52、 課題と指南
更に数ヶ月後、シノンとロウは旅立って行った。シノンには課題を残された。三十匹以上のゴブリンの群れをほぼ一瞬で倒すこと。つまり、自分に追いつけということである。
それができれば、Cランクの迷宮に潜ってもいいと言われた。ただし単独ではなく、自分以外の誰かとパーティを組んでいけと言われたのだ。
だが、ルクにはそんなことは難しいことであった。義姉のリアナと一緒に行ってもいい。けれど、都合が合わないだろうし、彼女は彼女なりに忙しい。
だからと言って自分から誰かをパーティに誘うなどという勇気はなかった。
しかし、今はとにかくゴブリンの群れを倒せるようにすることが優先だった。それが出来なければパーティなどまだまだ先の話である。
シノンと別れて数年。シノンが帰ってきたと聞いたのだが、彼は今ではかなり忙しいらしく、すぐに出ていってしまった。リアナには自分が元気にしているかどうか確認してきたと聞いた。
会うことはできなかったけれど、自分のことを気にかけてくれていたのは嬉しかった。
ルクはこギルドに住み込みだが、会えなかったのは、ちょうどルクは街に泊まり込みで依頼をこなしに行っていた為でもあっただろう。
更に数ヶ月後、再びシノンは来たがまた依頼とかぶった。数ヶ月間の遠征だった。
その時一緒に来たという少女に、リアナに会わされた。ギルドの入り口に倒れていたという少年も一緒だった。
二人は兄妹で、匂いが似ていたことで兄妹と判断したシノンが妹である勇奈という少女をここに連れてきたらしい。
黒髪で、猫の耳と尻尾を持った目立つことこの上ない姿だった。
「おっ、ルク、こっちこっち」
ルクはリアナに呼ばれて近づく。端っこに設置されたソファは一人用の物が合計五つ並んでいた。テーブルの両脇に二つずつと窓の側に一つある。
そのうちの一つのリアナの座る窓側のソファの隣に腰掛けた。
「もー、相変わらず無表情なんだからー、ほらほら笑ってー?」
「やかましいよ姉さん。ちょっと黙って」
「えーっ!?酷いっ!?」
とか言いつつも嬉しそうなリアナである。
「まあーいいやー、とりあえず、ルク、紹介するね。男の子の方が兄で勇希くん。女の子の方は妹で勇奈ちゃん。二人とも、こっちはルク。まあ、ボクの義弟みたいなポジションの子だよ」
「よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ルクは頭を軽く下げただけだった。
「えーっとね、ルクってさ、最近結構腕上げたじゃん?それに、ボクが完全に信用できて結構フリーな団員ってルクしかしないんだよねー。だからさ、この子達を指南してほしいんだ」
「無理」
「ちょっ!?即答っ!?…………なんて、わかってたんだけどね」
えへへ、と笑うリアナ。ルクは彼女を鬱陶しそうに見る。
「ちょっとー、本当にシノンそっくりになっちゃってぇ!」
「どうでもいいでしょ。俺が尊敬するのはシノンさんだ。それに、俺は指南する方じゃなくてまだ指南されてる方なんだから、できるわけがない」
「お願いだよー、ルクにしか頼めないんだよー、この子達も自分の身は守れるようにしないとだしー」
「姉さん、俺のことわかって言ってるでしょ?」
「もちろん。けどね、ボクは知ってるよ。シノンに残された課題を達成したら、パーティを組まなきゃいけないって」
「っ……!?」
ルクは顔に、目に見えて驚愕の色を浮かべた。滅多に見ないからか、リアナはクスッと笑った。
「心配してたよ?ルクは人との交流の経験が薄いからってね」
「シノンさんだって人のこと言えないじゃん………」
片手で目を覆いながら溜息をつき、ソファにもたれかかる。
「何言ってんの?あ、そっか、ルクは知らないのか〜」
「は?」
「彼女さん連れてたよ?何ヶ月か前に来た時から」
「………………………」
ルクはリアナを見たまま固まった。その様子を見て、リアナは、あれあれ〜?と笑顔で、ルクの前に手をかざして振る。
はっと我に返って、ルクはもう一度リアナに問うた。
「えっと、彼女さん?」
「うん。前からパーティ組んでたらしいんだけどね、なんかー、その間に?好きになっちゃって?シノンが全治数ヶ月の怪我を負って、それがきっかけで付き合い始めたらしいよー。すっごいラブラブだよ〜」
そこでルクは、シノンとその彼女がラブラブなところを想像してしまった。
「まっ、待ってくださいリアナさん、そんな言い方したらルクさんが勘違いされます」
勇奈が止めに入る。
「え〜?だって、ラブラブじゃん?」
「ラブラブというか………普通に仲睦まじい関係というか………そこまでイチャイチャしてませんよ」
そこに勇希が入った。そこでルクはその想像を首を振って振り払う。いつものリアナの調子なら、少し大袈裟に言っているだけだからだ。
あのシノンが、付き合っているかどうかはともかくイチャイチャすることはありえない、想像できないと思った。
「まあ、そんなとこだからさ、お願いだよー。ルク、この子達に戦い方を教えてあげて?」
「ルクさん、俺からもお願いします。どうか、戦い方を教えてください」
「お願いしますっ!」
リアナは満面の笑みでルクに懇願した。勇希と勇奈も必死のようである。その時、ルクは思った。
数年前にシノンと出会って自分が懇願した時も、彼はこんな気持ちだったのだろうか。まったく同じではなくとも、似ているのではないか。
そう思ったルクは、渋々了承することにした。自分も早くシノンに近づきたい。そんな思いがあったからであったが、この二人とうまくやっていけるかは不安であった。
数日後、三人でEランクの迷宮に入った。ここにはゴブリンが多く生息しているが、群れがない。ほとんどが二〜三匹の集団である。
ルクが一匹残して敵を倒した後に、二人に倒させた。シノンにも最初はこんなふうに教わったからである。当時は一つ上のランクのDランク迷宮だったが、今回教えるのは戦闘能力がほとんどない素人だ。
彼らの戦い方を一度見て、癖や悪いところを指摘して直させる。その繰り返しだった。
ある程度戦闘能力はあったが、やはりゴブリン一匹倒すのに三十分以上かかった。二人は息を切らして休憩しながら、ルクにアドバイスをもらう。
「えーっと、勇希、お前は急所を狙おうとしているが、最初から狙わなくていい。今は、とりあえず相手の動きを封じろ。それから勇奈、お前は勇希の行動範囲を制限してる。できないと思ったら無理に攻めなくていいから、一回引くんだ。で、二人に共通して言えるのは、連携が足りないことと、あとは体力がないこと。まあ、連携については慣れだからまだいいよ」
ルクは相変わらず無表情である。だが、シノンに教わった時のように、声に冷たさは持たせなかった。
シノンは表情こそ冷たかったが、声にはまったく冷たさが混じっていなかった。それは、教える相手の自信を奪わないためと、しっかり話が耳の中に入っていくようにするためらしい。
シノンはルクに、いつか誰かを教えることがあるだろうと考えて、さり気なく指南の仕方を少しだけ教えていた。
シノンは誰かを指南するという経験はほとんどなかったのだが、経験が多いロウから他人への教え方を教わっていた。しかしそれを知らない今のルクは、シノンの真似をするだけだった。
表情を冷たく見せるのは、本気で言っていることの証明と、自分の言葉一つひとつを相手が舐めないようにするためである。
だが、勇希と勇奈は真面目な性格なので、ルクが甘く接しても厳しく接しても、真剣に、そして本気で取り組むつもりでいた。
なぜならリアナには、『ルクは表情にはあまり出さないけど、根は優しいし人に嫌われるような要素はあまり持っていない。それにルクの言うことは正しいよ』と聞いていたからであった。
「次は……………走る」
「「え?」」
「何度も言わせるな。体力作りが先」
「えっと、走るって、どれくらい………?」
「そんなの知るか。まあ、ここから迷宮区を抜けるまで………にしよう。二人のあとをついて行くから、ほら、出口まで走るっ!少しでも止まったらギルドまで!」
「「は、はいっ!」」
Eランク迷宮区の最深部、『西の森10F』。そこから、坂も階段も平面も関係なく走り続ける。
ルクはこれで、二人の根性と体力を測った。
ルクも、シノンにはこうして走らされたことがあった。本当はギルドバッチで転移できるのだが、敢えてそうしないのがルクの訓練メニューだった。
自分がやった訓練と同じものを彼らにもやらせて、そのまま三年の時が経った。
二人は充分に戦闘能力がつき、そろそろいいだろうと思っていたのだが、ある日突然、勇希と勇奈が話があると言って、三人で話をすることになった。
「あのっ、三年間お世話になっている師匠にこんなこと言うのも、どうかと思うんですけど………」
「俺たちは、思ったんです。ルクさんを見ていて」
「は?………何を?」
「なんだか………勿体ないな、って……」
「……………………」
「ルクさんの過去に何があったのかは知っています。けれど、それじゃ……このままじゃ……ダメなんです」
二人とも苦いものを食べたような顔になる。ルクも黙って二人の話を聞く。
「俺たち、ルクさんには、俺たち以外の、もっと強い冒険者と組んでほしいんです。他の人と、もっとたくさん、接してほしいです。あ、ルクさんと組むのが嫌なわけじゃ絶対にないんです。ルクさんなら、もっと上に行けるんじゃないかって、俺たちに構ってばっかりで、全然羽を伸ばせてないんじゃないかって思ったんです」
「だから、まずは、ルクさんの気持ちを聞きたいです。私たちは、もう充分教えてもらいました。だから、それもふまえて、教えてください。本当にルクさんがやりたいことや、本当の気持ちを」
その時ルクは、はっとする。この二人が一番気にかけているのは、自分のことなのだ。ルクが団長の頼みで自分たちに教えてくれているのだと忘れてはいけないと思っていたのだ。
あの時ルクは、渋々うなずいていた。だが今は違った。今はただ、こうして友人と楽しく迷宮に潜っていたかったのだ。師弟の関係ではなく友人として接したいという思いが、ルクにはあった。
ルクは、上のレベルの冒険者と組むつもりなど微塵もなかった。だが、その理由には未だ人見知りが抜けきらないというのもあるのだが、それよりも、この二人と組めなくなるのが嫌だった。
ここ数年間で、ルクの考えは変わった。人と関わり合いたくなくて、ずっと避けていたはずのルクが、シノンに出会ってから人との交流の仕方がだんだんとわかっていったのだ。
最初はリアナに頼まれた『仕事』だったが、今ではもう、彼らとの『冒険』に変わっている。シノンと一緒にいた時と同じように、毎日が楽しかった。
そう思って、ルクは微笑んで首を横に振る。その時、勇希と勇奈は驚いた。
「…………今はお前達と組んでる方が楽しいからな。人見知りは抜けきってないけど、上の冒険者と組むつもりはない」
ルクは、最後の部分は強調した。二人は少し混乱していたが、ルクの笑顔を見てほっとしたのか、微笑んだ。
「ありがとうございます。なら、これからも………」
「俺たちで良ければ、よろしくお願いします!」
勇希と勇奈は同時に頭を下げた。
ルクは、今まで感じていた何かの制限が外れた気がして、ずっと楽になった。ルク自身も、勇希と勇奈の二人と一緒に過ごしたことで、何かが成長していたのかもしれない。
ルクは、人との関わりというのは本当に面倒だな、と、誰に言うでもなく再び呟く。
天を仰いで、晴れ渡る空を見つめたルクの表情は、どこかすっきりしたような顔であった。




