44、 依頼と盗賊 +特別編
学校生活が始まってはや一ヶ月。
今日は、学校は休みだが、俺は休んでられない。理由は、全王さまから呼び出しが来たからだ。
どうやら校長室まで来るらしいので、俺はジャック先生に案内されて校長室に向かう。
「やあシノンくん。久しぶりだね」
「お久しぶりです、校長先生」
この学校の長であるサンリート=フォン=ガルネスターは、白髪を持つレイヴァである。しかし俺やカルナとは違い、目の色は赤色。そして更に、長い耳が特徴のエルフと呼ばれる種族だ。
エルフは他の種族同様、滅多に表へ出てくるものではない。だからこの学校の校長がエルフだというのは有名な話である。
白い髪に白い肌、そして彫りの深い顔は美男子で、今年で二百歳を迎えるらしいその見た目は人間でいうところの二十代である。
俺に向かってニコニコと笑顔を向けながら言うと、自分隣に座るよう促した。
奥のソファに座ってみると、ふかふかで座り心地が良い。
少しして、扉が開かれた。俺たちは立ち上がり、敬礼する。
入ってきたのは、護衛の男二人に挟まれる形で歩く全王さまだ。やがて全王さまはゆっくりとした足取りでソファに座ると、俺たちにも座るよう促す。
一度ダンジル王国で会っているとはいえ、やはり威厳を感じる。
「お久しぶりですね、サンリート校長、そしてシノンさん」
「お久しぶりです、全王さま、お元気そうで何よりです」
「ご無沙汰しております。先日は助けていただき、誠にありがとうございました」
頭を下げると、全王さまはまた口を開く。
「頭をお上げなさい。お礼ならば先日もいただきましたよ」
にこやかな笑顔で、そして穏やかな声で俺に言った。俺は顔を上げ、そして再び全王さまの顔が引き締まり、言った。
「わたくしの呼び出しに応じていただき、感謝します。今回あなたに来ていただいたのは、他でもありません。依頼をしに参りました」
「はい。今回はどのようなご依頼で?」
校長先生と全王さまは、俺の正体を知っている。世界中を旅しているS級冒険者、『白の魔術師シノン』であることを。
白の魔術師と自ら名乗った覚えはないが、やはり伊達に二百年生きているわけじゃない。俺の名前がシノンで、試験の結果を見ただけで俺が『白の魔術師』だと見破ったらしい。
今回この学校に入学した本来の目的は、調査である。確かに俺も学校には興味が湧いたというのもある。しかしそれはあくまでついでであって、本当は全王さまより依頼されて入学したのだ。
できるだけ目立たず、そして内密にするよう厳命されたため、カルナにも伝えていない。
全王さまには、『おそらく連れの者がわたしと共に入学したいと言い出すと思うのですが、よろしいでしょうか』と聞けば、『もちろん良いですよ』とにこやかに即答してくれた。
調査の内容とは、学生と教師の行動の一端や最近学校付近で怪しい動きを見せる集団についての監視。
教師では仕事と両立しなければならないため全ての生徒を見ることはできないし、かと言って冒険者を中に入れても目立つだけで行動が学生や教師にも常に注目されてしまう。
だから、この国の国民でない十五歳の現役冒険者なら、入学してしまえば調査するのに不自由はないので適任だと考えたそうだ。
普段は立ち入れないところに行くのならば校長の協力が得られるし、もしも怪しい物や人の行動を見つけた際はジャック先生を通じて校長に報告すれば良い。
ジャック先生にも協力してもらっており、Sクラスの担任になったのも校長の配慮かららしい。
学校一の魔術師教師として校長に絶大的な信頼を得ているジャック先生には悪意などはなく、俺も充分に信頼のおける教師だ。
「はい。本日の朝、学校の周辺で怪しい魔力反応が確認されました。大人の男性三名です。同時に、Dクラスの生徒が二名、本日より行方不明です。わたくしは、もしかするとその男性三名が関係しているのではないかと思ったのです」
「そこで、わたしが彼らを捕らえろ、と?」
「はい。わたくしは、彼らには本拠地があるのではないかと推測しております。できるのなら、彼らの本拠地を見つけてください。見つけ次第、捕縛。または結界などを張って足止めを。場合によっては命を奪うことも許します」
そこで、俺は眉をひそめた。
「い………命を奪うのも構わないとおっしゃいましたか?失礼ながら、この子は冒険者と言えど、まだ成人したばかりの子供ですよ?」
校長が俺のことを心配して言った。
「構いません…………すでに経験済みです」
「シノンくん…………」
俺は表情を表に出さぬよう、必死にこらえた。
校長も全王さまも、後ろに控えている護衛も、俺が内側に秘めているものを見抜いていると思う。
いくら戦闘民族の末裔と言えど、いくら虹目と言えど、人によって人の命を奪うことは決して気持ちのいいことじゃない。それは、俺だって知ってる。
全王さまは悲しそうな顔で、静かに言った。
「………本来ならば四大貴族に頼むべきことなのですが………彼らは現在遠出中なのです。許してくださいとは申しません。彼らはすでに何十という数の人を殺めています。あなたも命を狙われないとは限りません。危険だと判断したならば、すぐに逃げてくるのです」
「全王さま、もしかして、奴らの正体を………?」
「申し訳ございません。はい、存じております。彼らは盗賊と称しておりますが、実際は人を殺めることを楽しむ殺人集団です。森の中に入った人たちをことごとく殺めるのです。調査によると、すでに五十名以上の方が犠牲になっています」
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〜特別編〜
俺が初めて人を殺したのは、十歳の頃だった。その時の俺は、ロウにまだ闘術を教わっていた頃だった。
ロウとは四年も過ごしていたから、だんだんとロウのことは信頼できるようになっていった。
基本、俺は人を信用しなかった。なぜかはわからない。
時々街に寄った時、周りにいる子供に話しかけられることがあった。でも、俺は無視するか相手にしないでいた。
なぜなら、俺にかけられる言葉は好意的なものでなく罵声ばかりだったからだ。
『やーい、白悪魔!』
『頭の色抜けたんだ!?』
『うわだっせえ、もしかして、もう爺さんになっちまったの!?』
『ガッハハハハ!!』
そばで見ていた親は、子供を注意するでもなく、ただ見ていた。俺はイライラに耐えた。無理に暴力を振っても、ロウに迷惑をかけるだけだと思っていたからだ。
それに、街中では変なヤツらに追いかけ回される。俺のこの髪が珍しくて、よからぬ事を考えているようだ。
素人が尾行して、対象でしかも子供である俺にバレるとか、笑わせてくれる。
正直うんざりしていたので、ロウに殺ってもいいかと尋ねたら、
『相手は何もしてこないんだから、その前に殺してしまったら罪はお前に被る。完全に向こうが黒だとハッキリしなきゃダメだ。我慢しろ』
と言われた。
ロウに言われてはここは目を瞑るしかなかった。少しもどかしかったが、相手が出てきて黒とわかるなり、ロウは俺に手を出させる暇も与えずに倒してしまう。
俺はその度に膨れっ面になるのだが、ロウは俺の頭を叩いて笑うだけだった。
やり場のない怒りを、ロウにぶつけたこともあった。様々な街を訪れる度に俺はガキどもに罵声をくらっていた。
俺だけなら別に構わない。でも俺を連れているからと、周りの大人はロウの悪評をコソコソと言い合う。
俺もロウも聴覚が優れているので、全部聞こえてきた。
『なんであんな子を堂々と………』
『武器なんか持ってるじゃないか。あんなに小さいのに、可哀想に………』
『周りのガキに罵声食らってんのに、親は何やってんだか……』
と様々だが言われていた。人間に哀れに思われる筋合いはない。俺は好きで戦ってるんだから。
ただ怒りが募っていくだけだった。それに対してロウが何も言わないのがおかしかった。だから俺は人が信用できない。
一人ひとりの力は弱いくせに、少ない数の人に精神的な攻撃まで与えてきやがる。
しかも、大声でハッキリと言っている子供たちはともかく、コソコソと言い合う大人の方がムカついた。
俺は、陰口が嫌いだ。人族も嫌いだ。
日に日に口数が減っていく俺を見て、ロウはただ、ロウだけは、俺には明るく接してくれる。それなのに、俺はただやり場のない怒りを彼にぶつけるだけだった。
一晩森の中で叫んで、泣いて、怒って。ロウはそれでも笑顔を崩さない。
最終的には俺に抱きついて、頭を撫でる。………本当に、変な人だと思っていた。
やがて、俺はもう街中では外套を着て頭巾を外さなくなった。
陰口を言われることもなくなった。ガキが寄ってきても頭巾を目深にして顔を隠すだけで、できるだけ関わらないようにした。
だから、俺は同年代との関わりはほとんどない。いや、同年代だけでなく人との関わりがほとんどなかった。まともに話したことがあるのは、今のところロウだけだ。
なぜ容姿だけで嫌われなければならないのか、俺にはわからない。なぜ俺がそばにいるだけで、ロウが陰口を叩かれなければならなかったのか、それもわからない。
人のことなど、俺には到底わからない。
田舎の村の宿に行けば亜人なんか泊めたくないなどとくだらない理屈で外に追い出される。
見た目は獣人だから、そういった『亜人』は田舎では差別される。都会ならばともかく、そこから離れた田舎では亜人はよく思われていない。
人の事情など知るか。俺たちは、人族に存在を拒否されている気がした。人族なんて数が多いだけで碌なことも考えないザコなくせに、行動だけは生意気だ。
だから、俺は人が信用できない。いや、したくなかった。
ある日、俺たちは森の中を歩いていた。
隊商の護衛で。
俺はシャラストの能力で髪の色を変えて周りを誤魔化している。
この隊商は結構大きな隊商で、盗賊などに襲われる可能性は低かったが、荷物がかなり貴重なので、護衛の人数は二十人を超えていた。
中には俺が子供だからといって舐めてきたやつもいたが、連続で殴りかかってきたところ腕をすべて片手で止めたら案の定怯えて引き下がってくれた。
二度と関わるな、と睨みつけて伝えてやったので、もう他の護衛士が関わってくることもないだろう。
無言のまま森を歩いていると、俺の探索に数十人の人間の反応が引っかかった。
「………ロウ」
「何人だ?」
「闘士が十三人、魔法師が八人」
「随分大規模だな。前の方に知らせてくる」
ロウは駆け足で前の方に向かっていった。しばらくして戻ってくると、隊商のリーダーが護衛士たちに注意を呼びかけていた。
「シノン、場合によっては相手を殺しても構わない。だが、一つだけ注意しろ。人を殺しても、決して気持ちいいものじゃない。だから、動揺するな、気絶するな、そして踏ん張れ。でないと、死ぬからな」
その時の俺は、ロウの言っていることがわからなかった。
―――人を殺すことが、どれだけ恐ろしいことなのか。当時の俺は、わかっていなかったのだ。
「敵襲ー!盗賊だー!」
すぐに俺は槍を構える。こちらに向かってきたのは長剣持ちの男が二人、魔法師が後ろに一人いる。
「俺が前の二人を受け持つ。お前は隙ができれば後ろの魔法師をやってこい。できるなら気絶させるだけでいい!」
「わかった」
一人はこちらに向かってくるが、ロウが、相手は俺だと言わんばかりに前に出た。そして金属同士がぶつかり合う音が、森の中に鳴り響く。
「おい!そこのレイヴァのガキは傷つけるなよ!いい顔立ちもしてるから、高く売れるんだからな!」
後衛の魔法師が叫ぶ。
「ああ!わかってる!」
そして前衛の、ロウに剣を押しつける男がそう叫んだ。周りでは、すでに戦闘を開始している音が聞こえた。
ロウは余裕のある動きで、二人の盗賊の剣技を受け流し、隙あらば攻撃を繰り返している。対して盗賊の男達には余裕がないらしく、攻防戦で多いのはどちらかと言えば防戦の方だった。
隙ができたら突っ込めと言われているので、俺は槍を握り直して後ろの魔法師に突っ込む。
こちらに来るとは思わなかったのだろう。慌てた魔法師は一生懸命詠唱しようとするが、遅かった。俺はすでに槍を振り下ろし始めていた。
しかし、上手くいくとは思っていなかった。なぜなら、振り下ろした先には、別の盗賊が俺の槍を受け止めようとしていたからだ。
金属同士がぶつかり合う音が鳴った。
「た、助かったよ」
「ああ。だが油断するな。こいつ、相当やるぞ」
「あ、ああ。油断してた」
「なに呑気に会話してんだよ」
俺は槍に雷の魔法を込めた。すると、剣を持っていた男の体が痺れ、声をあげた。
「電導!」
「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ど、どうした!?」
数秒で止めてやると、俺は距離を取って間髪入れずに地面を蹴った。しかし、魔法師の詠唱のスピードは早かった。
俺ほどではないが、ちょっとした詠唱と魔法名だけで発動するようだ。仲間の様子がおかしくなったがだからこそ冷静に判断した結果だろう。
すぐに魔法を打ってくるとは思わなかった俺は、魔法師が放ってきた火玉をもろに喰らう。
「くっ!」
とっさに腕でかばったため、左腕に広範囲の火傷を負う。
普段から、動きにくい装備はしたくなかった。だが、今回はそれが仇となった。
俺は火玉の衝撃で後方に飛ばされた。
地面を転がり、しばらくは立ち上がれなかった。魔法師はあれが全力だったのか、息を切らしてじっとしている。やがて、もう一人の男は回復し、こちらを睨みつけた。
「このガキ…………よくもやってくれたな!!」
言って、男は俺に剣を振りかざしてきた。
「…………調子に乗るな。俺の武器が、槍だけだと思うな」
そう呟いて、異空間からロウにもらった双剣を取り出した。
補足:シノンが『白の魔術師』と呼ばれる理由。
①レイヴァ(白髪)であるから。
②白い炎を使うことがあるから。
③光魔法で魔物に不意打ちをすることがあるから。
というわけです。




