46、 ケーキ屋のトラブルと二十人対一人
シノンは依頼に出かけている。休みだからシノンとゆっくりしたかったけれど、大事な用事があると言っていたので明日の休みの日に街を回ることを約束してくれた。
今、私はルームメイトのルナと一緒にカフェでお茶している。私が紅茶を口に入れてカップを机に置くと、ルナが話しかけてきた。
「カルナちゃん、今度はケーキ屋さんに行きませんか?」
「お、良いね。じゃあお土産にでも買おうかな」
「弟さん、ですか?」
「うん、そうそう」
「あったことないですけど、カッコイイんだろうなぁ〜」
ルナが顔を火照らせて、両手で包んだ。
「え、ちょ、何でそうなる?」
「だって、カルナちゃん可愛いんですもん。だったら、双子の弟さんなら、カッコイイんだろうなぁと思ったんです」
「え!?ちょっと待って、いくらルナでもシノンは渡さないから!」
「あらら、ごめんなさい。そういうつもりじゃないんですよ。ふふ、やっぱりカルナちゃんって可愛い」
「ううっ……………」
そんなことない、と言いたいが、シノンが『カッコイイんだろうなぁ〜』などと言われたらなぜか否定ができない。
そんなこと言うなら、ルナも可愛いと思うんだけど。だが数日の付き合いでわかる。そんなことを言ったらルナは恥ずかしがって、顔を真っ赤にしてしばらく治らないだろうことを。
その後、やっと落ち着いたルナと一緒にケーキ屋を訪れた。ここは王都でも有数のケーキ屋の一つで、毎日行列ができていた。
しかし昼時というのもあり、普段よりは少ない数の人が並んでいた程度だったので、割とすぐに番がまわってきた。
「じゃあ、どこで食べようか」
「あ、あそこの机とかどうでしょうか?」
「お、いいね。行こ」
街の広場にやってきた私たちは、さっそくケーキを食べることにする。
広場の中には、屋根の下に休憩できる場所がある。人がたくさん来ることを想定しているため、広場内にある机や椅子は百を超える。
大人数で座れる場所もあるし、一人で座れる場所もある。そんな中、私たちは二人用の机につく。
私が選んだケーキはモンブランという新商品で、栗の実を使った山なりの形をしたケーキだ。ルナは、店でも普通に人気だったショートケーキ。白くて甘いクリームを使い苺を上には一個、中にも苺の一部が少し入っている。
そのフワフワな生地と生クリームを一緒に、ルナが口へ運ぶ。片手を頬に当てながら、幸せそうな表情で声をあげた。
「んん〜!美味しです〜」
「うん、たしかに美味しい。食べたことない食感だな」
甘い栗に、中には柔らかい生地と生クリーム。斬新だね。
他にも色々な新商品が並んでいたので、私はシノンに全種類を買った。彼なら遠慮するかもしれないが、毎日金稼ぎや買い物はシノンに任せきりだ。しかもその稼ぎを私に分けてくれるんだから、遠慮なんかさせない。
そう心の中で固く誓いながら、私はケーキを口に運ぶのだった。
シノンに教えてもらって最近使えるようになった収納魔法でケーキを仕舞い、しばらくはルナと一緒に休憩していた。
賑やかな人の声と、人が歩くたくさんの足音、そして小鳥のさえずりに、そよ風に揺れ葉の擦れる音。
様々な音の中で、一際目立つ音が聞こえてくる。
ガシャン!
「きゃあ!?何すんのよ!」
「うるっせえ!さっさとここの商品を全部ルーラン伯爵家に売れっつってんだよ!」
「だから無理って言ってるでしょ!?他にもお客さんがいるのに、なんで貴族だけに全部売らなきゃなんないの!?」
騒いでいたのは、先ほど私たちが訪れたケーキ屋だった。新商品が大量に出たという情報を貴族が聞きつけ、買い占めようとでもしているのだろうか。
私たちも少し気になって、店に近づいてみる。
「この店ではルーラン伯爵のような貴族に売るモノはありません。とっとと帰ってください」
男性の声が聞こえてきた。穏やかな声だが、その声には怒りと苛立ちにも似た何かがあった。
「はっ、そんなこと、平民が言えんのか?ルーラン様の力を以てすれば、こんな店、いつでも潰せるんだ――……」
「この国では、そういったトラブルの対策として公爵家が後ろ盾になってくださるということ、知らないんですか?」
「なっ………!ど、どういうことだ!」
「ふん、なんだ、新人騎士かなにかなの?リリーズ王国ではね、そうやって貴族が権力を振りかざしてこうやって店が困るようなことをしても、反抗できるようにしてるのよ。もともとリリーズはそういう所よ!貴族が権力を振りかざせるような場所じゃないの!さっさと帰って!」
「ぐぐっ…………」
どうやら、ここに来ているのは貴族ではなく遣いの者のようだ。
周りにいる平民の人たちが、そうだそうだ!などと騒いで、中にいるであろう男に罵声を浴びせる。
「ぐ………くそ!覚えていろよっ!」
すると、鎧姿の若い男が民衆を掻き分けて店から出ていき、王都の中心部へ走り去って行く。その間も、民衆の罵声は止むことはなく、男が見えなくなるまで騒いでいた。
ここ一ヶ月でわかったことだが、リリーズ王国は貴族の中でも二つの勢力に割れているらしい。
一つは王宮にいる大臣たち。彼らは平民を蔑むような目で見、当たり前のように使役することを望んでいる。例えば、今のように権力を振りかざして平民に対してうるさい。
獣人やドワーフ、エルフや魔族などを平気で亜人と称して差別し、全王さまに何度も、亜人を追い返せだのこの国でも奴隷制度を作るべきだの言っているという噂が響く。
今出ていった騎士の主ルーラン伯爵家も大臣派の貴族の一つだ。
ルーラン伯爵はよく平民の街に降りて権力を振りかざし、民衆を困らせている。挙句の果てには、気に入った女性を屋敷に連れ込むなどという噂も後を絶たない。
そしてもう一つは、全王さまや公爵家。大臣たちに比べれば公爵家は権力は薄いが、それでも国の中では第三位の地位を誇る四大公爵家だ。全王さまの指示であれば大臣たちすら権力は関係なくなり、彼らのような者達ですら逆らえなくなる。
公爵家の人たちは全王さまと同じく、平民たちを蔑むような目では見ず、誰にでも平等に接してくれる態度から平民にはかなりの人気があった。
だが、公爵家という名は民衆には広がっていない。あくまで全王さまの従者という肩書きである。
あながち間違ってはいないが、それでは公爵家も動きにくいのでは?と思ったが、シノンに聞いてみたら、
『全王さまの従者は、大臣たちや公爵家よりは権力は薄いけど、侯爵より下の貴族よりは圧倒的な力がある。ただの使用人じゃないからな』
だ、そうだ。
そんな公爵家の人たちは、学校の生徒の中でも憧れる人たちが多い。シノンはどうでもいいみたいなことを言っていたけれど、私は王族として感心する。
ダンジル王国では奴隷制度がないが、奴隷狩人たちが商人に売ってしまうことが多い。兄さんが特にその問題について悩んでいたが、最近では船を出航させる前に魔力波を監査することになって奴隷を外国に送らずに済んでいる。
密輸しようとしても、ダンジル王国に張られた結界で魔力を監査し、密輸と判断し捕らえる。漁に出かけたい時は、国に許可をとる必要がある。
出かける人数の報告と顔合わせをして、更には漁師の免許も確認する。それで異常がなければ許可、不審な点が見つかるようならば許可は出せない。
そういった対策を、今から五年くらい前から取っていた。
とまあ話は逸れたが、公爵家は民衆たちの絶大な信頼を持っているというわけだ。
「…………まったく、ああいうの困っちゃうよね、店長?」
「仕方ないさ。他にはない新商品は、貴族には魅力的なんだよ」
店内からはそんな二人の会話が聞こえた。そしてその後、並んでいた客の人たちに店主が言う。
「皆さん、ご迷惑をおかけいたしました。ただいま先ほどの騒ぎで散らかってしまった店内を片付けていますので、今しばらくお待ちください」
そう謝る店主を、客たちは笑って許した。今回の騒ぎは、店主に非はないのだから。
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とある部屋の一室。ここにはリリーズ王国に潜伏している、とある組織の下っ端が隠れ住んでいた。
その中に、二十人前後の男達が集まっており、リーダー格の男が調査から帰ってきた男に話しかける。
「それで、どうだ、二十番の動きは?」
「ああ、全王の指名依頼で、一人で森に出ている。今のところ大きな動きはない」
「四十番は?」
「問題ない。二十番からは離れている。しばらくは合流しないだろう」
「ふむ、わかった。ご苦労」
「にしても、上はなんであんなガキを狙ってんだ?」
「そりゃお前………白髪に青い目を持つ子だぞ?奴の潜在能力で、上はなにかするんじゃないのか?」
「うーむ、それだけじゃない気もするが、まあ上の命令は絶対。理由はどうあれ、従うのが俺たちだ」
他の男達も、その通りだと言わんばかりにうなずく。
「三番はどうしてる?」
「出払ってらあ。他の奴らも今はいねえ。王都には、四大公爵家はいねえぞ、へへっ」
厭らしい笑みを浮かべて調査から帰ってきた男は言う。
「あと三年以内に捕らえろとの命令だ。早めに決行して、早めに引き上げないと奴らに気づかれるからな。こんなチャンスは逃せない」
「リミットは三年ですか………ま、充分でしょ」
余裕をかましていう男を、リーダーの男は睨む。
「…………記憶が無いとはいえ、厄介なのは確かだ。慎重に動けよ。失敗すれば警戒されかねないからな」
「わ、わかりましたよ」
「んで、今回の作戦だがよ、いつ決行するんだ?」
「すでに作戦は始まっている。というわけだから早速動くぞ」
「けっ、はえーもんだな。ま、いいけどよ」
厭らしい笑みを浮かべた二十人前後の男達は、一斉に腰を上げて外に出る。外は森の中で、人が近くに寄ることはない。
なぜなら近くには魔物が潜んでおり、人の手を加えられることのない環境だったからだ。しかし下っ端と言えども彼らの実力は確かで、冒険者としてのランクは全員がB級以上だった。
彼らが向かった先には、罠を仕掛けるために送った仲間が二人いた。彼らには囮になってもらい、そして掛かった獲物を捕らえる。これが、二十人の男達の目的だった。
気配を消しながら森の中を進み、仲間が待機している場所までやって来ると、仲間の男達が囲っていたのは王立学校の生徒だった。
「た……助けてくれ……俺たちが何したっていうんだ!」
「そ、そうだ。俺たちは、王立学校の生徒だぞ!先生方が黙ってないぞ!?」
「ふん、それがどうした。俺たちには関係ないね」
「用事が終わったら俺たちはこの国から出るしな、はははっ!」
「何を遊んでいやがる…………」
茂みに隠れた仲間のひとりがそう呟く。それは、彼ら全員が思っていた言葉だった。
二人の男達は目出し帽を被って顔を隠しているから、生徒達に顔を見られることはない。
男達は、ここにいる生徒達を餌にとある人物がこの場来るのを待つが、なかなか来ない。それどころか、生徒と男達の言い争いが勢いを増している。
男たちも、最初からすぐに来るとは思っていなかった。ここは森の奥深くで、さすがにその中を探すのには時間がかかるだろうと思っていたからだ。
それでも待ち伏せするのは、この作戦に、確実に成功すると男たちは確信していたからであった。
組織の者達全員が所持している魔道具『永久持久』のお陰で、男たちはいくら待っていても疲れることがない。だから、交代で眠る必要もないのだ。
しばらくは男と生徒の言い争いが続くが、しばらくすると男たちは気配を感じる。それはほぼ一瞬で目の前にいる仲間の後ろにやって来て、左手に握られた剣を横薙ぎに振る。
気配に気づいた男はその剣をしゃがんで躱し、両手をついて脇に退いた。
もう一人の男にそれは右手で突きを繰り出すが、すでにもう一人も反応しており、後ろに飛び退る。
茂みの中から出てきた一人の人影は、あれだけ激しい動きをしたにも関わらず動きに無駄がないので息一つ切らしていない。
その人影は長めの丈の外套を着ており、頭巾を深く被って顔を隠している。
頭巾が外れていない。B級の男たちが辛うじて避けられた素早い攻撃を繰り出したにも関わらず、だ。
生徒達は唖然として、その人影を見つめた。茂みに隠れていた男たちは、かかった、とほくそ笑んだ。すでに周りは包囲してあり、すぐに立ち上がって包囲の輪を縮めた。
その人影が男たちに気づきはっと顔を上げて舌打ちをするが遅かった。
男たちの隠れ術はほぼ完璧で、索敵に長けているはずのその人影も、さすがに気づくことができなかったのだ。
ただ、油断していたわけではないので、一瞬で結界魔法を展開させると、一斉に襲いかかってきた男たちの剣、槍、斧、槌などを防ぐ。
不可視の壁に攻撃を防がれた男たちは驚愕の色を浮かべた。理由は二つ。奴が結界魔法を展開するのに一秒もかからなかったことと、それを無詠唱で、しかも十以上の攻撃を防いだことからであった。
しかしそれで動きが鈍る男たちではない。一気に距離をとると、今度は後衛が同時に詠唱を開始。前衛もいつでも動けるように大勢を整える。
やがて、後衛の詠唱が終わり、結界の一箇所へと攻撃が集中し、結界に罅が入る。前衛は間発入れずにその綻びに向かって攻撃し、頑丈に張られていたはずの結界を突き破る。
その衝撃か、人影の頭巾が外れてその素顔が男達の前に晒された。
そこには、苦痛の表情を浮かべる白銀の髪を持った少年がいた。




