50、 模擬戦と殺気
「おう、てめえら、何してる?」
さして大柄でもないが、力を秘めているであろう冒険者の男が近づいてきた。
カルナが冒険者ではないと男達がわかったのは、左腕に冒険者の証である紋章がなかったからだが、普段からそれを身につけていない冒険者は少ないがいる。例えば、シノンのように。
しかしそれを知らない冒険者は、こうして相手の力を見誤り絡んでくるのだが、実力を隠したいがために紋章を外している冒険者は多い。そのため相手の怒りを買って返り討ちにされることが多かった。
カルナは確かに冒険者ではないが、並の冒険者以上の実力は持っている。シノンは実力を隠すために、紋章を身につけている事の方が格段に少なかった。
身分を証明するギルドカードで充分だろ、これがシノンの心情である。
見たところまだ冒険者になりたての二人組の冒険者だったが、ランクは『第二段階クラス二十七番〈D級〉』と、『第二段階クラス二十四番〈D級〉』だ。
そしてシノンたちに話しかけた男は『第四段階クラス三十二番〈B級〉』である。十二歳の頃のシノンより実力は下だった。
「ボ、ボス」
「………ボス?」
思わずシノンが声を上げる。が、その声は誰にも聞こえていなかった。
「おう、てめえら何してたんだって聞いてんだ」
「いや、冒険者でもねえ女が現役冒険者に模擬戦で勝てるわけねえって言ってやったんす」
「あん?他人様の問題に他人が関わるようなマネしてんじゃねえよ」
「す、すみませんっす!」
「おう、小僧、迷惑かけたな。嬢ちゃんも悪かったな」
「え………あ、お構いなく………」
そのあとボスと呼ばれた男に引きずられて、彼らは訓練場を去っていった。
「………争いごとにならなくて良かったよ」
「絡んできたのはむこうだ。それを理解するかしないかで人間性が決まる」
「なるほどな。で、やるんだろ?」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
カルナは返事をして頭を下げる。
「本気でかかれよ。実力はカルナの方が上だと思うけど、ニスは油断すると返り討ちに遭うぞ」
「え………あ、うん………」
「お、おい。今、なんつった?」
「あ?ニスは油断する返り討ちに遭うっつったんだよ」
「ちげーよ。その前」
「は?本気でかかれよ?」
「その間だよ!ふざけてんの!?」
シノンはふざけてなどいなかったのだが、あまりにもニスが慌てふためく様子で叫ぶので、思わず笑ってしまった。とは言っても、カルナのように付き合いが割と長い者でしかわからないほど些細な変化であった。
「……ふっ………実力はカルナの方が上だと思う、か?」
「……………はあ。そうだよ。やる前から決めつけないでくれよ。俺だってこうやって毎日頑張って訓練してんだから、お前も想像つかないくらい強くなってるつもりなんだからな!」
「はいはい。面倒だからさっさと準備しろ。カルナはもう準備できてるみたいだぞ」
「は?」
面倒臭そうにシノンが言う。彼の言うとおり、カルナはすでに距離を取り戦闘準備を整えていた。ニスは得意の短剣を模した木剣を構えてカルナと向き合った。
「はいはいわかりました。まあシノンがそう言ってるんだ。カルナちゃん、お互い手加減なしでいこう」
「はい!」
「お?なんだなんだ?」
「副団長ともうひとりは誰だ?」
「へえ?可愛い娘じゃん?」
「本当だ。へへっ」
その会話が聞こえた瞬間、シノンがその声の主に殺気を放った。殺気を向けられた男はもちろん、周りにいる野次馬の冒険者たちも恐怖から「ひっ!」と小さな悲鳴をあげる。
その殺気を感じ取ったニスは苦笑するのみであった。
シノンが『能力』を使ってみれば、カルナを見る冒険者の中に良からぬことを考える者がいたために判断したことだったのだが、当の本人達はなぜシノンに殺気を向けられているのかわかっていなかった。
しかしそんな殺気を放っても全く効かないのはカルナであった。シノン以外の殺気ならば受ければ恐怖から足が動かなくなるのに、シノンの殺気はそれ以上なのにも関わらず、本人は気づかないほどに効かないのであった。
その理由の一つに、シノンはカルナには決して殺気を向けたことがなかったというのもある。現在もシノンは自分よりも後方にのみ殺気を放っているため、彼の前にいる冒険者達やニスにもそれは効かなかった。
前方にいる冒険者は、シノンの後方の冒険者がなぜ怯えているのか、一部の冒険者以外はわからなかった。
シノンとカルナが付き合っていることを知っている冒険者なら、シノンが殺気を放っている理由も察しただろう。
そしてもう一つ、カルナにシノンの殺気が聞かない理由は、カルナはシノンを過信しているためである。
シノンはカルナに怒ったことが一度もない。ほんの少しだけ面倒臭そうに彼女に対応したことはあったものの、カルナはそうなれば嫌われたくないためかある程度のところで済ませている。
そのためか、いくらシノンが殺気を放とうと彼女は気づきもしない。今は目の前のニスに集中しているため、シノンの殺気にも、彼の後方の冒険者が怯えていることにすら気づいていないのである。
「いつでもかかっておいでよ」
カルナは無言のまま脚を曲げて低く『霞の構え』で構える。そのまま更に低くすると、地面を蹴ってニスに向かって走る。
「………遅いな」
誰に言うでもなく、いつもの台詞をシノンは呟いた。カルナもそうだが、ニスの反応も遅いと感じていた。
互いの距離が半分くらいの距離までに近づいた時、ニスがやっと動き出した。カルナは霞の構えから瞬時に下段の構えに変えながら、左側にステップを踏んで飛び、剣を振った。
背中に木剣の衝撃が来る前に、ニスは慌てた様子でしゃがんで躱す。左手を地面についてバランスを取りながら前方に飛んで距離を取ると、もう一本の木剣を取り出した。
予想外のカルナの動きに、ニスは冷や汗をかいてしまう。カルナの動きにはほとんどシノンの動きが混じっており、さすがにシノンに闘術を教わっているだけあるな、と、ニスは心の中で呟いた。
カルナは当たらないとわかっていたのか、体勢を崩すことはなかった。
相手が一般団員であれば、今の攻撃で勝負は決まっていたであろう。しかし、ニスは臨機応変に対応できる性格から、それが戦闘にも出ていた。
そのため今の攻撃を躱すことはできたのだが、今のような攻撃を不意打ちで喰らえばニスもなす術なくやられていただろう。
ニスのランクは『第四段階クラス四十二番〈B級〉』という、二十三歳とは思えない実力の持ち主だ。それが冒険者でもない十九歳の女の子に冷や汗をかかされている。
これには、周りの冒険者たちも驚いていた。自分たちよりも遥かに強いことがわかって、厭らしい笑みを浮かべて良からぬことを考えていた冒険者たちですら、手を出すのはやめようと思ったくらいである。
再びカルナが剣を構えると、今度仕掛けたのはニスである。両手に持った短剣のうち左手に持った剣を突き出したが、カルナはそれを左手でニスの手首を押して流し、右手に持つ剣で下からニスの脇腹に当てた。
ニスは予想外の動きで右手の剣が出てこず、攻撃をまともに食らってしまった。前方に倒れていくニスを躱して、カルナはニスの首筋に木剣を当てた。
「参った」
負けるとわかっていたのか、ニスは苦笑いしながらはっきりと言った。シノンに自分よりもカルナの方が実力が上だと言われて最初から本気でかかったもの、軽く受け流されてしまったのだ。
本人にとって、これは負けを認めざるを得なかった。
次第に我に返った冒険者たちが、だんだんとざわつき始めた。「あの娘何者だ?」「冒険者じゃないんだろ?」「いや、紋章外してるだけじゃねーの?」「にしても副団長が負けるたあ相当だぜ」などと口々に言い始めた。
シノンがカルナとニスに歩み寄って、ニスに回復魔法をかけた。
「二人ともお疲れ。良かったんじゃないか」
「ちょっ、なんだよその素っ気ない感想?」
「…………遅い、力任せに振るな、最後の、もう一つの剣の動きはしっかり確認しろ」
「おいおい、悪いことだらけじゃんか。カルナちゃん可哀そ――……え?」
「………スピードに関してはもっと走らないとな………力任せは直さないと………それから、相手が二剣流だってのを忘れないように………」
カルナは思案していた。シノンに言われたことを次に生かせるように、言葉で呟いていること以上に頭の中でも色々と整理していた。
「まあ今回はスピードに関してはニスを上回ってたから良いんじゃないか?」
「え?本当に?やった」
カルナは胸の前でガッツポーズをとった。
その顔には、歓喜の色が浮かんでいるのが目に見えてわかった。惚れてしまいそうなその顔を見て一部の冒険者たちの鼻の下が伸びた。
それに気づいたシノンが再び殺気を放つと、みんな縮こまってそれぞれが散っていった。
「…………カルナちゃん、すごいね。やっぱり戦闘民族の末裔って成長が早いんだな」
ニスは、周りには聞こえない程度の小声でカルナに言った。回復をし終わると、ニスとシノンは立ち上がった。
「言っただろ。カルナとお前じゃ実力が違うって」
「ああ。シノンが言うことってたいてい当たってるからな、信じてなかったわけじゃないんだけど、まさかこんなに圧倒されるとはね」
「まあカルナが上とは言っても少しの差だろうけどな。カルナも実はギリギリだっただろ?」
「あ、うん。まあ………」
頬をかきながら苦笑いを浮かべたカルナ。ニスはそんなカルナを見て言った。
「これからもっと伸びるんだろうな、俺も頑張らないと。あ、シノンとカルナは来年卒業だろ?卒業したらまた調査を再開するのか?」
「まあな。今では一気に情報が集まったから、それを元に、今度は島火山を目指す」
「島火山か………んま、頑張れよ。お前ならできるさ」
「おう」
拳同士を軽く突くと、ニスは手を振る。
「俺は仕事があるんで、これで失礼するよ。カルナちゃん、また機会があったらお手合わせ頼むよ。俺も頑張るから」
「はい。ありがとうございました」
カルナの笑顔に、ニスまで笑顔になった。
もう一度軽く手を振ると、ニスは訓練場を去っていった。シノンとカルナも昼食を食べるために訓練場から去った。
「あ、あの、もしかしてシノンさん?」
後ろから話しかけられて、シノンは振り返った。そこには、二人の少年と少女がいた。
一人は黒髪で、帽子を被って耳を隠してはいるがシノンには獣人だとわかった。勇奈である。しかし一緒にいる少年は勇希ではなかった。
黒い髪は同じだが獣の耳はなく、緑色の目を携えており、額には緑色の鉢巻、そしてギルドの制服を着た十四、五歳の少年。ルクである。
幼い頃に両親を殺され、生き残っていたところをリアナに拾われた少年で、あまり話すことなんてなかったはずなのに、今では勇奈と一緒にいる。しかもこちらに満面の笑みを浮かべてくるときた。
ルクが勇奈を伴って歩み寄ってきたので、周りには誰もいないのを確認してシノンは偽装の腕輪を外して彼に微笑みかける。
「久しぶりだな。なんだ、すっかり明るくなったじゃんか」
「へへっ、やっぱりシノンさんだ。勇奈のお陰ですよ。な?」
「いや、思ったことをそのまま伝えただけだから、うん」
おそらく照れ笑いだろう。勇奈は顔をほんのり赤くして、少しうつむいた。
「何があったかは知らんがすごいな。あのルクが、人見知りしないなんてさ」
「え?それシノンさんが言いますか?」
「ははっ、君の言う通りだな」
カルナがルクに話しかけると、彼も笑う。
「そうですね。あ、はじめまして、俺、ルクっていいます。よろしくお願いします」
「カルナだ。よろしくね。勇奈、久しぶり」
「お久しぶりです、カルナさん。三年前は、どうも」
勇奈は笑みを返してカルナに頭を下げた。シノンは恥ずかしさからか、頭を掻きながら三人を見つめていた。
「あ、シノンさん、これから昼飯ですか?」
「ん、そうだよ」
「なら、一緒に行きません?俺らもなんですよ」
無邪気な笑みを浮かべて、ルクはシノンを誘う。シノンもたまにはいいだろうと思い、カルナに視線を向けると、彼女はもちろんと言わんばかりに笑顔でうなずいた。
「よし、行くか」
「「はい!」」
シノンは珍しいものを見れたとばかりにルクを見ていたが、そのまま四人で食堂に向かっていった。




