
「ああ………」
「……………はあ?」
「だから、これ、調査依頼」
「これから街に行こうと思ってたんだけど?」
「仕方ないでしょ、今朝来たんだから」
「俺たちは昨日から約束してんだ。それに、調査ってなんだよ。俺だっていつまでかかるかわからないんだぞ」
「ああ大丈夫大丈夫。すぐ終わるはずの内容だし」
「とにかく指名でもない限りやらない。約束だからな」
「仕事と約束どっちが大事なんだ!」
「約束の方が大事だから断ってんだろうが!!」
「うー、でもお願いだよー、今調査に特化してる団員シノンしかいないんだよー、それに急ぎで、今日中にこなさないとダメなんだよー」
「ニスにでも頼めばいいだろ」
「ニスは午後から会議、ボクはこの後指名依頼があって調査ができないのー」
「知るか!ならルクにでも頼めばいいじゃんか」
「ルクと勇希たちも指名依頼」
「………………………………」
シノンは何も言えなくなった。彼としては、どうしてもカルナとの約束を優先したかった。それなのに、指名でもない依頼を任されることが彼にとっては不満でしかなかった。
「……………内容だけは先に聞いとこうか」
「お!やる気になった!?」
「違う!内容によるってことだよ!」
「ああーはいはい、わかったよー…………」
リアナは依頼書を取り出し、シノンに見せた。
「はいこれ」
『至急、調査依頼
警利の森にて謎の生命反応確認、至急調査を願う。』
「詳しい場所はこれ、一緒に送られてきた地図だよ」
リアナは更に、シノンに警利の森の地図を提示する。
そこには、広大な森の図と、南東の部分に赤い罰印がついていた。
「今朝未明、目撃情報が多数寄せられたらしいよ。依頼主は王都警備隊本部。なんでも、空から何かが降ってきたとか…………」
「……………空の使いじゃないだろうな」
「あー、それボクも思った。まだ増えるのかぁ…………」
「ああ、まだ言ってなかったか」
「は?」
シノンは、空の使いは全部で二十人で、もう増えることはないはずだということを話す。するとリアナは納得し、また難しい顔になる。
「となると今度のはなんだろう?何でも、黒い?物体が落ちてきたとかで、音もなく森に入っていったんだって」
「なんだよそれ…………」
「で、やってくれる?」
「断る」
「なんで!?」
「興味がないから」
「ちょっ、即答!?てか理由そんなこと!?」
即答したシノンに対してあたふたと慌てながら言うリアナは、まるで子供だった。
「用はそれだけなら俺は行くぞ」
「待ったー!!」
「なんだよ」
呆れた声で半目になりながら、シノンは振り返る。
「見てくるだけでいいんだよ!それで、それが何かを見定めれば――………」
「それが動くものだったらどうする?すぐには見つからんだろ。とにかく俺は約束があるんだって――………」
「だー!もう!人の話は最後まで聞けー!!」
互いが互いの言葉を遮るという奇妙で珍しい光景を見たことがある者はいないが、もしこの場に傍観者がいるとすればおそらくその様子を呆然と見つめるだろう。
たいていシノンがこうしてリアナの依頼を断る時は、このような会話が多いのである。
「うるさいな。なんだよ」
「約束についてはボクもカルナちゃんに直接言って謝るから、明日はフリーでいいから!!」
「……………………………………」
しばらくシノンとリアナはじっと見つめあった。リアナの目は真剣そのものだった。
どうやら本当にお困りのようだ、と心の中で呟きながら、シノンはため息をついた。
「………………って、言ってるけど?」
「え?」
シノンは扉に向かって話しかけていた。リアナは間の抜けた声を出しながら、扉を目を凝らして見つめる。
ゆっくりと扉が開かれ、カルナが顔を出した。
「……………私は、別に明日でも構わないけど。団長さん困ってるみたいだし」
「カルナちゃーん!」
リアナはカルナに向かって走り、そして力いっぱい抱きしめた。身長は同じくらいだが歳の差は四もあるのに、どう見てもリアナの方が歳下に見えるシノンだった。
「ありがとうー!!」
「はあ…………わかった。カルナがそう言うからやってやる。その代わり、明日は指名依頼も絶対、受け付けねーからな」
「うん!わかった!!ありがとう二人ともー!!」
「だから、来んなって言ってんだろ」
「なんで。私は常にシノンと行動することが義務だと思うんだけど」
「今回は得体の知れない奴の調査だ。ギルドにいた方が安全だ」
「私はシノンが心配なんだってば!」
「俺もカルナが心配なんだよ」
「「………………………………」」
二人が喧嘩をする場合は高確率で、いや、ほぼ全部こういった内容である。結局はシノンが折れるのだが、たいていそういう時は何もないので、カルナ自身もそんなに心配はしていなかった。
しかしカルナは、シノンについて行く口実としてはこれ以外に思いつかないのだ。
地図を見ながら、シノンは真っ直ぐに罰印のもとへ向かった。
「ここだな」
「うわ………何、これ」
そこに広がっていたのは、枯れた木々と草花だった。いや、枯れたというよりは焼け焦げたたような感じであった。しかし辺りから焦げた匂いはせず、むしろ匂いはない。
シノンが物理属性で金属を作り出し、草木に触れてみる。すると、まるで炭化したかのように粉末になって消えていった。
「うそ…………ここが、その黒い何かが降りてきたところなのか?」
「ここで間違いないだろうな。この炭化した部分からは生命反応が感じられない。魔力と生命力を吸い取られたみたいだな。これはあっちに続いてる。たぶんここを通ったんだろ」
「あっち…………っ!」
その炭化した部分は、真っ直ぐ北西に――警利の森の奥へ向かっている。幅一メートルほどで、その先からシノンとカルナは禍々しい魔力を感じた。
「この辺りの森には魔物や獣はもういないな。『魔人』の可能性がある。カルナ、お前やっぱり帰れ」
「えっ!?私も行くよ!」
「来るな。今回ばかりは、なんと言おうとダメだ。ほら」
「ち、ちょっ………!」
シノンはギルドの冒険者バッチをカルナに投げる。しかし、カルナはなおも食い下がる。
「嫌だと言ったら嫌だ。魔人の可能性があるならなおさらだ!」
「見てくるだけだよ。あくまで可能性だし、やばくなったら逃げる。今回は討伐じゃなくて調査だしな」
「だったら私だって………」
シノンはゆっくり首を横に振る。
「違うんだ。勘違いしないように言っておくけど、カルナが足でまといだから連れていかないんじゃない。ただ……………」
シノンは黒く跡のついた部分を見ながら目を細めた。
「歩いたのか走ったのかわからないが、通っただけでこの有様だ。近くに寄ればたぶん魔力と生命力を吸い取られる。俺は結界でなんとかなるけど、カルナまで防ぎきれるか正直不安なんだ。割と近くにいるようだし、見たらすぐに戻るよ。だから今すぐ戻れ」
「…………………わかった。約束、忘れないでね」
カルナは二人で街へ行くという約束を思い出しながら言った。シノンは微笑み、そして力強くうなずきながら声に出す。
「ああ。もちろん」
カルナもうなずくと、サニーズへ転移していった。
「…………さて、と。行くか」
呟きながら、シノンは音もなく歩き出した。
炭化した部分は踏むと何が起こるかわからないため、その脇を通って跡を辿る。
念のため、シノンはすでに体に結界を張っていた。相変わらず魔物や獣の気配がない。すでに歩き始めて三十分ほど経つが、まだもう少しだけ距離がありそうだった。
シノンは更に警戒を強めて歩を進める。
やがて気配を感じ始めた時、シノンは目を細めた。気配は感じるのだが、足音らしき音が聞こえない。
見えてきた、そう心の中で呟く。
少し距離を置いてスピードを緩めると、まずは、シノンは影属性の魔法を発動した。
『解析』。影属性の隠密魔法で、魔力波を細かく分析して相手の能力や名前、種族などを見抜く。習得に難しい魔法だ。主に人や魔物や獣のものも見ることが出来る。
動物だけでなく、植物、道具、魔道具、鉱物などの産出物にも効果があり、物によって見れる項目も違う。
茂みの先にいたソレは、確かに黒かった。禍々しい黒い魔力を纏い、人型をしたソレは、ゆっくり歩いていた。未明に目撃情報があったということは、時間はだいぶ経っている。それをシノンは歩いて三十五分ほどで到着したのだから、速さを考えるとおそらくコレがそうだろう。
シノンは『解析』で見た内容に、眉をひそめた。
『名前:化身 種族:絶望の民、魔物 能力:闇影
攻撃力:レベルⅤ 防御力:レベルⅦ
素早さ:レベルⅨ 物理回避率:レベルⅩ
魔法回避率:レベルⅢ 知力:レベルⅡ
力量:レベルⅠ 脚力:レベルⅠ
判断力:レベルⅠ』
レベル、というのは、全部で十二段階に分けられており、高ければ高いほど強く精度が高い。
物理の回避率がⅩということは、物理に対する耐性が強いということだ。
全くではないがダメージはほとんどない。ちなみに全くダメージがない場合は、MAXと表記される。逆に全く耐性がなければ0となる。
力量のレベルから見て物理系の攻撃力はなさそうだから、おそらく攻撃力のレベルはほとんどが魔法なのだろう。
シノンが眉をひそめた理由は、そのステータスの偏りと名前、そして種族名だ。
『化身』と、『絶望の民』。
どう見ても怪しいものである。こう言ったものは放っておいても大丈夫なのだろうか、とシノンは思ったが、今回の依頼は調査なのですぐにリアナに報告することにした。
今すぐに危険を伴うようなモノではないようだから大丈夫だろうと、シノンは判断したからである。
シノンは静かにそこから去り、ギルドへ転移した。




