51、 師匠と弟子
ギルドの暗い夜の廊下を、ひとり歩く少年がいた。
彼の名はルク。ギルドサニーズの中では色々な意味で有名であった。
まず、他人とは馴れ合わない。激しく人見知りをするため、一部の者を除いて人を信用しないし話もしない。
理由は、幼い頃に両親を無残に殺されたからだ。
自分も死にかけたところをこのギルドサニーズの団長――リアナに助けられてからは、闘術を習い体を鍛え、両親を殺したヤツに復讐をしようなどと考えていた。
しかし肝心な犯人はわからず。現在では、ルクも九年前の殺人事件について調べ回っているのだが、結局何もわかっていない。
ある日ルクが見たのは、十二、三歳くらいの白銀の髪を持った少年だった。月光の下に晒されたその髪は風に揺れて美しく、そしてほのかに輝いていた。
窓から外の月を見ながら、どこか寂しそうな顔をしていた。
ルクは一瞬、目の前にレイヴァが現れたことに表情にこそ出さなかったが驚いた。
しかしいつものように素通りしようとするが、できなかった。激しく人見知りをするとはいえ、滅多に見ることのできない種族に興味が湧いたのだ。
だが、振り返るとそこにはもう少年はいなかった。わずかに目を見開いたルクの首筋に、冷たいものが当たった。
「………………誰かと思えば、ギルドの団員か………」
ルクは冷汗をかいたが、首の冷たい感触がなくなってゆっくり振り返る。
身長はルクよりも頭一つ分高かった。近くに来て気づいたが、彼の頭には狼の耳があった。鋭い眼光がルクを見つめ、そしてルクは更に驚くことになる。
彼の目の色が、青色だったからだ。
レイヴァですら滅多に見ないのに、更に目の色が青色と来たら、珍しいなんてものではない。世界中探しても、百億分の一いるかいないかくらいの稀少率である。
現在の世界の人口は約三百億と五千万。そう考えると、白髪に青い目を持つ子は世界で三人程度しかいないことになる。
その中のひとりに会えたのだから、ルクは幸運だと言っても過言ではなかった。
「…………なんか用か?」
最低限のことしか口にしなかった。このギルドの制服は着ていなかったので、おそらくここの団員ではないだろうとルクは思った。
左腕には紋章がない。おそらく冒険者ですらないとも思った。だが、彼から感じる雰囲気は、何度も死地を乗り越えてきた者が持つそれだった。間違いなく、この歳にして戦闘の経験を何度も積み重ねているとルクは確信した。
それに、自分の気づかぬ間に背後を取り刃物を首筋に当てた技術は、並大抵の者にはできないものだ。そう思ったルクは、少年に思わず問うた。
「あの…………あなたは冒険者………ですか?」
「………………」
少年は無言のまま目を細める。ルクにはわかっていた。彼も、自分と同じように極度の人見知りだということが。
「…………それがどうした」
「俺に、闘術を教えてください……!」
素直に言った言葉だった。リアナには、レイヴァは戦闘能力が高い上に人が本気で嫌がるような嘘を言ったりからかったりしないと聞いていたため、彼は信用できると思ったのだ。
だが、彼には知識が足りていなかった。レイヴァはその優しさに付け込まれ、逆に騙されることが多いために奴隷商人や奴隷狩人に狙われやすい。だから、レイヴァが基本親切にするのは、完全に心を許し、信頼できるような相手のみであった。
「無理」
即答だった。しかし、ルクには彼が人見知りだということがわかっていたため、あまり動揺しなかった。むしろこうして断られるだろうことを理解していた。
「用はそれだけ?」
「お願いしますっ!俺、強くないたいんです。どうしても、力が必要なんです」
ルクの必死な懇願に、少年の目がわずかに光った気がした。
「………なんで」
「え?」
「なんで、力が必要なんだ?」
「………………俺は、まだ物心つく前に、両親が何者かに殺されました。だから、俺は復讐がしたくて………!」
「復讐がしたい?はっ、笑わせるなよ。復讐とかくだらないことに力を手に入れたいなんて考えるようじゃ、強くなれるわけないだろ」
少年はルクの言葉に被せるように言葉を強調しながら言う。
ルクの握る拳の力が強くなった。
「それに、誰に殺されたかもわからないのに復讐とかふざけんな。まずは相手が誰なのか見極めて、そいつの実力を完全に把握しなきゃならんだろうが。もっとも、そんなことしたってはっきり言って無駄だ」
少年は無遠慮に、ルクに言葉を浴びせた。下を向いて歯を食いしばっていたルクは気づかなかった。少年は最低限のことしか喋らなかったにも関わらず、今は口数が次第に増えていることに。
「復讐って言うけど、そもそも何するんだ?殺すか?それとも地獄を見せるか?いや、どれにしても、復讐なんてしない方が自身のためだと思うね」
最後は声が小さくなっていったが、少年はそのまま立ち去ろうとした。しかし、ルクはあることに気がつき顔をあげ、少年の手首を掴む。
「待って!」
少年は足を止めて振り返った。そこには、必死な顔で目に涙を溜めたルクがいた。
「ごめんなさい。今、あなたに言われて気がついた。確かに、復讐をしたら悲しみしか残らないし、俺の気が済むとも思わない。ただ………両親の顔も知らない俺は、寂しかったんです。リアナさんがいたからそれほど深くはないけれど、やっぱり、親はいた方が良かった。だから復讐しようなんて思ってたのかも知れません」
ルクは少年の手から自分の手を放し、力なくぶら下げた。そんなルクを、少年はじっと見つめた。
ルクの目には、だんだんと涙が溢れてきた。
「………ただ、八つ当たりしたかっただけなのかも知れません。でも、本気で力を手に入れたいのは本当なんです。ただその理由が自分でもよくわかってなくて、今でもわからないんです。でも、あなたに教えてもらえば、強くなれる気がしたんだ。だから、お願いします。どうか俺に闘術を教えてください!」
頭を下げて言うルクだが、少年は相変わらず無表情である。
少年は頭を上に向けて、ため息を吐く。
「…………………俺も」
ルクは、声を出し始めた少年を見上げた。
「………………俺も、本当の両親を知らないんだ。でも、殺されたとか、捨てられたとかじゃない。だから余計に寂しくてさ。月を見る度に何が思い出せそうなんだけどね、無理だった」
声が震えていた。少年がルクを見ると、その目は赤く、腫れていた。彼の目にも涙が浮かんでいたのだ。
だがその理由は、ルクにはわからなかった。少年は自分の涙を拭うと、初めて笑みを浮かべた。
「…………いいだろ。あと数ヶ月間くらいここにいるし」
「!!ありがとうございます!よろしくお願いしますっ!」
この日、ルクがリアナ以外と初めて会話をしたのが、このシノンという少年だった。
「シノンさん、今のどうですか!?」
「…………遅い」
「ええっ!?」
相変わらず無表情で愛想のないシノンだが、ルクは思った。シノンは内心笑っているのではないかと。楽しくて仕方がないのではないかと。
そう思ったは、初めてシノンと出会った頃に彼が笑顔を見せた時と、雰囲気が似ていた気がしたからである。
今はギルドの森の迷宮区Dランクの『東の森』で実戦訓練をしていた。ここはレベルの低い迷宮区で、生息している魔物のランクも低い。
特にゴブリン系などが多く生息しており、ルクでも群れには苦戦していた。
しかしシノンは、三十匹以上の群れを相手してもほぼ瞬殺で、ルクには動きが見えなくともシノンに憧れの視線を向けていた。
シノンは昔、養父のロウに拾われて、一緒に旅をしているらしい。そして二人とも闘士で、シノンはB級、ロウはA級、二人ともごく有名な闘士、そして冒険者らしい。
しかしこれはシノン本人から聞いたのではなく、今では養い親――否、というよりは姉――と言ってもいいリアナから聞いた情報だった。
シノンもルクには少しだけ心を開いており、時々小さな笑みを彼に向けることがある。現在ではよくパーティを組んで依頼をこなしに行き、ルクもどんどん成長していた。
一ヶ月後には、Cランクの迷宮区『南の森』に入っても魔物を軽くあしらえるほどにまで上がっていた。
しかし、シノンはなかなかBランクの迷宮『北の森』には行かせてくれなかった。
迷宮区にもレベルがあり、E、D、C、B、A、Sランクの六段階。唯一のSランクは世界最大の面積を誇ると言われる森、『警利の森』が有名だ。
E、Dランクはほとんどが初心者の腕試し程度でも大丈夫なレベルだが、C、B、Aになってくると、中級者から上級者が入っても油断すれば死亡することが多かった。
Sランクに関しては通るだけでもA級以上の護衛を雇うよう制限がかかる上、単独で入るのは命知らずのとまで言われる。
なにしろ『警利の森』は弱い魔物でもB級冒険者三人がいてやっと倒せるほどのAランクのものなのだ。自分の力を過信して潜ってそのまま帰ってこないなど日常茶飯事である。
今日は、たまにはいいだろうということで訓練は休みである。シノンも一人で街に出ていっていてギルドにはいない。ルクもついて行こうとしたがシノンに止められて少し拗ねていた。
ルクも訓練に熱心に取り組み、今では前とは比べ物にならないくらいに実力を伸ばしていた。
その日の昼頃、廊下を一人歩いていると、一人の男がこちらに近づいてきた。茶色の短髪で、金色の目を持った若い男だった。よく見ると、頭には獣の耳がある。形から見て、おそらく狐だろう。立派な茶色い、太い尻尾もあった。筋肉質な体で、太い眉毛がよく目立った。
「もしや、君がルク君か?」
「え、そう、ですけど」
「そうか。なるほど、シノンの言ってた通りだな………」
若い男はルクを、顎に手を当てながら見つめた。
「あっ、あの、シノンさんを知ってるんですか?」
「おっと、失礼。知ってるも何も、俺はあいつの育て親のようなもんだ。俺はロウ、よろしくな」
ルクは、はっと目を開いた。
「あ、あなたがそうなんですか………!?」
「ははっ、そんなに驚くなよ。まあ、そんなとこだ」
本当に父子じゃないんだな、と、ルクは思った。けれど、目の前にいる人の目は愛想があって、シノンが語る養父のイメージがそのままそこにあるようだった。
「今日は、せっかく会えたんでな、礼を言おうかと思って」
「お礼……?」
「ああ、お前、シノンと初めて会った時は、あいつはどんな感じだった?」
「えっ………と、愛想がなくて俺と同じで人見知りで、口数が少なかった………ですかね?」
「ああ、そうだ。でも、最近はどうだ?」
「えっ、そう、だな………口数が少ないのは相変わらずだし、いや、無愛想なのも………最近は………うーん、どうだろう?」
「ははっ、まあ、初めてあった時と比べちゃ仕方ないな。最近、あいつもよく笑うようになったんだよ」
「え?」
ルクは、ロウの言っている言葉の意味がよくわからなかった。ルクはシノンと初めてあったその時に、彼の笑顔を見ている。だから、シノンが最近笑うようになった、という言葉はよく理解ができなかった。
「つっても、本当に少しなんだがな。お前のことを話してくれる時のシノンの顔は、滅多に見ないんだよ。最初に友人ができた、って行ってきた時こそ俺もあいつの言葉が理解できなかったがな、改めて、ありがとう」
「ああっ、いえ………シノンさん、って、過去になにかあったんですか?」
ふっと、ロウの笑みが消えた。ルクもわかっていた。聞いてはいけないことなのかもしれない。けれど、聞かずにはいられなかった。
自分の慕っているシノンは過去に何かあって、それで自分と同じように笑えなくなったのではないかと。
ルク自身は、今では毎日が楽しくてシノンの前ではほとんど笑顔なことが多かった。だがシノンはどうだろうか。時々笑ってくれるとはいえ、ほとんど感情を表には出さない。笑うなど以ての外だった。
「…………移動しようか。時間があればでいいんだが」
「行きます」
その後移動したのは、ロウの部屋だった。ロウはルクを中に入れて自分も入ると、扉の鍵を閉める。
そしてゆっくり振り返り、話し始めた。
「そうだな。今から六年くらい前に、ラトス皇国で、死にかけのあいつを拾った」
「……………………」
ルクは表情を歪める。
「何があったのかはわからない。全身血塗れだったんだが、倒れていた場所が場所だけに、まず助かった」
「場所?」
「ああ。どこにいたかって言うとな、“ハプ”っていう花畑に倒れていたんだ」
ハプとは、真っ白な花弁を持つ薬草だった。白い花弁は疲れを癒すお茶としても傷薬としても使えるし、茎の汁は風邪にも効く。根は野菜不足の予防にもなり、免疫力も上がるという万能な薬草だ。
特に傷にはよく効く。傷口に直接塗るのだが、塗った瞬間の痛みは激しい。その代わり、後がすっと楽になる。そうすることで治りも早まるし、傷痕と多少は残るが目立つのを防ぐ。
「傷口もちょうど花弁に当たっていたから、最悪は免れた。ただ、心の傷が残ってたみたいでな………目が覚めるやいなや、俺に飛びかかってきた。その時あいつは、“記憶がない、何も覚えていない”と言ったんだ」
「…………!?」
ルクは顔に驚愕の色を浮かべた。
『月を見る度に何か思い出せそうなんだけどな』
あの時の言葉は、そういう意味だったのか、とルクは心の中で呟いた。けれど、それは本人には聞けないでいたのだ。なぜか、聞いてはいけないような気がしていたからだ。
しかし今になって聞かなくてよかったと本気で思った。
ロウに話を聞いたルクは、今まで以上にシノンには明るく接するのであった。




