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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第3章、学校生活
45/138

45、 特別編2

※少々残酷な表現、もしくは不快に思われる可能性のある言葉が含まれております。ご注意ください。苦手な方は閲覧をご遠慮頂けると幸いです。

 二本の剣を男の剣に振りかざし、両手で押し込む。


 力の差は、周りが見れば歴然ではあった。しかし、シノンは誰もが予想したであろうことを覆すことになった。


「なっ………!『双剣流使い』だと………!?」


 シノンは身体強化を使い、更に男を押し込んだ。すると今度は右手に持った白刃に風の魔法を纏わせて、目にも留まらぬ速さで男の脇腹を掠る。


 同時に麻痺化《パラライズ》をかけて、しばらくじっとしていてもらうことにする。


 後ろに控えていた魔法師のものであろう魔法が目の前に迫っていたが、シノンは冷静に左手の黒刃で薙ぎ払う。


「なっ………!嘘だろ!?」


 シノンは槍術よりも剣術に長けていた。もちろん、槍術でも充分にベテラン冒険者並の実力と技術がある。しかし剣術はそれ以上だった。


 なぜなら、彼は近接戦闘系闘士の中でも最強の技である『双剣流』の使い手であるからだ。


「き………貴様、それ、は、双剣か……?」

「盗賊なんざに答える義理はない」


 言って、シノンは先ほどと同じように男の腹を、麻痺化《パラライズ》をかけながら薄く傷をつけてやった。


「ほう、坊主、やるじゃねえか」


 後ろから気配を感じ、シノンは横薙ぎに振るわれる大剣をジャンプして躱した。地面に着地すると、一気に前へ出て距離をとる。


 シノンは体勢を立て直し、後ろに立つ大柄な男を振り返って見据える。


「おうおうおう、どうなってやがるんだ?今のを躱すたぁ、相当やるな。こりゃ久しぶりに、思い切りできそうだな、へへっ」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、大剣を肩に担いだ。

 シノンは黙って、目の前の男を見ていた。いつでも戦闘に入れるよう、準備をしておいた。


 シノンの腕の火傷は回復魔法で少しだけ軽くはなっているが状態は酷い。出血もしているのであまり大きくは腕を動かせない。


「おい坊主、名前は?」

「教える義理はないね」

「つめてえなぁ。俺はジャン。まあ、よろしく頼むわ」

「…………………………」

「おいおい、俺は名乗ったんだから、お前も名乗ってくれよ。今までで最高の戦いになりそうなんだからさ」

「教える義理はないと言ったはずだが?」

「良いじゃねえか。名前の一つや二つ」

「…………………………」

「…………はあ、しゃあねえ。なら、名乗ってくんねえなら、さっそく行くぞっ!」

「っ!?」


 再び森の中に金属音が鳴り響いた。

 ジャンは凄まじい速さでシノンに迫り、大剣をシノンの剣にぶつけた。


 しかしシノンはそれでも反応し、双剣で防御する。剣には魔力を纏わせて『耐久力強化』の付与の効果を上げる。


 だがどうしても力の差が出てきてしまう。ジャンはシノンを後ろへと押しやる。シノンも自身の後ろに障壁を張って後方に飛ばされないようにしていた。

 後は力に負けてしまえば確実に危ない。そこで、シノンは剣を受け止めながら魔法を展開するフリをした。


「彼《か》の道を拒め、塞げ、豪雨《ヘビーレイン》、暴風《ストーム》、落雷《サンダーボルト》!」

「っ!!!」


 ジャンは後方へと飛び退ったが、すぐにフェイクだと気づく。


「へへっ、やるじゃんか、坊主。気に入ったぜ」

「それは嬉しくない褒め言葉だね」

「ハッ、連れないねぇ」


 その時にはすでに、シノンは残像《アフターリメイジ》でその場に残像を残し、ジャンの後ろへと迫っていた。


 空中で左から右へ、首を狙って閃光の如く振り抜く。が、ジャンはそれを難なく大剣で受け止めた。そして振り返ると、シノンの脇腹を殴って吹き飛ばした。


「ぐはっ!!」


 シノンは剣を手放してしまい、地面を転がった。数メートル先で止まると、二本の剣は持ち主の元へ飛んでゆく。

 そしてシノンの両脇で持ち主を守るようにピタリと止まった。


「けほっ………ううっ………」


 シノンは脇腹を抑えて血を吐く。その後何度か咳き込んで、なんとか立ち上がった。


 ジャンはこちらをニヤニヤとしながら見ていた。


「いいじゃんいいじゃん。そう来なくっちゃな」


 シノンは空中に浮かんでいる剣を手に取り、再び構えた。こいつは、強い。そう心の中で呟きながら、シノンは額に冷や汗をかく。


 すでに体力はかなり消耗していた。体格的にも、体の大きさ的にもさすがのシノンも相手との差が開きすぎだった。


 ジャンは身長が百九十センチはあるし、筋肉は張り裂けんばかりに膨らんでいる。それに対してシノンは、体は鍛えてあり筋肉はあるもののジャンには劣るし、体格的にも、体の大きさ的にも力の差はまさに歴然だった。


 シノンは自身の脇腹に回復魔法をかけ、現在のダメージを少し軽減させた。そして右半身を前に出し、右手を前に、左手を後方に構える。


 そして、そのまま最速《アクセル》を展開してジャンに迫ると、ジャンはすぐさま反応してシノンの右手の剣を、大剣を使って防御しようとする。が、シノンは魔力を纏わせて弾き、後方に構えていた左手の剣を前に出す。


 双剣流の技の一つ、『二重攻め』だ。利き手の剣で相手の武器を弾き一瞬の隙を作り出し、それと同時に反対側にある剣を突きで繰り出す。


 狙いは、首。

 ジャンは顔に驚愕の色を浮かべ、声を発する間もなく首にシノンの剣が突き立てられた。


 ジャンは血を吐き、そのまま後方に倒れる。


 シノンの方も限界で、ジャンが絶命したことを確認すると、彼も咳き込む。剣は自分たちの意思があるかのように浮き上がり、シノンの両脇につく。


 シノンが吐き出したのは、血だけではなかった。胃の中から出てくる物を吐き出して、目からは涙を流す。


 仕方がなかったとはいえ、人を殺した。人を殺めることが、こんなにも辛いことだとは、シノンは思っていなかった。


 ロウが今まで自分に人を殺させなかった理由と、先ほど言っていた彼の言葉の意味を、シノンはやっと理解した。


 罪悪感と後悔で胸がいっぱいだった。


 その間、シノンに襲いかかってくる盗賊は数人いた。しかし、近くに主人を守っている双剣がそれを許さなかった。

 しかしシノンはそれに気づいていなかった。ただ、うずくまっているだけだった。


『二重攻め』はかなりの魔力を消耗する。それに重ねて最速《アクセル》も使い剣にかなりの量の魔力を纏わせたので、シノンの魔力の消費は大きく、そろそろ魔力切れを起こす寸前だった。


 腕からは相変わらず出血が止まらず、脇腹のダメージも残っている。今の彼には、自分で立ち上がる力は残っていなかった。




 強力な護衛士たちが集っていたため死者は出なかった。怪我人は護衛士に数人だけで、重傷者はいない………はずだった。


 盗賊のリーダーらしき人物は出てこなかった。逃げたか、もしくは襲撃に参加していなかったか。そのどちらかだと、みんなは言った。

 ロウも、そうであって欲しいと願っていた。


 ロウは死体を片付ける前に、まずはシノンを探した。


 先ほどの場所には、確かに後衛の魔術師ともう一人が倒れていた。まだ息はあるようだが麻痺している。薄らと傷があることから、これはシノンがやったことが窺える。


 更に進むと、大柄な男が首から大量に血を流して絶命していた。その周りにも、首を確実に仕留められて死んでいる盗賊がいた。


 そしてその中心でうずくまる小さな子供がおり、その脇には、彼を守るように浮いている二つの剣。

 間違いなくシノンだと悟ったロウは、シノンに呼びかける。


「シノン、無事か!」


 シノンはビクッと体を震わせて、すぐに顔を上げる。ロウの方向を向いたが、その目には警戒と怯えの色が浮かんでいた。


 敵意を持っていなければ剣は襲ってこないと知っていたロウはシノンに近づくが、それは本人が許さなかった。


 右手に白刃を握り、横薙ぎに振ってくる。足が動かないようで、左手を使い器用に後方へ下がりロウから距離を取る。


 黒刃もシノンの意思に従って敵と判断したのか、ロウに刃先を向けて構える。


 シノンの目は焦点が合っていなかった。おそらく幻影でも見えているのだろうと判断したロウは、無理矢理シノンに近づき、右手で彼の体を力強く抱きしめて左手で右手を抑えた。


 シノンは抵抗した。左手で体を支えているために剣を呼び戻せない。剣は完全に自分の意思で、シノンが自由にコントロールできるわけではないし、ロウには敵意がないので剣も動けなかった。


 シノンは威嚇するような唸り声をあげ、遂にはロウの肩に牙を立てて噛みついてきた。ロウは顔を歪めるが、諦めずそのままシノンを抱いたままじっとしている。


 シノンは、やがて意識がハッキリしてきたのか、ロウの匂いを感じてすぐに肩から口を離した。

 その目には涙が溜まっており、頬を伝いロウの肩に落ちていく。


「………やっとお目覚めか。しっかりしろ。動揺するな、踏ん張れと言っただろうが」


 シノンは今までの記憶が蘇ってきて、ロウを引き離すと地面に再び嘔吐した。息を切らし、そして大声を上げて泣いた。


 死体を片付けていた護衛士たちは何事かと注目するが、周りの死体を見て察する。そして同時に驚いていた。


 こんなにも小さな子供が、四人の盗賊を屠っている。しかもみんな成人男性で、そのうちの一人はかなり大柄な男だ。驚くのも無理はない。


 そんなシノンを、ロウは静かに抱いてやり、頭を撫でる。できることなら、シノンにはこんな経験をしてほしくはなかった。

 いくら戦闘民族の末裔とは言っても彼はまだ子供。人を殺すなどということをすれば、当然こうなる。


 これでシノンの精神がおかしくなることはないと思うが、更に人との交流を避けるようになるのではないか。ロウにはそんな懸念があった。


 しばらくシノンは泣き続けたが、魔力が切れたのか、安心したのかわからない。しばらくして落ち着いたと思ったら、静かに寝息を立て始めた。


 ロウは、倒れている大柄な男の首と剣からシノンの魔力を感じた。おそらくシノンは大量の魔力を注ぎ込む技を使ったと思われる。


 それで足が動かなくなっているということは、その技を使うために接近する必要があったのだろう。多分、使った魔法は最速《アクセル》。それで急に足を動かしたために筋肉が麻痺しているのだろう。


 そして使った必殺の技は、おそらく『二重攻め』。剣に当てて横に流したのだろう、男の手から大剣は離れており、右側に飛んでいる。そして後から続いて出す左手の攻撃。それで確実に相手の急所を狙ったのだろう。


 ロウはそこまで考えると、今度はシノンの傷を見始めた。傷の方は回復魔法でダメージを軽減させているようだ。

 左腕上腕に火傷、そして右側の脇腹には紫色となった痣がある。


 口からは血を吐いていることから、脇腹の攻撃はあの大柄な男からの攻撃だろう。腕の火傷は、出血している。おそらく火の魔法を食らったのだろう。魔法なら、近くにいる魔法師は麻痺させられている男だけなので、おそらくはあいつの仕業だと、ロウは少し憎々しげに顔を歪める。


 ロウは腰に巻いていた布をほどきシノンの腕の血を止め、顔についた血や涙を拭ってやると、とりあえずはシノンを抱えて隊商のもとへ戻る。


「お、おい、ロウ、その子………」

「寝ているだけだ。心配いらない」

「そ、そうか………なら、良かった………」


 護衛仲間の男がロウに話しかけ、心底安心したような微笑みを浮かべる。


 商人にシノンを馬車の中で寝かせる許可をもらいに行くと、あっさり許可が降りた。護衛士の中で一番敵の数を減らした少年だからと笑顔で言ってくれた。


 そんな商人に笑顔を向け、ロウはシノンを空いている馬車の中に寝かせた。




 事後処理が終わり、盗賊たちの死体は一箇所にまとめて火葬した。その間に、血の匂いで寄ってきた魔物や獣たちは、周りを見張っていた護衛士たちに屠られていた。


 生きている盗賊は、シノンが麻痺化《パラライズ》で生かしておいた二人しかいなかったので、彼らは捕縛して街へ連行する。


 片付けが終わってからシノンはしっかりとした手当を受けて、馬車に揺られながらゆっくり眠っている。ロウも肩の傷を手当してもらい、再び護衛につく。もちろん、シノンの寝ている馬車の近くで。


 その後数日間は、何事もなく街へたどり着いた。ここはラトス皇国の王都エラリス。商業街でもある。

 国中の行商人が集まり、支店やら本店やらを建てている。


 治安も良く人々が活発な街で、賑やかなことこの上なかった。揉め事などがないのは、街中に兵士やら警備員やらがいるからだ。

 暴力を振るった者はすぐに捕えられ、街から追放となる。治安が悪くなるのを避けるためだ。


 やがて、ロウたちのいる隊商も街に入り、そして商人からは護衛代をもらって解散した。シノンは未だに目を覚まさない。

 ただ静かに眠っているだけだった。



 ロウがシノンを抱えて宿屋に向かっていると、シノンが目を覚ましたようだ。


「……………ロ、ウ………?」

「おう、気がついたか」


 その声は弱く、掠れた声だった。


「あまり喋るな。喉が乾いてるだろう、宿屋に着いたら水を飲ませてやるから、今はまだ眠っておけ」


 シノンはわずかにうなずき、安心したように再び眠りについた。

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